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平均人とモノローグ


 平均人たいらきんと、十七歳。男。

 平均な身長に平凡な容姿、頭脳は平均的であり、身体能力も平均。

 つまり、どこにでもいるパッとしない普通の男子高校生である。

 あまりにも平凡過ぎるとのことで、『体は名を表す』という授業でワンモブ――オンリーワンなモブ男という評価を貰ってしまった。

 その授業ではついつい苦笑いしか浮かべられなかった均人ではあったが、しかし内心不満しかない。俺はそんなんじゃないとか、いざという時は人一倍活躍が出来るとか、何か大きな事件が起きた時は冷静に動けるのだと普通に思っていた。

 当然そのような事であるから、不満などは口にはせず(ただ出来ないだけだが)、普通の高校生活(帰宅部で灰色人生)を送っていた。来たるべき日を妄想して。


 その日も、いつも通り高校に通っていた。

 いつもつるんでいるグループ――尼寺心奔にじもとはしる暮内仏陀くれないぶっだに挨拶し終えた後、いつも通り雑談に興じ、朝のホームルームが始まるまでだらっとしていた。


 ゲームの話。

 朝のニュース。

 昨日の番組やグルメ。

 ラノベや漫画の話をすると、暇だよなーと笑って呆ける。

 そして、やる気のない担任教師が入ってきたところで、雑談に興じていたクラスメイト達が各々に自分の机に向かって動き出し、均人も自分の机へとのそりと動いた。


「…………!」


 その直後、震度三か四程度の揺れがした。

 ぐらぐらと机や椅子が小刻みに揺れ動き、皆一様「おっ?」と小さな反応をした。

 だが、机の下に隠れる者はおらず、ただ治まるのを「揺れてる揺れてる」と笑いながら自分の机へと座ったりしていた。地震が日常的にある国ならではの光景である。

 均人もちょっと強いかなと思っただけで、すぐにバランスを取りながら歩いた。地震マエストロを自称する均人には、この地震がすぐに止まると理解していたからだ。そして、その地震は皆が席に着こうとする頃にはほぼ止んでおり、均人も自分の席に座ろうとしていた。


「…………?」


 その時、地震がピタリと止んだ瞬間、均人の視界はセピア色のように色褪せたようになった。それはまるで切り取られた一枚絵のように景色が止まったかのような光景だ。

 均人は、眉を顰めながら周囲を見渡した。

 彼が見る景色は、変わらずセピア色で、色褪せていた。

 そして、何かを考える前に、何かを悩む前に、小さな淡い粒子が舞い始めた。

 キラキラと、きらきらと。

 幻想的な光景が教室に見られ始め、それに気が付いたクラスメイト達も一様にざわつき始めた。

 何だこれ、と。

 きれい、と。

 そう、微かに聞こえたところで、徐々に増えていった粒子が一瞬にして眩く世界を覆った。最早それは、目を開けていられないほどの光量で、クラスメイト達も「まぶし」と呟いた。


 輝いた粒子は、すぐに消えた。

 眩さに目を眩んだ均人やクラスメイト達もすぐに目を開けられるようになり、一体何だったのかと疑問を抱きながら目を開けた。


「…………は?」


 均人達が目を開くと、そこは何故か地下と思しき薄暗い場所であった。

 石畳に、石柱という中世的な趣のある場所で、広さは教室四個分か、あるいは一回り大きくした九個分ほど。石柱には蝋燭が備え付けられ、それでも足りないのかちらほらと燭台がある。そして、均人達を取り囲むように陣取る全身鎧の騎士とローブを着た魔術師がいた。


「なにこれ……は? え、ちょ……」


 ぽつりと呟いてしまうが、その言葉に応えるモノはいない。

 誰も彼もが均人と同じ心境で、誰も彼もがこの事態についていけてなかった。不安がる者、囲まれている事に気づいて恐れおののく者、異世界転移だとぶつぶつ呟きながら小さくガッツポーズを取る尼寺心がいたりして、誰も彼も余裕なんてなかった。

 均人は、困惑ながらも視界を彷徨わせた。

 すると、一点――均人達から大体教室の黒板を見つめる先あたりで、騎士や魔術師の風体とは違う人達がいた。それは将軍の風格を持ち合わせる四、五十代のイケメンであり、またその近くには筆頭魔術師の風格を持ち合わせるお爺さんがいた。そして、その間には白いドレスを着た美少女が少し緊張した面持ちで立っていた。


(うわっ。美少女だ! すごく可愛い……)


 何もかも吹き飛んだかのように見惚れる均人。

 長く細い金髪に、端正の取れた小さな顔立ち。小動物を彷彿とさせる華奢な佇まいは保護欲を掻きたて、つい彼女の前で跪いて忠誠を誓いたいほどである。

 もっとも、凡人である均人には高嶺の花以上で、そのような分不相応な事は出来ないのだが。

 彼に出来るのは遠くから見惚れ事しか出来ないモブ役で、彼自身無意識的にソレを理解している。

 それゆえ行動を起こさず、ただジッとモブのように佇んだ。

 そしてそうこうしている内にクラスメイト達も自然とその気色の違う人達に気が付き始めたのか、ざわつきながらもその目を惹く人達に自ずと目を向けた。


「ようこそおいでくださいました。異なる世界の者達よ。私は、ヴェルデリア帝国第三王女、ソフィアと申します。いきなりこのような場に連れてこられ困惑していらっしゃるでしょうが、どうか慌てず、私どものお言葉に耳をお貸しください」


 代表然とした美少女――ソフィアは、一歩前へと進んで告げた。

 まだあどけなさが残る少女に、王女と名乗った彼女にそう言われ、皆困惑ながらもどうしようかと思い悩まむ。疑問を口にしたい。何なんだよコレはと叫びたい。頭の悪そうな質問を紡ぎたいと――各々近場にいるクラスメイトにぽつぽつと語り掛けたり呟いたりする。

 少なくとも誰もが口火を切るのを躊躇い、不満などを裡に秘めながら静観しようとしていた。会話が出来る相手、紳士的な対応――相手の出方を見るに値していた。


(これってもしかして異世界召喚ってやつか? んな馬鹿な事あんの?)


 均人は、尼寺心に勧められたネット小説の内容を思い出す。

 異世界に召喚された学生達が勇者として召喚され、魔王を倒してほしいと懇願される物語だ。他にもいじめられっ子が成り上がったり、突っぱねたり、反抗したりと色々派生があるのだけれど、大体はそんな感じだったと記憶している。

 だからこそ、疑いながらもそうかもしれないと安易に結び付けてしまっていた。そして、王女であるソフィアが何事かを言っている最中、数人先の場所にいる尼寺心にそろりそろりと近寄った。


「なあ、奔。これってお前の言ってた異世界転移ってヤツじゃないか?」


 囁くように、小さく声をかける。

 だが、尼寺心は目を爛々と輝かせ、聞こえてないかのように無視している。どうやら心がぴょんぴょんし過ぎて周りが見えていないみたいだった。


「おい、奔っ。お前の気持ちは分からなくはないけど、ちょっと落ち着けよ。お前絶対主人公にはなれないから(笑)」


 丸眼鏡に痩せた体躯、刈り上げおかっぱ頭のオタク然とした雰囲気。

 まさにひょろガリオタクの典型で、どこぞのマムシさんを連想させる人間だ。大学でハーレムを築くならまだしも、異世界行って剣を振るう人間ではない。

 とまあ、そのような感じでちょっと強い感じで冗談交じりに言ったのだが、尼寺心は無視し続ける。

 さすがに均人もこの態度にはちょっとイラッときた。


「なあ――」


 と、肩を掴んで声をかけたようとした瞬間、尼寺心が笑みを浮かべながら均人のほうへ向いた。そして、きょろきょろと何かを、誰かを探すかのように視線を彷徨わせる。


「おい、何処見てんだよ、奔」


 ちょっと不快気に言うと、尼寺心は眉を顰め、均人を通り抜け、人を掻い潜る様に移動した。


「へっ――?」


 通られた。

 通り抜けられた。

 自分を、平均人という存在を、尼寺心は通り抜けた。

 意味が分からなかった。

 理解が追い付かなかった。

 そして、そうこうしている内に尼寺心の叫び声が上がった。


「お、おいっ。均人? 大丈夫か? なに倒れてんだよ。初っ端から気絶してるとか、狙い過ぎだぜ?」


 均人は振り返る。

 そこでは、屈んだ尼寺心を中心に少し開け空間になっており、クラスメイト達が尼寺心と倒れた何かを見つめていた。そして、何事かを囁き、呟き、慄いて、ざわめきが伝播し、一部が恐慌し始めた。


「均人? そろそろ起きろって。さすがにさあ……なあ――」


 と、身体を揺らし、焦燥感募りながら頬を叩いて――口元を掌を通過したところでびくりと肩を揺らした。


「んんー? あー……えっ? ちょ、えっ!? 息、してねえ? えっ? 息してねえっ!?」


 尼寺心ががくがくと均人の身体を揺らしながら騒ぐ。

 未だ理解が追い付かないクラスメイト達は、理解できない感じで様子を見るように囲んではいるものの、何が起きているのか本能的に察し、各々様々な感情を表出させていく。

 均人は、慌てて彼のもとへと駆けつける。


「はっ? ちょ、いやいや何言ってんのさ奔。俺はここに――」


 そこまで言ったところで、倒れた何か――倒れている自分を黙視してしまった。

 目を瞑り横たわる平均人。

 それは間違うことなき鏡で見た自分そのもので、均人は「いやいや」と首を振った。


「お、俺はここにいるし、ちゃんと意識もあるって。そんな、死んだように言うなよっ! なあ! 分かるだろみんなッ!」


 騒ぎ、喚き、近くのクラスメイトに触れようとしてすり抜ける。

 そして、自分の身体に戻ろうと入ろうとしたりした。

 だが、身体に入れず、均人は、その事実を否定するかのように、何かに縋るかのように叫ぶ。


「なあ、ほんとはみんな俺の事見えてるんだろ? ドッキリだろ? 何か言えよ!」


「どうなさいましたか?」


 と、少し焦りが見えた様子でソフィアが声を上げる。

 皆その可愛らしい声音に気付き、自然と平均人までの道を作った。


「均人が……均人が……息をしてないんだ」


 消え入りそうな声で、尼寺心が言う。

 ソフィアは、将軍と筆頭魔術師を連れて彼らのもとまで歩み、「アルトマン」と誰かの名前を呟く。

 すると筆頭魔術師の爺さんが「ふむ」を呟き、平均人の身体を調べ始めた。

 クラスメイト達は、静かに見守る。

 平均人も、ごくりと喉を鳴らしながら見守った。

 やがて、十数秒ほど手際よく診察のようなものをすると、アルトマンと呼ばれた爺さんは静かに息をついた。


「少々危険な状態じゃの」


 アルトマンが落ち着きを払った声で言うと、「えっ……」とか「そんな」と呟かれる。

 均人も、その言葉で絶望陥った。

 何でだよとか、ふざけんなとか、頭の中で憤怒やら何やらが駆け巡った。

 そして、爺さんに掴みかかろうとして、機先を制するようにアルトマンが言葉を紡いだ。


「安心なされよ、少々危険な状態、と言ったのじゃ。まだ間に合う――アイゼン殿、彼を治療院へと連れて行ってもらえますかな?」

「構まわない」


 そう了承すると、部下二人を呼びつけ、平均人の身体を運ばせていく。

 クラスメイト達も、その手際にホッと胸を撫で下ろすように安堵の顔を滲ませる。爺さんの手慣れた様子にあてられた形であろう。

 もっとも、ただ一人――平均人の様子を見ていた尼寺心だけは半信半疑の顔をしていた。そして、均人自身もほんとに大丈夫なのかと不安な面持ちをし、部下二人についていく形で近づいた。


「丁重にアリア=シュテイン教授のもとへ運べ。検体だ」


 将軍アイゼンは、部下二人に聞こえるだけの声量でそう言った。

 部下二人は、「はっ」と小さく応え、均人は「はっ……?」と疑問をもらした。


(検体? どういうこと……? それだとまるで俺が死んでいるかのようじゃないか!)


 均人は、訝り、疑いの眼差しを将軍たちに向ける。

 だが、その視線を感じるモノは誰もおらず、均人の身体は外へと持ち運ばれ、クラスメイト達は何事もなかったかのように王女達の言葉に耳を貸す。

 均人は、この状況に焦りを覚え、自分の身体と王女達に視線を彷徨わせた。


(どうする? どうする!? 俺の身体が……でも、尼寺心達の事も気になるし……。どうすればいい!?)


 王女達は、この事態についての説明を続けている。

 だが、平均人の身体は、開かれた扉の外へと出てしまった。


「~~~~~~~~~~~~~~~~ッ」


 均人は、王女達を懊悩するような顔で見つめると、踵を返して己の身体を追いかけた。

 何かを振り切るように、一心不乱に走った。

 奔って走って走って。

 光が射し込む扉に向かって走り、明るい外に出た瞬間、彼は――彷徨える迷子となった。




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