第一話 アージェント -3-
「すまんな、随分と長い間話し込んじまった」
去っていくアルの背中を確認してから奥の方へと声を掛けると、アブゾルフがひょっこりと顔を出してきた。
「いやー、いいってことよ。俺も彼女のことは疑問だったからさ。でも俺よりもヴァランに聞いてもらうのが一番だろうし適材適所ってこと。俺は実力を、あんたは人柄を見極める。そうだろ?」
アブゾルフが笑いながらカウンターに座り、用意しておいた冷えたエールを一気に呷る。
アブゾルフとの暗黙の了解として、立会人を終えてからの評価で「やあやあやあ」とある時はその素性をアブゾルフが訝しんだということがある。そして、俺の方でも素性を訝しんだ場合は俺の好みである常温のエールをアブゾルフに手渡す。
その後、アブゾルフは何らかの理由をつけて席を立ち、裏口から入るなりをして奥にある俺の部屋で待機してもらうという手はずになっているのだ。
「まあ、そうだったな」
「そういう依頼だろ。忘れたのかい、依頼主さん」
アブゾルフは依頼主というところに重点を置き、こちらをからかう素振りを見せる。
「いや、忘れていないさ。俺の持ちかけた依頼だからな」
「それとヴァラン、約束なんだけどさ」
「ああ、勿論そのことについても覚えている。明日の夜は貸切りにしてある」
「ありがとう、恩に着るよ。明日はよろしく頼むよ」
普段の調子の、朴訥さの抜けきらない笑みでアブゾルフが応えた。
「ところでよ、ヴァラン。お前結構アージェントさんと話し込んでいたようだが惚れでもしたのかよ」
唐突に好奇心に満ちた少年みたいな顔でアブゾルフが問い掛けてくる。
「いや、ただの気まぐれだ」
そう、ただのきまぐれだ。理由もなく世話をしたくなることは、時々あって然るべきだろう。
「ま、お前も男だもんな。美人には親切したくなるってもんよ」
立ち入って欲しくはないという感情をアブゾルフは汲み取ってくれたのか、それ以上は詮索をしなかった。
「とはいえ、親切の押し売りほど困るものはないともいうがな」
自嘲気味に笑う。そうだろう。見知らぬ男に触れたくないであろう過去を詮索されたのだ。今後彼女はこの店を敬遠するだろう。
銀というのを俺は好かない。ここが俺の店である限りは避けたい相手だ。
「その通り。押し付けられて喜べるのは女の子のおっぱいだけだっつーの」
アブゾルフが自らの胸に手を当て、筋肉を寄せあげる。目を閉じることで見たくもないという意思表示をする。
「そういえばさ、ヴァラン。アージェントさんになんでこんな寂れた酒場に入ったのか理由を尋ねたんだけどさ、ただ一言『縁』だって返されたんだけど知り合いとかいるのか」
二杯目のエールに手を付けながらアブゾルフは首を傾げている。
「いや、初対面だ。聞き間違いじゃないのか」
銀髪の女性など生涯で1人しか知らない。
「えー、そんなはずはないよ。確かにエン、って言ってたよー。まあいいや。明日はよろしくねー」
そう言い残すとアブゾルフは外に出ていった。