04 青い鳥を探して(4)
その後もパトリシアさんから話を聞きながら、新しい戸籍を取得するための書類を埋めていく。
……といっても、書類作成に必要な情報はそこまで仰々しい内容が求められるわけでも、複雑な内容が求められるわけでもなかったりする。
最低限の情報として必要なのは本人の名前と性別。
生年月日や年齢は『わかれば記入』程度のもので、必ずしも必要な情報ではないそうだ。
なにぶん、ギルドに冒険者登録に訪れる人間というのは、必ずしも身元がハッキリしている人ばかりではないので。
親の顔を知らない子供が独り立ちするためにギルドの戸を叩く、というのは、中下層にごくありふれた日常的なことらしい。
割合的には本人の資質に左右されにくい冒険者ギルドを選ぶ者が多いが、商人ギルドや職人ギルドに向かう子どもも一定数いる。
そして、そういう子どもたちがギルドに名を連ねるにあたり、新しく戸籍を登録するのが一般的な流れになるとのこと。
このため、ギルドで新しい戸籍を取得しようと思うなら、名前と性別さえわかっていればいいのでとっても簡単なのだ!
……まあ、ウィロウのように、『既に戸籍があるけど別の戸籍が必要』となれば、当然そちらには色々と制約がかかるわけなのだが。
最初にパトリシアさんから教えてもらった秘密保持契約のほかにも、冒険者としてのランク上限が定められていたり、単身で受注できるクエストに制限がかかる……等々。
しかしながら、それらの制限はいずれも元の素性を隠し通すために必要なことなので、文句を言うのはお門違い。
ギルド側に身元捏造という負担を強いて守ってもらうぶん、守られる側も多少の制限は甘んじて受け入れるべきってことだ。当然だろう。
「理解してもらえて嬉しいわ」
「えっ、これが理解できない人がいるんですか……?」
「しょっちゅうってわけじゃないけど、たまにね。『自分の力はまだまだこんなもんじゃない!』って過信する人ほど、目立とうとしたり、分不相応なクエストを受けようとしがちなの」
「ははあ……さてはその結果、絶対に見つかっちゃいけない人に見つかって、隙だらけの時にサクッと消されるわけですか」
「そういうこと。最近は紹介状を持ってくる人が少なくなったから、そんな人も見なくなったけれどね」
「一昔前にはよくあることだったと」
「ええ。それこそ、私がこのギルドの受付嬢になったばかりの頃なんて、特にね」
パトリシアさんは眉を八の字に下げて笑っているが、きっと、当時は山のような後始末に追われたことだろう。
彼女が一体どれほどの苦労をしたのか、パトリシアさんの業務内容を知らない私には想像もつかないが、なまなかな物ではなかったんじゃないかと思う。
……背後に背負ったゆらめく般若のお面なんてちっとも見えないよ?
そんなのは私の気のせいですそれ以上でもそれ以下でもありません。
気付かなくても良いことは気付かないふりをして、さらさらと書類にペンを走らせる。
名前の欄には私の名を綴り、性別の欄は女に丸をして……と。
「あとは何を書いたらいいですか?」
「経歴は差しさわりのない、無理のない範囲で書いてもらえればいいわ。動機は……そうねぇ、『自活のため』とか、『冒険者として名を上げるため』とか、『まだ見ぬ財宝を求めて』とか、好きなように書いてちょうだい」
「最初の二つはともかく、最後の一つは欲にまみれすぎでは?」
「人間らしくていいじゃない?」
ころころと笑うパトリシアさんにつられて、私も笑みがこぼれた。
財宝云々につい『欲にまみれすぎ』なんて言ってしまったけれど、冒険者はロマンを求めてナンボな部分もあると思うので、そういった野望を否定する気はさらさらない。というか断然アリだと思う。
隠された金銀財宝や失われた文明の古代遺跡を探し求めるとか、めちゃくちゃ冒険者っぽくてむしろ好きだ。
オタクの心にとてもよく刺さる。
……まあ、『死んだら終わり』と身をもって知っている以上、ロマン至上主義的な言動を自分が取りたいとは思わないのだが。
「経歴と志望動機か……うーん、『ぼちぼち裕福な家庭で生まれ育ちましたが、家を出て自立するために冒険者を目指すことにしました』くらいでいいかな」
侯爵令嬢成分が前面に出るなら、『貴族の生まれだったけど家が没落したので冒険者を目指します』と書いただろう。
というのも、あの子の振る舞いだとどう頑張っても育ちの良さがにじみ出てしまうので、無理に平民の生まれを自称すべきじゃないからだ。
無理に経歴を偽れば、ふとした時の癖や仕草から綻びが生まれる。
そこから元の素性を探られる危険もある、と考えれば、最初から『没落貴族の生まれ』とでも言っておいた方がまだ誤魔化せるだろう。
パトリシアさんが『差し障りがなく、無理のない範囲の経歴を』と言っているのも、おそらくこのためだ。
対する私のベースは、あくまでも一般小市民。
ウィロウの中で十八年を過ごしてもそれは変わらず、感覚的には中下層の平民に近いものがある。
少しばかり目や舌が肥えているのは『ぼちぼち裕福な家庭だったから』で誤魔化せるし、もし仮に貴族の生まれを疑われるようであれば、料理や掃除などの家事をする姿を見せてやれば疑いも晴れるだろう。
せいぜい商家の箱入り娘レベル……と言いたいところだが、先ほどの騒動で口の悪さが露呈しているので、はねっ返りのじゃじゃ馬娘という認識が関の山か。
そう考えると、あの騒動も案外パフォーマンスとしては悪くはなかったかもしれない。
絡まれたことは非常に不愉快きわまりなく、いまだに思い返しただけで気持ち悪さもぶり返すけれど、ああも口の悪い小娘を王太子の婚約者と結びつける阿呆はいないだろうから。
昼間の更新は10時ごろ、夜は引き続き22時ごろで固定しようかなと考え中。
余談ですが、パトリシアさんとおじいちゃんは同じくらいの世代です。
つまり、一昔前のお馬鹿さんたちというのは……。




