18 因果応報の恋と知れ(5)
「文武両道、才色兼備。神童と謳われるほど非常に聡明で心優しく、けれど時として非情な選択を取るなど、国のための行動を迅速果断に迷いなく行うことができる人。『彼にさえ任せておけば我が国は安泰だ』と誰もが口を揃えるほど優秀な人物であり、完全無欠の王太子、などと呼ぶ方も多いようで」
「君はそう思っていないと、表情が物語っているが」
わずかに表情を強張らせた先代様の指摘に、でしょうねと肩をすくめる。
なにせ私は、嫌悪も侮蔑も隠すことなく、世間一般に流布された王太子の偶像を嘲り笑っているのだから。
こんな顔、ウィロウの身体を使ってすべきじゃないとは思う。
けれど生憎、積年の恨み辛み憎しみのすべてを笑顔の仮面に隠せるほど、私はお貴族様の在り方や精神性に馴染めているわけではないのだ。
たとえこの十八年、ずっとウィロウの中で過ごしていたとしても……否、だからこそ、か。
それでも一応、社畜時代の経験もあるので、多少の猫かぶりはできる。
だが──やはり、あのクソ王太子が絡むとなると、それも難しいもので。
「ええ。だって、完全無欠とはほど遠い、精神的に弱くてとっても脆い子なので。皆さんが彼を讃えるたびに笑っちゃいますよ」
せめて邪気は減らそうと、嘲笑の代わりににっこりと無邪気な笑顔を浮かべ、私の見解を述べる。
……ああいや、笑顔はどうにかなっても、言葉の方に棘が出てしまったら意味はないか。
「──」
「絶句する気持ちも、まあ、わからないではないですが……信じられませんか?」
「……そう、だな。王太子とは非常に立ち回りの難しい地位だ。心が弱いようでは、完璧だなんだとあそこまで称えられるはずがないだろう?」
「おっしゃる通りで。──それを隠すためのウィロウ、ですよ」
「何?」
怪訝な声を上げる先代様たちのために、より詳しい説明をする。
「先に言った通り、王太子は非常に精神的に弱く、脆い人物です。繊細、あるいは多感と言い換えても良いかもしれません。彼は人の感情に敏感で、期待されることも、悪意を向けられることも、何もかもが大きな負担でストレスになるタイプだったんですよ。……なまじっか感受性が高すぎたせいで、相手のちょっとした仕草とか声色から、拾わなくていい情報まで拾ってしまうのも良くなかった。あれもこれもと受け取っては気にしすぎる性格は、それはそれは生きづらいでしょうね」
「それは……」
「個人的には王太子どころか、王族として生きることにとことん向かない気質だと思います。いっそ世捨て人にでもなって、辺境の地に引きこもって興味関心のあることを研究しつつ、時々その成果を世俗にポイッと流すくらいの生活がちょうど良かったんじゃないですか? もしくは完全に世俗と縁を切って自給自足の生活をするとか? ……まあ、それができない生まれと資質を持ってしまったのが、彼にとっての不幸だったんでしょうね。そこは私も同情しますよ、流石にね」
苦痛を強いられているのに逃げられない生活が苦しいことくらい、私だって知っているのだから。
「確かに、王太子の能力は非常に高いです。それは疑いようもない事実で、だからこそ、周囲は彼に期待している。幼少期の王太子は幼心に、慢心することなく王族としての責任感を持っていたんでしょう。自分には無理だと投げ出すことも、爆発することもせず、周囲の期待に応えることを選んでしまった。そうしておけば良かったのに、いばらの道を自ら選んだ。それが悪いことだとは言いませんよ? むしろ立派だと思います、私なら絶対に途中で嫌になってドロップアウトしてるだろうし。……でも、その結果として王太子は魅了の魔法に手を出してしまったんだから、本当にどうしようもないヤツですよね? 自分でいばらの道を選んだのに、その道を歩み切るだけの自律ができなかったんですから。結局アレは救いようのない馬鹿だったってわけです」
「……お嬢様」
「ウィロウ。いくらここにいるのが私たちだけとはいえ、あまりなことを言うものでは……」
口が過ぎる、と言外に二人が伝えてくる。
貴族社会に精通する彼らの懸念も窘めも当然のものではあるが、──その辺を注意しないほど、私とて馬鹿なつもりはない。
「ご心配なく。盗聴防止の対策はしていますので」
「というと?」
「私たちの声が部屋の外に漏れず、部屋の外からも聞こえない──そういう魔法を使っていますから」
「……は」
「そんな魔法は聞いたことがありませんが……」
「そうでしょうね。なにせウィロウが作った魔法ですし」
この魔法はイルゼちゃんと密談した時に『嗜み』と称して使ったものだ。
魔法に関する知識に疎い彼女は『嗜み』という言葉に上手く誤魔化されてくれたが、先代様たちにはその言い訳が通用しない。
というわけで、『ウィロウが作った』と説明し、彼らには無理矢理にでも納得してもらうことにした。
コードさんが指摘してきた通り、この盗聴防止魔法は私以外、誰も知らない特別なシロモノだ。
なにぶんこの魔法は偶然の産物というか、ウィロウが消える直前に残してくれた置き土産みたいなものなので、使い手は恐らく私だけ。
もちろん、世の中に似たような魔法を開発した人がいなければ、という注釈はつくが……先代様さえ知らないなら、きっとほかにはいないのだと思う。
魔力消費が少ない上に使い勝手が良く、今の私に必要な魔法ということで、とても重宝している魔法だ。
「話を続けても?」
「あ、ああ……そうだな、その魔法については後回しにしておこう」
それはつまり、のちほど話を聞くからよろしくな! という解釈でよろしいか?
……うーん、上手く説明できるかどうか心配だ。
なるべく噛み砕いて話せるよう、頑張るつもりではあるのだが……私が魔法を使う時って、わりとフィーリングな部分が多いからなぁ……。
今回はややふわっとしておりすが、明日の更新でより詳細な説明が入ります。
でも、察しの良い読者の皆様なら全容をわかり始めていそうだな……。