25 ジェーン・ドゥへの贈り物(6)
「いかがですか、お嬢様?」
鏡の中のコードさんは、微笑みながら仕上がりを私に問う。
「とても素敵です。無理して自分でやらずに、コードさんにお任せして本当によかった」
「恐縮です」
手放しの称賛は私にできる最大限の感謝だった。
腰の位置よりも長かった髪は今やすっかり肩の上で、まるい柔らかなシルエットを描いている。
それでもすっきりとまとまって見えるのは、ひとえにウィロウの癖がつかない髪質のお陰だろう。
深窓の令嬢チックな風貌は今や、ボーイッシュな女の子といった出で立ちで、これなら市井の暮らしに馴染むのも問題なさそうだ。
……肌の白さが庶民としてはありえない、なんて指摘を受けてしまうと、言い訳がしづらいのだが。
そのあたりは指摘されても誤魔化せるように、おいおい設定を詰めていかなければ。
──と、そこへ響いたノック音。
「私だ。入っても構わないか?」
「はい。どうぞ、お入りください」
どうやら来訪者は先代様だったらしい。
とはいえ、この部屋に近づける面子からしてメイド長か先代様の二択だったので、さして驚くこともないのだが。
部屋に入ってきた先代様は私を見るや否や目を丸くして、わずかに唇をわななかせる。
……悲しげなのは、まあ、私が髪を切ってしまったからだとして。
なんだか何かを懐かしんでいるようにも見えるのは、一体どういうことだろう?
「髪を切ったんだな。よく似合っている」
「ありがとうございます」
「本当に、君の……ウィロウの大伯母様とそっくりだ」
「大伯母様、ですか?」
はて。そんな人、今までに一度でも聞いたことはあっただろうか?
ウィロウの記憶をたどってみるが、残念ながら心当たりはまるでない。
ウィロウの両親さえ一度たりとも話題に上げたことがなかったほどで、まるで箝口令でも敷かれていたかのようだと思う。
でも、ウィロウの大伯母様ということは、当然それなりの生まれの人なわけで。
十八年も生きて一度も話題に上がらない、顔も合わせたこともないというのはちょっと不自然な気がする。
私の疑問を察してか、先代様はぎこちなく微笑んだ。
「彼女は若い頃に心を壊してしまったから、表舞台からは姿を消していたんだ」
「!」
「それまでの心労も祟ったのだろう。数十年前に早世してしまったから、息子夫婦も含め、彼女のことを知っている者は数少ない」
「……ああ、だからか」
ぼそ、と思わず呟きがこぼれ落ちる。
今の話でようやく先代様がウィロウを諦めかけた理由が見えた気がして、すとん、と得心を得た。
「ウィロウは大伯母様似ですか?」
「ずっと妻に似ているものとばかり考えていたが、案外そうかもしれない。気付いたのもたった今だが」
「……先代様は、大伯母様と仲が良かったんですね」
「何故そうだと?」
「『目は口ほどに物を言う』と言いますから」
ノスタルジアな表情に混じる寂しさは、もう二度と取り戻せない日々を想ってのこと。
そう察するにあまりあるほど、心ここにあらずというように遠くを見つめるまなざしは揺れている。
私が先ほど感じ取った悲しみも、もしかすると、大伯母様のことを思い出したからだったのかも。
そんなことを考えながら、なんとはなしに黙り込んでいるコードさんに視線を投げ、……私は何も見なかったことにした。
コードさんは先代様にずっと仕えているのだから、当然、大伯母様のことも知っているはず。
そう思い至っていたのに、軽い気持ちで様子をうかがうものではなかった。
軽率な行動を反省すると同時に、動揺する心臓を落ち着かせながら、後悔に暮れる自分と同じ灰色の瞳を見返した。
「先代様」
「うん?」
「どうか、ウィロウの帰りを待っていてあげてください。……今はちょっとだけ、一人で心の整理をして、ゆっくり休む時間が必要なだけなんです」
夜更けのお茶会でお願いしたことを、もう一度、改めて口にする。
今すぐには難しいけれど、ウィロウは必ず戻ってくる。
だからどうか、大伯母様の快復を祈っていた時のように、あの子の帰りを待っていて欲しい──ただ、そんな気持ちを込めて。
「ああ。……ああ、もちろんだ。待っているとも。私の可愛い孫娘が、あの頃のように笑いかけてくれる日を……ずっとずっと待っている」
ほんのり潤んだ瞳を細め、先代様は深く頷く。
そのまま孫娘の身体を抱きしめると、壊れ物を扱うような手つきで私の頭をそっと撫でた。
「だからいつでも帰っておいで、ウィロウ。今度こそ、私が必ずお前を守るから」
──とくり
「!」
胸の奥で、確かに『何か』が揺れ動く感覚がした。
私ではない、別の『何か』が反応したのだ。
まさか、まさか、まさか!
胸いっぱいに広がる期待と興奮で身体がぶわりと熱を帯びる。
ウィロウだ。
今のはきっと、ウィロウに先代様の言葉が届いて反応してくれたんだ。
どきどきと心臓が高鳴るのを必死におさえながら、震源を手繰るように意識を集中させる。
すぐに表に出て来いなんて言わない。
だけどせめて、君がどこにいるのか知りたいんだ。
君がどこにいるかわからないだけで、心配でたまらないんだ。
ただその一心で探して、探して、……けれどウィロウは見つからなかった。
揺れ動く感覚があまりにも小さく、瞬きにも満たない刹那だったために、居場所を探る手がかりを得られなかったせいだ。
ああ、口惜しい。
せっかくあの子を感じ取れたのに、と唇を噛む。
それに──私が呼び掛けてもうんともすんとも言わなかったにもかかわらず、先代様の呼びかけには応じてみせたことも悔しかった。
……悔しいが、少し考えてみれば、それも仕方ないことだろうと納得せざるを得ない。
なにせ私はウィロウの中にずっといたけれど、あの子は私を知らないのだ。
顔も名前も分からない赤の他人がどれほど自分を大切にしてくれたって、そんなこと信じられるはずもなければ、むしろ恐れに近い感情を抱いたっておかしくないだろう。
たとえ喧嘩別れしてそれきりだったとしても、大好きだったおじい様が語りかける優しい言葉に耳を傾けて応じるのは、きっと自然のことだから。
「どうかしたか?」
「今、ほんの少しだけ、ウィロウが反応してくれたような気がして」
「!」
「きっと、先代様の想いの賜物ですね。本当にありがとうございます」
……ああ、嫉妬を押し隠して感謝を告げる私は、上手く笑えているだろうか?
次々回からおじいちゃんの話がちょっと挟まるので、大伯母様の話はその時にでも。




