真実
真剣に話し込む大男と少女という組み合わせが何とも奇妙に見える。セオドアは殆ど口を挟むことなく、レナードとエレノアの会話に耳を傾けていた。
「わかったかも、しれません」
湿っぽく、薄暗い魔導士の拠点。埃を被った荷物だらけのレナードの部屋。部屋の主は客人に椅子を提供して、資料の詰まれた山の一角に腰掛けている。そんな場所に似つかわしくない可憐な少女は、何かに思い至ったように、レナードの方を見た。
「ブライアンが、オリヴィアに危害を加えなかった理由……レナード様の身体の不調……」
エレノアは、目を覚ましたとき既に旅立っていたオリヴィアのことをとても気に掛けている。レナードがオリヴィアとあえて袂を分かった理由も彼女なりに飲み込んで、今こうしてレジスタンスへ新しい知見をもたらしてくれている。カトレアで生まれ育って、これだけ外の世界と積極的にかかわろうとする者も珍しいだろう。ある種、親友の亡き妻に似通ったものがある。
「今や黄龍の封印は解かれ、ブライアンは自由に魔力を引き出せるようになりました。かつて、四霊が生み出した第五の霊……その存在は、風とも、火とも、水とも、金とも違うところから力を得る霊。命を育む大地を源とする黄龍は、王族の血を引く者がその存在を身体に留め、四霊に選ばれた者がその魔力を封じ込めるという方法で、長く封じられてきたわけです」
「……俺とリチャードの身体に、龍が半分ずつ。オリヴィア、アルフレッド、イアン、ジャスミンの力で、魔力を。そういう構造だな」
今や龍は解き放たれ、力の封も破られてしまった。
「不調の原因は、ブライアンが振るう魔力のせいです。黄龍の力の源は、大地。母なる世界そのもの。魔導士は、それぞれの生まれに縁のある四霊から力を引き寄せます。その丁度逆に当たる現象が起こっているのです。黄龍は、依代であったお二人――強い縁を持つレナード様とリチャード王から、力を奪っていくのです。力……その、命を」
命を削られている。大方予想の付いていたのであろうレナードは、特段取り乱すこともなく、その事実を受け入れるように小さく頷いた。エレノアは続ける。
「……長い歴史の中で、封印が施されたときとは比べものにならないくらい、封印に関係する方々の血も薄まっています。レナード様とリチャード王の二人に龍の半身ずつが留められたのも――一人の力では、龍を押さえ込めなくなるほどに血が薄まった結果、二つに分かれてしまったのでしょう」
だから、ブライアンは、レナードとリチャードの二人を引き合わせる必要があったのだろう。真っ二つに割れた龍の力を、元に戻すために。長くレナードの親友だったブライアンは、そのためにレナードの娘を利用したのだ。
だがここで、彼の行動の理由が掴めなくなる。そのままオリヴィアを殺せば、それだけで彼の目的は果たされることになったはずなのだ。だが敢えて、彼はそれをしなかった。
「……直系一族と呼ばれる方々も、それは同じです。イアン様とジャスミン様は、魔導士としての素質にそれほど恵まれませんでした。四つの家の四人の魔導士が、力を合わせて一つの封印を成していますから。素質に恵まれない方がいれば、その分の力を補えるほどの素質を持つ方が必要になる。……アルフレッド様と、オリヴィアです」
アルフレッドの生家であるハイドラ家は、四つの家の中でも最も魔力が失われた一族だった。アルフレッドはその背景からは不可解なほどの魔力に恵まれている。それは偏に、それほどの素質を持つ者しか生まれられなかった――それだけの理由なのだろう。封印の要として生まれた者の身体にかかる負担は並ではないと聞く。それを耐えられるほどの強さを持った子供しか、まさに「生まれられなかった」のだ。
「オリヴィアは、先代のフェリシア様の素質を存分に受け継いでいます。人間の血と混じったことで、魔力そのものを扱うことは叶いませんが、封印の役目を果たすことはできた。だから、今まで四霊の封印は保たれていたのですね」
そこまで聞いて、セオドアはある可能性に思い至った。真剣な顔でエレノアの話を聞いていた親友もそれは同じなようで、その眉間に大きな皺を作る。ブライアンが欲したのは、力。そうであるならば、愚劣な男の行動原理など大して複雑ではない。
「――王家の血を引き、且つ、魔導士としての素質に恵まれた者が、黄龍の依代となると、どうなる……?」
薄れゆく王家の血は、依代としての役目も一人では果たせぬほどとなった。ブライアンによって力が振るわれる度、レナードの身体には深刻な影響が現れる。つい数刻前にも、彼は大量に血を吐いていた。今は何ともないように振る舞っているが、身体に蓄積された損傷は確実に彼を蝕んでいる。これは、リチャードも同様なのだろう。
――では、依代としての資格と、魔導士の素質を併せ持つオリヴィアであれば?
「想像の通りです。ブライアンにとって、それが最も素晴らしい筋書きなのでしょう。交わるはずのない二つの血が、運命の巡り合わせで混ざり合ってしまった。オリヴィアを力の源とすることで、今まで以上の――比べものにならないほどの力を得ることとなる」
――全てが、繋がった。全ては十六年前から仕組まれていたのかもしれない。国王を打ち倒し、レナードと瓜二つの王太子の存在を知ったときから、彼の中では物語が完成していたのかもしれない。そしてその物語は、今まさに佳境を迎えている。
「そうであれば、次ブライアンが起こす行動は一つです。二つに割れた龍を、今一度オリヴィアの元で一つにするのです。龍の封印は子へと受け継がれますから、リチャード王が亡くなれば、彼の龍は引き受け手がいないことになるんです。それでは、完全なる龍は永劫に失われてしまう」
オリヴィアは生かされる。ブライアンによって、殺されはしない。命だけは、奪われまい――たとえ自由が失われようと。たとえ、どれだけの苦痛が待っていようとも。
「……ブライアンは、オリヴィアを何らかの手段で『約束の地』へ連れて行こうとしているだと思います。リチャード王もおそらくは其処に。そこでお二方の持つ龍を、オリヴィアに封じる……」
『約束の地』。カトレア、ウェステリア、コルチ、ランタナの四つの公爵領に囲まれた、神の大地。かつての王族と、魔導士が手を取り合い黄龍を封印せしめた場所。
レナードは、握りしめた拳を小さく震わせていた。運命というものがあるのなら、彼は余りに残酷な生を与えられたものだと思う。
レナードは何も言わないが、セオドアは心得ている。彼が生きるのは、十六年前のあのときから、魔導士のためなどという高尚なもののためではない。もっと泥臭く人間臭く、愚直に、偏に、直向きに――魔導士と人間の間に産み落とされた、あの少女のためなのだ。己が人間であると知って尚、愛した魔導士の女性と生きることを望んだ罪を自覚し、自らが生き延びた理由を、その責任を果たすためだと理解し生きている。罪の無い娘が穏やかに、何不自由なく生きられるよう祈っている。
レナードは死ぬ。遠くない未来、必ず死ぬ。心置きなく命を賭けるために、彼は娘を手放した。躊躇いなく死んでいくために、敢えて娘を遠くへやった。ブライアンは必ずオリヴィアを狙う。レナードがオリヴィアの弱点にならないために、己の心を断ち切った。許された時間が僅かであることを自覚して、友は迷いを捨てた。
だから、放っておけないのだ。セオドアは、エレノアにも、レナードにも聞こえないよう、ほんの少しだけ自嘲するように、笑った。
「レナード。……出立の準備は済ませてあるよ。奴を倒しても、君の娘が真の意味で自由を得ることはない。でも、奴に彼女の自由を奪わせないために戦うことはできる。もう、覚悟はできてるんだろう?」
覚悟とは、あまりに悲しい言葉だと思う。どうしようもないから、人は覚悟する。どうにもならないことを悟り、足掻くことを止めるのを人は飾ってそう言うのだ。分かっていて、セオドアは敢えてその単語を選んだ。――死は免れない。彼に残された時間が、彼の真の願いを叶えることを許しはしない。ならばせめて、悔いながら逝って欲しくないのだ。
「……あの子は、大丈夫だ。自分で道を拓く強さを持っている。俺は、俺のできることをするだけだ」
レナードの朱く鋭い瞳には、最後の光があった。




