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血脈の傀儡 フィオーレ王国戦記  作者: 御崎 仲太郎
はみ出しものの魔導士たち
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見知らぬ者へ

 久々に屋外へ出て、オリヴィアは大きく深呼吸した。鬱蒼と茂る森の中の、冷たく湿っぽくもどこか心地いい空気を肺いっぱいに吸い込んで、肩の力をふっと抜く。数日前に強引に攫われてきたときよりは余裕が出てきて、きょろきょろと辺りを見渡した。

 知らない間に雨が降ったのだろう。木々はしっとりと水を蓄えて、時折葉から水滴を零していた。高く昇った日は視界を覆う葉の一枚一枚を透かして、柔らかい光を足元まで届けている。

 街で暮らしていたオリヴィアには、静けさが包んだこの空間はどこか神秘的に感じられるほどだった。

「そういえば……ここはどこなんだろう」

 オリヴィアにとって未知の場所なのは間違いない。だが、湧いてきたのは未知への不安よりも、純粋な興味だった。

 レナードは空を見上げて穏やかな光に目を細め、答える。

「ヘルブラオ山脈の中だ。この辺りに王都があった時代の貴族の別荘を利用している」

 ヘルブラオ山脈とは東のウェステリア領、そして北にあるカトレア領を隔てている険しい山々の総称だ。ともかく、そうであるならばオリヴィアの居た場所からそう離れているわけではない。

 あんなに喧騒に包まれた場所であるのに、神聖な空気を醸すこの場所とそう離れていないのが不思議に感じるほどだった。

「さて、行くぞ。ついて来い」

 レナードはオリヴィアに一方的に言うと、後ろも振り返らずに前へ前へと足を運び始めた。

 慌てて速足で追いかけ始めたオリヴィアだったが、長身のこの男とは歩幅があまりにも違う。必死に後ろに付こうとしていると、それに気づいたらしいレナードは黙って速度を緩めてくれたようだった。そのうちにオリヴィアにも余裕ができ、息を整えることができた。

「はあ、はあ……」

「足が短いんだな」

 静かに笑い声をあげると、男はオリヴィアの全身を眺めまわすように見た。横に並んで気づいたが、オリヴィアの頭の先は、レナードの胸の高さにも届いていなかった。

「違う。断じて違う。身長は確かに多少低いが、足は短くない」

「ふ……同じことだ」

 オリヴィアは釈然としない気分になってため息をついたが、それ以上の反論は諦めることにした。それよりも、聞きたいことがあった。

「……どこへ向かっているんだ?」

「行けばわかるが、俺のちょっとした用事だ。お前の散歩がてらな」

「散歩なら一人で行く」

「目付け役が居ないとな。逃げられかねん」

 当然だという風にレナードが言い放つと、オリヴィアは内心で舌を出した。

 山の中の道なき道を歩く。湿った草木を掻き分けながら半刻ほどで辿り着いたのは、森を割くように小さく広がる滝口だった。

 滝のそばの狭い空間のみがぽっかりと開いている。不思議に感じて見ると、そこには小さな岩があった。

 レナードの大きな背中の奥にはひどく小さく見えるそれはまるで、「……墓?」

 レジスタンスの隠れ家からもそれなりに距離がある。そんな場所に不自然に存在するこれは、確かに墓のようだった。

「ああ。昔の、……仲間の、な」

 相当古いのか、墓石に刻まれた名前は殆ど消えかかって読めない。

「仲間……」

 ふいにドロシーのことを思い出して、ちくりと痛みを感じる。

「ここまで来るのは、仲間内でも俺だけでな。お前も祈ってやってくれ」

 男の寂しげな声色に胸を掴まれたような気がして、オリヴィアは頷いた。

 花すら手向けられていない、忘れ去られたような墓。

 オリヴィアは、名も知らぬ魔導士へ目を閉じ手を合わせて祈った。神にではなく、その見知らぬ人へと。

 滝口へと流れ込む水音だけが耳へ響く。

 ゆっくりと目を開ける。そっと横を見ると、レナードはまだ黙祷を続けている。思わずその横顔に見入ってしまう。

 レナードは、オリヴィアがしたのと同じようにゆっくりと目を開けると、名残惜しそうに墓を背に向けた。

 太い腕が伸びてきて、オリヴィアの頭にぽんと手が置かれる。そのままオリヴィアの前に出ると、男は静かに歩き始める。

 レナードの雰囲気に飲まれて、オリヴィアも黙ってついていくことしかできない。二人の空間を、足音だけが包み込んだ。

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