11 はじまりを照らす一番星(6)
「♪」
うきうきと上機嫌に、納品先からギルドへの道を軽い足取りで進んでいく。
ポーチの中からは聞こえるはずのない、ジャラジャラと硬貨がぶつかり合う音が聞こえているような気がして……どれだけ今日の実入りが嬉しいんだと、思わず自分に苦笑した。
いやでもほら、元の報酬が大銀貨一枚だったところ、追加報酬でもう一枚増えたらそりゃあ上機嫌にもなると思うのだ。
半分は生活費に消えるとしても、もう半分は諸々……ウィロウのための貯金とか、後顧の憂いが生じた時に備えた貯金に回せる余裕なんて、駆け出しのへっぽこ冒険者にしては出だしが上々なのでは? 一二〇点満点なのでは?
……なんてね。
新人が調子に乗ると良くないことが起きるに決まっているので、そろそろちゃんと浮足立つ気持ちを落ち着かせることにする。
自信を持つのは大事だが、それと調子に乗ることは話が別。
元日本人らしく、謙虚さと堅実性を忘れないようにしないといけない。
出る杭を打つ文化は世界が違っても同じようだし、それが女ともなればなおさらだ。
『女だから~』とか、『女のくせに~』とか、要はそういうこと。
前世も今の人生も、こういうところは本当にやってらんないよなと思う。
──そして、だからこそ、ノラさんはすごいしかっこいいのだ。
圧倒的に男の方が多い冒険者という職業の中で、Aランクにまで上り詰めている数少ない女性の一人。
そこに辿り着くまでに、彼女の努力を嘲笑ったり、淘汰する輩がいたのは、私自身が経験した昨夜の酔っぱらい連中とのやり取りから想像にかたくない。
でも、ノラさんはそれに負けなかった。
むしろ跳ねのける勢いで、周囲のヤツらに自分自身の実力を見せつけて行った結果が『今』なのだろう。
すごいなぁ。かっこいいなぁ。素敵だなぁ。
……際限なく惜しみない好意が浮かび上がってくるあたり、私はもう、どうしようもないくらい彼女に憧れてしまっているんだと思う。
会話したのなんて朝のほんの短い間だけで、ノラさんが実際に大立ち回りするところなんて、ちっとも見たことがないくせにね。
「お疲れ、ヴィル」
「ノラさん! お疲れさま。あと、おかえりなさい」
「ただいま」
ギルドに戻ってクエストの完了報告を済ませると、少しだけ土埃にまみれたノラさんが外から戻ってきた。
サッパリした笑顔でひらりと手を振るノラさんに、もちろん私も屈託のない笑顔で応じる。
ノラさんは朝食の時に見られなかった、刃物の部分が緩く曲線を描く剣……たぶん、カットラス? を腰に提げ、肩には膨らんだ麻袋を背負っていた。
『近所の農場を襲う魔物の討伐に行く』と朝に話していたから、あの麻袋の中にはきっと、討伐証明となる魔物の部位──耳とか、角とか、討伐対象によって異なる──がぎっちり詰め込んであるのだろう。
……うーん、袋の上からのぱっと見でもわかるくらいえぐい量だ。
あの量を一人で相手するなんて、流石はAランク。恐れ入る……。
二、三ほど当たり障りのない会話をしたのち、朝の約束通り二人で夕飯を食べようか、という話になった。
しかし、時間的には確かに夕ご飯を食べるには良い頃合いなのだが、『汗や出先での汚れを先に落としてしまいたい!』というのは私もノラさんも共通の思いで。
結局、いったん夕食は後回しにして落ち合う時間を決め、定刻までにやりたいことを済ませよう、という流れになった。
「じゃ、またあとでね」
「うん、またあとで」
これから受付に完了報告をするというノラさんと別れたら、ダッシュでギルドの三階に向かう。
……せっかく憧れの先輩とご飯を食べるのに、汗臭いとか絶対に有り得ないので!
シャワーを浴びて、汚れを落として、濡れた髪は魔法でサッと乾かした。
服は冒険者仕様からゆったりめのシャツと細身のズボンに着替え、鏡の前でしっかりチェック。
ポーチの中身を整理していれば良い時間で、ウキウキしながらノラさんとの食事に臨んだ……のだけど。
「すみません、ノラさん……本当にすみません……」
「そんなに気にすることじゃないだろ? 本当、律儀というか真面目というか……」
土下座する勢いで頭を下げる私に、ノラさんが呆れたように苦笑する。
というのも、はからずも私が、ノラさんに夕食を奢ってもらうことになってしまったからだった。
ギルドの食堂は注文の時に会計をするシステムなのだが、ノラさんが支払いを二人分まとめて済ませたのが事の発端である。
確かにうしろが詰まっていたから、二人分まとめて済ませた方が良かったのはわかる。
それはわかるのだが、食事を受け取って席に着いたあと、自分の分を払おうとしてもノラさんがちっともお金を受け取ろうとしてくれないのだ。
なんなら『先輩の顔を立てて欲しい』なんて言ってくる始末で、憧れている人からそんな風に言われたら、後輩としては言い分を飲み込んで引き下がらざるを得ないというか……ぐぬ……。
ここで『わーい、ありがとうございますぅ!』なんて、素直にお言葉に甘えられるくらい可愛げのある性格をしていれば良かったのかもしれない。
しかし生憎、私はそんな性格をしていないし、そもそも人様に奢られること自体が苦手なタイプ。
そんなわけで、先ほどからずっと、私はノラさんに謝罪と感謝を繰り返してばかりいるのだった。
「ヴィル。アンタの気持ちはよーくわかったから、そろそろ顔を上げてくれよ」
「……はい」
「アタシはただ、今日一日を頑張ったヴィルを労いたかったのと、新しい仲間を歓迎したかっただけ。だからヴィルが気にするようなことは何もないのさ」
……ノラさんの気持ちは、もちろん嬉しい。
『でも』と、『だけど』と、くだらない駄々を捏ねる私の方が悪いのだということも、もちろんちゃんとわかっている。
しかし、それでも……。
「そんなに気にするなら、今度アタシのクエストに付き合ってくれれば良いからさ」
「っ……不肖ヴィル、精一杯がんばります!」
「ああ、よろしく。頼りにしてるよ、新人の魔法使い殿」
気持ちの折り合いをつけられない私を察してか、ノラさんが提示してくれた妥協点。
これすら拒むのはいかんせん申し訳ないし、何より、これ以上ノラさんの優しさを無下にするなんて忍びなくて。
やや無理やり気味に心に折り合いをつけて提案に応じれば、茶化すように彼女は笑う。
──それでいいんだよと、言外に私を諭すように。
「だけどやっぱり気になるので、今度私と一緒にお茶してください」
「なんだ、デートのお誘いかい? 可愛い後輩の誘いならいつでも付き合うよ」
最後の悪足掻きに今度お茶を奢らせてください、と婉曲して伝えれば、ノラさんはゆるりと色っぽく微笑んで。
楽しみにしてる、とリップサービスまでいただいた私は見事にトスッと心臓を矢で撃ち抜かれ、あえなく撃沈したのだった。
主人公が完全にオタクの反応になっているのは、書き手の気のせいじゃないんだろうな……。




