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第一話 アージェント -1-

 物を大事にしていることへの感謝か、それとも長くにわたり酷使され続けたことへの抗議かわからないが古びた木製の扉が来客を告げた。


 使い込まれたといえば上品な、つまりはボロボロの土色のローブで来客は全身を隠していた。普通の店なら怪しまれるか追い出されるかのどちらかだろう。

 だがここではよく見る姿であるため咎めることはない。


 こういう身なりの客は面倒事を避けるべくローブを羽織っていることが多い。きっと目の前の人物もそうだろう。不用意に詮索をすると揉め事になるのは必定だ。


 そういう場合の定石としては、文字通り足元を見ることだ。ローブから唯一その人物がどういう人間かがブーツ1つからでも覗き見れるのだ。


 ローブとは不釣り合いなほど上質なブーツに華奢な体躯。足音からしても小柄だというのが見てとれる。

 女なのだろう。それならこの身なりも納得だ。冒険者で女となると厄介事に巻き込まれることが多い。

 これほどまでに華奢な体躯なら尚更だ。


 不意の来客は俺のいるカウンターへ歩み寄るなり小声で短く「仕事を」とだけ言い放った。ただ、どう聴いてもそれは仮声であり、作っていることが明らかである。

 ここまで来ると、十中八九女性、それもまだ10代も半ばで成人したてという年の頃。そして声は高く明らかに女性のそれとわかるほどだろうか。



 冒険者というにはどう見ても優雅すぎることからして、大方地方の貴族の娘か没落貴族、はては家でした貴族の娘。つまりは貴族であった人間だろうか。

 ブーツの上質さや身のこなしからは冒険者生活の長さが感じられるからこそ、その体に染み付いているであろう品のよさが違和感を増している。



 とはいえ、久しぶりの新顔の客である。初回限定メニューの洗礼といこう。


「お嬢さん、失礼ですがここはどこかご存じで」

「ええ、酒場でしょう」

 ローブで姿を隠し声を作ったとしても、言葉に含まれた棘までは隠せてはいない。やはり歳は若いのだろう。

「ああ、その通りだ。だが子供に出す酒はない。帰りな」

「失礼な方ね。これでも21よ」

 案の定だが、彼女は声を尖らせる。女性の場合、冒険者としては我の強い方が大成するため、及第点だろう。

 年齢が事実であるかは不明だが、仮に偽っていたとしたら間抜けの烙印を押さねばなるまい。


「なるほど、それは失礼した」

「それに私は食事ではなく仕事をいただきに来たの」

「そうか、だが残念なことにお前さんに合う仕事は無さそうだ」

「まだどんな仕事を探しているかは伝えていないのだけれど」

 今度は声に怒気が含まれている。だが、その怒気すらも品のあるものだからこそ感心だ。貴族としても末端ではないのだろう。


「ここは荒くれの集まる酒場だ。だからこそ集まる仕事もそいつら向けってわけだ。アンタみたいな上品な嬢ちゃんにピッタリの仕事はない」

「あら、私これでも冒険者なのよ」


 彼女は罪人へ刃を突きつけるがごとく俺にカードを提示し、フードを下ろした。

 眼の前に輝かんばかりの銀髪が現れ、思わず目を背ける。


 カードは銀製。刻まれた名はアージェント。歳は21。性別は女。冒険者としての登録は5年前、銀になったのは半年前。


 術により写された顔と本人の顔を見比べる。

 肩を少し過ぎる程の長い銀髪、宝石のように赤い瞳、小さく整った顔、お人好しそうな面構え。

 多少面持ちが違うがそれでも同一人物であるとはいえる。

 カードが発効されたのは遠く離れた北方の町、パエル。そのパエルの町の印に加えて、ここヴァルロットとパエルの双方を治めているジャーラ王国の印も施されている。


 間違いなく本物である。



「なるほど。確かに本物だな。先程は申し訳ないことをした」

「いえ、必要なのでしょう? 言葉の節々から義務感が滲んでましたから」

「さて、どうかな。俺は偏屈だからな。まあいい。とりあえず、今後はここでも仕事を紹介させてもらおう、アージェント」

 ようやく人物選定という初回限定メニューを終えられたことへの安堵なのだろう、つい目尻を下げてしまう。


 だが、そんな俺の小さな表情の変化に気づく由もない彼女は、俺が仕事を紹介する、と言ったことに疑問符が浮かんでいるのだろう。


 至極もっともな疑問である。


 通常の酒場ならば、カウンターの横に依頼が掲示されているのだが、ここにはそれが存在しないのだから。



 彼女の疑問に答えるべく口を開く。

「この場所では冒険者側が出した要望に沿った依頼を俺がギルドから取ってくるという形式でな。掲示板はないんだ。だから俺に要望を伝えてくれるだけでいい」

「でも、その制度だと実力を誤魔化して貴方に要望を伝える方もいるんじゃないかしら?」

「だからこそ、さっきの会話で人物の査定をするのさ。それに加えて、うちではまず最初に立会人の下で野犬狩りを受けてもらうことになっている。こっちは実力審査だな」

「あら、内部のことをそんなに話していいのかしら?」

「種が割れたところで減るようなもんじゃないしな。いずれ常連になれば知ることさ」



「ただ、残念なことに立会人は今留守にしていてな」

 立会人の男であるアブゾルフは現在長期の旅に出ている。この事自体は立会人を頼むにあたり約束したことなので、仕方ない。


「その方はいつ頃戻られるのですか」

 至極もっともな疑問を投げ掛けられる。

「申し訳ないがいつ帰るかはわからない。ただ、」

 一応は俺も立会人をやれる、そう続けようとしたが扉が激しく音を立てた。

 扉を新調することを心で決めつつ、扉を開けた人間に対して抗議の目線を向ける。

 やってきたのは案の定アブゾルフだった。それも、やけに上機嫌であることからして、旅は成功したのだろう。


「アブゾルフ、ただいま帰りました! っと、来客中か。ごめんごめん。話が済んでからでいいよ。こんな場所に来客が来るなんて思ってなくてさ」


 突然の馬鹿の来訪に頭を抱えたくなるが堪えてアージェントへと向き直る。

「アージェントさん、申し訳ないがこのバカが立会人のアブゾルフだ」

「えっ、帰って早速の仕事!? 人使い荒いなー、もう」

 言葉とは裏腹にアブゾルフがこちらに歩み寄ってくる。既に浮わついた気分を抑えており、仕事を始める準備はできているようだ。


「えーっと、君でいいのかな。俺はアブゾルフ。一応金の冒険者だけど最近なったばかり。役割は観測手。よろしくね」

 人当たりが良いと称されるだろう笑顔でアージェントに握手を求めている。

 アージェントもそれに応じ、軽く手を握ると一歩下がってから頭を軽く下げた。

 やはり、その仕草はどこか優雅であり冒険者というよりは役者のようである。


「初めまして、アブゾルフさん。私はアージェント。銀になりたての冒険者で、役割は軽戦士。獲物は」

「ダガー、違うかな」

 いつにも増して自信ありげなアブゾルフの顔をアージェントは目を丸くして見ていた。

「ええ。ですがよくわかりましたね」

「君の両手の感じとローブの僅かな凹凸からね。その位置は多分ナイフだろうな、っていう推測さ。まあ、つまりは観測手としての病気さ」

「流石は金の冒険者ですね、尊敬します」

「いやー、それほどでも」


 やかましいほどに自慢気なアブゾルフに内心少しだけ苛立ったので、天狗の鼻をへし折ることにした。

「ローブがはだけてるからナイフの柄が見えているんだよ。それよりも、だ。何をやるか説明をしていいかな」

「アージェントさんに依頼したいのは5匹の野犬討伐だ」

「あら、それだけでいいのね」

 アージェントは目だけで驚きを表現している。

「それだけでも十分さ」

「わかったわ。だとしたらお昼を少し過ぎた頃には戻ります。よければ軽くつまめるものを用意しておいてくださると嬉しいかしら」

「ああ、わかった。サンドイッチでいいかな」

「それでお願いするわ。じゃあアブゾルフさん、ご同行願えますか」

「勿論! こんな綺麗な女性とのデートなんてなかなかできることじゃないからね」

 アブゾルフが笑いながらお世辞とも本心ともわからぬことを口にしている。


「それではお願いしますね、アブゾルフさん」

 ただ、アージェントはそういった手合いにはなれているのだろう。必要以上に近づきすぎず、不快に思われない程度に距離を取っている。

 頭を下げて頼み込む際に舞い上がった髪から獣の臭いを消すために使われる香草の香りが鼻孔を刺激する。


「こちらこそ。それでは行きましょうか、アージェントお嬢様」

 アブゾルフが気取って片膝を着き片手を差し出してはいるものの、どうにもぎこちなさが抜けていない。

「アージェントではなくアルと呼んでください」

 その一方で差し出された手を受け取るアージェントの方は自然体で、出自が高貴なのであろうという確証を得る。

「じゃあアル、行こうか。俺は普段観測者だけれど、今日だけは君の騎士になろう。危なくなったら僕が君を守るよ」

 そういいアブゾルフは彼女をエスコートし出ていった。




「アージェント、アル、か」

 再び静かになったカウンターで呟く。カウンターの隅にある銀の薔薇を眺め、目を閉じる。脳裏には場違いな来客の輝かんばかりの銀色の髪と真紅の瞳が浮かんでいた。


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