メイド少女カルナ
アロッホとエトルアは、倒れているメイドの所にたどり着いた。
「ひぐっ、うぐっ……」
メイドは地面に倒れたまま泣いていた。
百匹を超えるゾンビがうろつく森部屋に放置されたら、さすがに正気ではいられないだろう。
「おい、大丈夫か?」
アロッホが声をかけると、メイドは顔を上げた、
「た、助けてください」
「そのために来たのよ。感謝しなさい」
エトルアが言うと、メイドはひっ、と悲鳴を上げる。
「あ、あなた、本当に人間ですか」
「あら? どうしてそんな事を思うのかしら?」
「だって、頭に角が……」
意外と冷静だ。
「とりあえず、駅長室に行こう……立てるか」
「たっ、立てます」
メイドは立ち上がろうとするが、よろめいてその場に倒れてしまった。
「ほら、掴まって……」
アロッホが肩をかして立たせてやる。
メイドはぐったりした様子で、アロッホに体重を預けて来た。
失禁でもしたのか、歩くと靴の中が水でジュブジュブ鳴っている。
メイドは何か言いたげにアロッホの方を見たが、アロッホは気づいていないふりをした。
三人で駅長室まで歩く。
途中の通路や大部屋には、ゾンビや巨大ナメクジが大量にうろついているが、もちろんアロッホ達を襲ってきたりはしない。
ゾンビに至っては道まで開けてくれる始末だ。
「どうして、あの魔物は襲ってこないんですか」
メイドが小声で聞いてくる。
「俺達は客人として設定されているんだ」
「それは、あの人が設定してるんですか?」
「まあそうだけど」
「もし、その設定を解除されたら?」
「襲ってくるんじゃないかな……。でもそんな事はないから安心していいよ」
メイドは納得しなかったようだが、何も言ってこなかった。
アロッホもその話題を続けたくなかったので、助かった。
駅長室の床に、メイドは座らせられる。
エトルアはダンジョン端末の隣に、四角いを置いて、その上に足を組んで腰掛ける。
「あなた、名前は?」
「か、カルナです」
メイド少女、カルナは生贄にささげられる子羊のように怯えている。
「一緒にいた集団は何なのかしら?」
「山賊、だと思います。馬車に乗っていたら、襲われて、私だけ取り残されました……」
「それは災難だったわね」
エトルアは優しい声で言う。
カルナは黙ったまま、うつむいている。
「それで、あなたは、何かできることがあるかしら? 私のために役に立てるのかしら?」
「しょ、食事が作れます。あとは、掃除とか洗濯とか……」
「ふうん?」
バカにしたような笑み。
「いてもいいし、いなくてもいいっていう、微妙なラインかしら?」
本当にそうだろうか?
料理に関しては、今は微妙だ。
しかし、この先、ダンジョンが拡張されれば、食材が増えるかもしれない。そうした時に、料理スキル持ちは重要になる気がする。
「あ、あの、服はそれでいいんですか?」
「服?」
エトルアは、
未だにアロッホの上着を羽織っているだけだ。
そもそも人間ではないのだから、服など必要ないのだが。
「私は、服を作れます。町ではそういう仕事をしてたんです」
「今、実演できるかしら?」
「無理です。針と糸と布と……ほかにもいろいろ必要ですけど」
「そう……」
エトルアは視線を斜め上に向ける。
アロッホもそちらを見たが、何もなかった。
エトルアが何を考えているのかよくわからない。
このままカルナが殺されたりすると後味が悪いので、アロッホも弁護を試みる。
「服は有った方がいいんじゃないかな。厚い布で作れば防具にもなるし……」
「ドラゴンに戻れば」
「でも、錬金術を応用すれば、耐性付きの布とかも作れるし、他にも……」
言いかけてから、アロッホは天才的な発想にたどり着いた。
「そうだ。冷気耐性付きのコートとか欲しくないか? もちろん、おまえがドラゴンに戻った時のサイズで」
「なっ!」
エトルアが慌てて身を乗り出した。
勝った、アロッホは確信する。
エトルアも釣られた事に気づいたのか、すぐにバツの悪そうな顔になる。
「ま、まあ、いいわ。それについては、しばらく考えることにしましょう。勝手に逃げたりしない限り、滞在を許可するわ」
エトルアは言う。
カルナは腰のあたりに手をやり、それから恐る恐ると言った様子で聞く。
「あの、水場はありますか? 洗濯とかができるような……」
「水なら向こうにあるわ。道具とかはないけど」
「それでいいです」
カルナはよろよろと立ち上がり、そちらに歩いて行こうとする。
まだ足元がおぼつかないようだったので、アロッホは肩を貸してやった。
「監視ですか?」
「別にそういうわけでは……」
「そう、ですか」
カルナは何か言いたそうだったが、結局何も言わず、二人は水場に行く。
水場は、駅長室の隣にある。
壁から水が出ていて、床に人工的な川床のような物が作られて、そこを水が流れている。
川は、そのまま部屋の端まで流れて行って、隣の部屋の池に流れ込んでいた。
「これは、飲み水にも使うんですか?」
「使うけど、壁から出てくるところから直接汲んでるから気にしなくていいよ」
「そうですか」
カルナは、靴と靴下を脱ぎ、それからスカートをめくってパンツを下ろす。
メイド服にしては短めのスカートだったせいで、何がとは言わないが、見えた。
「ちょっ、えっ……そういうのは先に言ってよ」
アロッホは慌てて後ろを向く。
しかし荷物も持たずに洗濯に来たのだ。そういう事だと予想すべきだった。
ジャバジャバと水音がする。
それに交じってカルナの問いが聞こえた。
「どうしてあなたは、あんなのに従っているんですか?」
「あんなのって?」
「いえ……」
「エトルアは、そんな悪い奴じゃないよ」
「……」
そもそも、従っているのかと問われると微妙だ。
今後、準備が整えば、アロッホは魔神の研究を始めるし、その時はエトルアから大量の魔力の供給を受けることになる。
アロッホにも恩恵のある関係だ。
だが、カルナにはそれは関係のない話でもある。
「おまえ、もしかして、家に帰りたいのか?」
「無理ですよ」
カルナは悲しそうな声で言う。
「この水、足をつけると気持ちいいですね。あなたもどうです」
「あ、ああ」
アロッホも靴を脱いでカルナの隣に座る。
カルナは、ぽつぽつと話し始める。
「私は、貧しい農村の出身でした。親も病気で死んでしまい、私の力では畑を耕すのも難しくて……もっといい暮らしができると思って、ベルナス市に行ったんです」
「そうか……」
「町では、針子の仕事に就きました。だけど、私、学がないから、自分の名前すら書けなくて……書類とかは、町でできた友達に代筆してもらっていたんです。そしたら、ある日、奴隷商人がやってきて、私は自分を奴隷として売る契約書にサインしてるって言われて……」
「その友達が裏切ったのか?」
「今から思えば、最初からそのために近づいてきたんでしょうね。それで、変な貴族に買われて……、それが昨日の事です」
随分と、急展開が多い人生を送っているようだ。
「町に帰っても、奴隷商人に捕まるだけだし、村に帰っても、生きていくことはできません。私はここで死ぬしかないんです」
「死にはしないさ。エトルアはそんな事しない」
カルナはアロッホの方を見た。
何か怒っているようだった。
「あなたは、なんでそんなに落ち着いてるんですか? あの人、人間じゃないんですよ?」
「そうだけど……別に俺は酷い事されてないし……おまえだったそうだろ? むしろ山賊から助けてもらったような物じゃないのか?」
カルナは答えず、すねたような顔で水を蹴飛ばした。
「まあ、なんかおかしいと思う事があったら教えてくれ。たぶん、話せばわかってくれると思うから」
「そうですか……あなた、あの人から随分信頼されてるんですね」
「それほどではないけど……」
アロッホが返事に困っていると、カルナは駅長室の方を振り返ると、大声で言う。
「大丈夫ですよ! 私は盗ったりしませんよ!」
ガタッ、と何か物音がした。
アロッホとカルナは顔を見合わせる。
「……え? エトルア、いたの?」
「まさか本当に聞いているとは……」
やはりドラゴンはちょろいな




