こんなはずでは:後
悲しみの別れ(?)を乗り切り、アロッホとエトルアは池の部屋を通り抜けた。
また通路、大部屋、通路、交差点、階段、大部屋、通路、大部屋、通路、交差点、通路、階段……
だんだん、ダンジョン構造が複雑になってくる。
交差点のせいで、全ての道をチェックしきれない。
階段があちこちにあって、上の階や下の階へ行き来できる。
この辺りは、たぶん五層ぐらいある。
たまにスロープのような通路があって、階段を使わなくてもいつの間にか下の層にいる事がある。
いつの間にか階層移動していた事に気づくたびに、頭の中の地図がバラバラに砕け散る思いだ。
コピペしたような構造の通路と大部屋は、不安を駆り立てる。
自分はどこにいるのか。目的地に向かって進めているのか。ここはさっきも通ったのでは?
二人はそんなダンジョンの中を彷徨い歩く。
「……思った以上に広いわね」
「自分のダンジョンで遭難とか笑えないな」
最後の階段を下りた先は、妙な感じの場所だった。
前後に細長い部屋だ。幅はおよそ十メートル。長さは百五十メートルぐらい。
しかも、階段から続いている足場の幅は四メートルぐらいで、その左右には、三メートルぐらいの広さの溝があった。
溝の下には何かゴチャゴチャした物がある。中でも特徴的なのは、二本の金属の線で、前後にどこまでも伸びている。
エトルアはその風景を見渡して首をかしげる。
「これは、ホームなのかしら?」
「ホーム?」
アロッホは、そんな単語、聞いたこともない。
「五百年ぐらい前の大ダンジョンには、そういう物があったという話よ」
「そうなのか?」
「これで伝説のダンジョンとなる事は約束されたような物ね」
エトルアは嬉しそうに笑う。
部屋の端の方に滝があった。
滝というより雨漏りの拡大版かもしれないが、とにかく天井から水が絶え間なく降り注いでいる。
「これは、ダンジョンギミックとは違う気がするわ。さっきの池の水が漏れているのかしら?」
「位置的には遠いから違うんじゃないかな」
アロッホは答えながらもふと思う。
鉱山などで地下水が出ると、致命的な結果をもたらすことがあるらしい。
水没して使えなくなった鉱山の話など、いくらでもある。このダンジョンもそうなってしまう運命なのか。
「それで、ここは何の部屋なんだ?」
「ここは、ダンジョンを拡張した時に意味が出てくるの。今は、何もできることはないわね」
エトルアはホームのあちこちを見て回っていたが、首を振る。
「やっぱり、ここにはないわ。どこかに駅長室があると思うんだけど」
「駅長室?」
「早く見つけないと、気が休まらないわ」
エトルアの言う通り、階段を上がって、あちこち探しまわった結果、ようやくそれらしき部屋を見つけた。
『駅長室』
異世界の文字で看板が張られていた。
ダンジョンの入口から、多分一番遠い位置にある部屋。
ナメクジはいない。
三十メートル四方の広さで、ドラゴン数体が寝転がれるぐらいの広さはある。
部屋の隅には、何本もの木が生えていて、果物が生っていた。アレは食べられるのだろうか?
部屋の中央には高さ一メートルぐらいの石が置かれていた。
エトルアがその石に触れると、空中にワイヤーフレームのような立体映像が浮かび上がった。
「これがダンジョン端末よ。ここで現在のダンジョンの全てを確認できるわ」
ざっと見ただけでも、通路や大部屋などがわかる。
アロッホは、立体映像を下や横から観察する。
「凄いな! これは地図……いや、動いてる小さい点は全部ナメクジを表しているのか? ダンジョン内の情報を自動更新するのか?」
「ふふっ、驚いたかしら? これがダンジョンドラゴンの秘術の結晶よ」
「ちょっと仕組みが知りたい、分解してもいいか?」
「ダメよ!」
エトルアは物凄い剣幕でアロッホの前に立ちはだかる。
「これはダンジョンの要よ。壊すのはもちろん、停止させるのも絶対にダメ! 天井が崩れて死ぬわよ!」
「わかった、わかった。手出しはしないよ」
そこまで危険なことになるとは思わなかった。
一種、ダンジョンの心臓のような物だと思うことにする。
「もう……変な事したらタダじゃ置かないからね? ともかく、ここからできるのは、ダンジョンを監視するだけじゃないの。ダンジョンの成長方向も決めることができるのよ」
「ダンジョンの成長? ……ダンジョンは成長するのか?」
「もちろんよ。ダンジョンが成長すれば新しい部屋が増えるし、今ある部屋もレベルアップするわ」
「なるほど、じゃあとりあえず、次の成長でナメクジとカエルはおさらばだな」
アロッホがそう言った途端、エトルアは悲しそうな顔になる。
「実は、新しい物を追加したり、既にある物を強化する事はできるけど、消すことはできなくて……」
「そっか……。まあ、次からは好きな物を追加していけばいいさ」
「そうね、今から成長方針を決めましょう」
「随分気が早いな」
今日できたばかりのダンジョンだ。成長なんて先の事だろうに。
「成長するのがいつなのかはわからないけど、その時が来たら勝手に成長するのよ。予約入力しておかないと、またナメクジ迷路が増えるわ」
「随分と嫌なシステムだな。じゃあ何を入力するんだ?」
エトルアは腕組みする。
「あのホームの水漏れ。ああいうのは、早めに何とかした方がいいわ」
「確かにな」
方針その一、水漏れの修理。
「あとはモンスターね、ナメクジはもう勘弁してほしいわ」
「何を入れるんだ?」
「やっぱりドラゴン系の魔物を追加したいわ。理想はサラマンダー種ね」
「火炎系ドラゴンか」
あんまり統一し過ぎると、共通の弱点が生まれるのではと思ったが……。
その時になったら言えばいいかとアロッホは先送りした。
「でも、入力を受け付けてくれるかしら? ナメクジだらけだと、派生が遠い気がするわ」
「どういう事だ?」
「今ある魔物に似た魔物の方が追加しやすいの。逆に遠いと要望を無視される場合もあるわ」
「入れた要望が全部ダメだったら?」
「今あるダンジョンがそのまま拡張されるわ」
ナメクジだらけのダンジョンだと、成長してもナメクジだらけになりやすい。
難儀なシステムだ。
アロッホは何とかして軌道修正できないか考える。
「ナメクジ、カエル、ヘビ、の段階を踏んで、爬虫類を増やしていく、っていうのはどうだろう?」
「それは名案ね。とりあえず、バジリスクを第一目標にしましょう」
方針その二、ヘビ系魔物の追加。
「そもそも、何が原因でこんなナメクジだらけになったのかしら?」
「確かに謎だよな」
ナメクジに縁がある土地だったのか……。
いや、そんな土地があるとは思えないが。
「もしかして、スターディアボロスのコアを使ったのが、何か良くなかったのかしら?」
「つまり魔神の正体がナメクジなのか……」
「それはないと思うけど……、え? ナメクジなの? やめてよ……」
エトルアは泣きそうな顔になる。
ナメクジは天敵、魔神も天敵……。そうか、そういう事か、とアロッホは納得しかけた。
いや、あの強力な魔神とナメクジとが、イコールで結ばれることはないだろう。
進化の過程でそういう段階があったとしても、議論する意味がない。
それはそれとして。
「このダンジョン、なんか大事な物が足りない気がするんだよな……」
アロッホは、立体映像を見ながら考える。
「足りない……そうね。宝物庫とかかしら?」
「あー、それも確かにないけど」
ドラゴンは財宝をため込む物と決まっている。
「でも今は入れる宝物がないから、考えても仕方ないわね」
「ある意味、看板とか魔神のコアは宝物じゃないか?」
「そんなの収納魔術があるし、駅長室に置いておけばいい物でしょ?」
「そんな適当な部屋じゃダメだろ。もっとこう、金庫とか、鍵のかかる部屋を……」
アロッホは言ってから、自分のいる場所を見渡した。
駅長室には扉がない。
通路と、その向こうの交差点がよく見える。
「なあ、このダンジョンに入ってから、扉って見てないよな」
「えっ? 扉? そういえば、なかったわね……」
「将来的に宝物庫をつくるなら、扉がないと困るんじゃないか?」
「まあ、そういう意見もあるわね」
「というか、この駅長室も、扉はあった方がいいよな……」
「それはそうね。扉、扉ね……」
方針その三、扉の追加。
エトルアは三つの方針をダンジョン端末に入力する。
「完璧ね。これでこのダンジョンの繁栄は約束されたような物よ」
エトルアは誇らしげだが、要するに現時点では全然ダメなのでは、とアロッホは思った。
ある所に、問題を抱えたダンジョンがありました
(劇的ビフォーアフター風)
なお、問題を解決する前に侵入者が来る模様