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血脈の傀儡 フィオーレ王国戦記  作者: 御崎 仲太郎
はみ出しものの魔導士たち
9/63

奇襲と撤退

 行きと同じ道で、隠れ家へと戻る。帰路もあと少しというところで、レナードは不意に立ち止まった。

 オリヴィアもつられて歩みを止める。

 何か、嫌な気配がする。オリヴィアがそれに気づいた頃には、レナードは既に腰に差した剣の柄に手を添えていた。

 周囲を注意深く観察すると、レナードは剣を抜く。使い込まれた刃が光を反射した。

「そこにいるのは分かっている。――出てこい」

 レナードが声を張り上げると、背の高い草ががさりと揺れる。

 現れたのは、数人の兵士たち。一様に目を殺気立たせたその兵たちは、剣を手にこちらの出方を伺っている。

 オリヴィアを腕で彼の背後に押しやると、レナードはその手に持った剣を真っ直ぐに構えた。

「その紋章、ウェステリアか……?」

 レナードは怪訝そうに声を上げる。だが、兵達はそれには答えない。

 少しの静寂の後、先に動いたのは兵士達だった。しかし、一斉に距離を詰めてくる敵に対して、レナードは冷静だった。

 斬撃を弾きながら手早く一人の懐へ潜り込む。音もなく顎に剣を突き刺すと、そのまま骸を蹴り捨てる。その隙に背後に忍び寄る敵を、勢いをつけて振り向きざまに叩き切る。敵兵は、音もなく切り捨てられていく。

 レナードは危なげなく敵を翻弄し続けた。背後から様子を見ていたオリヴィアは、男の鮮やかな太刀筋に目が釘付けになる。

 その背中はとても頼もしい。この状況の中でどこか安心すら感じさせるレナードに、オリヴィアは肩の力が抜けるのを感じた。

 気がついたときには、そこには積み重なった骸があった。レナードは剣を鞘に収めると、おもむろにしゃがみ込んでその骸の一つを乱暴に引っ張る。

「おい、オリヴィア。……これは、どこの連中の兵装だ」

 オリヴィアは、その兵装を見て絶句した。一番手練に見えた兵はウェステリア公爵の紋章を背中に掲げていたが、それ以外の兵士には紋章も無い、寄せ集めの兵装のようだった。

 ――まるで、オリヴィアが所属していた部隊のような。

 息を飲む。おい、とレナードに声を掛けられて、慌てて取り繕った。

「……おそらく、大部分はどこかの貴族の私兵部隊。ウェステリア軍が混じっているということは、その」

 ()()()()()()()、ウェステリア兵だけでは兵力が足りないということだ。

「……まさか! 急ぐぞ!」

 慌てて隠れ家の方角へ視線を投げたレナードは、高く上がる黒い煙の存在を認めた――襲われている!

 男はオリヴィアの二の腕を掴むと、全力で走り出した。



 近づくにつれて、事態は顕になってゆく。辺り一帯に響き渡る怒声が、高く上がる炎が、事の深刻さをありありと表現していた。

 ウェステリアの騎士団が、魔導士たちと対峙している。周囲には、馬とともに倒れたウェステリアの騎士たちが既に数名転がっていた。

 やっとの思いで戻った隠れ家は、先程までの静寂に包まれた神聖な雰囲気を微塵も残してはいない。

 オリヴィアを茂みに押しやり「隠れていろ」とだけ言い残して、レナードは腰の剣を抜きながら魔導士らの元へ駆け寄った。

「アルフ! 何が起こっている!」

「……ここが見つかった」

 アルフレッドは掲げた手に炎を呼び起こす。神を恐れぬその力で、少年は躊躇もせず敵を燃やし尽くしていく。

 ――耳に、思わず塞ぎたくなる絶叫が響く。オリヴィアの全身を怖気が駆け巡った。

 魔導士のその力は、凄まじい。剣を握ったこともないであろうか細いアルフレッドが、熟練の騎士達相手に一方的な展開を繰り広げている。

 少年の顔には、冷酷な笑みが浮かんでいた。敵と見做した相手を無慈悲に、そして無情に薙ぎ倒していく。

 これだ、と思った。呑気にすら見える少年に、どこか違和感を感じていたのは。


 魔導士の数に対して、ウェステリアの軍勢は圧倒的だった。

 魔導士達は地を揺るがすような力を振るう。

 だが、数の力というのは偉大なものだ。弓兵から放出された矢は時折魔導士の身体を射止め、着実に戦う力を奪ってゆく。


 豪快に剣を振るい続けていたレナードもまた、じわじわと押されていた。太い腕から繰り出される人たちは的確に襲いかかる兵を仕留める。

 だが、その足がじりじりと後退してゆくのを、オリヴィアは見逃さなかった。

「……ルーク! オリヴィアを!」

 レナードは不意に声を張り上げる。

 馬に乗って戦っていた魔導士が一人、戦線を離脱する。魔導士はあっという間にオリヴィアの元へと馬を走らせる。

 速度を落としもせず、片腕で強引にオリヴィアの肩を掴むと馬の後ろへ引っ張り上げた。

 大きく姿勢を崩したオリヴィアが体勢を整える間もなく、馬は全速力で駆け始めた。

 ルークと呼ばれた魔導士は、オリヴィアの耳に低く響くような声を放つ。

「しっかり捕まっていろ。……撒くぞ」

 背後から聞こえる、地を蹴る馬蹄の音。見れば、騎士達が数十人、オリヴィアたちを追っている。

 レナードやアルフレッド達は必死に食い止めている。しかし、それでも全てを押さえ込むには余りに数が多かった。

「ひッ……」

 敵兵の数に堪らず小さな悲鳴を上げたオリヴィア。届いたのは、青年の乾いた声。

「地の利はこちらにある。黙ってろ」

 言われた通りに口を噤んで、オリヴィアはされるがままに身を任せた。

 ルークは慣れた手つきで馬を操り、木の生い茂る森の中を縦横無尽に駆け巡った。オリヴィアは必死にルークの腰に掴まっていても、振り落とされてしまいそうだった。馬の尻が跳ねるたびに、酷い振動が身体に響く。

 森という立地が弓兵による攻撃を不可能にしてるのは幸運だった。平地であれば、身体を矢に貫かれて息絶えていたに違いない。

 依然数の減らない追っ手を確認すると、ルークは小さく舌打ちをした。こちらは馬に二人で乗っているので、速度が出ないのだ。少し離してはすぐ追いつかれるのを繰り返していた。

「ちっ……おい、小娘」

 唐突に小娘扱いをされて、オリヴィアはむっと眉を釣り上げた。

「何だ」

「木が覆っていて見えないだろうが、この先少し行ったところは崖になってる。追っ手をそこに落とすぞ。俺達はここで馬を捨てる。馬はすぐには止まれないんだ、半分以上はこれで消えてくれるはずだ。合図を出したら、飛ぶ」

 有無を言わさないルークの指示で、オリヴィアは唾を飲み込んだ。そして腰を少し浮かせて、来たる時に向けて準備する。ルークの手綱を握る汗ばんだ手が、少し震えていた。

 どんどん崖が近づいて来る。もう止まれない、あと少しで――

「――今だッ!」

 叫ぶルークに、一瞬遅れてオリヴィアは馬から飛び出した。目標にした木の主枝めがけて手を必死に伸ばしたが、触れたと思った指は体重を支えるには至らない。

「うわあっ……!」

 振り子のように振り回された身体は吹っ飛び、馬の大群めがけて落ちていく。平衡がとれず、空中で手足が暴れまわる。

 突如思わぬ方向へ身体が揺れた。首が大きく振れ、息が詰まる衝撃を感じる。

 次の瞬間には身体は木のざらざらした肌の上にあった。ルークに二の腕を容赦ない力で掴まれ、強引に引き寄せられたのだった。オリヴィアは、安堵のため息を吐いたかと思うと、激しく咳き込んだ。

「けほっ、う……ありが、とう」

「ふん」

 照れ隠しという風でもない返事が返ってきて、オリヴィアは肩の力を抜いた。

 思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴が鼓膜を揺らす。崖の方を見ると、予想外に多くの兵が飛び込んでいったらしかった。舞い上がった砂埃が目や肺に入って、様子がよく分からない。

 木々の間を抜ける風がオリヴィアの髪を揺らし、さらには立ち上がった砂煙を遠くへ運んだときには、つかの間の静寂が辺りを包んでいた。

 だが、安心するにはまだ早い。咄嗟の判断で馬から飛び降り生き残った騎士達は、こちらに気づいてじりじりと距離を詰めてきている。

「持っておけ」

 ルークは腰に携えていた剣を抜くと、オリヴィアに手渡した。つまり、この多人数相手にルークは剣を使うつもりがないということである。受け取ると、オリヴィアは抱きしめるように剣を持った。

 ルークは木から飛び降りる。陣形を組んで近づいてくる騎士らへと手を向けると、肩の力を抜いた。

 ――瞬間、辺りを強い光が襲う。オリヴィアは咄嗟に目を閉じた。瞼を通過する青白い光を感じると、耳をつんざくような雷鳴が轟いた。

 敵の前にあまりに無防備な様子のルークから繰り出されたのは、空を裂く一閃の雷光だった。

 目を開けると、無残に転がる騎士達の身体。何でもないようにルークは一人の騎士を蹴飛ばす。すでに息がないことを確認すると、その騎士が持っている剣を力任せに奪う。自然な動作で腰にそれを刺差し直すと、元使っていた鞘をオリヴィアに投げてよこした。

「剣は多少使えるんだろう? 俺はお守りは御免だからな。今後、自分の身は自分で守れ」

 きっぱりと言い切ったルークに、オリヴィアは戸惑いながらなんとか頷く。

 木の上から全てを見ていたオリヴィアは、きょろきょろと辺りを見回した。どうやら、追っ手の大部分は片付いたらしい。無意識のうちに強張っていたらしい身体から、ふっと力が抜けるのを感じた。

 ふと遠くの方へ目をやると、いつの間にか沈みかかった夕日に照らされて、森の一部が激しく燃え上がるのが見て取れる。

「あ……」

 方角が隠れ家の方だと気づいて、思わず声を上げる。そんなオリヴィアの様子とは裏腹に、ルークは何でもないというように言い放つ。

「隠れ家の方が気にしなくていい。見つかった以上、あそこはもう使えないからな。隊長は隠れ家を放棄する判断をしたんだろう」

「放棄……」

 ことの重さを認識して、オリヴィアはごくりと唾を飲んだ。

「元々、緊急時の対応は念入りに話し合ってある。少し休んだら、集合場所に決められている別の隠れ家へ向かうぞ」

「……わかった」

 オリヴィアは木から静かに飛び降りる。そのまま地面にしゃがみ込んで、上体を木に預けた。

 空に浮かぶ雲は、ぎょっとするほど赤く染まっている。沈みかかった夕日が強い光を放っていた。風が吹いて巻き上げられたオリヴィアの銀の髪も、同じ色を湛えている。

 不意に疑問が浮かんで、ぽつりと呟く。

「……でも、なんでレナードは突然私たちを逃がしたんだろう。逃げるなら、全員まとまって行動した方が良かったんじゃないのか……?」

「隊長は、殿しんがりとしてほかの連中を最後まで逃がしてから来るつもりなんだろう。アルフレッドも一緒だろうな、今頃隠れ家は炭になってるだろうよ。隠れ家に置いてあるものも、見つかるとまずいものが多いからな。片をつけないと」

 ルークはふうっとため息を吐く。オリヴィアから少し距離をとると、片膝を立てて座り込んだ。

「アルフレッドって、強いんだな。私と同じくらいの年齢だし、頼りにならなさそうなのに」

 アルフレッドよりは、目の前にいる青年――ルークの方がまだ頼りになりそうな見た目をしている。剣を下げていたということは、剣術にも長けているのだろう。

「アルフレッドは、炎を操る直系一族……ハイドラ家の末裔だからな。元々の魔力も、才能も、周りの魔道士達とは頭一つ抜けてるんだ。隊長も、一目置いてる」

 苛立ちを内包するようなルークの声に、改めてその横顔を見た。視線に気づいて、まずまずに整った青年の顔が顰められる。

「……先に言っておくが、俺はお前が嫌いだ。必要以上に話しかけないでくれ」

 突き放すような言葉が急に返ってきて、オリヴィアは少しうろたえる。

「何か気に障ること、言ったか?」

 ルークはオリヴィアのその言葉をわざと無視すると、緩慢な動作で立ち上がった。そのままオリヴィアの方を振り返りもせず歩き始めてしまう。

 会話をばっさりと遮断されてしまえば、それ以上何かを言うことができなかった。オリヴィアにしても、自身に対して嫌いだと面と向かって言った相手に、敢えて口を利こうという気は起きない。

 とはいえ今この青年とはぐれると、一人山中で遭難しかねない。居心地の悪い沈黙の中で、オリヴィアはルークの背中をとにかく追いかけた。

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