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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
新人編

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07 はじまりを照らす一番星(2)


 ちらちらと鬱陶しい視線を感じながら、黙々と朝食をおなかにおさめていく。


 今朝のメニューは焼きたてのまるいパンにあつあつのコンソメスープ、カリッと焼き上げたベーコンが数枚、ふわとろスクランブルエッグ、付け合わせにニンジンやブロッコリーなどの茹で野菜、お好みでパンにつけるバターをどうぞといった感じ。


 ちょっとしたホテルの朝食並みでびっくりしたのは言うまでもない。


 正直なことを言うと、朝から量が多いな……という気持ちもあるのだが、冒険者は身体が資本の職業なので『いっぱい食べて体力つけろ!』『風邪もひくなよ!』といったギルド側の思惑があると見た。

 あとは、そうだな。クエストに出ている間、昼食をのんびり食べている余裕がないかもしれないから、そのぶんしっかり食べておくように……とか?


 働き盛りの男性には少し量が物足りないかもしれないけど、それでもこの量で銀貨三枚かつメニューが日替わりというのはありがたい。

 『量より質』型ギルドの福利厚生に万歳。


 昨晩はほとんど眠気に負けていたため、夕飯に舌鼓を打つ余裕がまったくなかったけれど……うーん、朝からご飯が美味しくて幸せだ。


 焼きたてのパンは香ばしい匂いが口いっぱいにひろがるし、ほんのり感じる小麦の甘さが心地よい。

 ライ麦パンみたいな癖がないから、ベーコンやスクランブルエッグとも良く合う。


 まあ、ライ麦パンはライ麦パンで、あの独特の風味が良いんだけど。


 ……そういえば、こっちの世界にもライ麦パンはあるのだろうか?

 前世と通ずる食べ物探しは今後のやりたいことリストに追加しておこう。


「……余裕が出たら、日記帳でも買おうか」


 私がやりたいことをメモしておくのはもちろん、どの日に何をしたのか、誰と知り合ったのか、そういうことを書き残しておけるように。

 ウィロウに身体を返したあと、あの子が状況をきちんと把握できるように、私が得た情報はなるべく残しておかないと。


 私はウィロウの中にずっといたから、あの子の人生も経験もすべて知っている。

 だが、あの子は私の存在を知らず、そもそも気付いてすらいない。


 身体を返す時にウィロウと話ができればいいが、今までのことを考えれば、まず叶わない願いだろう。

 であれば、イルゼちゃんやアレクシス殿下にしたように、伝えるべきことを伝えられるように紙に残しておかないと。


「前、いいかい?」

「え? あ、はい。どうぞ」


 不意に、思考の海に沈む私に声がかかった。

 ハッとして顔を上げると、そこにはとびきりの美人が一人、私を見下ろすようにして立っている。


 いっそまぶしさすら感じるほど輝くような赤毛に、長いまつ毛に縁どられた色っぽいイエローの瞳。

 右目のあたりに傷の跡がくっきり残っているけれど、彼女の美貌はそれしきのことで曇ることはなく、むしろワイルドな魅力を感じさせた。


 引き締まった身体はスタイル抜群で、豊満なバストには同性であってもつい目が向いてしまう。

 うわぁ……まさに大人の女性って感じで、とっても素敵……。


「初めて見る顔だね。アタシはノラ。ここのギルド所属で、ランクはA。アンタは?」

「初めまして、ヴィルといいます。昨日の夜に冒険者登録したばかりのEランクです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。……ってことは、昨晩の話題をかっさらった大型新人ってのはヴィルのことか」

「あー……もしかして、酔っぱらい連中をコケにしたことですか?」

「そうそう! ろくでもない連中相手に、キレのいい啖呵を切ったって言うじゃないか。話を聞いた時から気になってたんだ」

「ははは……」


 ひぇ……ノラさんのカラッとした笑顔がとてもまぶしい。


 普段であればドキッとして、なんなら黄色い歓声を上げるのもやぶさかではないのだが、……大型新人ってどういうこと?

 わけがわからなくて、乾いた笑いしか出ないんですけど?


「実はあのあと、アイツらがどうなったのか知らないんですけど……ノラさんはご存じですか?」

「うん? 他所の冒険者だからってことで大目に見られていた部分はあるが、前々から目に余る連中だったからね。昨日の一件でウチは出禁になったらしいよ?」

「あ、じゃあもう顔を見なくて済むってことですね! 良かったー」


 昨晩、パトリシアさんから聞いた話によると、このギルドの食堂と二階にある宿は他所の冒険者でも利用可能な施設になっているそうで。

 あの酔いどれ連中もクエストの関係でここを利用していたらしいが……そうか、あの一件で完全に出禁になったのか。


 喜びを隠すことなくにこにこと笑顔を浮かべれば、ノラさんはちょっぴり苦笑い。


「ずいぶん嬉しそうだね?」

「そりゃあもう。不愉快な顔を見なくて済むなら、それが一番です」

「なかなか辛辣なことを言うじゃないか。……まあ、アタシも同意だけどね。絡まれてウザいったらありゃしなかった」

「ノラさんのお役に立てたなら何よりです。この様子なら、昨日お世話になった先輩さんにも恩返しになりそうな気がしてきました」

「世話になった先輩って?」

「黒髪黒目の男の人でした。確か、あの人も少し前にギルドに登録したばかりだって言ってたかな。パトリシアさんのところまで案内してくれたり、酔っぱらいから庇おうとしてくれたんです」

「……へぇ? あのフォンがねぇ」

「フォンさん、っていうんですね。あの人」


 驚いたようにノラさんが目を丸くする。

 ……けど、『フォン』という名前の方に私は注意が向いた。


 なにせ、この国では伯爵位以上の貴族──いわゆる高位貴族の名前には、『フォン』が必ず入っているのだ。

 フランス貴族で言うところの『ド』にあたるものだと私は認識しているのだが、正式にはなんと言うんだったかな……貴族姓の前置詞? とかなんとか。そんな感じだった気がする。


 とにもかくにも、あの先輩さんに貴族疑惑が浮かんで警戒対象になった、という話である。

 このままノラさんに探りを入れて、何かわかるといいのだけど。


「ええと……そのフォンさんは貴族の方なんですか?」

「いや、そういう話は聞いたことがないね。本人曰く、東の国では『かぜ』を意味する名前だとは聞いたけど」

「……ああ、なるほど。お偉方の名前にある『フォン』じゃなくて、『フォン』の方でしたか」


 異国風の顔立ちに、東の国に由来する名前。

 となれば、風さんの出身も東の国と考えるのが妥当か。


 どうしてそんな人がこの国で冒険者をしているのかは知らないが、この国の貴族と繋がりがないなら、構わない。


 ひと安心した私はこちらを窺う視線を意識の外に追いやり、ノラさんとの歓談を楽しみながら、残りの朝食をたいらげるのだった。


ゆるゆると存在を匂わせて行きますよ!

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