誰も責任を取らないプロジェクトの末路
ゲルヒニスはドブリン牧場にやって来た。
一ヶ月ぶりにやってきたドブリン牧場は、静かだった。
五万匹いたドブリンを全て「出荷」したのだから静かにもなるだろう。
牧場中央の建物、その二階のオフィスにいるであろうマリアンヌ・カーラントを訪ねる。
マリアンヌは机に突っ伏して寝ていた。
「おい、机で寝るな」
「あうー……」
ゲルヒニスがつつくと、マリアンヌは寝ぼけた目でゆっくり顔を上げ、慌てて立ち上がる。
「え、エウンテンさん? ……お、お久しぶりです」
「ああ。久しぶり」
「ええと、椅子がそこに、とりあえず座ってください」
「ん? あ、ああ……」
何かが妙だと思ったが、立っている理由もなかったので長椅子に座る。
「飲み物はいりますか? コーヒーでいいですか?」
「う、うん? まあ、出してくれるなら貰うが……君も疲れているんじゃないのか」
「大丈夫ですよ」
歓迎されている、というのとは何か違う気がした。
気遣われているというか、心配されているというか……
マリアンヌはコーヒーの入ったカップを一つ持ってきた。
なぜ一つ、と思っていると、カップを渡される。
そしてマリアンヌは優しい笑みを浮かべる。
「エウンテンさんも、いろいろあったと思うんですよ。ですけど私はいつでもエウンテンさんの味方ですから、安心してくれていいですよ」
「ちょっと待ってくれ。君は……俺をどうしたいんだ?」
「いえ、その、どうというわけではないんですけど……」
マリアンヌは言いづらそうに顔をそむける。
「何か、よほど辛い事があったのではと、思って……」
「辛い事?」
「報告書は読んだんですけど……、いくらなんでも、あれはないと思うんですよ」
「あれとは?」
「……マンティコア・マンティスとか、敵が訓練を受けたドブリンを使役していたとか、そういう事ですけど」
「いや、ないと思うとか言われても困るんだが……」
バリアス平原の謎の地下施設から脱出してから、ゲルヒニスは自分が見た事を全て報告した。
その結果、2週間以上、帝都で尋問を受けていたのだ。
辛い事、と言われれば、確かに辛い。
だがそれは尋問を受けたからではなく、自分の言葉を信じてもらえなかったからだ。
「君も信じてくれないのか」
「いえ、その……だって、ありえないじゃないですか」
「だが事実なんだ!」
ゲルヒニスは立ち上がるが、マリアンヌに肩を抑えられて椅子に戻された。
「あの、ですね……王国もドブリンを使役していて、向こうでは精鋭化してたってぐらいなら、まだ信じられなくもないです」
「そうか……」
「ただ、マンティコア・マンティスはちょっと……、」
巨大カマキリの件が、信用を失った理由らしい。
「倒せずに逃げて来たって言われたら、まだわからなくもないんですけど……いくらなんでも、あれを三人で倒すのは無理ですよ」
「三人だけで倒したわけではない……ドブリンの盾があってこその勝利だ」
「それで勝てるような相手ですか?」
マリアンヌが疑うのも仕方ない。
巨大カマキリは、ゲルヒニス級の魔術師が十数人でかかっても、勝てるかどうかという相手だ。
「……今から思えば、練度が低かったような気がした」
ゲルヒニスは戦いを思い出しながら言う。
「練度、ですか?」
「……例えば、単純な仕掛けに引っかかる、一度見た技に対応できない、こちらの連携攻撃のパターン変化を怪しまない、追い詰められると状況対処が雑になる……他にもいろいろあるが、そんな所だ」
「ボロボロに言いますね」
「本物のマンティコア・マンティスはあんな風ではなかったと思う。養殖されたせいで、戦闘経験を積まないまま出てきたのかもしれない」
大型の強力な魔物ほど、幼生時から厳しい選別にさらされているという。
養殖されたために、そういう選別を潜り抜けないまま成体になってしまったのかもしれない。
「まあ、養殖されて弱くなったのは、こっちのドブリンも同じなんだがな……」
野生のドブリンは、たくましくて小賢しいと聞いている。
一方、養殖物は狭い空間に押し込められ、十分な餌を与えられて育つ。
それでは戦闘的センスが育つ余地がない。
「……とにかく、ドブリンは、もっと戦えると思うんだ。今みたいな数で押す使い捨ての戦い方はやめて、ちゃんと訓練すれば……」
「待ってください。あの、言いたいことはわかるんですけど……」
マリアンヌはあまり乗り気ではないようだった。
「頼むよ、俺は可能性を見たんだ! 上を説得するのに協力してくれ!」
「それは無理だと思いますよ。というか、こっちの報告書はまだ読んでないんですか?」
「いや……なんだこれは?」
「中央では、この案を採用する方向で話がまとまりつつあるみたいです」
ゲルヒニスは報告書に目を通す。
ドブリンメイジの厳選に当たって、目下最大の問題は、不要な通常ドブリンが発生する事にある。
飼育には費用がかかり、脱走のリスクがあり、殺処分も危険を伴う。
しかし、その通常ドブリンを安全に廃棄する方法があるとしたらどうだろう?
そんな書き出しから始まったその報告書は、簡単に言えば王国の施設かも知れないあの場所を、ゴミ捨て場として利用する、という案だった。
実際、五万のドブリンがゴミのように死んだ。
それは明らかに戦略的敗北なのだが、誰かがそれを実験の成功と言い換えたのだ。
言葉遊びにもほどがある。
「バカな……」
「私も、これはちょっとどうかと思うんですけど……、立場上、拒否できませんからね」
この後、帝国のドブリン戦略は消極的になっていく。
後に、このドブリン牧場は、精鋭ドブリンメイジ部隊を生み出すに至るのかもしれないが、それは別の話だ。




