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出現

 帰路の山中。オリヴィアとセオドアは、荷物を馬――騎士団長から奪い取ったものである――に運んでもらっていたお陰で、順調に進んでいた。サイラスの裏切りがあったために、隠れ家に残ったレジスタンスの者が、この近辺に拠点を移してくれているはずだった。正確な位置が分からず、うろうろと迷い続けていた。

「うーん。多分この辺りの筈なんだよ」

 微妙に頼りにならないセオドアが、頭を掻きながら唸っている。

「目印とかは無いのか」

「無いよこんな山の中なのに。敵の目を欺くように作ってる隠れ家に一発でたどり着けたら、それこそ問題だよ」

 オリヴィアの問いに、自信満々の顔でセオドアが言った。確かに尤もなことだが、それはそれとしてどうにかならないものなのかと思う。

「でも、戻っても今までの場所じゃないんだよな。ちょっと寂しいな」

 過ごした時間は短いが、愛着はある。今思い返しても、数ヶ月前には何も知らなかったことが不思議に思えてくる。

 騎士団から追われた。その騒ぎでレジスタンスにも見つけられて、無理矢理連れて行かれた。それからだ、全てが変わってしまったのは。孤児院上がりの雑兵だったのが嘘のようだ。四霊がどうだとか、王族がどうだとかの話になったのが、今でも信じられない。何も知らない方が幸せだったのかもしれない。でも、知ってしまった。あのときは、全てを取り上げられて失って、ただ運命に絶望することしかできなかった。では、今は?

「まあ、君にはそうかもしれないね。ずっとこんな生き方をしていると、住処を捨てるのもよくあることなんだ。だから僕達は、そこで同じ時間を生きる仲間を……人を、大切に生きるんだよ」

 セオドアの台詞の重みは、果てしない。いつ離ればなれになってもいいように。決して、後悔しないように。

「……うん」

 オリヴィアは、胸をそっと押さえて深呼吸した。


 山中を彷徨って、いつしか太陽が傾きかけた頃。

 それは、前触れ無く二人の目前に現れたのだった。

 これほど余裕のない顔をするセオドアを、オリヴィアは見たことがなかった。魔導が効いていない。効いているように見えない。

 現れたのは、闇のように黒い異形の化け物。全長は軽くオリヴィアの三、四倍もある。それが、同時に数体。眼前に壁のように立ち塞がった怪物達を前に、オリヴィア達は来た道を戻るという選択を取るしかなかった。馬は一匹しかいない。オリヴィアが手綱を握り、後ろに乗ったセオドアは必死に攻撃を繰り返しているが、状況は一向に好転しなかった。セイロウが、上空を旋回しながら狂ったように鳴いている。

「よ……っこいしょ!」

 効かなくとも、せめて足止めくらいになれば。そういう意図だろう、セオドアが何度目か、氷の刃を放つ。まだ余力があるように見せているが、セオドアの顔には焦りが浮かんでいる。それもそのはずだ。魔導士としての力がどれだけ優れていようと、この状況では空しいだけだった。

 オリヴィアは、明らかに肩で息をしているセオドアを見遣ると、逃げ込める場所――撒けるような場所を探す。何処までも同じような木が生えた山道で、そんな希望はとっとと捨てた方が良さそうでもあったが、他に対処のしようがない。木々の間を縫うように逃げるオリヴィア達に対し、怪物達は面倒そうに腕を振るって幹ごとなぎ倒して追いかけてくる。

「魔法が効かないのはさすがに反則だよね!?」

 オリヴィアは、同意を求めてくるセオドアに苦笑した。そして、心の中で謝った。

 ――この化け物達の動きは、明らかにオリヴィアを狙っている。これは確信をもって言える。

 セオドアは巻き込まれただけだ。何度彼を危険な目に遭わせれば良いのだろう。何度自身は、命懸けで守って貰うのだろう。

 俯きがちになったのを気付かれたのか、セオドアが窺うように「オリヴィア君?」と呟いた。何でもないようにオリヴィアが笑ったとき、セオドアが急に真面目な顔になる。

「……まずい!」

 彼が声を張り上げたときには遅かった。後ろから振り下ろされた怪物の手が、したたかに馬の後ろ足を打つ。馬の悲鳴が聞こえる。空が見えたかと思った瞬間、肺が潰れたかと錯覚する。地面に叩きつけられたのだ。激痛に悶える。目の前が急に暗くなったと錯覚したのは、化け物が太陽を覆ったからだった。オリヴィアの身体へと、真っ直ぐに腕が振り下ろされる。

 動けない。

「オリヴィア!」

 セオドアの絶叫が遠く聞こえた。頭がふわふわと、碌に働いていない。身体を引き裂かんと、鋭利な爪が徐々に距離を詰めてくる。命を抉り取るであろうその攻撃が、オリヴィアには永遠にも感じられるほどゆっくりと見えた。

 動けない。

 セイロウが、狂ったように鳴いている。

 死を確信した。


 耳の側を、風が抜けた。

 とっ、と音がした。

 そして、迫っていた死が訪れることは無かった。音も無く崩れ去る怪物は、砂のように消えていった。遅れて、金属が地面に落ちる鋭い音が耳に響く。投げられた剣が、怪物を貫いたのだった。

「――無事か!」

 声で、救ってくれたのが誰かは分かった。応えようとして、大きく乱れている呼吸に気付く。苦しいほど呼吸を繰り返していた肺が、外気のせいで冷え切っている。振り返ると、駆け寄ってくるレナードの姿があった。

「たいちょ、う…………なんで、ここ」

「こっちだ」

 レナードはオリヴィアの腕を掴むと、敵と敵の隙間を抜けるように次の悲劇を躱した。セイロウが、後を追いかけるようにオリヴィアの頭上を飛んで、肩に止まった。

 敵の数は一体減ったが、状況は大して変わっていない。木の幹に身体を隠すと、レナードはオリヴィアを伺うように言った。

「平気か?」

 自分でもみっともないと思うほど、身体が震えている。オリヴィアは、咄嗟に返事が出来なかった。セイロウが、羽でオリヴィアの頬を撫でてくれる。レナードは不思議そうにセイロウを見ると、小さく首を横に振った。

「――怖かったな。このまま隠れていろ」

 レナードは、オリヴィアの背中をそっと叩くと、敵の前へ躊躇無く飛び出す。まるで、恐怖など無いように。――人を守れる強さが、欲しいと思った。自分の大切なものを、守れる強さが。

 オリヴィアは息を全て吐いて吐ききって、吸った。顔を上げて、剣の柄を持つ。

「私も……戦える」

 彼らが何故戦えるのか、わかった。死ぬのは怖い。でも、目の前で大切な人が死ぬ方が、もっとずっと怖い。大切なものを守るためなら、オリヴィアも戦える気がした。失わないためになら、戦える気がした。セイロウが、大きな羽音と共に空へ舞った。

 レナードが、驚いたように目を丸くする。そして少し嬉しそうに、唇で弧を描いた。

「……聞け。気付いているだろうが、奴等に魔導は通用しない。剣でも身体には傷一つつけられない。だが……」

 そう言うと、迫ってくる怪物に怯みもせず、レナードは懐から小刀を取り出す。狙いを定めるように構えると、迷いなく黒い塊の懐に飛び込んだ。一点、怪しく光る核のようなものが見える。レナードがそこへ小刀を刺した途端に、怪物は砂と化していった。

「必ず身体の何処かに核がある。それを狙うんだ」

「……わかった」

 敵の数は更に一つ減った。ぐるりと見渡して、集団からはみ出しているものを狙う。それぞれがオリヴィアを狙っているのは間違いないが、統率は取れていない。あまり知能がある生物だとは思えなかった。隙はそこにある。それに、レナードがいる。彼がいれば大丈夫だという安心感が、オリヴィアを冷静にした。

 躱す。躱す。怪物の大きく振りかぶった一撃は、動作が大きく避けやすい。なんとか近くまで走り込むと、怪物の胸元に不思議な力を感じた。それを躊躇せずに突き刺す。先程まで存在した闇は、地面に吸い込まれていくように消えた。

 感覚を掴めば難しくはなかった。息を切らしながら三匹目を仕留めたとき、不意にセイロウが甲高い声を上げた。厭な予感と共に、その方向へと目を向けた。

 ――レナードが、胸を押さえて蹲っている。

「ぐ……ぅ、う」

 膝を地面に突いて苦しむレナードは、小さく呻いている。脂汗さえ、土が吸い込んで。彼は、挾まれていた。

「隊長ッ!」

 気付いたときには身体が動いていた。オリヴィアの意思と同じくするように、セイロウが化け物の周りを飛び回る。後先考えずにレナードの前に滑り込むと、その興奮のままただ剣を前に突き出した。身体が軽い。自分の意思のままに手足が動く。

 切っ先は、抵抗なく核に突き刺さる。あっさりと消え去った怪物に安堵の息を吐いたとき、後ろでレナードが動く気配がした。彼が放った一撃は、最後の一匹を仕留めたのだった。オリヴィアは、動き回ったせいで上がった息を整えながら剣を鞘に戻した。

「……助かった」

 レナードから声を掛けられて、はっとしてオリヴィアは彼を眺めた。どこか怪我をしたのかと思ったが、レナードは血の一滴も流していないようであった。先程の苦しげな様子は、一体何だったというのだろう。

「隊長、どこか悪いのか?」

「ただの眩暈だ」

 レナードは少し前の苦しげな表情を僅かにも見せず、投げたせいで手元から離れていた剣を拾いに歩き出した。オリヴィアは、嘘が下手だなと心の中で腐す。そして覚えた一抹の寂しさに、オリヴィア自身が倒れたときのことを思い出した。

 似た者同士なのかもしれない。これでは心配する立場が入れ替わっただけで、同じことを言っているだけだ。返事する気にもならず、オリヴィアはそっとため息をついた。

「オリヴィア君、無事かい」

 ふいに後ろから話しかけられて、オリヴィアは振り向いた。セオドアとアルフレッドが、少し離れた位置から歩み寄ってくる。剣を扱えないから、どこかに隠れていたのだろう。

「やっほー、久しぶり」

 暢気に手を振るアルフレッドに、少しオリヴィアの心もほぐれる気分だった。素直に手を振り返す。

「済まなかった。油断していた僕の失態だ。危ない目に遭わせてしまった」

 そうセオドアに頭を下げられて、オリヴィアは返事に困った。言葉に詰まっていると、アルフレッドが口を開く。

「何にも無かったから、良いよね。魔法が使えないんじゃ、さ」

「……お前は魔力に頼って、碌に訓練しようとしなかったからな」

 いつの間にやら戻ってきたレナードが、アルフレッドを小突く。照れたように笑うアルフレッドに、レナードも呆れ混じりの笑みを見せた。

「お前達は、あれを見るのは初めてだったか」

 レナードの問いに、セオドアが頷く。

「そうだね。道中いろいろあったけど、あんな化け物は初めてだ」

「俺達はここに戻ってくるまでに二度ほど会った。大きな地震があったろう。見るようになったのはその後だ。宿に立ち寄ったときに耳に挟んだのだが、あれに襲われた村も少なくないらしい」

 あんなものに襲われれば、ひとたまりも無いだろう。オリヴィアはぎょっとして、レナードを見た。

「あちこちに騎士団が派遣されたが……壊滅だったと」

 淡々と事実を語るように、レナードが言う。オリヴィアは、自らの喉が独りでに音を立てるのを聞いた。

「……あの生き物からは、弱いけれど魔力を感じた。魔力で動く化物……?」

 セオドアが、アルフレッドの方を見る。アルフレッドはセオドアに小さく頷いて、考え込むように顎に手を置いた。魔力を持たないオリヴィアやレナードには無い感覚が、彼らにはあるのだろう。

「うん、間違いないよ。僕も最初はどう対処したらいいか分からなくて、いっぱい頑張ったんだけど……」

 アルフレッドが、やけに元気な表情を見せる。

「なんか僕が攻撃すればするほどあいつ元気になるんだもん。魔法じゃ傷一つつけられないどころか、たぶん受けた魔力を動力にしてるんだよ。あっはっはっはっは」

「お前……俺がどれだけ苦労したと思っている……あれほど考え無しに魔力を使うなと……」

 心底楽しそうなアルフレッドに、うんざりした声でレナードが言った。それを完璧に聞かなかったことにして、アルフレッドが続ける。

「人間はあれのことを魔物って呼んでる。……セオドアは魔法、使えてるんだよね。ということはジャスミンは無事なんだ」

 水の一族に連なる生まれだというセオドアの魔力は健在。且つ、ここにリブラとハイドラの末裔が揃っている以上――

「…………最悪は、想像しておいた方が良いだろうね」

 セオドアは、はっきりとした表現を避けた。敢えて口に出さないが、誰の身に何が起こったかなど、最早明白だ。無言のまま、誰とも無く隠れ家へと歩き出す。

 いつの間にか傾いた日は、どこかどす黒い赤に見えた。

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