終章(1)
全てが終わった世界で、オリヴィアは目を覚ました。見慣れた天井は、隠れ家のものではない。故郷と呼ぶべき教会の一室だ。掃除は行き届いているが、部屋からは歴史を感じる臭いがする。確かにここは、オリヴィアの「帰る場所」だった。
部屋には寝台に寝かされたオリヴィアの他、誰もいなかった。窓の外で孤児院の子供達が、きゃあきゃあと走り回っている。昼頃だろうか。暖炉の火以外に明かりのない室内は、外の眩しさとは裏腹に薄暗い。
身体の至る所に走る痛みが、徐々に記憶を呼び戻す。魔物の脅威は去った。ブライアンは自ら命を絶った。国王は斃れ、そして。
――レナードもまた、死んだ。
最期まで、遂に彼を理解することはできなかった。全てが終わってから、それを漸く思い知るのだ。心から愛されていたのだと。命を懸けてもいいと、思ってもらえるほどに。
不意に、戸をたたく音で現実に引き戻される。次いで開く扉の先からは、片手で食事の盆を抱えたコーデリアが現れた。
「……大丈夫なのか」
最後に見た彼女は、負った傷と熱で苦しんでいた。それから、それほど時間が経過したわけではないはずだ。至る所にまだ血のにじんだ包帯が巻いてある。
「私は平気だし、それ、私の台詞よ。あなた、今の今まで寝てたじゃないの。……大丈夫なの?」
「…………大丈夫じゃ、ない」
不思議と涙は出てこない。ただ、空虚がそこにはあった。でも、本当に失ったわけではないのかもしれない。望んでいた形ではなかっただけで、見えなかっただけで、愛されていたと知ったのだから。
「そうよね。……私もだめみたい」
彼女は、そう言って力なく笑った。
「……レナードは私のことなんて見向きもしなかったけれど、私はレナードのことずっと見てた。戻らないつもりだってわかってた」
コーデリアが、オリヴィアに縋るように抱きついた。その声は震えていた。
「最後に私の目を見てね、『後のことを頼む』って言うのよ。ずるいでしょう、私が断れないの、分かっててそんなこと言ったの。最後の願いくらい、叶えて、あげたいじゃないっ……」
堪えきれずしゃくり上げるコーデリアが、オリヴィアの心まで抉っていくようだった。「隊長…………」
耐えきれず流れた涙は、熱かった。悲しくないのかもしれないと、思っていたのに。結局一度も、父と呼ぶことはできなかった。
◇
幕引きは呆気ないものだった。神を失った大地が、大きな悲鳴を上げる。山々に囲まれし小さな舞台は、今まさに崩れ去ろうとしていた。
「……逃げるよ、皆!」
アルフレッドが、目の涙を拭って声を張り上げる。セオドアが脱出経路を用意してくれた。主の救出が間に合わなかったオーウェンも、心を強く持って走ろうとした。しかし、オリヴィアは一人足りないことに気が付いた。
「サイラス! 何してるんだ!」
父の亡骸が転がっている。連れて帰りたかった。壮絶な最期だったはずなのに、彼はどこか幸せそうな顔をしていた。断ち切らなければならぬと、彼もそうしたのだからと、置いていく決断をした。
しかし、サイラスは動かなかった。
「…………俺は、もうどこにもいけねえんだよ! 隊長も、リチャードも死んだ。裏切り者にゃ相応しい終わり方だって、思ってんだろうが!!」
サイラスは、きっと、レナードに愛されたかったのだ。彼の一番になりたくて、アルフレッドに勝てなくて、リチャードに代わりを求めたのだ。どこか他人に思えなかった。
「隊長は、最後まであんたのことを気にしてた。……私よりずっと長いこと、親子してたんだろ。そんなこと、分かってるはずだ」




