見つかるのは、たぶんこれが一番早いと思います
地平線の果てまで赤茶けた土が広がっている。
その片隅に、土と同じ色の布で作られたテントがいくつか建っていた。
テントの一つでは、三人の男がカードゲームをしていた。
三人は、イストリウス帝国の軍人だ。
ここはバリアス平原。
イストリウス帝国とコッコニオ王国の境目にあたる土地だ。
正確に言えば、境目は平原の東を流れるルルト川であって、ここは完全に帝国の土地だ。
男の一人、アイストは、カードを切り直しながら言う。
「知ってるか? ここも200年前は緑豊かな農地だったらしい。それが戦争に続く戦争で、今ではこの様よ」
「コッコニオのバカどものせいでな……」
別の男、クラトスが疲れたように言う。
長きにわたり対立を続ける二つの国は、毎年のように小競り合いを繰り返していた。
戦場となり踏み荒らされた土地は、今や雑草すら生えない。
小競り合いと言うが、それは国力レベルで見た話であって、前線では数百人から数千人の死者が出ている。
それゆえ、この土地では常にアンデット系列の魔物が大量に発生し、さらにはアンデットを餌とする大型の魔物すら出ている始末だ。
とても農業などやっているような場合ではない。
「奴らは、この土地の全てが自分の物だと思っているんだろうな」
「いや、それは違うな……」
三人目の男、ゲルヒニウスが口を挟む。
「あいつらだって、自分の土地だと思っているなら、もっと大切にするはずさ」
「つまり、俺たちの土地を汚すためだけに戦争を仕掛けてくるってわけか? 腐ってるにもほどがあるな」
「全くだ……」
アイストが憤り、クラトスも同意する。
「まあ、今回の計画が成功すれば、次の戦場はコッコニオのだ」
「そして、今度はコッコニオの穀倉地帯を廃墟にするってわけだ……」
クラトスが皮肉気に言う。
「言うなよ、これは戦争なんだ」
アイストはそう言ってコップを手に取り、すぐに怪訝な顔になって地面に置いた。
「どうした?」
「……いや、揺れてないか?」
アイストが指さすコップの水面には、細かい波が立っていた。
アイストが今コップを動かしたからではない。
波紋は小さくなるどころか、大きくなり、形も変わっていく。
「なんだ? 大型の魔物でも近づいているのか?」
三人は慌ててテントの外に出る。
昼間で明るい、障害物のない荒野、見通しはいい。
だが、地平線まで見回しても、不審な物は見えない。
「地面の下か? いや、そんなわけが……」
「おい、あれを見ろ!」
クラトスが地面を指さす。
地面が破裂したようになり、土くれが飛び散る。
その辺りの地面に穴が開いていた。
数メートル四方はあると思われる四角い穴だ。
そして穴の中から何かが出て来た。
白く硬そうな物質、透明な物質、そんな物を組み合わせたような、不思議な構造体だった。
いつのまにか、揺れは収まっていた。
そして、地面の上に姿を現した謎の構造体は姿を消そうとしない。
「な、何が起こっている?」
アイストスは何かにとりつかれたかのように、その構造体に向かって歩き出そうとするが、ゲルヒニスは腕をつかんで止める。
「ばか、伏せろ。おまえら早く伏せろ」
ゲルヒニスは、自分も伏せながら叫んだ。
アイストとクラトスも慌てて従い、地面すれすれで視線を交わす。
「あれは、敵なのか?」
「知らん。だが、少なくとも味方ではない。……とにかく休み時間は終わりだ。あれを帝都に報告する必要がある」
「なんて報告すればいいんだ? いや、ですか?」
ゲルヒニスは、一応ここの上司だ。
アイストは、仕事中なのを意識して言葉遣いを戻した。
ゲルヒニスとも頷く。
「もう少し観察する必要があるな。だが、いつまで観察するかが問題だ……」
〇
「たぶん、バリアス平原だと思うんだけど……」
駅長室にて、映し出された外の光景を見て、ウィノーラが最初に発した言葉がそれだった。
カルナが首をかしげる。
「それって、どこなんですか?」
「隣国の土地だよ」
アロッホが教えるとカルナは興味がわいたようだ。
「へぇ……。ちょっと外に出てみませんか?」
「今回は、本当に何もないぞ」
「でも隣の国なんて、ちょっとワクワクしませんか?」
カルナの言う事にも一理ある。
結局、全員で様子を見に行く事になった。
新しく発生した駅は、デストローパー駅という名前だった。
ダンジョン内には、いくつか見慣れない魔物が追加されていたが、全体ではいつも通りと言った感じだ。
入口から外に出ると、雲一つない青空が広がっていた。
「ちょっと風が埃っぽいわね」
エトルアはつまらなそうに言う。
カルナはきょろきょろと周囲を見回している。
「この前の雪山って、ここからでも見えますか?」
「ビルカルム峠はあれ」
ウィノーラが、地平線の向こうに見える雪山を指さした。
「はー、あんなに遠いんですね……」
カルナはただただ感心している。
「この土地にダンジョンの入口ができるのは、良くない気がする」
「そうか? 僻地に出て来たなら、人間に見つかることは少ないんじゃないか」
アロッホは楽観的にそう思ったが、ウィノーラは何か考え込んでいた。
「どうして、国境線を行き来するみたいな位置ばかりに入口ができるんだろう」
エトルアが答える。
「ドラゴンである私には、人間が決めた国境なんて関係ないわ。でも強いて言うなら……戦争で人が死んでるからじゃないかしら? この辺りにもアンデット系の魔物が多そうだし、魔力も溜まっているみたいだもの……」
「そういう物なのか?」
アロッホにはよくわからなかったが、エトルアがそういうなら、そうなのだろう。
エトルアは楽しげに言う。
「人間同士で勝手に争って消耗してくれるなら、こっちは願ったりかなったりね。今度こそ、平和に次のアップキープを迎えられそ……」
「フォトンディテクト!」
突然ウィノーラが魔術を発動した。
そして直ぐに解除する。
「ど、どうした?」
「向こうで、何か光ったような……」
〇
千メートルほど離れた岩の陰には、アイストが隠れていた。
「何か出てきましたね。人間に見えます……」
「四人……男一人に、女三人か? 年齢は若い、というか子どもの可能性すらあります……」
地に伏せて、望遠鏡で様子を見ていたクラトスも困惑気味に言う。
ゲルヒニスは頭痛を感じて頭を押さえた。
「見かけに騙されるな。俺が聞いた話が本当なら、王国では13歳の少女が宮廷魔術師の候補になりかけたらしい。貴族同士の下らん争いで立ち消えになったようだが、実力は本物らしい……」
「まさか、あの中の一人がそうなんですか? ここからでは顔が確認できません、近づきますか?」
「やめろ。そもそも俺も顔や名前は知らん。まあ、宮廷魔術師候補とは別人だと思うが、油断していい理由にはならないぞ」
「あ、今、何か魔術を発動したようです、こっちを指さしてます」
「絶対に動くな……レンズの反射光で気づかれたか?」
一分ほど沈黙の時間が続いた。
千メートル近く離れていて、やや風があり、常時砂ぼこりも立っている。
この条件で気づかれるはずがない。
だが、どんな探知魔術で調べられているか分かった物ではない。
見つかっていない事を祈るばかりだ。
「なんか、中に戻っていくみたいですが?」
「油断させようとしているのかもしれない。緊張を保て」
それから五分ほどたってから、ゲルヒニスは安堵の息をついた。
「よし、撤収する」
「どうするんですか?」
「あれは王国の新兵器と考えるしかないだろう。とりあえず帝都に報告する」
ダンジョンの入口が発生する前からそこに人がいるのはレギュレーション違反では?