44 ネバーエンド・アフターオール(5)
「早い話がマーケット特有のごたごたに巻き込まれた結果、みたいな感じ?」
「……まあ、そうだな」
鉄拳制裁で同士が黙らされたところで、改めて怪我の理由について、私たちから説明することになった。といっても、お城との契約もあるため馬鹿正直にすべてを説明するわけにはいかないので、ほどほどにぼかしながらだけどね。
怪我の建前としては、『人違いで因縁をつけてきた破落戸に首を絞められて怪我をした』という体を取ることにした。
包帯を取ればどうしても首を絞められたことは誤魔化せないので、そこは素直に白状しつつ、怪我をさせてきた相手については誤魔化す感じ?
嘘をつく時はほどほどに事実を混ぜ込むとバレにくくなる、という鉄板ネタを実践しているかたちだ。
このあたりは風君とも事前に打ち合わせをしておいたこともあり、わりとスムーズに、違和感なく説明できたんじゃないかなぁと思う。
ちなみに同士は「人違いでヴィルに絡むとかやべーやつもいたもんだ……」とドン引きし、ノラさんは普通にめちゃくちゃ怒ってた。
黙り込んでいたけど、犯人を見つけてシメないと気が済まない、と言い出しそうなくらい明らかに気が立っていて、もし『王太子にやられました!』なんて言ったらお城まで殴り込みに行くんじゃないかと本気で危惧してしまうほどで。
どうやら風君も似たような感想を抱いたらしく、二人がかりで「もう犯人はとっ捕まってるから!」「城の衛兵につきだしてしっかり処分してもらう言質も取ってきた」……等々、言葉を尽くして宥めまくった。
私たちが頑張った甲斐あって、一応、どうにか落ち着いてくれたけど、それでも怒りが収まったとはとても言えそうにない、ピリピリした空気をまとっているのが非常に心臓に悪い……。
(でも、……うれしい、な)
ノラさんが怒っているのは、悪い意味で心臓がドキドキするけど。
本気で私のことを心配しているからこそ、こんなに怒っているんだ、ということだと思うから。
なんだか胸の奥がくすぐったいような、むずむずするような、不思議な感覚がする。
「ヴィル」
「はーい?」
なんとも言えない感覚にそわそわしていると、怒ったようにも、悲しそうにも見えるしかめっ面をしたノラさんが話しかけてきた。
声もなんだか真剣みを帯びていて、まだ何かノラさんに気にかかるようなことがあるのだろうかと首を傾げる。
……ううん。こちらとしては、首の怪我を無事に誤魔化せた以上、ほかには特に何も問題ないつもりなんだけどなぁ。
「予定より少し早いけど、アタシたちはギルドに帰ろうか」
「え」
「幸い、ここにはラッセルと風がいる。アタシたちが受けたクエストの引継ぎをきちんとすれば、依頼者に迷惑がかかることもないしさ。……これ以上、変なトラブルに巻き込まれてアンタが怪我をする前に帰ろう。マーケットを見て回るのはまた今度にしてさ」
私の肩に手を置いて、小さな子どもに言い聞かせるように、ノラさんはゆっくりとそう言った。
心配をしてくれているのだ、と思う。
さっきまでしかめっ面だった表情は、今やすっかり気遣わしげなそれに変わっていて、……それでいてやっぱり悲しそうで。私の息抜きのためにと王都に誘ってくれたのはノラさんだから、この首の怪我は自分のせいだ、なんて思っているのかもしれない。
私が怪我をしたのが、ノラさんと離れている間――もっと言うなら、ノラさんが二日酔いでダウンしていた間だったから、なおさら気にしてしまうのかも。
私がノラさんの立場なら、きっとそう思ってしまう。
だから本当は、ノラさんの心配を素直に受け取って、頷くのが正しい。
大人しく従ってギルドに帰るのが、いい子の選択に違いない。
でも。
「やだけど」
『え』
「それはやだ!」
『えっ』
正しい行動も、正しい選択も理解した上で、私はそれにNoを突き付けた。
同士や風君が『マジかお前』みたいな目を向けてくるけど、そんなの私が知ったこっちゃない。
だって。
「ノラさんとデートしてないのにイグレシアス領には帰れない!」
「え、えー……?」
「ヴィル……」
「ノラさんとデートするために遠路はるばる王都まで来たのに何もしないで帰るなんてぜっっったいやだ!!」
「こやつ欲に忠実過ぎんか??」
「は? 同士にだけは言われたくないんだけど」
「ヒョッ」
同士の指摘通り、欲に忠実すぎる私にノラさんはめちゃくちゃ困惑しているし、風君は呆れて物も言えないのか、一人天井を仰いでいる。
……でもさあ、欲に忠実だと言われようとなんだろうと、これだけはどうしても譲れないんですよ!
私、今日、めちゃくちゃ頑張ったと思うので!
ご褒美のひとつやふたつ、あってしかるべきだと思うんですよ! ね!!
「次って言ってもマーケットは年末年始しかやらないし、年始はギルドの方でバタバタじゃん? ということは次のマーケットデートのチャンスはどれだけ早くても一年後ってことでしょ? そんなに待てない! やだ!」
みっともなかろうとなんだろうと、これだけは譲らないぞ!
そんな気持ちで駄々っ子全開のおねだりをして説得にかかったところ、……普段の私はノラさん相手に非常にものわかりのいい子なので、これだけ子どもっぽい姿は相当意外だったんだろうね?
結果から言えば私の我儘は聞き入れられ、「その代わり絶対にアタシから離れないこと!」と約束させられた。
まあ私からすればご褒美でしかないんですけど!
いえーいノラさんとマーケットデートだー!
「ノラとヴィルが……合法デート、だと……!?」
「合法デートって何」
「気持ち悪いぞラッセル」
こちらのウキウキ気分に水を差すかのように、ハンカチを噛んで涙する同士。
早い話が嫉妬されているんだろうけど、今回は(今回も?)私の知ったことじゃないので、ノラさんにべったりくっついたままツッコミを入れる。
ちなみにそんな私の横では、ドン引きした風君が容赦のない一言を兄貴分へ浴びせかけて……いや風君、本当に同士に対して遠慮ないよね君ね? そんなことってある?
アレかな、この兄貴分は何を言っても自分を見捨てないでいてくれるっていうある種の甘えというか、信頼的なものの表れだったりします?
というかそうじゃなかったら、同士があまりにも気の毒すぎてちょっと同情したくなるレベルなんですけど。
(……まあ、でも)
風君の謎の辛辣さはいったん、横に置いておくとして……ここの空気は、あったかいなぁと。
唐突に、脈絡もなく、そんなことを思った。
私なんかを心配してくれる人がいて、私なんかのために怒ってくれる人がいて。
私なんかが我儘を言っても許してくれる人がいて、馴れ馴れしいの度を超えた、生意気千万な態度を取ってもさらっと流して仲良くしてくれる人がいて。
……私なんかを助けるために、守るために、必死になってくれる人がいて。
それはきっと、ただでさえ得がたい存在なのに、私なんかにも与えられてしまって――こんなに居心地のいい居場所は、手放しがたくて、失いがたいものだよなぁと。
心から、でも、どこか他人事のように客観的に、考えて。
(……あと何日、こうしてられるかな)
脳裏に浮かんだ疑問で、表情が曇らないよう顔の筋肉を意識する。
――勝利の余韻は、なんだかちょっぴりほろ苦かった。
ヴィル視点はこれでおしまい!です!
あとはおまけが続いて、今回の章はおしまいになります。
 




