マキアートの魔法薬店経営記
マキアートは、ベルナス市の片隅に薬屋を開いている男だ。
一等地とは呼び難い場所だが、これでも町一番の薬屋を自任している。
品揃えは王都の専門店にも負けないし、売り上げも悪くなかった。
だが、どんなものでも用意できるというわけではない。
今日最初にやって来たのは、ボラックだった。町の実業家、コルムン家に雇われている男で、マキアートの顔なじみだ。
「ホロム病の薬はあるか?」
「在庫がないな」
ホロム病は、体が衰弱し、やがて死に至る病だ。
コルムン家で誰かが発病してしまったのか。
「お嬢様が発病したんだ。金ならいくらでも出すと言っている」
「しかし、ない物はないんだ」
「この前はなんでも用意できると言っていたじゃないか……」
「今は時期が悪い。ホロム病は、半年ぐらい前から西の方で患者が出てて、薬は値上がりしてる。今から手に入れようとするなら、かなり金を積む必要がある」
「本当に、どうにもならんかね?」
マキアートは首を振る。
どうにかしてやりたいが、どうにもならない。
「金貨5枚ぐらい出して、三か月も待てば、ようやく一人分が手に入るかもって所だ。どうする?」
「金はともかく、そんなに待てないぞ」
待てないだろう。
三か月後には、死んでいる可能性が高い。
だが、国中で薬の数が確保できていない。どうにもならない。
「ない物はないんだ。諦めてくれ」
「そんな事言えるか……どんなに高くてもいい、来週までに何とかしてくれ」
「……無茶な」
ボラックは帰っていった。
マキアートは仕入れのための算段をつける。
大金を積めば手に入るかもしれない。
だが、それは、どこかの誰かが飲めるはずだった薬を金で奪う事でしかない。
それでも、知らない誰かが助かるのと知っている誰かが助かるの、選べと言われたら後者を選ぶか。
マキアートは、周辺の町のリストを取り出す。
どこに送れば安く手に入るか。
まだ患者が出ていない所に注文するか。
あるいは逆に患者が多数出ているところに注文するか。
遠距離の場所に連絡するには、直接使者を送るしかない。
いくら大金を出すと言われても、一つか二つの町に送るのが限界だろう。
ここでマキアートが判断を誤れば、コルムン家の娘は死ぬ。
もちろん、正解があるかどうかすらわからない。
だが、コルムン家にはそれなりの恩がある。
できるだけの事はしてやりたかった。
悩んだマキアートが、もうサイコロでも転がして決めようかと思っていたところに、客が来た。
「いらっしゃいま……ぶっ?」
マキアートは思わず吹き出しそうになった。
だが笑いをこらえる。客を笑う店主など許される事ではない。
入って来た客は、知らない顔だった。
男だが年齢は不明、鼻の下から長い白髭を垂らしている。
「おまえ、名前は?」
「マヌークだ」
「そうか……」
マキアートは笑いをこらえながらも、この先どうするかを考える。
「ベルネ草か……品質はかなりいいな……そうだな。これだけ品質が良ければ、ホロム病の特効薬にも使えるだろうな」
「ホロム病?」
マヌークと名乗った怪しい男は、少し考えこむ。
「この辺りではまだ流行っているのか?」
「流行っているというほどではないが……薬は足りないな」
「用意できないのか……」
「こんな店に物を売りに来るぐらいなら、あんたも解るだろ」
パワープラムは王都が放出したがらないし、ニササギ粉やギト草も奪い合いのような状況だ。
「ニササギ粉は手配できないか?」
「それなら、少しは在庫があるな」
ニササギ粉は、ホロム病の特効薬の材料だ。最近は常に高値がつく。
去年、王都でホロム病が流行った後、一瞬値が安くなった瞬間を狙って一袋買い込んでおいた。
「そうか……」
「お客さん、ずいぶん詳しいね。錬金術師なのかい?」
「まあ、似たような物だ」
「そうかい」
マキアートは無表情で頷いた。
目の前の、怪しい付け髭を付けたこの男が、アロッホだとほぼ確信を抱いていた。
通報すれば謝礼が貰えるだろう。
だが運がよかったな、とマキアートは心の中で冷笑する。
今は、ホロム病の薬の調達が最優先だ。官憲に協力するような暇はない。
ベルネ草は適当に買い叩いて追い出そう。
そう決めたマキアートの度肝を抜くような言葉が、怪しい客の口から発せられる。
「なあ、ニササギ粉、売ってくれないか?」
「はぁ?」
ありえない。
今のマキアートにとっては、コルムン家の令嬢の命と引き換えにするぐらいの価値の物だ。
金を積まれても手放せるわけがない。
「おまえに払えるような値段じゃないぞ」
「俺の売り物を見てもそう言うか?」
「確かに質はいいな。しかし、奮発して銀貨2枚って所だろう。ベルネ草はそんなに不足していないんだ」
マキアートが言い終わる前に、怪しい客は鞄から何か取り出した。
桃のような形の果実だった。
「なっ! お、おまえ、今すぐそれを鞄にしまえ! そこから絶対動くな! 何も触るなよ!」
マキアートは慌ててそれを引っ込めさせてから、店の表に走り、閉店の看板を掛けて扉に鍵をかけて、窓にもカーテンを下ろしてから、カウンターに戻った。
「そ、そんな警戒することか?」
「当たり前だろ! おまえ……どういう事だ? パワープラムなんかどこで手に入れた?」
「あー、やっぱりそうだよな。そうだよ。これが本来あるべき反応だよな? あいつら、どんなに説明しても全然わかってくれないんだもんなぁ……」
なんか変な喜び方をしているマヌ……いや、アロッホ。
価値がわからない仲間に苦労させられているらしい。
だが、そんなことはどうでもいい。
「おい。おまえ、なんでニササギ粉を欲しがった? まさか、あるのか?」
「少しだけだが採取できた」
鞄から乾燥した葉っぱが出てくる。
ギト草だ。
10倍の重さの金と交換されるような希少植物だ。
ホロム病の特効薬の材料が、マキアートの手元に揃ってしまった。
マキアートは信じられない思いでアロッホを見つめる。
「おまえ、自分で調合する気だったのか?」
「機材も調達してもらえると助かるんだが……」
「いや……、簡単な調合なら、裏でもできる。本当に作れたなら金貨5枚で買い取ってやるよ」
マキアートは店の奥にアロッホを案内する。
狭い作業場に、ギリギリ置けるサイズの大きなテーブル。
部屋の隅に積んであった箱を開けて、機材を並べていく。
「これで十分か?」
「なんとかなりそうだ。でも、終わるまでに時間がかかるぞ」
「半日ぐらいか?」
「パワープラムのヘトマ成分を抽出する所からやる。三日はかかる」
「そんなに? いや、時間が惜しい。今すぐ始めてくれ」
アロッホは機材を一つ一つ確認し始める。
ひげを邪魔そうにしていた。
「なあ、手違いがあったら困るだろ。そのツケヒゲは取った方がいいんじゃないか」
「いや、これは……」
「おまえの人相は出回ってない。顔を隠す意味はないぞ」
「えっ、そうなのか……あっ……」
「まったく……そんなんで変装のつもりか? もう少しましなやり方もあっただろう?」
この迂闊な男の味方をしていいのかと、マキアートは頭を押さえる。
「この前、中央通りの薬屋に、変な貴族が来たらしい。アロッホっていう錬金術師を探してるそうだ……王都で宮廷魔術師を毒殺しようとしたテロリストらしい」
「なんだそれ、俺はそんな事してないぞ」
「まあ聞け。おまえを見つけて捕まえたら、謝礼が出るって言うんだ。これよ」
マキアートは指を三本立てる。
アロッホは首をかしげる。
「金貨三枚?」
「いや、銀貨三枚だ」
「そんなもんか……」
「まあ俺もその時は妥当だと思ったよ。でもな、今となっては……どっちと仲よくした方がお得か、子どもでもわかるよな」
「助かるよ」
「で? 薬は、何人分作れる?」
「手持ちの材料を使えば15人分、いや、16人分はいける。ギト草を採取してくれば、もっと作れるけど……」
「それ、全部、俺に売ってくれないか?」
「構わないけど、どうするんだ?」
「もちろん売るのさ」
南西の町に使者を送らなければいけない。値段はいくらでも吊り上げられるが、それを敢えて常識的な価格で売る。ただし、恩着せがましい言葉を大量に添えて。
この件は、いつか明るみに出るだろう。
マキアートは、もう引き返せない。
アロッホを保護しつづけ、その恩恵を周囲に配って味方を増やし続ける。
それが生き残る唯一の道だ。
閉店は免れた




