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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
逃亡編

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19 因果応報の恋と知れ(6)


「王太子がどこで魅了の魔法を知ったのかは知りませんが、まあ、彼は王族ですから。引っかからないように注意するよう、教育係か誰かから聞いたんだろうなと思っています。品行方正で真面目な王太子は万が一のことを考え、自分でも魅了の魔法について調べて対策を練ろうとしたんでしょうね。──それが、なんとまあ恐ろしいことに、物の見事にミイラ取りがミイラになってしまったわけです」

「……魅了の魔法を調べるうちに、かえってその魔法がもたらす効果に虜にされてしまった。そういうことか?」

「本人がポロっとこぼした言葉も踏まえての推測なので、恐らく間違いないかと」


 先代様の要約に頷く。


 改めて説明するまでもないが、魅了の魔法の効果とは、対象が術者に好意を寄せるようになる……というものだ。

 魅了の魔法にかかっている間、対象は術者に対して純度一〇〇パーセントの好意を向け、完全なイエスマンと化す。


 これがあの王太子と致命的なまでに相性が良かった──否、むしろ悪かったのか。


 何かと気にしいな王太子にとって、この魔法はさぞ魅力的だったことだろう。

 なにせ、この魔法を使えば、自分に好感情しか抱かない存在を作ることができるのだから。


 本音と建前の使い分けが必須な貴族社会において、裏表なく自分を大切にしてくれる……そんな存在が身近にいたら、それだけで格段に息がしやすくなるとでも思ったのかもしれない。

 結局、王太子は甘い誘惑を振り切ることができず、ウィロウに対して魅了の魔法を使い、好意しか向けてこないあの子の傍は居心地が良いと知ってしまった。


 ……それがかえって自分の首を絞めることになるなんて、夢にも思わずに。


「対象にウィロウを選んだのは、婚約者だからか?」

「そうとも言えますが、違うとも言えますね。もちろん、婚約者という立場も選ばれた要因だと思いますが……それ以上に、初恋の女の子である、ということが重要だったのではと」

「なるほどな」


 要はアレ、『好きな女の子にちやほやされたい!』とか『ヨイショして欲しい!』とか、動機をまとめるとそういう感じ。

 いや、かなり俗っぽい言い方をしてしまったけど、これであながち間違いじゃないのは本当だ。


 王太子は『精神安定剤として全肯定してくれる存在が欲しい』と考え、それを叶えることのできる手段を手に入れてしまった。

 そして、いざ悲願が叶うとなった時、王太子が精神安定剤に選んだのは初恋の女の子である婚約者だった──それがこの件のあらましである。


 ……この結論に行きついた時は頭を抱えたものだ。


 齢十歳の少年があまりにも拗らせすぎだろうと思ったし、周囲の大人は誰一人として気付かないのかと憤慨もした。

 これはきっと、ただ一人でも王太子の内面に対する理解者がいれば、防ぐことができたかもしれない案件だから。


 周囲に本心を悟らせなかった王太子のええかっこしいな部分が悪いのか、周囲の大人たちの目が節穴だったのか、ウィロウの中で悩んだことも数知れない。

 今となっては『両方悪い』という着地点に落ち着いたが……それはそれとして、王太子の精神的に未熟な部分の負債をウィロウ一人に押し付けるのはやはり違うだろう。


「王太子も確かに、気の毒な子ではありました。ずっとウィロウの中で見てましたから、憐れんだり、同情することがなかったとは言い切れません。──でもね、物事には限度ってものがあるんです。それは先代様もご存知でしょう?」

「無論だ」


 魅了の魔法をかけられただけで許しがたいのに、あのクソ野郎がイルゼちゃんを使ってウィロウを弄んだのが、決定的に私の逆鱗に触れた。


 目に入れてもいたくないくらい可愛い子の尊厳を自己都合で踏み躙り、その在り方を捻じ曲げただけに飽き足らず、果ては弄ぶ……そんな所業をおこなったクズを笑って許せるような仏心、たかだか一般小市民だった私が持っているわけがない。


 あんなヤツ、さっさと周囲に捨てられて、見限られて、一人ぼっちで死ねばいいと思っている。


 アレがこの国の王太子だなんて、そんな事情は私が知ったことじゃない。

 というか、あんなのを王にいただくような国なぞ滅んでしまえ。


 ウィロウという前科がある以上、アイツが第二、第三の被害者を作らないとも限らないのだから。


 今でさえ王太子という重責にさえ音を上げるようなヤツが、果たして国を統べる王になって何もやらかさずにいられるとでも?


 ……そんなのは無理だ、絶対に。

 遅かれ早かれ身辺を全肯定botで固めて国全体を傾かせるに決まっている。


 下心アリの連中に付け入られるような愚かさを見せるとは思わないが、身の回りにいるのがイエスマンのお人形さんだけという、自分にとって都合の良い環境を作り上げた王太子がおままごとに耽る未来しか私には思い浮かばなかった。


 王家にはアレクシス殿下という第二王子スペアがいる。

 だったらそちらを世継ぎに据えて、あんなクズはとっとと捨ててしまうべきだ。


 目に見える優秀さが眩しく映るのもわからないではないが、それを優先した結果として国が腐っては元も子もないだろう。


 ……まあ、そのあたりの心配は無用か。

 どうせこれから、王太子は坂を転げ落ちるように悪い方へと向かっていくだろうし。


「何年もの間、王太子はウィロウというお人形さんに依存してきました。あの子の傍でだけは息ができる──そういう環境に慣れきってしまったせいで、本当の意味での理解者を得ようとする努力をすっかり放棄しているんですよ。そんな体たらくの王太子の元から、もしも肝心のウィロウが消えてしまったら? アイツの手に届かない場所にウィロウが行ってしまったとしたら?」

「……」

「ふふ。王太子がいつまでもつか、どうなるのか、とっても見物ですよね!」


 落ちぶれた王太子を想像するだけでゾクゾクする──なんて言ったら、流石に品性を疑われるからお口にチャックしておこう。


 ……あ、既に手遅れですかそうですか。

 でもまあ、先代様から品性を疑われるのは私だし、ウィロウに影響がないなら問題ないな!


転生者の性格の悪さがとうとう露呈しました。

こういうヤツなので、ざまぁも『爽快なざまぁ』にはならないだろうな……という予感。予定は未定ですけどね。

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