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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
嘲弄編

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38 そして魔女はわらう(7)

「整った顔が好き。美しいものは見ているだけで心を慰めてくれる」

「綺麗な声が好き。その声で名前を呼ばれるだけで、ぼくの心に染み入るように幸福感が広がるから」

「淡い金色の髪が好き。ぼくは問答無用であたりを照らす太陽よりも、優しく寄り添ってくれる月の方が好きだから」

「ピンと伸びた背筋が好き。ぼくの隣に立つに相応しく在ろうと、ウィロウが努力して身につけてくれたものだから、嫌いになるなんて有り得ない」



 私の危機感をよそに、王太子は依然、余裕綽々で恍惚(でれっ)としたまま。

 こっちはその声を聞くだけで、両手を包む感触だけで、全身にぞわぞわと鳥肌が立って気持ち悪くて仕方ないのに。そんなのお構いなしに距離まで詰めようとしてくるものだから、私は一歩、また一歩と後退して、そのたびに王太子に距離を詰められての繰り返し。


 狭い屋内で、そんないたちごっこを続けていれば、当然背中と踵が壁にぶつかり、いたちごっこ終了のお知らせが来ちゃったりして。

 どんどん悪い方へと転がっていく状況に思わず白目を剥きたくなった。


 ……いやもちろんウィロウの顔でそんなことは絶対にしないし、自分から隙を作るつもりはないので、あくまでそういう気分ってだけですけどね? 嫌なサンドイッチの具になったなぁとちょっぴり現実逃避するくらいの精神的余裕は、どうにかあって欲しいなと思うところです。はい。



「だけど何より、その、あたたかくて冷たい灰色の瞳が好きだった」



 ――ひたり、と王太子の手が頬に触れた。

 その手の親指が、(ウィロウ)の目のふちをなぞるように、涙袋をゆるりと撫でる。


 王太子はさっきまで両手でこなしていた拘束を片手でこなすことで、自由に空いた手を利用してそれを叶えたわけだけども、……手の大きさしかり、力の強さしかり、こういうところで出る性差って本当にずるいよなと思う。



「ぼくを見つめる熱のこもった瞳は、不思議といつも、一番奥のところがひんやりと冷めていて……その冷たい部分が、この世の誰よりもぼくをまっすぐ見つめていてくれることを知っていた」



 顔をしかめて首を捻ったのは、距離が取れない私なりの最大限の拒絶のつもり。

 そんな私を気にすることなく王太子はぺちゃくちゃおしゃべりを続けているけど……。



(いやほんとさっきからなんなんですかねこいつ??)



 私、最初からずっと、徹頭徹尾『お前嫌い!』って態度貫いてるんですけど??

 君って確か人に否定されること嫌いなはずじゃん?? なのになんで平然と私とおしゃべりしたり、ウィロウに向けるのと同じ熱量を私に向けてるわけ?? おかしくない??


 王太子をずっと傍で見ていたのはウィロウだし、なんだかんだ、魅了をかけられるまであの子が君を心憎からず思っていたのも確か。

 むしろすごく好意的に見ていて、君の隣に立つに相応しい国母(ひと)になろうと意気込んで努力していたから、君もあの子を好きになったんだってわかってる。


 王太子自身がええかっこしいだからこその潔癖さ、とでも言うのか。

 自分自身が相当な努力をしているからこそ、それと同等の努力を婚約者にも求めていた。


 だから、だからさ――君がウィロウを好きなのは、いくらでも納得できる。

 だけど()()を、いくら私がウィロウの一部だからって、私にまで向けるのは違うんじゃないの。



(……いやそんなことより風くんまだ!?)



 そろそろ時間稼ぎも限界に近いんですけど!

 逃げ場もなくして抵抗の手段もほぼ奪われて、これ以上の粘りはさすがにちょっと難しいものがあるんですが?


 最終手段で頭突きもできなくはないけど、ぶっちゃけ自滅するだけの可能性も大きいわけで……でもなぁ今の状況で魔法をぶっぱなすよりは頭突きの方が捨て身度はいくらか低いだろうし、腹括ってフラフラになってでもどうにかここから逃げ出すしかない? よね?


 ウィロウの顔に傷をつけるのは本意じゃないけどこの際だ、背に腹はかえられない。

 いざ、と覚悟を決めてスッと息を吸い込み――






「それが、ずっとウィロウの中にいた『君』だったんでしょう?」






「……は?」



 王太子の話は、話半分に耳を傾けていただけで、ほとんど私の思考は別のところにあった。


 これ以上の時間稼ぎをどうするか。

 どうやって王太子との距離をもう一度確保するか。

 そんなことばかり考えていたから、だから……最初は、何を言われたのか理解できていなかった。


 ただ、その言葉をきっかけに、流れが変わった。のは。なんとなくわかった。本当に、それだけで。


 でも、流れが変わったことさえ、頭がそう、と判断したわけじゃない。

 肌で感じる空気から、なんとなくそう感じただけ。


 そうして、うっそりと陰のある陶酔の笑みを浮かべた王太子の顔を見て、今までぼんやりと耳を傾けていた話の内容を遡って、精査して。

 ――言葉の意味を噛み砕いて飲み込んだ時、言いようのない気持ち悪さにゾッと背筋が震えた。



(……私を(・・)認識してたってこと(・・・・・・・・・)?)

「ふふ、やっと僕のことを見てくれたね」



 それはまるで、剥き出しの心臓を無遠慮に鷲掴みされたような感覚。


 ウィロウですら自覚していなかった私の存在に、王太子が気付いていたらしい、なんて。

 信じられない思いでまじまじと、悪態をつきたくなるほど整った顔を見れば、王太子は嬉しそうに笑った。


 その笑顔は、あの日の、幼い少年の姿を思い出させた。

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