そのころ王都の貴族たちは
エルム要塞は、リトーノ川の畔に立っている。
王都から船で川を渡ればすぐの場所だ。
古臭い港、古臭い階段、古臭い木の壁、四角いだけの面白みもない古臭い石積みの要塞。
船から降りて要塞までたどり着いたディスオルトは、それらを憮然とした表情で見回し首を振る。
「下らん場所だな」
最初から期待などしていなかった。
ここには自分の役に立つ物などない。
そもそもこの場所自体が、何かの役に立ったりしない。
全く熱意が生まれてこない。
ただ、ディスオルトは、サボるつもりはなかった。
自分は仕事ができる人間だという事を周囲にわからせてやる、それをしなければいつまで経っても出世できない。
ここでやるべき仕事は多くない。
壊れている部分、不足している物資、それを調べさせ、必要があれば発注したり整備したりする。
仕事の内容は、前線に自分が出た時と変わらないだろう。
ただ、近くに敵がいるかいないか、それだけの違いだ。
この要塞の一番の目玉は魔導砲だ。
要塞の最上階まで上がる。
木で作られたドーム屋根の中に、長さ10メートル近くある筒のような物が設置されていた。
「これが、魔導砲か……」
正式名称、ゲートキープバリスタ。
一撃でフレアボルト五万発分に相当する炎の矢を放つという。
「これは、随分古いようだな。本当に動くのか?」
近くにいる兵士に聞いてみると、動いているのを見た事がないと返事が来た。
作られてから数十年が経っているらしい。
もしかすると、飾りのような物かも知れない。
この要塞自体が、飾りに過ぎないのだから、別にどうでもよかった。
だが、その兵士は妙に気を効かせてくれたらしい。
翌日の昼、ディスオルトが執務室で資料を読んでいると、妙な客がやって来た。
扉から入って来たのは、一言で表現するなら老人だった。
白いひげの生えた、小さな老人だ。
ただし、異常な事だが、空中から吊るされているような動きで入室してきた。
ディスオルトは驚いて、攻撃魔術の発射体勢に入りそうになった。
魔物の襲撃かと思ったのだ。
だが、どうやら老人が自分の意思で吊るされているように見えたので、とりあえず話しかけてみる。
「なんだおまえは……」
「どうも初めまして。わしは錬金術師のクドロと申します」
「なんで吊るされているのかと聞いている」
よく見れば何もない空中に浮いているわけではない。
金属でできた骨組みのような物があって、それに吊るされている。
正確に言えば、吊るされているというか、老人が背中に何か機械を取り付けていて、そこから四本の骨組みのような足が伸びているようだった。
「これは驚かせて申し訳ない。年を取ったせいか、足腰が弱っていましてな……」
「そうか」
確かにそういう機械があれば歩かなくても済むかもしれないが、ディスオルトとしては、年をとって足腰が立たなくなっても、そういう物に頼りたいとは思わなかった。
貴族の常識で考えれば、ありとあらゆる場所でのドレスコードに反している。
錬金術師には、まともな奴がいないのか。
「それで、魔導砲が動くところを見たいとか?」
「見たいと言った覚えはないが……、まあ、一度動かしてみるのも悪くないか……」
仮に動かなくなっていたとして、それが数か月後に発覚したりしたら、自分の責任になるかもしれない。
ちゃんと点検させておいた、という記録を残すのは、損にはならない。
「ところで、一応確認しておくが、あれを最後に動かしたのはいつなんだ?」
ディスオルトの問いに、クドロは首をかしげる。
「詳しい事はわかりませんが、わしが最後にここに来たのは五年前ですね」
「ん? おまえは、あれを動かす時には毎回呼ばれているのか?」
「毎回かどうかはわかりませんが……。当時の技術者で、まだ生きてるのはわしの他には二人ぐらいでしょう。……二人とも、外は出歩かない質ですからなぁ」
「そうか」
この変な機械がなければ、この老人も引退していたかもしれない。
魔導砲は随分と大掛かりな機械だ。
技術者もなしに動かせるものではないだろう。
「つまり、五年の間、一度も動いていないというのだな?」
「そうかもしれません。たまには掃除ぐらいはした方がいいでしょうな」
ディスオルトは要塞の最上階へと向かう。
クドロは付いてきながら、独り言のように呟く。
「わしも、錬金術師として何人も弟子を取りましたがね。みんな薬の調合ばかりやっているんですな。機械の方を作ろうとする者は本当に数えるほどしかいない」
「……そうか」
もしかして、こいつが死んだら魔導砲は整備すらできなくなるのかと、考えた。
強力な兵器なら、前線に持ち出せばいいのに、量産されないのはそれが理由か。
「わしの弟子に、アロッホという男がいましてな……あやつ薬の調合よりも機械の方に興味があったようで、いろいろ教えてやったんですが、最近は姿をくらましてしまったようで……嫌なご時世ですなぁ」
「……」
アロッホは未だに見つかっていない。
別にもう追いかける理由もないのだが……不安があるので最低限の情報収集はさせている。
しかし、なんでこの老人はこんな話を自分に振ってくるのか。
自分とアロッホの間に関りはないはず。
裏の理由を見抜くためには、自分がウィノーラに毒を盛った犯人であると、確信しているのが最低条件になる。
「そういえば、ソトム家の……えーと、ウィノーラでしたかな。魔術が得意なお嬢さんだったと聞くが、それも失踪しているようで……本当に嫌なご時世ですわな」
「……」
確信しているのようだ。
どこでどんな情報を得たのか不思議だったが、問いただすわけにもいかない。
ディスオルトは何もしていないという事になっているのだ。
それに、ウィノーラがどうして姿を消したのかは、本当に知らない。
だからディスオルトは振り返り、こう答える。
「そんな奴、知らんな」
「そうですか? まあ、知らんでしょうな」
クドロはへらへらと変な笑いを浮かべた。
ストックがなくなったので、一時休載します。
一週間後に再開する予定です。
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