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セオドア、過去の記憶(1)

 レナードへの報告を済ませ、セオドアは一仕事を終えた開放感で息をついた。一方のレナードは、随分難しそうな顔でぶつぶつと呟いている。思考を整理するのに独り言が絶えない質なのだ。部屋に充満する重い空気は、長い間彼が換気すら怠っているからだった。今日は天気も良いのだから、光も風も存分に取り込めば良いだろうに。コルチやカトレアと違って、ウェステリアのこの辺りは気候も穏やかなのだ。代わりに窓を開けてやると、薄い窓掛けが舞う。心地よい風が部屋中に吹き込んだ。

「あのねレナード、いつも言ってるけど」

「……分かっている」

 根を詰めるのも良いが、定期的に休憩を取れ。ついでに食事を摂れ、睡眠もとれ。換気の件もそうである。分かっている、と口では言っているが、この男は確実に分かっていない。自己犠牲と献身は全く違うものなのだと、いい加減理解できないものなのか。自らを追い詰めることで、誰かの為になるというのだろうか。小言の一つでもくれてやろうと思ったとき、遠くから憚らない足音が響いた。どんどんと近づいてくる音は部屋の前で止まり、続いて扉が遠慮なく叩かれる。

「隊長ー! 今時間あるか?」

 返事を待たずにレナードの部屋に飛び込んでくる少年は、一直線に部屋の主の元に走る。開いたまま脇に抱えられた本は、雑に扱われているせいなのか糊付けされた表紙が今にもとれそうだ。ここにセオドアがいること自体が、レナードが現在すべきことをこなしている事実に他ならないのだが、そういったことに頓着する様子はない。

「サイラス。いつも言っているだろう」

 先程のセオドアと全く同じ台詞を、レナードが悪びれる様子もなく言った。

「部屋に入る前に許可をとる。廊下を走らない……だろ」

 半ば拗ねた様子でレナードの口真似をしたサイラスに、この友人は態とらしくため息をついて付け加える。

「足音をむやみに立てない。本を振り回さない」

「へーい」

 面倒くさそうなサイラスの声に、お決まりのように「返事は」「……はい」というやり取りが続く。こうしたやり取りをするときのレナードの顔は、間違いなく親のものだった。そしてそれに甘えるサイラスも、それを分かっているのだ。まだ十五かそこらの子供なのだから、まだまだ本心では甘えたい盛りだろう。とはいえ、レナードに対して若干依存している節があるのは気になるが。

「……で。要件は?」

「ん……ここがわからなくてさ」

 もう十年前にもなる革命の煽りを受けたのは、戦闘行為に直接かかわった者だけでは当然ない。親を失い、崩壊しきった社会の中で生きる子供。碌な庇護も教えも受けられない子供が、レジスタンスの中にも少なからずいた。サイラスもそうだ。そういう子供の面倒を見ているのは、他ならないレナードだった。尤も、彼にとってもこれはある種の償いなのだろう。革命によって引き起こされた全てに責任を感じ、罪を滅ぼすように生きている彼にとっては。

 魔導士の大敗も、それによって苦しむ子供達の存在も、レナードが悪いわけではなかった。国に食ってかかったのはレナードの養父であり、その原因を生み出したのは国に他ならない。あとに残されたレナードが、全てを背負い込むように生きている。

 レナードに一通りの答えをもらうと、少年は満足したように頷いた。

「今度剣も教えてくれよ! 俺、ぜったい隊長の役に立つからさ」

「ああ……そうだな」

 歯切れの悪いレナードの様子に気付くこともなく、サイラスは部屋を飛び出していった。

「手隙の人に聞かせればいいのに、君も律儀なもんだねえ」

 セオドアは、率直に感想を述べた。レナードが多忙なのは周知の事実なのだから、適当に手が空いている大人を捕まえて尋ねるのがサイラスにとっても手っ取り早いはずなのだ。

「邪険にするのも可哀想だろう。できるだけ構ってやりたい」

「まあ、サイラスは君に良く懐いてるからねえ。……利発だし、魔力の方も悪くはない。戦力としても期待できるだろうね」

 レナードを深く信頼しているぶんだけ、レジスタンスの利益になるように行動してくれるだろう。そういった意味で、レナードを父のように慕っている彼は安心だ。

「……そういう話は止めないか。子供を巻き込みたくない」

 互いに触れたくない話題だろう。「そうだね」と返すと、セオドアは窓の方を見遣った。

「たった十年、でももう十年……か」

 少なくとも、あのサイラスがもう年頃になる程度の時間が経った。ルークやイアンもそうだ。それぞれ親を失った時点ではまだまだ子供だったが、気がつけばルークは大人となったし、イアンも近いうちに成人する。――生きていれば我が子も十。レナードの子も、広いフィオーレのどこかで十の年を祝われていることだろう。

「……なあ、セオドア。今度、カトレアに行くつもりだ」

「なんでだい? 基本的に、やり取りは下の者に任せてるじゃない。君が直々に行くって言うんなら、それなりに重要な要件なんだろう」

 あの革命以来、大きな作戦は展開していない。大きく欠いた戦力が回復していないのも理由だが、より立場が厳しくなったカトレアに対する援助を行っているのが大きい。突如裏切りレジスタンスや魔導士の集落を壊滅させたブライアンも、今のところは表面上鳴りを潜めている。互いに、今はその時ではないということだ。逆に言えば、レナードがカトレアへ態々向かう理由も薄い。特段何かが変わるということではないのだから。

「ハイドラの次の当主……即ち、長老の息子」

「ああ、確か……まだ十歳ちょっとの子だっけ。年甲斐も倫理観もない、悍ましい爺だ」

 革命を起こす直前、まだレジスタンスの隊長がレナードの養父だった頃。前隊長やレナードと共に、カトレアへ出向いたことがある。ちょうどその時期に生まれた次期当主は、ハイドラには珍しく膨大な魔力を持つ子だったと聞くが。長老と、長老の娘の間に生まれた禁忌の子――。その時点で既に「長老」と呼ばれていた男の子供、である。

「そうだ。…………酷い扱いを受けているらしい」

 その噂を聞かないわけではない。カトレアに顔を出している者から、内情が漏れてくるのだ。曰く、幼い頃こそ奇跡の子と尊ばれていたが、育つにつれて溢れんばかりの力を持つようになり――既に、魔導士の歴史を紐解いても類を見ないほどの魔力を持つようになった今、カトレア中から化け物のように扱われているという。

 勝手な話だ。ハイドラが近親で子を為してきたのも、その血を薄めぬため。時の流れと共に力を失っていったハイドラが、それに歯止めを掛けるためとった苦肉の策だった。数世代は続いたその因果か、虚弱体質や病で若くして斃れる者も多い。世代を重ねる毎に弱まっていった魔力をこれ以上失わないための策だったにもかかわらず、力を得すぎた子供を忌むのは、道理にかなっていない。

「助けてあげたいってことかな」

 これでも、伊達に長年友人をしていないつもりだ。レナードの思考回路は実にわかりやすい。大方、娘と近い年齢の子供が虐げられている事実が耐えがたいのだろう。

「……ああ。駄目か?」

 レナードは窺うような目をした。年長であるセオドアの意見を無視できないのだろう。隊長なのだから、もう少し毅然たる態度でも良いだろうに。

「僕は構わないよ。まあでも、()()に対する風当たりは強くなるだろうね。もう今更かな」

「ありがとう」

 レナードが、嬉しそうに言った。


 それから行動するまではあっという間だった。少年は、ハイドラの屋敷の狭い一室に閉じ込められ、転がっていた。服すらまともなものを与えられておらず、レナードの外套を適当に巻いて、そのまま彼が担いだ。骨すら浮くほどの軽い身体は、ぐったりとレナードの肩にもたれ掛かっている。半ば誘拐のように連れ帰ってきたが、どうやら追う気も無いようだった。夜の静寂に満ちた山道を、行き以上に慎重に、だが急ぎ足で歩く。こちらの心情とは裏腹に、満ちた月がいつも以上に美しい。

「とりあえず、帰ったら早く寝かせてあげないとね。……子供を何だと思っているんだ」

 思わず、語尾に怒りが滲む。夜の風は冷たいが、血が上った頭を冷やすには足りない。

「とはいえ、早足でもまだ二日はかかる。この子の体力が持つかが気掛かりだな……アルフレッド、耐えられそうか? 辛かったら――」

 肩に顔を埋める少年の様子を窺うように、レナードが尋ねる。だが、それに答える余裕はないようだった。譫言のように「ちちうえ」と呼ぶたび、レナードの顔が悲しみに歪む。続く言葉が、大抵「許して」だったのである――。

 何故、血の繋がった子供にこんな仕打ちができるのであろう。長老に殴りかからん勢いだったレナードを止めたのはセオドア自身だが、本心ではセオドアも同じことをしてやりたかった。

「……俺が助けてやる。俺は、お前の味方だからな」

 壊れ物にするように、レナードは少年の頭をそっと撫でていた。


「隊長! ハイドラの跡継ぎの子が来たって……おっ居る居る」

 部屋に入ってくるなり目当ての子を見つけたのか、サイラスは好奇心を抑えもせず寝台に横たわる少年の元へ駆け寄った。

「あまり騒ぐんじゃない。病気で寝ているんだぞ」

 レナードがサイラスを窘める。セオドアは、サイラスの分の椅子を一脚寝台の側に置いた。

「ありがとう」

 素直に礼を言って座るサイラスは、眠る少年の顔を覗き込む。少年が呼吸する度に大きく上下する毛布を同情するような目で眺めると、少し抑えた声でレナードに尋ねた。

「なんて名前?」

「アルフレッド。……仲良くしてやってくれ」

 手短に紹介すると、レナードは熱に浮かされる少年に直ぐ視線を戻した。アルフレッドの額から汗が流れる度丁寧に拭ってやるほどに、レナードは献身的だった。少なくともここ一日、レナードは寝ずに面倒を見ている。

「あ、そうだ。隊長、この間教えてもらったとこなんだけどさあ」

 思い出したように、サイラスがレナードに話しかける。

「何だ」

「えっと……聞こうと思ったこと忘れちまった。見てくる」

 照れ隠しのように頭を掻くと、サイラスはまた慌ただしく立ち上がる。

「すまん。今は忙しいのでな、違う大人に頼んでくれないか」

 悪いな、とレナードが続ける。サイラスは少し考えると、

「……そうだよな。忙しいのにごめん、戻るな」

 とだけ言って出て行った。

「レナード。それはちょっと可哀想じゃないかな」

 出ていくときのサイラスの顔が残念そうで、先日とは真逆のことを言っていると自覚しながら、思わず声を掛けてしまう。――だが、サイラスももう小さな子供ではない。少しレナードに依存気味なのも、これを期に収まるかもしれないなどと考える。

「聡い子だからな。わかってくれるさ」

 返事代わりに一応のため息をついてみせつつ、セオドアは長時間部屋に籠もっていた身体を解すように伸びをした。

「じゃあ、僕は仕事に戻るね。レナード君も、看病にかこつけて仕事をさぼらないように。既にけっこう溜まってると思うよ」

 態とらしく肩を竦めて見せたレナードに内心でまたため息をつくと、セオドアは凝った肩を回しながらのんびりと部屋を後にした。

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