33 そして魔女はわらう(2)
(――私の場合、ファーストキスの定義はどうなるんだろう)
場違いにも、ふと。そんな疑問が脳裏によぎった。
ウィロウと私は同じ身体を共有している。
いやまあ、厳密には私が勝手に間借りしているだけなんだけど。今こうして身体の主導権を握ってしまっている以上は、どうしてもそう表現せざるを得ないわけで……だからいったん、細かいことは横に置いておくことにする。
じゃないと話が進まないのもあるし。
――とにかく。
私たちが同じ身体を共有している現状、私のファーストキスの定義はどうなるのか、というのはちょっとした疑問だった。
同じ身体を使っているウィロウが王太子と初めてキスをした時なのか。
それとも、私が身体の主導権を握って初めてキスをした今この瞬間なのか。
別に、ファーストキスに夢を見るような年頃でもなければ、そんな純真さも残っていない、それなりに荒んで擦れた大人な自覚はあるので。単純に『なんとなく気になる』という感情由来の疑問なことも相まって、正直、答えがどちらであっても『へぇそうなんだ』程度の感想が関の山だと思っている。
ただ、そう、あくまでも夢を見ていないだけであって。
私にも最低限、キスの相手を選ぶ権利くらいはある。
ウィロウやノラさん相手だったら全然余裕だろうなって思ってるし、同士は……まあ、必要とあらばできなくはない、かな。
お互いに顔はめちゃくちゃ引きつっているだろうし、キスしたあとは『今のはなかったことにしよう、いいね?』って感じで約束して、他言無用のアンタッチャブルな黒歴史と化すだろうけど。
あとは風君……風君もねぇ、同士と似たようなものじゃないかなぁと思う。
どうしてもそうしなきゃいけない事態になってしまったら、腹を括るくらいのことはできるよ、一応。
もちろん、彼が感じている女性への苦手意識のことを鑑みれば、そんな事態にならないのが一番ではあるし、そうならないように最大限努力するけどね。
――ぐだぐだと話が長くなってしまったけれど、要するに、だ。
(名前が上がらなかった君とは絶対にお断りなんだよね)
口内に舌を入れられないよう、頑なに口を閉じながら、外聞も何も気にせず暴れ出したくなるほどの嫌悪感をどうにか落ち着かせる。
感情が乱れた状態で魔法を使えば、思わぬ暴発を招いてしまうこともある。
魔法とは理性の術なのだとは、ウィロウが魔力の扱い方を教わり始めたばかりの頃に聞いた話で。つまり魔法を使う時に気を付けるべき初歩中の初歩、というわけ。
なので。
(心を無にして、3stepクッキングでも始めますかね)
はじめに、社畜製造魔法こと回復魔法で状態異常を治します。
次に、相手の唇を思いきり、それこそ血が出るくらいの力加減で噛みます。
それから最後に、右手に強化魔法を集中させて――
「ぐッ……!?」
唇を噛まれたことでとっさに身を引いた王太子の横っ面に、拳を叩きこむ。
……と言っても、ウィロウがそうであったように、私も根っからの魔法使いタイプ。物理攻撃のステータスは底辺を這っているようなものだろうし、魔法で強化したとはいえ、たいしたダメージにはならないはず。
「私、おさわりはご遠慮くださいと申し上げたはずなんですけど、あれじゃご理解いただけませんでした? ……それとも、高貴な方にはもっと噛み砕いた言葉の方が良かったかしら」
そして、その自覚があるからこそ芝居がかった口調で、わざとらしく小首を傾げながら、気取ったように頬に手を当てて――端的に言うならウィロウっぽさを出して遠回しに彼をディスったわけですね。
……ぶっちゃけ横っ面を殴ったことより、こっちの方が王太子にはダメージがあるんじゃないかって気がしてるけど、それはそれでなんか嫌だな。
ちなみに、王太子は私の攻撃を無防備に喰らったので、今はうつ伏せに近いかたちで床に倒れ込んでいる体勢だ。
こちらの腕力はたいしてないけど強化魔法で補正してあったこと、それから向こうが、顔を殴られる時に踏ん張る動作をする余裕がなかったことが複合的な要因になって、結果的にそうなったっぽい。
(今さらだけどこれ、過剰防衛にされるのかな。……されるんだろうな)
場所を移動して王太子との距離を確保しつつ、そんなことを考えてみる。
一般人が王太子を殴るのは普通にアウトだし、万が一相手が王太子じゃなかったとしても、顔まで殴ったらやりすぎだと言われるのだろうか。
被害者側としては必死も必死なんだけど。
同意のない行為は犯罪で有罪で死罪レベルのシロモノだと思うんだけど。
(『部屋の中が真っ暗で相手が誰かなんてわからなかったし、こんな強姦紛いのことをするのが王太子殿下だなんて思いませんでした!』とか何とか言ったら、情状酌量の余地はない? ……まあ、ないよね。王族だし)
もっとこう、決定的な瞬間を、現行犯で見つけてもらうくらいじゃないと。
そうでもしないと、完全無欠の王太子殿下の分厚いツラの皮を剥がして引きずり落とすなんてできっこないんだろうし、……まったく。
(本当に面倒臭い相手だなぁ)
おひさしぶりです。