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おひさまプラネタリウム

作者: 桐生史

 雨上がりの放課後、すばるは仲良しのちいちゃんと一緒に帰っていました。すばるは両手に大きな雨傘を抱えています。

「すばるちゃんの傘、ずいぶん大きいね」

 ちいちゃんは不思議そうに尋ねました。

「おじいちゃんが貸してくれたの」

 すばるは自分の肩ほどもある傘を、両手で掲げてみせました。

「私の傘はピアノの先生のうちに忘れてきちゃったから……おじいちゃんの傘おっきいから、全然濡れないんだよ。ほら」

 すばるがボタンを押すと、大きな鳥が羽ばたくような音をたてて傘が開きました。すると傘の中に残っていた雨粒がぱっと飛び散って、ちょうど通りかかった幼なじみの隼人にかかってしまいました。

「なにするんだよ、汚いな」

「あっ、飛んじゃった。ごめん」

隼人はすばるの持つ傘をじろりと見ると、ひったくりました。

「真っ黒でオヤジ臭い傘だな。模様をつけてやるよ」

 隼人はポケットから安全ピンを取り出し、針をブチブチと生地に突き立てました。

「やめてよ! おじいちゃんの傘なのに、隼人のバカ!」

 すばるは傘を奪い返しましたが、黒い生地にはいくつもの穴が開いていました。これでは雨漏りしてしまいます。大好きなおじいちゃんの傘なのに……。


「こんなになっちゃったの」

 恐る恐る傘を差しだしたすばるの頭を、おじいちゃんはぽんと撫でました。

「なるほどねえ。確かにこれでは雨の日に使えないようだ。でもなあ、すばる。この穴はすごくいい具合に並んでいるぞ」

 おじいちゃんは傘を開くと内側から穴を確認して、すばるを手招きしました。

「六つ穴が開いているだろう。これはプレアデス星団とそっくりな並び方だよ」

「プレアデス?」

「すばるだ。おうし座にある散開星団だよ」

 おじいちゃんは本棚から図鑑を抜き出し、きらきら輝く星の写真を指差しました。

「すばる」

「うん。すばるの名前はこの星からとったんだ。とてもキレイな星たちだろう。そうだ、この傘は大きいから……」

 おじいちゃんは道具箱からキリを取り出すと、生地にぷっつり突き刺しました。ひとつ、ふたつ。黒い布地の上で、軽やかなステップを踏むように次々と星が生まれていきます。

「昔の人はね、夜空のことを大きな伏せたお椀のようなものだと考えていたんだよ」

「地球は丸いんでしょ」

「そうだよ。今は宇宙空間にぽっかり浮かんでいる地球を見ることができるから、みんな丸いと知っている。すばるも地球の写真を見たことがあるだろう」

「もちろん」

「でも昔は写真もロケットもなかった。だから平らな地面の上に、伏せたお椀みたいなふたが広がっていると想像したんだ。エジプトでは、星を身体にくっつけた天空の女神さまが四つん這いになっているとか、ギリシアには巨人が空を背負っているなんて神話もあった。みんなあれこれ想像力を働かせて考えたんだね」

「でもおじいちゃん、お椀みたいな空の下じゃ真っ暗だよ。お星さまはどうするの」

「お椀には穴が開いていて、そこからお椀の外、天上世界の灯りが見えるんだ。昔の人は星のことを『筒』と呼んでいたから、きっと通り抜けられるような穴だと考えたんだね。夜空にはたくさんの穴から漏れる光が輝いているというわけだ。こんな風に」

 おじいちゃんはすばるの頭の上に傘を広げました。黒い傘は夜空、たくさんの穴から漏れる蛍光灯の光が星。傘の内側は、まるで満天の星空のようです。

「わあ、プラネタリウムだ!」

「明日おひさまが昇ったら、この傘をさしてごらん。きっとキレイなすばる……プレアデス星団が見られるよ。おひさまプラネタリウムだ。この傘はすばるにあげよう」


 すばるはそれから毎日のように、傘を持っておひさまの下を歩きました。

「ええと、見付けやすい三つ星があるのがオリオン座。その右上にはおうし座、牛の右目にある大きな星がアルデバラン。オリオン座の左下にはおおいぬ座があって、夜空で一番明るいシリウスがあるのよね」

 すばるは校門の側にある花壇に腰かけて、おじいちゃんに教えてもらった星座や星の名前を何度も確認していました。おひさまプラネタリウムできらきら輝く夜空は、いつまで見ていても飽きません。

 ふと気が付くと、すばるの横に隼人が座っていました。

「その……この前は悪かったよ」

 隼人はきまり悪そうに、傘に穴を開けたことを謝りました。

「プレアデス星団のことなら、許してあげる」

「プ、プレ……なに星人だって?」

 すばるは噴き出してしまいました。

「隼人は星のこと、なにも知らないのね。私が教えてあげる」


 それから二十年がたちました。

 科学はずっと進歩して、地球から宇宙へはエレベーターでつながるようになっています。

 この宇宙エレベーターは、地球上に設置されたステーションから、真っ直ぐ空へ伸びるテザーという『筒』を通って宇宙へ昇ります。

 星という空の穴を通り抜けて、天上の世界へ旅をするように。

 すばるはその宇宙エレベーターに乗り、静止軌道ステーションへ昇っていました。今日はそこで結婚式を行うのです。

「すばるのおじいちゃんにもこのエレベーターに乗って欲しかったな」

 すばるの横で隼人が残念そうにため息をつきました。すばるのおじいちゃんは宇宙エレベーターができる前に亡くなってしまったからです。

「うん。だからおじいちゃんのくれたおひさまプラネタリウムを持ってきたのよ。私たちの結婚式を見守ってくれるようにね」

 すばるは昔と同じように、両手でおひさまプラネタリウムを抱えていました。今はもう大きくはありません。


初めて書いた童話です。

手作りのプラネタリウムで遊んでいた幼少期を思い出しながら書きました。

読んでくださってありがとうございます。

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