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ドラゴンとの遭遇:前


王都脱出から一週間が過ぎた。

馬車を乗り継いで、アロッホはクワワント山脈まで逃げていた。

誰もいない岩山だ。


山の中腹あたりのこの場所は、灰色の岩がならび、その隙間に草が生えているような土地だ。

はるかな遠くの方に、うっそうと茂る森が見える。

そらは青く、鳥か何かが飛んでいる。

平和な昼下がりだった。


王都からは直線距離で三百キロ、最寄りの町ですら、歩いて二日の距離があるという僻地の中の僻地。

ここなら当分は見つかる事もないだろう。


とはいえ、再起を図るのは少し難しい。

脱出の時に持ち出せたお金は旅費で消えた。

魔物対策などの必需品を除けば、手持ちの荷物は一つだけだ。


アロッホは鞄を開けると、それを取り出した。

魔神のコアだ。


外見は20センチほどの四角い箱。よくわからない材質でできている。

ある角度で日の光を当てていると、端の方がチカチカと光を明滅させ始める。

指で軽くつつくと、それに合わせるように、チカチカ光るリズムも変わる。


これは、昔、墜落して動かなくなった魔神を見つけて抜き取った物だ。

これだけはお金で買える物ではない。

手放すわけにはいかなかった。


アロッホはこの魔神のコアを研究したくて錬金術師を目指したのだ。

しかし実際には、薬の調合、薬の調合、薬の調合……コアの研究などする暇もなかった。


「今度こそ、自分のための研究をする! 絶対やるぞ!」


アロッホは心に誓う。

しかし、何をどうやって研究すればいいのか、見当もつかない。


研究所に大きな物を求めるつもりはないが、屋根と壁ぐらいは必要だろう。

火を使うと思うからカマドのような物もいる。

それにフラスコやビーカー……


「いやいや、違う。このコアの研究をするんだ。調合はもういい」


調合ばかりやらされたせいで、他の研究手段が今一つ思いつかない。

そもそも、このコアの、どこに手を付けたらいいのだろう。


叩いたり加熱したりするのはよくないだろう。

分解はしてみたいが、一度開けたら最後、二度と元には戻せない。

もっと頻繁に入手できる物なら、一つぐらい壊してみるのもありなのだが、下手をすると人類が初めて入手したコアである可能性すらある。迂闊なことはできない。


要するに、どういう設備があればこれを研究できるのか、アロッホにはイメージできないのだ。

誰か詳しい人がいれば助かるのだが。

王都の錬金術師協会でも宛てがなかったような相手が、都合よく表れてくれるとは思えない。


「はぁ……せっかく自由になったのに、道は長いなぁ」


アロッホはその場に寝転がると、ぼんやり空を眺めた。


遠くを鳥が飛んでいる。

いや、近づいてくる? 思ったより大きい?


「な? なんだ?」


羽は左右に数メートルはあり、長い首の先にトカゲのような頭がついている。


「ドラゴン! 討滅したんじゃなかったのか!」


それはまさしく殺意の塊だった。

燃えるような赤い体、見る者を射殺すような鋭い眼光。


アロッホは、起き上がり、魔神のコアを鞄に押し込む。


ドラゴンはアロッホの頭上でホバリングをはじめる。

砂や小石が舞い上がり、バラバラとアロッホの周囲に降り注ぐ。


「うわっ? わっ!」


ドラゴンは慌てるアロッホの姿を見て気をよくしたか、数メートル先に着地すると、天に向かって吠えた。


『ガアアアアッ』


ただの咆哮ではない。ドラゴンブレスだ。

灼熱の炎が空を焦がし、火口のような熱気が周囲の草の色を変えていく。


アロッホは慌ててて岩の陰に逃げ込み、鞄から引っ張り出したヘルフロストを投げつけた。


ヘルフロストは、氷結系の錬金爆弾だ。

液化したフロロペネルを霧状にまき散らし、周囲の気温を一瞬で下げる。


マイナス二百度の寒波がドラゴンブレスを打ち消して、キラキラとダイヤモンドダストが降り注ぐ。


『グワァァッ? アアアアアッ?』


ドラゴンは、不思議そうに首をかしげていたが、やがて羽を下ろし、その場に座り込み、寝転がってしまった。


しょせんはトカゲ、爬虫類。

寒さには勝てない。


こうなれば、アロッホが負けることはない。

もう一発冷気を浴びせて完全に動きを封じてから、口の中に爆弾でも飲み込ませてやれば、ドラゴンと言えども死んでしまう。


このドラゴンを解体して得られる素材を換金すれば、家の一軒や二軒は余裕で建つ。

アロッホの当面の問題は解決するだろう。

だから、ここでドラゴンを狩ってしまうのが正しい。


ドラゴンもそれがわかっているのか、眠そうな目を必死にこじ開けようと頑張っている。

寝たら死ぬ、寝たら死ぬ、と自分に言い聞かせているのだろう。


必死に眠気に抗おうとしているドラゴンを見ていたら、アロッホはなんだかかわいそうになってきた。

ドラゴンに近寄って話しかけてみる。


「なあ、おまえさぁ……本当、人前に出て来たらダメだからな?」


人語を解するかは不明だが、ドラゴンは何か意味ありげな視線を向けてくる。

通じていると判断して続ける。


「こんな所まで来る人間も滅多にいないと思うけど、来るやつは大体、普通じゃないからな。いや、俺が自分で言うのもおかしいけど、普通じゃないから」

『ガウ?』

「ナワバリを荒らされて驚いたんだよな? 悪かったよ。俺は別の場所に行くから。じゃ、元気でな……」


アロッホはドラゴンを残しその場を立ち去った。



岩山を歩いて数時間かけて降りて、森の辺りまで下山した頃。頭上に影が差した。

ドラゴンだ。

眠りから覚めて追いかけて来たらしい。


勝ち目はないだろうに、まだ戦おうというのか。


アロッホの手持ちの爆弾は多くない。

何度も襲ってくる相手を見逃す余裕はない。今度こそ、殺すしかないだろう。

アロッホはヘルフロストを構えて待ち受ける。


ドラゴンはアロッホの目の前に静かに着地すると、頭を下げ、羽をぱたぱたと揺らめかした。


『ガウガウ、ガウガウガウ』

「え? 何? わかんないよ?」


襲ってくる様子はない。

むしろ、話しかけられている気がする。

しかし、ドラゴン語など知るわけがない。


どうした物かと思っていると、ドラゴンの体が光を放った。

無数の魔法陣が飛び回り、その光の中でドラゴンの体が小さくなっていく。


数秒後にはドラゴンの姿は消えていた。

その代わりに、アロッホの目の前には一人の少女が立っていた。


「ド、ドラゴンが人間になった?」


アロッホは呆然と少女を上から下まで眺める。

外見年齢は10代半ばぐらい。

白い肌、青白い髪。そして後頭部から二本の角が生えている。


基本的に一糸まとわぬ裸だが、少し膨らんだ胸と、つるりとした股間の辺りは、鱗っぽい物で隠されていた。

少女は、ちょうど近くにあった倒木の上に立ち、不敵な笑みを浮かべてアロッホを見下ろしている。


「あー、あー、あー、よし。こんな感じかしら」


少女は喉に手を当てて声の調子を確かめると、アロッホを指さした。


「人間! 私はおまえに用があったからあの場所に行ったのよ? なのに、私がうとうとしている間に姿を消すってどういう事なの!」

「な、何だこれ! ドラゴンが人間になった! 喋った!」

「いや、だから……」

「なんで? どうなってるの? 質量は?」


アロッホは倒木の上に登って、少女の両脇の下に手を入れて持ち上げてみる。


「なるほど、だいたい見た目通りの重さか。つまり質量保存則が適用されない、これは一体……」

「こ、こら、持ち上げないで! 私はドラゴンだって言ってるでしょ! 恐れなさい! 恐れなさいよぉぉぉっ……」


少女が泣きそうな顔で暴れ出したので、アロッホは下におろしてあげた。


「ああ、もう! 人間は礼儀と言う物を知らないのね!」

「悪かったよ……。でも、本当にさっきのドラゴンなのか? あんな凄い魔術は見た事がない」


アロッホがおだてると、ドラゴンは胸を張る。


「ふふっ。驚いたかしら? これがドラゴンの英知よ。しかも、この体だと恒温動物扱いになるから、冷気には負けないの」

「何それ? ズルい!」

「ズルくないわ。むしろ人間の方が百倍ズルいわよ」

「そうかなぁ……」

「とにかく、これで冷気はもう無意味よ。もちろん他の耐性が下がったと思わな……へくしゅ」


そろそろ日も暮れて来た。そして少女は実質的に裸のような恰好。肌寒くもあるだろう。


「……え、えっと、俺の着替えでよければ貸すけど?」

「そ、そうね。助かるわ」


勝った。


主語述語目的語などを明確にしろと言われても困る。しかし、間違いなく「勝った」。

アロッホはそう確信した。



ドラゴンはだいたいちょろい

これは世界の真理


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