山賊たちの略奪戦術1
ベルナス市から、バルトリー村へと続く道がある。
左右を森に囲まれた、のどかな道だ。
舗装もされていない、木と草をどけて馬車を通れるようにしただけの、何の変哲もない田舎道。
その道は大岩で塞がれていた。
少し離れた森の中から、その大岩を眺めている人相の悪い男がいた。
名前はエドイック。
職業は山賊団の頭だ。それを職業と呼べるなら、だが。
「お頭、まだですか?」
手下の一人が話しかけてくる。やはり人相の悪い男だ。
名はマルコット。
山賊というのは、基本的に人相が悪い。
人相が悪い方が成果を上げる。
やはり獲物に舐められたら終わりだからだ。
人相が悪くない者が山賊をするなら、仕事の時は顔を隠すしかない。あるいはフェイスペイントでも塗るか。
「焦るな。情報では今日のはずだ。俺らが来るのがちょっと早かったかもしれないが、遅刻するよりはいいだろう」
エドイックはマルコットをなだめ、道を塞ぐ大岩を眺める。
それから道のベルナス市へと続く方を見た。
木々の間から、近づいてくる馬車が見えた。
「……アレか?」
こちらに近づいてくる、大型の頑丈そうな馬車が三台。どれも白色に塗られ、金色の飾りがついている。
軍用ではない、貴族の乗る馬車だ。
エドイックの目には、獲物が自分の位置を宣伝しながら走っているようにしか見えなかった。
「来たぞ、武器を取れ……」
エドイックは手下に命じ、自分は近くの茂みに潜んだ。
そこに、地面に撃ち込んだ杭があり、その上に、クロスボウを巨大化させたような物が乗っていた。
エドイックの秘密兵器、大型バリスタだ。
特殊な素材で作られたこのバリスタから放たれる鋼鉄の矢は、城壁すら貫通する
発射。
ダシュン
空気を切り裂いて飛んでいくそれは、矢というより、羽のついた槍だ。
狙ったのは、三両目の馬車の車輪。
車輪は一撃で真っ二つになり、馬車はその場につんのめるようにして止まった。
「車輪が壊された、この馬車はもうダメだ!」
御者は、悲痛な叫び声をあげて御台を飛び降り、二台目の馬車の方へと逃げていく。
勝った。エドイックはそう思った。
前に岩、後ろに動かなくなった馬車、左右は森。
この状態から残りの馬車が逃げることは不可能だ。
後は脅して馬車から降りさせる。
降りてこないなら馬車を破壊して引きずり出す。
それで終わりだと思っていた。
二台目の馬車の扉が開いて、誰かが降りて来た。
若い男だ。青地に金色の糸で模様が織り込まれた服を着ている。どこからどう見ても、貴族だ。
貴族の男は、右手に長さ五十センチほどの杖を持っていた。
ゴチャゴチャと色とりどりのクリスタルが大量についた、高価そうな杖だ。
貴族の男は、馬車を止められたことを許せないのか、あるいは山賊に対して恨みでもあるのか、大声で叫ぶ。
「姿を現せ! 意地汚い下賤の犬どもめ!」
「……なんだあいつ?」
この瞬間まで、エドイックは、自分の方が圧倒的優位だと思っていた。
貴族の男が騒いでいるのは、ただの負けを受け入れていないだけなのだろうと。
だが、それは違った
「愚かな貴様たちは、逆らってはいけない物に逆らった。この私に弓を引いた事、後悔するがいい!」
貴族の男は杖を掲げる。
「隠れていても無駄だ。『スパーク・ウェーブ』」
地面に青いイナズマが走った。
貴族の男を中心に、同心円状に広がるイナズマ。木の陰に隠れていた山賊たちが悲鳴を上げて倒れる。
即死するほどの威力はなかったようだが、とにかく効果範囲が広い。
十人以上いたエドイックの部下の殆どは、一瞬で戦闘不能にされた。
「くそっ、魔術師が乗っていたとは……、これでもくらえ!」
エドイックはバリスタの二発目を放つ。
石の壁すらも貫通する強力な矢。人間に当たれば、胴体が二つに千切れるほどの威力がある。
いくら魔術師と言えども肉体は人間、殺せば死ぬ。
しかし、その必殺の矢は、貴族の男に命中する寸前に止まった。
空中で火花が明滅し、一瞬だけ透明な壁のような物が照らし出される。
貴族の男は、馬車から出てくる前にマジックシールドを唱えていたのだ。
こうなると殆どの攻撃は通らない。
それどころか、今の攻撃でエドイックの位置がバレた。
「そこか! 『ペネトレイト・バレット』」
魔術師の反撃。
攻撃の種類はわからなかった。だが、エドイックは本能で反応した。
バリスタを右に突き飛ばし、自身はその反動で左に倒れる。
ちょうど真ん中を、光の線が駆け抜けた。
後ろの方で、大きな音を立てて、大木が倒れる。
当たればどうなっていたのかは、よくわかった。絶対に死んでいた。
今の魔術は、こちらのバリスタと同じかそれ以上の威力だ。
「うおおおおおおおおっ!」
さっきまで隣にいたマルコットが、雄たけびを上げながら突っ込んでいく。
手には金属の棍棒のみ。
しかし無策な突撃ではない。
小刻みに蛇行して、射線を交わしながら貴族の男へと近づいていく。
マルコットは、ただ人相が悪いだけではない。
戦闘に関して言うなら、エドイックを上回る力量がある。
「下らん突撃だ。『フレアボルト』」
貴族の男は魔術を放つ。だが炎の弾丸は、マルコットに着弾する瞬間に霧散した。
マルコットは棍棒を振り回す。
「うらぁっ!」
「おっと」
貴族の男はその攻撃を回避した。
重力を無視したような動きで上に飛び上がったのだ。
そのまま馬車の屋根に飛び乗る。
「私の魔術を無効化しただと? そんな力がありながら山賊に落ちる者がいるとは、世も末だな。『グラビティー・コントロール』」
こんどの魔術は攻撃ではない。
道を塞いでいた岩が、浮き上がり、転がった。
「走れ! 後ろの馬車は捨てるぞ!」
貴族の男が叫び、馬車が走り出す。
追撃は不可能だ。
移動速度は向こうの方が早いし、馬車の屋根の上には貴族の男。
止める方法はない。
「くそ……バルトリー村の方に行きやがった!」
エドイックは頭を抱える。
向こうは実質的に軍の基地だ。
ここに山賊がいることが伝われば、直ぐに討伐隊がやってくるだろう。
もちろん、山賊の盗伐は彼らの主任務ではない。
だが、少数であっても、軍隊と対決するのはまずい。戦力のレベルが違い過ぎる。
「失敗だ! 撤収するぞ! 馬車に金目の物はあるか?」
エドイックが叫ぶと、立ち直っていた手下たちが、ふらふらと馬車に近づいて、中を開ける。
「誰かが中に残ってます! おい、出てこいやおら!」
「引っ張り出せ!」
手下たちが乱暴な手段で馬車の扉をこじ開けようとしている中、エドイックはバリスタの状態を確認する。
パーツの一部が壊れたが、この程度ならすぐに直せる。
このバリスタは、商売道具なので、エドイックにとっては命の次に大切だ。
バリスタを折りたたみ、背負ってから、馬車の方に行く。
馬車から、一人のメイドが引っ張り出されたところだった。
年齢は十代後半、顔は悪くない。
マルコットは欲望の籠った目でそのメイドを眺めている。
「親分、こいつは連れ帰りましょうよ」
「ん……そうだな」
奴隷商人に売りつければ、それなりの金にはなりそうだ。
「逃げ遅れたのはこいつだけか? 他に金目の物は?」
「見当たりません。他の馬車に積んでたんですかね……」
「ふうん?」
エドイックは、怯えて地面に座り込んでいるメイドの前で腰をかがめる。
「なあ? 金目の物がどこにあるか、おまえ知ってるんじゃないか?」
「て、天井に隠し棚があるみたいです」
「隠し棚?」
手下が慌てて馬車の中を再度調べる。
「天井、天井……あ、これか! うっひょー」
手下が戻って来た。
ガシアス、顔の下半分を布で隠した男だ。特技は鍵開け。
「すげぇよ! この財布、金貨が百枚ぐらい入ってますぜ」
「ほぅ。収穫としては悪くないな」
エドイックは笑う。そしてメイドの方を見る。
「ところで、今のうちに聞いておくが、おまえ、処女か? もしそうなら、そのまま奴隷商人に売りつけるが」
「ま、また売られるんですか?」
「違うなら、アジトで犯してから奴隷商人に売りつける。さあ、どっちだ?」
メイドは震えながらも、絞り出すように答える。
「しょ、処女です」
「そうか……運がよかったな」
わざわざ、いいえと答えた時の対応も教えてやったのは、隠し扉を教えてくれたお礼のような物だ。
まあ、この反応なら、本当に処女だと思うが。
「よし、アジトに戻るぞ……」
ダンジョンはどこにいった?
そもそもこの貴族の正体は?
奴隷商人から少女を買う貴族……
いったい誰の義兄なんだ?