こんなはずでは:前
ダンジョンは地下だが暗くない。天井には光を放つガラス管のような物が並んで明かりを灯している。
入口から続く階段は長かった。
十メートルほど下がった所で折り返し、また折り返し……ひたすら下へ下へと続く。
「随分深いんだな」
「スターディアボロスの襲撃を防ぐためのダンジョンだもの。あいつらの攻撃は数十メートルの地面なら平気でぶち抜くわ。これぐらい深いのは当然よ」
ようやく階段の下までたどり着いたのは百メートルほど降りた頃。
降りた先は、幅十メートルぐらいの通路だった。
そして巨大なナメクジだ。
全長三メートルぐらいあり、頭から生えた二本のツノの先に目玉のような物がついている。
それでアロッホの方をじろじろ見た後、興味なさそうに視線を逸らし、またノソノソとどこかへ這っていく。
エトルアは誇らしげに胸を張る。
「ほらね、大丈夫だって言ったでしょ」
「……そうだな」
アロッホはホッと胸をなでおろす。微妙に弱そうな魔物だったので、爆弾を無駄遣いしなくて済んだのはよかった。
二人は通路を進む。
百メートルほど進んだところで、大部屋にたどり着く。
そこには驚きの光景が広がっていた。
そこは広大な円形の大部屋になっている
その床や壁や天井を、無数の巨大ナメクジがゾロゾロベタベタ這いずっていた。
部屋のあちこちにはプランターのような物があって植物が生えている。
ナメクジ達は、その葉をパリパリと齧っていた。
「あ、あううううう、なによ! これ、なんで?」
エトルアはショックを受けたのか、頭を抱えてその場に座り込んでしまう。
逆にアロッホは、何が問題なのかよくわからない。
味方の魔物が大量にいるのに、何がいけないのか。
「ダンジョンって、こういうものじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ! もっとこう、ケルベロスとかサラマンダーとか、そういう強そうなのがいるはずだったのに!」
「まあ、気持ちはわかるけどさ……」
確かにナメクジは弱そうだし、見かけもあまり好きにはなれないが……できたばかりのダンジョンで贅沢を言っても仕方ない。
「なんであなたは落ち着いてるの? だってナメクジよ? 歩いた跡がヌメヌメになるのよ? ナメクジがいるとカビが生えやすくなるのよ? 触ると寄生虫が染って病気になるわよ?」
「まあ、得に否定はしないが……」
エトルアがナメクジが嫌いなのは、よくわかった。
でも、ダンジョンに沸いたばかりの魔物だから、寄生虫はいないのでは。
いや? 逆に寄生虫もセットで沸く可能性があるのか……いつか暇な時に研究してみたい。
「なあ、提案があるんだが……諦めて外で野宿した方が良くないか?」
「野宿……いえ、ここは私のダンジョン、つまり私の自宅よ! ドラゴン族の誇りをかけて、あんなナメクジどもに負けるわけにはいかないわ!」
エトルアは一瞬、心が折れそうな顔をしたが、ぶんぶんと首を振る。
「そうよ! そもそも負けるっていう考え方がおかしいのよ! ナメクジと言えどもあれは私の配下。味方なのよ。沢山いるるのは悪い事じゃない。ええ、いい事だわ」
とうとう自己暗示を始めてしまった。見ていて不安になってくる。
「でも、ナメクジが這ってる部屋で寝るとか無理だろ」
「ナメクジがいない部屋も、あるでしょ? ……あるわよね?」
あるといいなぁ、とアロッホは思った。
二人は大部屋を進む。
巨大ナメクジ達は一応襲ってこなかったけれど、道を開けてくれる気遣いも見せてくれなかった。
本当に、敵が来ても戦ってくれるのだろうか。
大部屋を抜けた先には、また通路があった。ナメクジが這いずっている以外は何の変哲もない通路だ。
通路と大部屋が何回か繰り返された後、少し違う部屋に出た。
一辺が百メートルぐらいある四角い部屋で、全面に水が張られていた。
水は泥水。濁っていて深さはよくわからない。
入口の所から、木でできた桟橋のような物が部屋の真ん中を突っ切っている。
「この部屋は、池になっているのかしら?」
「水棲の魔物とかがいるといいな」
桟橋の真ん中に、ナメクジが道を塞いでいた。
やはり道を開けてくれる気配はない。
「引き返して他の道から行った方がよくないか?」
「他の道なんてなかったわ。それに、ダンジョンの主である私が道を譲られるべきでしょ? ……ちょっと、そこのナメクジ。私のために道を開けなさい」
エトルアはナメクジに話しかけるが、返事どころか、反応すらない。
これは時間がかかりそうだ。
アロッホは、近くの水面に何か目玉のような物が二つ浮かんでいるのに気づいた。
「おい、エトルア。水面の下に何かいるぞ」
「ナメクジ以外で? あれは? あれは何かしら?」
水が濁っているせいで全体像が見えないが、たぶん、巨大なカエルだ。
水から出てくれば、全高五メートルぐらいはあるのではないか。
「あんまり強そうには見えないけど、とりあえず防御力は高そうね。部屋も水のおかげで移動制限がかかるし、悪くないわ」
エトルアはカエルが気に入ったのか、手を振る。
すると、カエルは頭を水面の上に出した。そして大口を開け、閉じた。
カエルは音もたてずに水面下に戻っていく。
「ん?」
「今一瞬、何かに舌を伸ばしたような……」
二人は視線を前に戻す。
道を塞いでいた巨大ナメクジが消えていた。
前後の状況から考えて、カエルに食われたようだ。
「「な、ナメクジぃぃっ!」」
ナメクジがいるとカビが生えるのは嘘
カビが生えそうな湿度の高い場所を好んで住んでいるだけ
逆に歩いた跡を殺菌しているので、他よりカビが生えにくい可能性まである




