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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
嘲弄編

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14 さあさお立ち会い!(2)

 事前に覚悟していた通り王都までの道のりは長く、けれども拍子抜けしてしまうほどに平和な時間だった。

 旦那さんが()る幌馬車は順調に街道を進み、ゴロツキや魔物に襲われることもなく順調に進んで、あんまりにも順調すぎるものだから、かえって手持無沙汰になってしまうくらい。

 とはいえ、依頼者夫婦やノラさんとおしゃべりしたり、奥さんに教わって刺繡に挑戦してみたり、魔法を見たことがないというご夫婦のためにちょっとした余興をしてみたり、できることは色々あったので退屈はしなかった。

 本当に、あっという間の一週間だった。


 ……でも、うん、揺れる幌馬車で刺繍をするのは今回きりにしておこうと思う。

 いくらご夫婦が王都で卸す予定の商品――染め物に刺繍を施したハンカチなどの小物に興味を持ったからって、幌馬車に揺られながら刺繍をするのは普通にしんどい。

 というか、普通に酔った。めちゃくちゃ酔った。

 奥さんが優しく丁寧に教えてくれるから途中で投げ出すわけには……! という気持ちと、社畜製造魔法で酔いを誤魔化すことでどうにか、なんとかやり遂げることができたかなって感じ……?

 奥さんに刺繍に誘われた時、「アタシはそーゆー細かいことに向いてないから」と早々に離脱したノラさんの判断が間違いなく正しかった。


 私も次からは上手い断り文句を考えて……考え……考えたところで断れるかどうか不安だなぁ!

 王都にいる娘さんもお孫さんも刺繍に興味がないらしくて、「久しぶりに誰かと一緒に刺繍ができて嬉しいわ」なんて奥さんが嬉しそうに笑っていた顔を思い出すと、なけなしの私の良心が痛む。そりゃあもう痛む。

 ……ま、まあ、最悪酔いを誤魔化す手段は持っているからね。ウン。

 だけどできれば幌馬車の上でじゃなくて、普通にどこか、屋内で腰を据えてのんびりできたら嬉しいかなぁ……はは……。


 あ、ちなみに余談だけど、初めての刺繍は小さな花をいくつか、持っていたハンカチにワンポイント加えるイメージで施した。

 こう、刺繍糸つくった玉止めを縫い留める? ような感じのステッチを組み合わせてやったんだけど、これくらいなら初心者の私でも綺麗にできる! って感じの簡単なステッチだったので、満足のいく仕上がりに思わず私もにっこり。

 ウィロウがやってるところは見たことがあったし、前世でもちょっと興味があったけど、なんだかんだ私が挑戦するのはこれが初めてだったからね。

 初めての刺繍が綺麗にできてとても嬉しい。


 ……ただ、うん、私にはなかなか中毒性があるっていうか、黙々とステッチを勧めている間に脳汁ドバドバ出てる感じがあるので、自分一人でやる時は注意が必要かも?

 寝食忘れて没頭する自分の姿がありありと目に浮かぶから、楽しいし、面白いけど、刺繍を趣味にすることはやめておいた方がいいんだろうなぁ……。











 ――およそ三カ月ぶりの王都には、どこか懐かしさを感じるものがあった。

 私がこの三カ月の大半を過ごした町とは比べ物にならないくらい大きくて、人にあふれて、活気の満ちた都市。

 年の瀬のマーケットの時期も重なって普段以上に人が多いものだから、ずいぶんごみごみとした印象を受けるけれど、……まあ、お祭りって得てしてこんなものだよねと自分に言い聞かせる。

 大晦日まではまだ半月以上あるのに、あっちもこっちも屋台が出ていて、いっそ耳が痛くなるくらい賑やかだ。


 ……正直、人がたくさんいすぎてちょっと、いやかなりうんざりするけれど、それでも『ああ、帰って来たな』と感じるのは、きっと私の中にいるウィロウの気持ちなんじゃないかな。なんて。そんな風に考えてみたりして。



「それじゃあ二人とも、また七日後に」

「お二人も、娘さんたちと楽しい七日間を」



 依頼者のお二人は目的地である娘さん夫婦が営むお店まで送り届けて、ここからはお互い別行動ってことでいったんお別れだ。

 このまま二人は娘さん夫婦の元で一週間を過ごし、帰る日になったらまた私たちと合流、イグレシアス領までえっちらおっちら帰途につく予定である。

 それまでの間、私たちは王都で自由に過ごしていいよということなので(正確には『一週間後にきちんと合流できるなら細かい行動制限をしないよ』という感じに近い)、まずは拠点になる宿を取ってからのんびり出歩こう! ――と、クエスト出発前に二人で立てた計画通りに動こうと思っていたんだけど。



「……ん?」

「どうした、ヴィル?」

「あー、いや、……あそこ。なんか、見覚えのある人たちがいるなって……?」

「……おやまあ。あそこにいる二人、もしかしなくともラッセルと風じゃないか。まさか王都でギルドの連中と出くわすなんて、珍しいこともあるもんだ」



 宿屋の紹介をしてもらうべく、王都の冒険者ギルドに向かう道すがら、見覚えしかない二人組を見つけて思わず二度見どころか三度見くらいしてしまった件。

 イグレシアス領から遠く離れた王都で彼ら――風君と同士を見かけたことにノラさんは純粋に驚いているようだけど、私は内心『もしかしてやってしまったのでは?』と冷や汗が背筋を伝う。


 ……そ、そりゃあ確かに、売り言葉に買い言葉、みたいなやり取りは出発前に風君としちゃったけどさぁ!



(まさか本当に追いかけてくるとは思わないじゃん!?)



 そんなのはお前の自意識過剰だろう、と笑うなかれ。

 こちらに気付いた風君が『どうだ!』と言わんばかりに心なしか得意げな表情を浮かべているのだが、その顔が私の予想を裏付けているので、彼がなんらかの方法で同士を言いくるめて私を追いかけてきたのは確実と見た。


 ……まったく、後悔先立たずとはよく言ったもんだなと、引きつった笑いを返すしかなかったのは言うまでもない。

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