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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
新人編

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02 青い鳥を探して(2)


 ギルドの受付は、酒場のような食堂のようなエリアと併設されている。


 衝立や仕切りで分けられているわけではないのだが、利用者も職員もなんとなく意識の持ちようが違うらしく、見えない壁で区切られているかのように雰囲気の隔たりがあった。

 受付側は仕事、酒場ないし食堂側はプライベート……というように、引き締まった空気と賑やかな喧噪が隣り合っているような感じだ。


 先輩さんが『絡まれないよう気を付けるように』と注意喚起してきたのもこのためで、なるほど確かに、いかにも酒癖の悪そうな身汚い男たちが受付近くの席を陣取っている。


 ほかの人たちもそれを知っているのか、あるいは既に被害者が出たあとなのか、その連中から距離を取るように不自然な円ができていた。

 『触れるな危険』、『触らぬ神に祟りなし』とでも言うように、遠巻きにしているのがよくわかる。


「パトリシアに話しかけるところまで行けば、アイツらだって絡んでこないはずだ。気を抜くなよ」

「はい」


 知らない名前が出てきたが、話の流れ的に、受付のおばさまの名前だろうと推察する。


 パトリシアさんがいる受付との距離まであと数メートル。

 同時に男たちとの距離も数メートルという、なんともハラハラドキドキの展開である。


 わずかに先輩さんが足取りを速めたのにつられて、私も歩みを速くしようとして──


「姉ちゃん、見ない顔だな」

「っ」


 あとちょっと、というところで腕を掴まれた。


 声をかけられただけなら、喧噪に紛れて聞こえなかったふりをすることもできただろうに。

 かなり強い力で掴まれたせいでそれも叶わず、不本意ながら足を止めざるを得なくなってしまった。


 ……面倒なことこの上ない状況に、フラグ回収乙、とため息をつきたくなる。


「へぇ、なかなか綺麗な顔してるじゃねぇか」

「ノラといい、このギルドの女はレベルが高ぇよなぁ。どうせ暇だろ、ちょっとこっちで酌してくれよ」


 ぐいぐいと力任せに引っ張られ、踏ん張りが効かずに身体がよろめく。


 ぎしり、とわずかに骨が軋むような音もして、思わず痛みに顔が歪んだ。


「おい、アンタら。彼女はこれから冒険者登録するんだ、さっさと手を放せ」

「ああ? なんだよ、いいじゃねぇか少しくらい」

「先輩風でも吹かせてんのか? お前だって青臭さの抜けない新人のくせに笑っちまうぜ!」

「新人なら大人しく先輩の言うこと聞いてりゃいんだよ。俺らの相手をさせてやろうってんだから、ありがたく思ってさっさと座れ」


 止めようと割って入ってくれた先輩さんを鼻で笑うと、男たちはわけのわからない理屈をこね、とにかく私を座らせようとしてくる。


 ……さっきからアルコール臭い息が顔にかかるし、口臭も酷いしで、ぞわぞわと鳥肌が立って仕方ない。

 ただでさえ見知らぬ男に触れられて不快甚だしいというのに、絡み酒の悪質さで嫌悪感が今にも限界を突破しそうだ。


 ……ああ、もう、不愉快で気持ち悪くて苛々する。


 ウィロウの身体にお前らの汚い手で触るなよ。


「……あぁ?」

「おい、今、なんつった?」


 ぎろり、と男たちが私を睨みつけてくる。

 先輩さんも驚いたようにこちらを見ているあたり、どうやら口に出ていたようだ。


 完全に無自覚だったけど……まあ、いいか。

 いつまでも触られていたくないし、こんな連中に付き合うのも時間の無駄だし、せっかくだからさっさとあしらってしまおう。


 今の私には、それができるだけの力があるんだから。


「おっと失礼、もしかして聞こえなかった? こんなに近くにいるのに? それなら改めて、今度こそちゃんと聞こえるように、酔っぱらいのボケた頭でもわかりやすく言ってあげようか。……お前らの汚い手で触んなって言ったんだよ、飲んだくれのクソ野郎」


 にっこりと邪気のない笑顔を浮かべ、煽りに煽って悪態をついた。


 驚いた顔で男たちが固まっている隙に、まだまだこんなもんじゃ足りない、とばかりに言葉を重ねていくことにする。


「大体、お前らに酌するほどの価値があると思ってんの? ……ないね、ないない。こんな風に周囲に迷惑かけるくらい酒癖が悪くて、飲食する場所だってのに土埃まみれで薄汚れてるのにお構いなしみたいだし、ぱっと見でわかるくらい武器防具の手入れもちっともされてない。つまりはほかの冒険者の人たちにできていることができない、最低限の常識すらわきまえていないような非常識と不潔の塊ってことじゃん、オタクら。誰がそんなヤツの酌したいと思うんだよ。歯を磨け。顔を洗え。汚れを落として清潔感ってものを備えろ。人として最低限度のマナーをおぼえてこい。私に酌しろって言うんなら、鏡見て、最低限の身づくろいしてから出直して来な。……というか、酒くらい手酌で勝手に飲んでろよ。『女は男の酌をするのが当然』とか、ふざけてんのか? 女に酌して欲しいんなら大人しくそういう店に行って金落としてろ」


 目について仕方がない欠点をあげつらったあと、ふん、と鼻を鳴らして、腕を振りほどく。


 ……一部、男たちに対する苛立ちだけではなく、前世の会社や親戚との飲みの席での苛立ちも混ざっているが、それがわかっているのは私だけなので問題はなかろう。

 心の底から『女が酌』系の風習は滅べばいいと思うんだよね、私!


「っ、女のくせに好き勝手に言いやがって──」


 顔を赤くした男たちが、激昂して立ち上がる。

 それを見て、ぼちぼち良い頃合いかな? と思ったので。


「うるさいんだけど」


 絶対零度の睥睨へいげいとともに、男たちに向けて『威圧』を発動させる。

 イメージは真夜中のお茶会で、王太子の所業に怒っていた時の先代様だ。


「ヒッ!?」


 果たしてこちらの目論見は上手くいったのだろう。

 男たちは顔を真っ青にして、へなへなと床に座り込んだ。


「ぁ……うぁ、あ……!」


 ぶるぶると震えながら、怯えるように私を見上げる無様な男たち。

 あーあ、まったく、先ほどまでの威勢の良さはどこに行ったのやら?


 酔っぱらいたちの惨めで情けない姿を嘲笑って満足した私は、ぽかんと呆けている先輩さんに向き直り、気を取り直して微笑んだ。


「すみません。案内の続き、お願いしてもいいですか?」


ヴィルのこっ酷いまでの辛辣さについては、また追々。

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