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01 午前零時の鐘が鳴る(1)


 わたくしはウィロウ・フォン・イグレシアス。

 イグレシアス侯爵家の娘にして、王太子殿下の婚約者です。


 殿下との婚約は幼少期に王家から打診いただいたもので、内定されてから十年、日夜きびしい王妃教育に励んできました。


 もちろん、王妃教育のかたわら、殿下との絆も確かに深めてきたと自負しております。

 王妃とはすなわち国母であり、王をもっとも近くで支える妻でもありますので、婚約者の地位に胡座をかくなど笑止千万。


 揺るがぬ信頼関係を築き、愛を育む。

 それもまた、婚約者として大切なことなのです。


 実際、わたくしたちの仲は睦まじく、つつがないものでありました。

 わたくしと殿下のような関係になりたいものだと、同年代の令息令嬢が噂していると聞きます。


 それだけ周囲に認められている、ということですので、嬉しくもあり、誇らしくもあり、けれどほんの少し恥ずかしいような気持ちもあります。

 我がことながら、乙女心はなんとも複雑怪奇なものです。


 けれど、婚約して十年という節目の年、わたくしたちの関係に暗雲がたちこめるようになりました。


 きっかけは、そう、【純潔の乙女】──イルゼ嬢が現れたこと。

 神の祝福を受けた彼女はあらゆる穢れを払うことができる存在として、平民の生まれでありながら、殿下のおそばに侍ることを許されたのです。


 穢れには毒も含まれるようで、なるほど確かに、彼女が殿下に侍るのは理にかなっているのでしょう。


 我が国の次代を背負う、才色兼備の麗しきヘンリー王太子殿下──。その命を狙う者は国内にとどまらず、毒殺を狙われたことも数知れません。

 あの御方を守るために、イルゼ嬢がおそばに侍るのは、何よりも効果的と言えます。


 ……けれど、彼女は。

 あろうことか、【純潔の乙女】という地位を利用し、殿下に色目を使い始めたのです。


 殿下はお優しい方ですので、イルゼ嬢が傷つかぬようやんわりと貴族の礼儀を説いて拒絶するのですが、彼女はわかったふりをするだけで決して引き下がることはありません。

 婚約者たるわたくしの目の前で、はしたなく殿下に抱き着き、手を握り、果ては口付けまで──。


 ……わたくしは、その光景を、呆然と見ていることしかできませんでした。

 胸が張り裂けそうなほどの痛みに耐え、筆舌に尽くし難い悲しみを堪えることで精一杯だったからです。


 大好きなヘンリー殿下。

 幼い頃から、ずっとずっと慕っているのです。


 わたくしはあの御方だけを見てきて、あの御方もわたくしだけを見ていてくださった。

 決して側室は取らないと、わたくしだけを愛すると誓ってくださった。


 殿下が王位を継ぐ以上、それが不可能なことだと理解していても、わたくしは、その誓いがとても嬉しかった。

 王妃教育がどれほど辛くとも、苦しくとも、殿下の愛さえあればすべて乗り越えられる。そう、信じていた……。


 ──けれど、ああ、そんなことはなかったのです。


 たとえ殿下のお心がわたくしの元にあっても、それが揺るがぬ真実であるとわかっていても、わたくしは許せない。

 己が身の程を弁えず、殿下に擦り寄り、あまつさえ口付けしたあの売女ばいたを。


 殿下に触れて良いのはわたくしだけ。

 殿下が触れるのはわたくしだけ。


 殿下に愛を囁いて良いのはわたくしだけ。

 殿下が愛を囁くのもわたくしだけ。


 殿下と言葉を交わして良いのも微笑み合うのも隣に並んで良いのも身も心も捧げて睦言を交わし口付けして寝所を共にし肌を重ね交わり滾る昂りを受けて果てその熱に身を溶かして子を為すことが許されているのも全部ぜんぶ、このわたくし──ウィロウ・フォン・イグレシアスだけなのです。


 ですから、ええ、イルゼ嬢には身の程を知っていただかなくてはなりません。


 彼女のように卑しい生まれの下賎の民が、殿下の寵を得ようだなどと考えることがそもそも烏滸おこがましいのです。

 ましてや実際の行動に移し、アプローチをするなど言語道断。


 【純潔の乙女】、なんするものぞ。

 神の祝福ごとき・・・が一体なんだと言うのです。


 殿下とわたくしの前にすべては塵芥と等しく、横槍を入れようとする者は皆すべからく死ねば良い。

 それが第二王子とも通じるような尻軽女であれば、生かす理由もございません。


 身を焦がすほどの怒りと憎悪の念──世に言う嫉妬、という感情に駆り立てられるまま、わたくしは行動に移りました。


 まずはじめに、人払いの魔法で殿下はもちろん、生徒、教師、王家の影に至るまで、余計な人間をすべて排し、イルゼ嬢と二人きりの状況を作り上げました。

 周囲の静けさに対して何も気付かず、違和感も持たない彼女に接近したのは、下の階層へ降りようと階段に差し掛かったタイミング。


 あとはそう、その背中を押して突き落としてしまえば良い。

 たったそれだけの簡単な手順をこなせば、邪魔な人間は消えてしまうのです。


 ドキドキと高鳴る胸に急かされるまま、わたくしはイルゼ嬢の背中を押しました。


 お前なんか死んでしまえ、と。

 本気でイルゼ嬢を呪い、その死を願って、華奢な体躯を宙へと押し出して──






 パキン


ありがたいことに短編をご愛顧いただきましたので、このたび連載を始めることにしました!


もし、ちょっとでも「面白かった!」「続きが楽しみ!」と思ってくださった方は、ブックマークやポイント評価、いいねで応援していただけるととても嬉しいです。

なるべく毎日更新できるように頑張りますので、どうぞよろしくお願いします……!

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