ドブリンたちのザーグ戦術1
ダンジョン完成から数日が過ぎた。
アロッホは、駅長室で保存食や果物を食べながら、今後の計画を立てたり、荷物を整理したりして過ごした。
やるべきことがないのは、悪い事ではない。
逃亡生活の疲れを癒すにはちょうど良かった。
エトルアは、落ち着きなく、駅長室の中をうろうろ歩き回っていた。
そしてアロッホに話しかけてくる。
「ねえ、何も起こらないわ、本当にいいのかしら?」
「ダンジョンが成長するには時間がかかるんだろ?」
「……最初の一回目がまだ来ないけど、何かやり方が間違っていたって事はないかしら?」
「これが普通じゃないのか? だって、そんな頻繁に何度も何度もダンジョンが成長していたら、落ち着いて住めないだろ?」
「そうかもしれないけど……」
エトルアは自信なさげだった。
アロッホとしては、別にダンジョンが成長しなくても言うほど困らないので、のんびり構えている。
ダンジョンの空間内に魔力が満たされると、ダンジョンは成長する。
だから魔力が豊富なこの土地にダンジョンを作った。そう言ったのはエトルア自身だ。
放っておいてもダンジョンは成長するはずだ。
「いっそ、侵入者を呼び込むって言うのはどうかしら?」
「ナメクジしかいないのに?」
勝てない敵が来たらどうするつもりなのか。
「か、カエルもいるし?」
「そりゃ、いるけど……」
もし成長を促進させたければ、侵入者を呼び込めばいいらしい。
侵入者を殺せば、その死体はゆっくりとダンジョンに吸収されていき、やがて魔力に変換される。
ただ待つよりは早いだろう。
だが、どれほどの魔力が必要なのか、アロッホには見当もつかない。
最初に、一瞬でこの広さのダンジョンを作り上げてしまった時点で、アロッホの常識を外れている。
ダンジョンの成長は気長に待つしかないだろう。
今アロッホは、メカアームの組み立てをしていた。
これは機械式の追加腕のような物で、右腕と左腕、二つで一組。それを背中に取り付ける。
この状態で自分の腕を動かすと、その動きをトレースしたように動いてくれる。
右腕のメカアームは指先からヒートブレードが出て相手を切りつける近接武器。
左腕のメカアームは、金属弾を亜音速で射出する遠距離武器。
それに加えて、錬金爆弾を遠投できる。
錬金術師にはなくてはならない物だ。
エトルアが近寄ってきて、メカアームを装着したアロッホを、前から横から後ろから、グルグル回って観察する。
「それって強いのかしら?」
「俺が今用意できる物の中では、最強だね」
「そんな便利な物を、どうして今まで荷物の中にしまってたの?」
「目立つからだよ」
金属でできていて、ボルトやピストンの塊のような機械。
一目見れば誰だって「錬金術師かな」と思うだろう。
「確かにゴテゴテしているけど、強さの前に見かけなんて気にしていられないんじゃない?」
「これでも逃亡中の身なんだ。こんな恰好で外を歩いたら、直ぐに捕まってたよ」
「魔物より、人間の方が怖いって事?」
「ある意味ではね」
単に、一般人と殺し合いをするような状況になりたくない、というのもあった。
例え殺す覚悟を決めたとしても、錬金術師では数の暴力には勝てない。
手持ちの爆弾が尽きれば、それで終わりだ。
メカアームの機能を一つ一つ確認している時に、警報が鳴り響いた。
「来たわ。侵入者よ!」
エトルアは嬉しそうに叫んで、ダンジョン端末の方に走っていく。
よほど退屈だったに違いない。
「どんな敵が入って来たのか、見てみましょう」
「そんな事できるのか」
「もちろん。私のダンジョンだもの」
天井に映像が出た。入口当たりの様子を映しているようだ。
階段を緑色の二足歩行の生き物が降りていく。
身長は一メートルにも満たない小鬼だ。
ボロ布を服のようにまとっていて、手には木でできた杖のような物を持っている。
「なんだ。侵入者って人間じゃないのか」
「当然でしょう。私は用心深いんだから。人間が来ない僻地を選んでこのダンジョンを作ったのよ」
「見た事のない魔物だな」
「これはドブリンね」
エトルアが教えてくれる。
「どんな生き物なんだ?」
「ドブリンは群れで暮らす魔物よ。普段は自分のナワバリから出てこないけど、たまに大量増殖して住処を広げる性質があるわ。スタンピードって聞いたことあるでしょ?」
「スタンピードか」
たまに、魔物の大量発生で、町が破壊される事があるという。
そういう場合は、オーガの大軍とかなのだが。
「一匹しかいないように見えるけど、はぐれドブリンか?」
「偵察かしら? ……ダンジョンの外に、仲間がいるのかも?」
「あんまり数が多いとまずいんじゃ……」
「だってドブリンよ? 五十匹や百匹ぐらいなら、ナメクジと一対一で戦っても足りるでしょう」
エトルアはダンジョン端末の表面に指を滑らせる。
映像が、ダンジョン入り口の監視カメラに切り替わった。
そこには無数のドブリンが映っていた。
それが草なのかドブリンなのか区別がつかないほどの緑色。
アーとかオーとか雄たけびと共にこぶしを突き上げ、士気を高めている。
エトルアはその場に座り込んでしまう。
「あ、あうううう。何よあれ、千匹を超えてるじゃない。無理、あんなの無理ぃ……」
「え? 何でいきなり震えだしてるの?」
アロッホは、ドブリンの数にも驚いたが、それ以上に、いきなり弱弱しい事を言い出したエトルアに驚いた。
エトルアは頭を抱えて、あうあう言うだけだ。
さっきまでの威勢のよさなど欠片もない。
と思っていると、真っ青な顔で立ち上がり、ふらふらと歩いて行く。
アロッホは慌てて腕をつかむ。
「お、おい。どこに行くんだよ……」
「いや、その……なんか急にお腹の具合が……」
逃げ出す言い訳かと思ったら、エトルアの下腹が本当にゴロゴロ鳴りだした。
本番に弱いタイプか。
「しっかりしろよ。おまえのダンジョンなんだぞ!」
アロッホはエトルアを抱きしめる。エトルアの体は小刻みに震えていた。
「ううう……もうやだ、どうしたらいいのよぉ……」
「あーもう、落ち着けって……。俺が何とかしてやるから心配すんな」
「ほ、本当? 本当に大丈夫?」
「たぶん、なんとかなる。ダメだったら、逃げて別の所でやり直そう」
「そ、そうね。最悪、そういうのもあるわね」
しばらく背中を撫でてやったら、エトルアの震えも収まった。
落ち着いたようだ。
「よし、作戦を立てよう」
「そうね……」
「とりあえず、おまえがドラゴンの姿に戻ったら、結構戦えないか?」
「ある程度は何とかなるけど、数が多すぎるわ。それに、ドブリンって、毒矢とか使うのよ。私の鱗は矢をはじくけれど、隙間もあるから……」
「多少の毒なら汎用解毒剤がある。心配しなくていい」
「解った。私、頑張ってみる!」
エトルアは元気を取り戻すと、ダンジョン端末へと向かう。
「さあ、まずは私の配下たちの活躍を見るわ。あまり期待していないけど、足止めぐらいにはなるでしょう」
ダンジョンの入口が映し出される。
ゾロゾロとなだれ込んでくるドブリンの群れ。
階段を一斉に降りてくるその姿は、まるで緑の絨毯が波打っているようにも見える。
「やっぱり多いわね……」
「まとまっているところに爆弾を放り込んで、確実にダメージを稼ぎたいな」
「だとすると、今から前戦に出た方がいいのかしら……」
エトルアは映像を切り替える。
ドブリンの先頭は、階段を下りきって、通路に入っていた。
一匹のナメクジが守護する最初の通路だ。
先頭のドブリンは、ナメクジと対峙し足を止めた。
キシャァァァァァァッ
威嚇の吠え声を上げるナメクジ。
ナメクジにも歯があったのか。
ドブリンはそれでも恐る恐る、ナメクジに近づいていく。
アロッホとエトルアは、固唾を飲んでその結末を見届ける。
ドブリンが棍棒を力まかせに振り下ろした。
ベチッ、と音がしてナメクジの頭は潰れた。
「「ナメクジぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」」
ザーグ戦術
元ネタはスタークラフトというRTSゲームの用語
序盤の防御が整っていない相手に、安いユニットを大量に叩きつけて壊滅させる戦術
ザーグという種族が得意とする戦術なので、この名前が付けられた