姉妹
――国王が姿を消した。
王宮の誰もにとって、想像すらしなかった事件。レジスタンスの襲撃からは、早二週間ほどが経過している。
城の兵力は大きな損害を受け、数百年の歴史を誇る城の建物自体も、至る所に損傷が残った。最も襲撃の痕跡が濃かった王の間を見て、城の誰もが国王の死を覚悟した。騎士団長の尽力で無事だと知れ渡ったとき、騎士達の安心した姿は印象深いものだった。
だが、突然姿を消したのだ。城の修繕までの期間、離宮へと身を移した王の近辺は厳重に守られていた。レジスタンスの者達が未だ国王の命を狙っている可能性がある上に、突如現われた金色の龍の存在も不安要素だったのだから。故に一人で抜け出したとは考えづらく、激しい混乱を呼んだ。
国王には子供が居ない。子を成すのも王の務めであったが、御年四十歳となった今でも国王は頑なにそれを拒み続けていたという。リチャード王がかつて王太子であった頃から、首を縦に振ろうとはしなかったと――王宮の混乱は、ほぼそれに始終すると言って良い。
大切なのは国王の命ではない。国王という地位に就くべき、否、歴代王の血という糸で操られる、傀儡としてあるべき存在が姿を消すということは、現在の王政が消えることと同義と言っていい。ウェステリア、ランタナ、コルチ、そしてカトレアの公爵達。そのうち事情を異にするカトレアを除く三公爵の誰もが、何らかの形で国王の血縁者だ。現実的に考えれば、そのうちの誰かが継ぐことになるのであろう。
――だが、レナードとオリヴィアの存在はそれを覆す。
国王に、闇に葬られた双子の弟がいた――そんな馬鹿げた話があるのかと、誰しも初めは信じようとはしなかった。自身も、あの男から直接話を聞いていなければ信じなかったに違いない。しかし、この僅かな時間で、それが確からしいという証が次々に確認されてしまった。当時出産を担当した医師の記録、王の実母である王太后の証言、そしてかつての乳母の手記。
双子である以上、王弟とて嫡出であることに違いはない。無論、『レナード』が存在したという証拠はあっても、あのレナードが血縁者であるという証拠はどこにも無いのだから、各公爵家にとって邪魔者だと判断されればそれ以上何かが起こるということはないはずだ。
だが、果たして本当にそうなのだろうか?
レナード――レジスタンスの隊長という男、十六年前の革命の首謀者。もしこれを人間と魔導士という対立の構図ではなく、王座を狙う血族の諍いと読み替えれば、どうだ?
傀儡としての価値は、充分に秘めているのではないのか。
まして、あの男によれば、オリヴィアの母は魔導士の中でも高貴な存在というではないか。真の意味で国を統べる者として、これ程までに素晴らしい操り人形は存在しまい――。
そこまで思案を巡らせて、追い払うように頭を振った。
――あってはならない。私は、そのためにここにいる。
姉妹として一緒に育った彼女にとっての日常を、そして私にとっての家族を、全てから取り返すために。そのためにあの男――ブライアンの目的を知りながら、ここまで協力してきたのだ。刃向かう素振りすら見せないように、慎重に――。
必要なのは力だった。地位の無い子供が抗ったところで、何も為すことはできない。
そのために私はブライアンの口車に乗ったのだ。そして私は騎士という――地位という、力を得た。
魔導士だから? 人間だから? ――王族だから?
どうでもいい。オリヴィアは、オリヴィアだ。国がそれを許さないなら、国を変えてやるしかないのだ。
ドロシーは、拳を握りしめると空を見上げた。夜の深まった漆黒の天井には、ちりばめた宝石のような光が輝いている。ひときわ明るい星を見つけて、じっと眺める。
運命の日。オリヴィアはあのとき、必死に皆を庇おうとしていたのだ。
オリヴィアはいつもそうだった。自分だって怖くて仕方がないくせに、平気そうなふりをして皆を守ろうとする。
それならば、今度は私がオリヴィアを守っても良いはずなのだ。