山賊たちの略奪戦術3
「これは、ちょっとまずいわね……」
モリソバ駅の駅長室で、エトルアはうんざりした顔で呟いた。
アロッホとエトルアの前には、ダンジョン端末がある。
カステラ駅と同じ仕様だ。
さっきから、ずっと侵入警報が鳴りっぱなしだった。
森のゾンビがダンジョン内に入り込んでいるのだ。
呼ばなくても勝手に入って来てくれるなら、いろいろ実験し放題だ……などと思ったのは最初の内だけ。
まず、当たり前のように、入り口付近のナメクジが叩き殺された。
そしてゾンビたちは次の大部屋を歩き回るゾンビの群れに対し攻撃を始めた。
ゾンビ状態でも、ダンジョン産かそれ以外かで、敵味方が識別されているようだ。
ゾンビは動きが遅く、攻撃力も低い。
それでいて耐久性が高く、再生能力を持つ。
それが殴り合いを始めたらどうなるか……答えは簡単、いつまでたっても決着がつかない。
そんなゾンビが一匹、また一匹とダンジョンに侵入してくる。
そのたびに警報が鳴り響く。
脅威度はゼロに近いし、シャッターを超えてさらに奥に進む可能性もない。
警報を鳴らす意味がない。
しかし、警報自体を止めてしまうと、本当に危険な物の侵入を見過ごしてしまうかもしれない。
それで二人は、警報がなるたびに入口の様子を確認して「またゾンビか」とがっかりする。そんな事を繰り返していた。
「上にいるゾンビが全部ダンジョン内に入ってくれば、警報も止まるんじゃないか?」
「全部っていうけど、何体ぐらいいるのかしら」
「なら放置するか……」
「そうもいかないわ。侵入者がいる限り、アップキープも来ないし……」
「俺たちが前線に行って、少し片づけてくるしかないのか?」
「私が行くしかないのかしら……ゾンビごときに……」
ドブリンの時と違って、ダンジョンが崩壊しそうな危機感がないので、いつ動いたらいいのかピンとこない。
結果、だらだらと増え続ける敵ゾンビを眺め続ける事になる。
「ドブリンゾンビに棍棒を持たせて、戦わせてみるって言うのは?」
「やるだけやってみようかしら……」
そんな事を相談している時に、また侵入警報が鳴った。
「はいはい。どうせまたゾンビでしょ……えっ?」
エトルアは映し出された映像を見て、身を乗り出す。
武器を持った人間が、十人ほど。
「やっと侵入者らしい侵入者が来たわね。でも、これは何かしら?」
「山賊か何かじゃないかな」
一見すると戦闘員の集団のように見えた。
しかし汚れた外見、防御力より動きやすさを優先した服装、統一されていない武器……
たぶん軍隊ではない。
そしてメイド服を着た少女の首に縄をつけて引っ張っている。
まともな冒険者でもないだろう。
山賊たちは、入り口で死んでいるナメクジに驚いた後、ゾンビがいる大部屋へと突入した。
「え? そこ行っちゃうの?」
アロッホの目にも、無謀な突撃に見えた。
案の定、部屋の反対側までたどり着いた時には、山賊の半分近くが死んでいた。
「どうして、この状況で奥に進もうとするのかしら?」
「誰かに追われているんじゃないか?」
「なるほど。外の様子を見てみましょうか」
ダンジョンの入口周辺の映像に切り替える。
そこには、百体を超えるゾンビの群れが見えた。
それらがゾロゾロとダンジョン内に侵入してくる。
「うわぁ……」
エトルアはうんざりしたような顔で画面を切り替えた。
山賊たちは何か言い争いをしている。
ダンジョンに入ってから短時間でこの被害が出れば、仲間割れもするだろう。
そんな状況でありながらも、シャッターはあっという間に突破していた。
「シャッターへの順応、早いな……」
「なかなか知恵が回るようね……とは言え、ここから先、どうする気なのかしら?」
山賊たちは進むようだ。
もしかすると、山賊たちは、先に進めばゾンビから逃れられると考えたのかもしれない。
だがそれは違う。
この先の部屋にもゾンビはいるし、他の魔物だってウヨウヨいる。
山賊たちがこのダンジョンを生きて出る事はないだろう。
「あのゾンビの群れは、何か対処法を考えた方が良さそうね」
「そうだな……」
アロッホは頷く。
錬金術でゾンビに対処することはできる。
だが、それには機材や材料が足りない。調達手段もなくはないが……
エトルアが横からわき腹をつつく。
「ねえ? 今のうちに確認しておきたいことがあるのだけれど?」
「何だ?」
「あなた、自分はどちら側のつもりなのかしら?」
「どちら側って?」
アロッホは意味が解らず、エトルアの顔を見る。
エトルアはアロッホを試しているのか、見下すような奇妙な笑みを浮かべる。
「私はダンジョンドラゴンよ? だからダンジョンに入って来た者は、基本的に敵とみなすわ。たとえそれが人間であってもね」
「まあ、妥当だな」
「けれど、あなたは人間ね? 侵入者が同じ人間であった場合も、冷静でいられるかしら?」
「……俺は、ある意味、人間界を追放されたような物だよ」
少なくとも名前を隠さずに戻って無事では済まないだろう。
「そうね。それなら、あの山賊はこのまま全滅すると思うけど、特に助けたいとは思わない、それで間違いないわね?」
「ああ。そもそも山賊だし、どうなろうが知った事じゃ……あ、でも、あのメイドの女の子は、ちょっと例外じゃないかな」
「そうかしら?」
通路を行く山賊たち。
また一人、もう一人、ゾンビの犠牲になった。
メイド服の少女は、団長らしき人物の近くにいるとは言え、よく無事な物だ。
顔はもう真っ青で、立って歩いているのがやっとという感じだった。
「なんか、無理やり連れてこられたみたいだし、普通の侵入者とは違うと思う。多少は優遇してもいいんじゃ?」
「……それは、そうね。でも、家に帰してあげるわけにはいかないわ」
「そこは仕方ないな」
ダンジョンの位置と内容が広まるのはまずい。
情報は、できるだけ長い間伏せておくべきだ。
「それなら、次のダンジョン拡張で、牢屋が追加されるようにしておきましょうか……」
エトルアは、鼻歌を歌いながらダンジョン端末を操作する。
その間にも、山賊たちは追い詰められていた。
どうにか、森のような部屋にまでたどりついたが、ヘビに襲われ、一人が死んだ。
残っているのは、団長と、棍棒男とメイドの三人だけ。
棍棒男が棍棒を振り回して時間を稼ぎ、その間に団長が背負っていた荷物を展開していた。
それは巨大なクロスボウだった。
一撃でヘビの首が飛んだ。
本来はどこかに固定して使う物なのか、撃った団長も反動でひっくり返っている。
「あの武器、強いわね……、無傷で奪えないかしら?」
「ああ、バリスタか……もしかしたら同じものを作れるかも」
「作れるの? じゃあ、そのうちドブリンゾンビに配備しましょう。とりあえず、仕上げね」
エトルアが操作し、森の部屋の全ての出入り口からゾンビの大軍がなだれ込む。
バリスタの攻撃で数体のゾンビが倒されたが、それが限界だった。
団長も棍棒男も、物量の前には成す術もなく押し倒され、動かなくなる。
メイドの少女は全てをあきらめたのか、その場に倒れて逃げようともしないが、ゾンビは見向きもしない。
アロッホと同じく、客人設定されているのだろう。
「それじゃあ、新しい仲間を迎えに行きましょうか」
微笑みを浮かべながら立ち上がるエトルア。
その笑みは、魔王と呼ぶにふさわしい物だった。
殺す覚悟(違)