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血脈の傀儡 フィオーレ王国戦記  作者: 御崎 仲太郎
家族と呼べた人達
3/63

運命は動き始める

 街から少し外れた場所にある、小さな教会。木々に覆われたそこは、他の一角とは区切られたように穏やかな雰囲気を醸している。

 建物自体は近辺の雰囲気と違わず雨風の前には頼りない風貌の木造で、取り立てて豪華な飾りがあるわけでもない。だが、手入れの行き届いた花壇や芝が、そして丁寧に掃除された建物が、その空気を作り出していた。秋風に、優しく木が揺られる。

 ウェイバリー教会。オリヴィアとドロシーの育った場所。

 年相応に教会の前の芝を駆けまわる弟妹の姿を認めて、思わず笑みが漏れる。新鮮な空気を思いきり吸い込むと、帰ってきたという実感がじわじわと湧いてきた。

「……ここは相変わらずだよねえ」

 しみじみといった様子で呟くドロシー。頷き返す。

「みんな変わりなさそうだ」

 弟妹たちは二人の姿を見つけて、笑顔で手を振りながら駆けてくる。と、一人が勢いよく地面に倒れこんだ。思わずドロシーが声を上げる。

「こら、慌てちゃ駄目ー! ……って、聞いてないなぁ、もう」

 地面が柔らかい芝であるおかげで怪我はしないだろうが、子供たちは声を聞いてなお走るのを止めない。ドロシーは肩をすくめ、オリヴィアも苦い笑みを浮かべた。

 二人はあっという間に囲まれてしまう。

「リヴィ姉ちゃん、ドリー姉ちゃん、おかえりなさい」

 口々にオリヴィアとドロシーを愛称で呼ぶ子供たち。「ただいま」と順番に言いながら、飛びかかってくる子供たちそれぞれを優しく受け止める。

 孤児院を去っても自身を姉と慕ってくれる幼い妹や弟たちが、堪らなく愛おしく感じた。

 存分に再会の喜びを分かち合っていると、不意に背後から声が掛かる。

「オリヴィア、ドロシー。久しぶりですね。……おかえりなさい、二人とも」

 懐かしい、低くも穏やかな声に振り向く。

 箒を持って立っていたのは、長く親と慕ってきた存在。老年の男性が湛えた静かな、だが慈愛に満ちた笑顔がそこにあった。

「ただいま帰りました。……院長先生」

「ただいまです」

 オリヴィアもドロシーも、それぞれに口にする。瞬間、男性の目じりに優しい皺ができる。

「変わりなさそうで、なによりなことです。

 ……さて、お前たちは少しあっちにいってなさい。私は、オリヴィアやドロシーとゆっくりお話がしたいのですよ」

「ずるいよ、先生」「お姉ちゃんたちと遊びたい」

 四方から飛んでくる不満の色を跳ね返す、穏やかながらも頑なな笑顔を見せると、院長は教会の入口への道を歩き始める。

「後で、遊ぼうな」

 それだけ言って、手近な妹の頭をぽんと叩いてやる。少し先を歩きだしたドロシーも、振り返りながら片瞬きを見せ軽く手を振った。

「お姉ちゃんたちは消えたりしないんだから、ちょっとだけ良い子にしててねぇ。ふふ、行ってきます」


 教会の奥。祭壇の横をすり抜けて通されたのは、いつも通りの来客用の小部屋である。

 ささくれが目立つ木の椅子に腰かけて、隣に座るドロシーと顔を合わせると、何となしに静かに笑いあった。落ち着いた手で紅茶を淹れてくれた院長が同じく正面に座る。ここへ帰ってきた時は、こうして近況を話し合うのが常である。

 暖かい紅茶を啜るとかつて慣れ親しんだ香りが鼻孔をくすぐって、吐く息とともに逃げてゆく。

「ふふ、最近はどうですか? 例の布告……街の方では結構な騒ぎになったようですから、元気そうで安心しました」

 院長はせせらぎのような音を立てて紅茶を味わうと、静かにカップを置いた。

「魔導士が出ることも多少はあったようですが、それよりも取り分を争う人々が絶えなくて」

 その日の寝場所にも困るような者達は、失うものが何もないのだ。そういう連中が暴れると、本当に手が付けられなくなる。

 思い返して、オリヴィアは重いため息を吐いた。ドロシーも、こくこくと首を縦に振っている。

「大変だったよねえ……あっ、でも、毎日頑張って働いてますよ! オリヴィアと一緒に」

()()やから主や土地を守る、立派なお仕事です。ラッセル卿への恩を忘れずに、忠誠心を持って頑張るのですよ。『悪い子は、カトレアに連れて行ってしまいますから』」

 それは、子供を窘めるのに一般的な言葉。悪いことをする子は魔導士のいる怖い土地に連れて行くというその言葉は、オリヴィアも子供の頃から幾度となく聞いてきた。

 敬虔な神父でもある院長の目に、敢えて魔導士を侮蔑する意図は無い。だからこそ、オリヴィアは少し苦い気持ちになる。

 神の名のもとに、人はみな平等である。それは例え異教徒であろうとも、忌み子と呼ばれる者であろうとも。

 但し、その中に『魔族』は居ない。魔導士を()()と呼ぶことに、彼らは躊躇を覚えない――理由は簡単である。

 魔族は、()()()()()のだから。

 恩はある。慕ってもいる。だが、どうしてもそれに馴染めないのだった。それは、自身が忌み子と呼ばれる者であることからの、ただの同情心なのだろうか。

 どうにも居心地が悪くて、話題を逸らす。

「……院の方は。変わりないですか?」

「そうですねえ。有難いことに、皆病気も怪我もありませんよ。神と――王に、感謝せねばなりません。

 ……ああ、ですが、最近ティナが十三歳を迎えましたから、彼女も無事にここを去りました。彼女は服飾の職人の元に弟子入りしました」

 子供を送り出すことへの誇りを持った目で、院長は言う。

「皆がここを去るのはとても喜ばしいことです。しかし、少し寂しくもありますね。次は当分先でしょうが、そのときが来れば皆、一気に出て行ってしまうのですねえ……。私はだから、時々こうして巣立った皆さんとお会いできるのがとても嬉しいのですよ」

 孤児が増えるのは当然、戦争や流行り病の影響による。次に巣立っていくのは、流行り病で倒れていった大勢の親達の子供。

 祝福すべきことであるが、大勢が一度に孤児院を経てば、ここも静かになってしまうだろう。

「ふふ、私達ってば親孝行?」

 ドロシーは妙に誇らしげな顔をしていて、思わず少し吹き出してしまう。

「ええ、本当に孝行な、私の子供達です。オリヴィアとドロシーが去ってからは大切な姉を二人も欠いて、何人かは夜泣きがぶり返したくらいです。私も、あなた達に相当頼っていたのだなと実感させられましたよ。

 殆ど女子供しかいないここで何かあれば、オリヴィアは常に矢面に立っていてくれましたし、ドロシーは子供たちをその間ずっと励ましたり慰めたりしてくれていましたから」

 院長の言葉に思い出す。一番大変だったのは、院長が留守の間に一人の盗人が現れたときだった。

 十二かそこらの痩せっぽちの少女が、力で勝てるわけもない相手。教会に盗むものなど何もないのだから、見逃してほしい――そういって自身がなんとか時間を稼いでいる間に、ドロシーが上手く助けを呼んでくれたのだった。今思い出しても、何事も無くて良かったと思う。

「先日ラッセル卿がここへ足を運んでくださったときも、あなた達の働きぶりをお褒め頂いたんですよ。兵長たちが感心していたと」

「私()? もう、気使わなくてもいいのに。オリヴィアですよね」

 若干不貞腐れた顔をするドロシーに、オリヴィアは苦笑いを禁じ得ない。

「それは身に覚えがあるということですか、ドロシー。……寝坊してないでしょうね」

 お見通しであるというように院長が言うと、ドロシーはうっと言葉を詰まらせた。院長が肩をすくめる。

「ともかく、本当に安心しているんですよ。ウェイバリー孤児院が慎ましいながらもなんとかやっていけているのは、大部分がラッセル卿のご寄付に依りますから……あなた達がしっかりしてくれないと、あなた達の弟や妹が困ることになりますし」

 言葉が切れて、一瞬の静寂が部屋を包んだ。

 ――轟音。耳を突き刺すような音に思わず窓の方を向く。

 雷だ。突如振り出す雨。外で遊んでいた子供たちが、一斉に大きな足音を立てながら隣の平屋――教会に併設された孤児院に入ってゆく。

「えっ、雨! もうみんなびしょびしょに濡れてる……拭きに行ってあげた方が良さそうかも」

 ドロシーが立ち上がる。オリヴィアも倣うと、院長が制する。

「ああ、オリヴィアは雑巾と箒を取ってきてくれますか。床が水浸しになってるでしょうから。協会の外側の壁です」

「わかりました」

 慌てて裏口から子供の面倒を見に行った二人を尻目に、取りに行く。外へ続く扉を開けた瞬間、風切り音と共に大きな雨粒が叩きつける。

 急にこんな雨が降ってくるなんて、秋の気候は分からない。そう思いながら大慌てで箒に手を伸ばした瞬間、大きな声が響いた。

「オリヴィア! こんなところに居たの!」

 思わず振り返ると、教会の敷地の門のそばに、ここにいるはずのない人物――アリスが立っている。

 彼女は今日非番ではないはずだ。なぜここへ? その疑問は、続く少女の甲高い声にかき消される。

「あんた、何したの! 騎士団があんたのこと探し回ってる!」

「はっ……⁉」

 言葉の意味が掴み切れない。

 騎士団が、私を探している――?

 何故。疑問だけが頭を駆け巡った。

 アリスは思い切り地面を蹴って走ってくる。あっという間に目の前に現れると、オリヴィアの腕をつかんだ。

「オリヴィアにウェイバリーなんて姓、あんたしか居ないでしょう⁉ ともかく、戻るわよ!」

 アリスの剣幕に、思わず顔が強張る。身体が固くなるのを感じた。

「ま、待ってくれ。ドロシー達に先に、」

 話を、と言い切る前に腕の力が緩まる。

「……分かった。でも、逃がさないから。私も行く」

 縮こまった首を何とか縦に振って、孤児院への道を走り始めた。意味もなく箒を握りしめて。

 雨粒が叩きつける。刺すような痛みを覚えながら、その少しの道のりを駆けた。

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