追放錬金術師
これ準備してる間に追放ブーム終わってたってマ?
「アロッホ君。我々は君に出て行って欲しいと思っている」
解毒剤を調合していたアロッホの研究室に乗り込んでくるなり、そう告げたのは、錬金術師協会の会長だった。
「出て行けとは、どういう事ですか?」
アロッホは調合の手を止め、聞き返す。
ちなみにアロッホは、この会長の事を心の中では見下していた。
自らの利益と保身しか考えない愚物。肩書こそは組織の長だが、実際には貴族の犬だ。
もちろん、そんな考えは表に出さない。
会長はアロッホに指を突きつける。
「文字通りの意味だ。錬金術師協会の会員としても、この部屋の入居者としても、君にはいなくなって欲しい」
「いったい何を急に……」
アロッホは錬金術師協会の一級会員だ。
例え会長と言えども、理由なく追い出したりはできるものではない。
「一等級魔術師、ウイノーラが最近体調不良になったそうだが……」
会長はふんぞり返りながら言う。
アロッホは会長が何を言っているのか理解できず言い返す。
「体調不良とは何ですか? 俺は報告書に「毒殺未遂」とはっきり書いたはずです」
「それだよ! ただの体調不良を毒殺未遂などと騒ぎ立ておって!」
「嘘ではないです! 実際に毒は検出されてるんですよ? 報告書、読んでないんですか?」
「誰が読むか、あんなデタラメ!」
「デタラメって……」
その言われようはアロッホも納得できない。
一等級魔術師の少女、ウイノーラはかなりの実力者で次代の宮廷魔術師の候補と目されていた。
しかし、その出身は貴族階級の末席、男爵階級だ。
ここ最近、国は平和、ダンジョンドラゴンの討滅も終わって久しい。
宮廷魔術師は、最高の力を持った者でなければならない、などとされたのは過去の話。
魔術の実力よりも、出身階級を重視して選ぶべきではないかという風潮が生まれつつあった。
さすがに、それを表立って主張するような恥知らずはまだ表れていないが、時間の問題だろう。
貴族の末席に過ぎないウイノーラの立場は危うかった。
魔術師組合の中では公然といじめが行われていて、とうとう毒殺未遂だ。
この話を聞いて、上位の貴族が犯人であるはずがない、などと考える者がいるだろうか? いやいない。
報告書に不備があったというのなら書き直してもいい、アロッホはそう思う。
しかし、読みもせずにデタラメ呼ばわりするとはどういう事なのか。学者の風上にも置けぬ所業である。
「さらにはなんだ、犯人候補として貴族の名前を何人もあげて……」
「だって、毒殺ですよ? 犯人を捕まえなかったらマズいでしょう? 動機があって、犯行が可能な人間を絞っていけばおのずと……」
「うるせぇんだよ、このバカ! 少しは身の程をわきまえろ!」
「しかし……」
アロッホが反論しようとすると、会長に襟首をつかみ上げられた。
「おまえ正気か? 平民出身の貴様が、貴族を捕まえようって言うのか? あん?」
「それが無理だったから報告書を上げたんですけど……」
「おまえの代わりに俺が泥を被れって言うのか? つくづくふざけた野郎だな!」
とうとう本音が出た。
会長はアロッホを床につきとばすと、部屋の中をぐるりと見渡す。
「それから、この研究室に置いてある物は、証拠物件として押収するからな」
「……何の証拠ですか?」
「おまえが、罪なき貴族に濡れ衣を着せようとした疑い……その疑いを晴らすために必要な証拠だ」
「……濡れ衣を着せようと? 一体何を!」
アロッホは一瞬意味が解らず、床に倒れたまま会長を見上げる。
要するに、会長は嘘をついている。
疑いを晴らすつもりなどない。むしろ事件を握りつぶすつもりなのだろう。
そしてアロッホを処刑してめでたしめでたしだ。
正義は為されない。悪人だけが得をする。アロッホは死ぬ。何もめでたくない。
「そうですか、よくわかりました。よくわかりましたよ」
アロッホは覚悟を決めると、ゆっくり立ち上がり、部屋の隅へ行って、引き出しを開けた。
会長が慌てて止めようとする。
「おい、何をしている? 証拠隠滅か?」
「違います。……えっと、戸棚のカギを出すだけですよ。必要でしょうから。ほら、これをどうぞ」
アロッホは引き出しから取り出したそれを会長に投げつけた。
もちろん鍵などではない。
投げたのはヴォルトクラッカー。
モンスターと戦うための投擲爆弾で、安全ピンを抜いてから5秒後に、一億ボルトの高電圧がまき散らされる殺傷兵器だ。
真っ青な稲妻が輝いた。
「はぼっ?」
会長は高電圧をくらって、全身から煙を吹きながらその場に倒れた。
すぐに逃げなければならない。
アロッホは、鞄を掴んで、思いついたものを放り込んでいく。
「何の音だ!」
廊下からなだれ込んでくる兵士達。アロッホを連行するために待機していたのだろう。
アロッホはそれにパラライズボムを投げつけると、自分の吐しゃ物で窒息して倒れた兵士たちを踏み越えて逃げ出した。
錬金術師は爆弾を投げて戦う職業
これは宇宙の真理