ダンジョンを作ろう
「ほら、ついたわよ」
エトルアが誇らしげに言う横で、アロッホは死んだセミのように地面に転がっていた。
「俺は風、俺は雲、俺はこの世の者ではない存在……」
「あなた、何でポエムってるの? 臨死体験でもしたのかしら?」
「あうあうあうあ?」
「それはそれとして、人間形態だと少し寒いわ。さっきの服、もう一回貸してくれないかしら?」
「あああう、ひょ、ちょっと待ってくれ」
アロッホはどうにか正気を取り戻し、荷物を探りながら、辺りを見回した。
一言で表すなら、森だった。
木々の向こうには山が見える。右を向いても左を向いても、山だ。
直径十キロぐらいの広さの、全方位を山に囲まれた土地だった。
「ここは、なんなんだ?」
「私にもよくわからないけど、昔は火山だったらしいわ。いわゆる、カステラよ」
「カルデラの事かな?」
「カ……いいから早く服を出しなさい」
アロッホは上着を渡す。
エトルアがそれを着ている間に、アロッホは周囲に大量に生えている草を拾ってみた。
「こ、これは、ベルネ草か?」
「なにそれ? サラダの材料?」
「上位の回復薬の材料だよ! 魔力濃度が濃い地域に少しだけ生えるような草なのに、それがこんなにたくさん」
他にも、珍しい魔草がそこかしこに生えている。
「魔力が濃いから、ダンジョンにも向いているの。こっちよ」
エトルアの後をついて森を歩く。
森の中に、小さな沼のような土地があった。
ぬかるんだ地面に背の高い草が生い茂っていて、ナメクジが這っている。
エトルアはその草の中に立つと、口の中でもごもごと呪文のような言葉を唱えた。
地面が魔法陣のような光を放ち、そこから何かが生えて来た。
「これは、格納魔術か?」
ここに何か大事な物を隠していたのだろう。
問題は、出て来た物だった。長さ五メートルぐらいの、よくわからない物体。
『坂急』
『杏田駅・七番街・13番街』
細かい線が多いゴチャゴチャした意匠がある。
文字を象っているように見えなくもないが、少なくともアロッホの知らない言葉だった。
「これは、なんだ?」
「異世界のラストダンジョン。その入口にあった看板らしいわ。スターディアボロスの中の人ですら、遭難する難易度だったとか」
「中の人?」
「ドラゴン族の中で伝わる古い言い伝えよ。細かい事は私も知らないわ。ただ、これを参照してダンジョンを作れば、凄いダンジョンが作れるの」
「参照? まあ、それがあればダンジョンが作れるんだな」
「そうよ。三日前からここに置いておいたから、この辺りの魔力になじんでいるはず。今からダンジョンを作るわよ」
「……今から?」
アロッホは空を見上げる。
夕方というか、もう星が見え始めている。明日にした方がいいのでは。
だがエトルアは今すぐ始める気らしい。
「うまくいけば、今夜は野宿しなくて済むでしょう?」
「そうなのか? 任せるよ……」
「その前に、あなたの持っているコアも貸して。二つあれば、もっと効果が高いはずよ」
「魔神のコアを?」
アロッホには、何の事かよくわからない。
どうして、魔神のコアがダンジョンと関係あるのか……いや、エトルアの言葉を信じるなら、この看板も魔神のコアも、同じ由来を持つ遺物、という事になるから辻褄はあっているが。
「ちょっと、強いダンジョンが必要なのは、あなたも同じでしょ? 協力してよ」
「……いいけど、終わったらちゃんと返してくれよ」
何に使われるのかよくわからないので、微妙に不安だ。
アロッホは荷物から魔神のコアを取り出して、エトルアに渡す。
エトルアはコアを看板の隣に置くと、何かを念じるように目を閉じる。
十秒ほどすると、カタカタと地面が揺れ始めた。
「おい、なんか揺れてるぞ? まずいんじゃないか?」
エトルアは答えない。集中しているようだ。
さらに十秒ほどすると、近くの地面が盛り上がって、何かが生えてきた。
それは小さな建物だった。
白い石のような素材、ガラスに似た透明な素材、金属らしき素材。
そんな物の組み合わせだ。
地下へと続く下り階段のようにも見えた。
苔が生え、つる草が表面を這っているその姿は、まるで百年も前からこの場に有ったかのように、馴染んでいる。
「やったわ。大成功よ。駅名が出たわ!」
「そうなのか?」
駅名、というのが何の事かよくわからないが、エトルアが指さす先を目で追うと、建物の上の方に文字のような意匠がある。
『最強メトロ』
『カステラ盆地駅 Kasuterabonti Sta.』
「なんて書いてあるんだ?」
「よく解らないけど、この場所の地名が書いてあるはずよ。あと、たぶん、なんか強そう」
「強そう?」
ドラゴンの感じ方はよくわからない。
「じゃあ早速入ってみましょう」
エトルアはいそいそと看板を格納魔術で片付けると、ピクニックのような気軽さで階段を降りて行こうとする。
アロッホは慌てて止める。
「待て待て。例え出来たばかりでもダンジョンには魔物がいるんだ。ちゃんと準備した方が良くないか?」
「何の準備をするの? 今日からここが私の家になるのよ?」
「え? あ、ダンジョンドラゴンはそう考えるのか」
人間からすればダンジョンは危険な物だが、ダンジョンドラゴンは自分のダンジョンを危険だとは思わない。
よく考えてみれば当たり前の事だ。
「魔物がいても、それは警備員のような物よ。私に襲ってきたりしないわ」
「俺は?」
「大丈夫でしょう? あれ? 客として招かないとダメだったかしら? えーと……」
エトルアは何かぶつぶつ呟きながら考え込んでいたが、結局笑ってごまかす
「あなたは、爆弾とか沢山持ってるし、襲われても大丈夫じゃない?」
「それは大丈夫って言わないだろ」
アロッホは不安しか感じなかったが、エトルアに一人で行かれてしまうのも困る。
地面に置いたままだった魔神のコアを拾うと、階段を下りていくエトルアに続いた。
だから、カステラじゃなくてカルデラ……