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遭遇

 異変に気がついたのは、どちらが先だったか。ほぼ同時に顔を上げたオリヴィアとセオドアの目前には、木の枝にしゃがみ込んでこちらを見下ろす人影――サイラスがいた。

 レジスタンスの元を去り、ブライアンについた青年。オリヴィアに向ける積極的な害意は、確かにその記憶を裏付ける。

「サイラス」

「……おっと、サイラス君」

 オリヴィアとセオドアの声が重なる。一瞬にしてぴりりとした空気に包まれた二人の表情に満足したかのように、サイラスは片頬で笑みを作ってみせた。

「待ってたぜ……っと」

 言いながら、サイラスは両脚のばねだけで木から飛び降りた。凶暴さを見え隠れさせる鋭い眼が、妖しく光る。セオドアは、間を置かずにオリヴィアの真正面に歩み出た。サイラスが怪しい動きを見せないか、じっと意識を集中させていることが背中越しにも伝わってくる。

「裏切り者が何の用だい?」

「んなもん、決まってるだろ」

 そう言って、サイラスは立てた人差し指で自身の首を切る動作をする。意味することは、その目から嫌というほど伝わってくる。

 ――オリヴィアを殺しに来た、と。

 オリヴィアの向かうであろう場所を予測したからこそ、彼は今ここに居るのである。開口一番「待っていた」と言ったのだから。レナード達が再び封印の儀を行う準備をするであろうことも、そのために直系一族の末裔達が各地へ向かったことも、読まれていたということだ。

「王都ではあの阿呆がみすみす逃しちまったが、俺は甘くねえぜ」

 ブライアンのことをあっさりと阿呆と吐き捨てたサイラスから、瞬時に表情が消える。それは開戦の合図だった。サイラスの指から、アルフレッドのものと同じ赤々とした炎が迸る。螺旋を描きながら迫り来る蛇のような火の渦を認めた瞬間、セオドアは目前に大きな氷の壁を生み出した。ぶつかり合った二つの力は、互いに互いを掻き消してゆく。

 ――純粋な、魔力と魔力のぶつかり合い。魔導士と魔導士のせめぎ合い。

 否。せめぎ合いと言うには、些か一方的な状況なのかもしれない。十六年前の革命を生き延びた男と、当時は幼子であったろう青年。その経験以上の差が、力を一切持たないオリヴィアにも見て取れた。セオドアの涼しげな様子とは対照的に、サイラスの額からは汗が滴る。

「忘れたのかい、サイラス。僕はこれでも結構強いんだよ」

 サイラスは憎々しげに、

「……そうかい。でもよ、能なしを庇いながら戦うのも、中々難しいもんだと思うぜ?」

 言い終わるや否や、サイラスの腕から勢いよく数多の火球が放出された。予測しづらい軌道で、オリヴィアに向かって飛び込んでくる。一つをセオドアが受け止めているうちに、一つがオリヴィアの頬を掠めていった。避けたと思えば次が襲ってきて、躱す以外の行動を封じられる形で二人は体力を消耗していった。

 この男にとっては、単純な力対力の構図は必要ないのだ。オリヴィアの命を狩るという、ただその目的さえが達成できれば。セオドアに守られているだけでは、レナードに散々つけてもらった剣の稽古も意味をなさない。とはいえ、一気に距離を詰めて攻撃しようにも、この場に飛び交う火球は余りに多かった。一つ一つの火球は破壊力こそ高くないが、足止めするには十分な威力と数だ。接近する以外に攻撃手段を持たないオリヴィアが、セオドアの身動きすら制限してしまっている。一対複数の戦法としては実に理にかなっていた。足手纏いを一人作れば――その仲間の行動は、自ずと決まってしまう。

「君は意外と頭が良いってこと、忘れてたよ」

 粗暴という以外に形容の言葉を思いつかない立ち振る舞いとは裏腹に、この男――かなり頭は切れるらしい。二人は完全にサイラスの術中に嵌まったまま、急速に消耗していった。

「このまま無様に避け続けるのも辛いだろ? とっとと降参すりゃ、楽にしてやってもいいんだがな」

「……そうだね。埒があかない」

 ぼそり、と引き摺るような声で呟いたセオドアに、オリヴィアは思わず背筋を強ばらせる。

「だから――――」

 セオドアは、オリヴィアにだけ聞こえる大きさで指示を出す。

「えっ……」

 思わず耳を疑ったオリヴィアに、男は真意の読めない笑みで返事をする。有無を言わさぬその雰囲気に、オリヴィアは唇を噛んで合図を待った。命に優先順位をつけなければならないこの現実が、重くのしかかる。

 ――悔しかった。何もできない自分が。守られるだけの生き方が。

 目の前の全てが凍結する音。それが合図だった。

 ――どうか、無事で。

 全ての攻撃を防ぎきるべく生み出された、高く聳え立つ氷の壁。セオドアの渾身の一撃は、彼の魔力と体力の限りを注いだ障壁だった。

 オリヴィアは、壁に背を向けてただ走った。とにかく逃げることこそがこの場では正しい行動なのだと自らを奮い立たせる。セオドアを囮にする情けなさと、申し訳なさと、苦しさと、辛さと――それらがぐちゃぐちゃに混ざった気持ちからも逃げるように、とにかく走った。

 それが、オリヴィアの血が持つ重みだった。

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