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隊長の決意

 夜明けにはまだまだ時間がある。冷たく吹き下ろす風を感じながら、セオドアは疲れの入り混じる息を吐いた。

 ちらりと様子を見ると、アルフレッドは目を擦って欠伸をかみ殺していた。イアンも口には出さないが、それなりに疲労は溜まっているようだ。

 ――おおよそ魔導士を入れるために存在する施設は、日暮れから今までで殆ど回ってしまったのだ。最新の注意を払って潜入し、時には戦闘も避けられない中で、二人は良く働いてくれた。

「レナード、残ってるのは――王宮の地下に繋がるところだけだよ」

 事実を告げると、レナードは怪訝な顔を隠そうともしない。

「ああ。……やはりそうか」

 サイラスが捕らえられているという報告からおよそ一月。処刑の執行日と伝えられている日までは数日有るが、問題はそこではなかった。

 王宮の地下牢獄。かつての革命の首謀者(レナード)のような重罪人であれば収容されても不思議ではないが、サイラスのような一介の魔導士を入れるには不自然である。当然だ、王宮に魔導士を近づけることによる利点より、不都合な問題の方が多いのだから――

「地下牢獄なら、外壁の外側に隠し通路があったな? ……十六年前と、構造は大差ないはずだ」

 違和感を覚えているのかいないのか、レナードの眉は顰められている。地図の一点を指すその男の手には、無数の傷があった。

「そうだね。言うまでもないけど、この人数で正面突破は不可能だ。

 ……どちらにせよ、城まで行くなら覚悟は必要だろうね」

 城をぐるりと囲む分厚い壁を一望する。黒々と静かに佇むそれは、我々をあざ笑うようにすら見える。

「ああ。イアン、アルフ、お前達はここまでだな」

 疲れが浮かんでいたアルフレッドの顔が、途端に驚きに塗り替えられる。

「えっ……隊長、僕達も行くよ! ね、イアン」

「ああ。いくら隊長たちでも、二人では危険すぎる」

 この二人は、それぞれ炎と金を司る直系一族の末裔である。敵の本拠地に潜入するなどという行為に巻き込むわけにはいかなかった。

 レナードの判断は正しい。だから、自身も助け船を出してやる。

「僕達だけで大丈夫だよ。なに、今回は戦争を起こすわけじゃない。あくまでサイラスを助け出すだけなんだから

 笑顔混じりにそう伝えれば、渋々といったようだが納得してくれたようだった。拠点で待つコーデリア達の元へと引き返す二人を見つめながら、セオドアはそっと腕を組んだ。

 煌々と頭上を照らす月が妙に心を揺さぶる。暗闇に沈む町に、不気味なほど静かに浮かび上がる城が見下ろせる。

 ――自身の読みが正しければ、間違いなく何かが起こる。

 胸騒ぎを覚える自分自身を誤魔化すように、ゆっくりと瞼を閉じた。



「ふー。何とかなったねえ。僕もまだまだ現役かな」

 汗を拭って、静まりかえった通路へと足を進める。

「助かった、セオドア。……だが、やはり警備の数が少ない」

 そう言いながら剣を鞘にしまうレナードの背後には、男にあっさりと倒された兵達が積み重なっていた。

 自身が陽動して、レナードが倒す。十六年前の革命でも幾度となく繰り返したこの動作は、身体に染みついていて淀みない。

「こういうこと、言いたくないんだけどさ。ここに居なかったら引き返そう。罠だと分かっていてほいほい進んでいくのは、愚か者のすることだ」

 セオドアは、年下の隊長に、釘を刺すように言った。

「……ああ。わかっているさ」

 静寂に響いている二人の足音は、反響して幾重にも聞こえる。

 王宮の地下牢獄――歴史に名だたる重罪人が収容される場所である。レジスタンスの創設者であった、レナードの父が死んだのもここだった。

 今自身の目の前を足早に歩いているこの男は、一体何を考えているというのだろうか。

「聞くが。ブライアンがサイラスを取り込んでいたとして、何が目的だと思う? 俺には検討もつかん」

 こちらを振り向くレナードの瞳に、普段の超然とした雰囲気はない。

 頼りない若造だった頃と同じ、自身やコーデリア――そして、フェリシアにだけ見せる表情。変わらないな、とセオドアは内心で微笑する。

「そうだねえ……。目の上の瘤(レジスタンス)を潰すだけなら、別に僕たちを王都までおびき寄せる必要がないもんねえ。サイラスにとっとと隠れ家の位置を吐かせれば、こっちとしては壊滅なわけだし」

 だからこそ、不審な動きがないかどうか――サイラスを王宮へと送り出した後も、レナードは王都にイアンを置いて監視させ続けていたのである。

「ああ。……だから、分からん」

 若干の苛立ちを内包した声色で、レナードは言う。

「ちょっと待って、静かにして」

 咄嗟にレナードを制して、耳を澄ました。通路の奥から何かが聞こえてくる――響いてくるのは、聞き覚えのある声。

 思わず、二人は顔を見合わせた。

「……ルーク?」

 先に呟いたのはレナードだ。

「僕にもそう聞こえた」

 互いに頷きあって、どちらともなく駆けだした。


「レナード! 義兄さん!?」

 たどり着いた先に見つけたのは探したサイラスではなく、果たしてルークとコーデリアの姿だった。

「……二人とも、何故こんなところに」

 レナードは、鉄格子を掴むと、信じられないという顔で言った。鉄の檻に囚われ、手枷で動きすら封じられている。コーデリア達には、退路の確保を任せていたはずだが――

 いや、それよりも。

「――オリヴィアは、どうしたんだ?」

 レナードの額には汗が伝っている。ルークと目が合うと、黙ったまま気まずそうに目を逸らされてしまう。

「連れていかれたわ、ブライアンに。でも今のところは無事のはず」

 あっさりと事実のみを吐き捨てたコーデリアに、レナードの身体が硬直する。

「な……ッ」

「焦るのも分かるけど、とりあえず鎖を外してくれないかしら? いい加減動けないのもしんどいのよ」

 その言葉に、はっとしたようにレナードは鉄の扉を見た。揺さぶっても、施錠された扉は当然びくともしない。

「扉の鍵は、たぶんブライアンが持ってる」

 疲れの混じった声を上げたルークに頷くと、レナードはこちらを見る。

「やるぞ」

「……わかった」

 呆れ混じりの返事をすると、次の動作の為に身構えた。

 二人同時に、思い切り体当たりをする。鈍い衝撃が身体を走るが、扉を開くには至らない。

 何度目か、激しい音と共に金属の錠が石の床へと落下する。その瞬間、巻き上げられた埃が辺りに舞った。錆びて渋くなった蝶番が、耳につんざくような音を立てながら開く。

「いたた……。レナード君さあ、結構やること大胆だよね。こっちの年も考えてほしいな」

「乗ったのはあんただろうが」

 ぶっきらぼうにそれだけ返すと、レナードはコーデリアに歩み寄る。その視線の先には、腕に赤く走る大きな太刀傷があった。コーデリアの、自身の身体を金属の塊へと変化させる能力を持ってして、このような傷を負うというのは。

「お前がこんな傷を受けるなんて、一体何が……」

 懐から小刀を取り出すと、レナードは慣れた動作で鍵穴をまさぐる。

「……ブライアンに会ったとき、どうやってかは分からないけど、魔力を封じられちゃったのよ。それでこの有様」

 小気味の良い音と共に、コーデリアの腕が解放される。自由になった腕の傷を確認して、女は顔をしかめた。

 同様にルークを解放したレナードは、小刀を懐にしまい直す。

「ブライアンの目的は」

 レナードの重苦しい声が、空間を冷たく震わせる。男の握り込んだ拳は、戦慄いていた。

「おそらくだけど、魔力の封印を解きたいんだわ」

 その瞬間、レナードが声を荒立てる。

「ならば、何故オリヴィアは連れて行かれたと言うんだ!」

 冷静さを欠いたレナードの顔は、苛立ちと同様に満ちている。

「隊長……?」

 戸惑いを隠せないルークが、恐る恐るといった風に呟く。普段の冷静沈着なレナードを考えれば、あまりにも焦っている様子は些か妙に映っているに違いなかった。

「あなたが慌てるのはわかる。でも今はどうしようもないでしょう! ともかく彼女は城に連れていかれた、でも生きている」

 レナードは、唇を噛むと握りしめた拳をそっと下ろした。静かに深呼吸して落ち着きを取り戻したレナードを見て、セオドアは状況を整理する。

「封印の人柱であるオリヴィアを殺さずに連れて行くっていうのは、やっぱり不可解だ。

 我々を、いや、……()()()()()、誘い込もうとしている?」

 ブライアンは、オリヴィアがレナードの弱点たりうることを知っているのだ。導き出される解はそう多くない。

「セオドア、それはどういう――」

 状況を掴めないルークは、ただただ困惑を隠せずにいる。

「目的は、俺か」

 短く言うと、レナードは王宮へと続く通路を睨みつける。

 と、突如レナードは膝をついた。僅かに呻くような声を上げて、左肩を押さえる。

「レナード、どうしたの」

 心配そうにコーデリアが顔を覗き込む。レナードはやんわりとそれを押し退けると、ゆっくりと立ち上がった。

「いや。……聖痕が」

 レナードの、龍の尾を模したような痣。――魔導士の聖痕とは、少し違う。

 襟から覗くその謎の紋は、ぼんやりと鈍い光を放っていた。見えないように隠し直して、レナードは息を吐いた。

「隊長……さっきから少し変だ」

「この場所は、レナードにとっても色々あったからね」

 そう言って微笑してみせると、ルークはどうにか納得したようだった。まだまだ年若いこの青年は、先の革命におけるレジスタンスの決断を知らない。

 レナードとオリヴィアの関係は、隠し通さねばならない。年長者である我々の中で、押し留めねばならないのだ。

「俺はオリヴィアを助けに行く。十六年前の因縁――ブライアンとも、決着をつける頃合いだ」

 そう言ってレナードは振り向く。

「王宮に兵が集まっているのなら、この静けさにも納得がいく。これなら退くにも好都合だ。お前達まで巻き込むわけにはいかない、アルフレッドやイアンと合流してくれ」

「いくら隊長でも、一人で乗り込むなんて無謀にも程がある」

 ルークの言うとおりだった。四人束で行っても、生きて戻れる保証は無い場所である。

「私は戻るわ。二人が心配だし、この怪我では足手纏いになる。ルーク、あなたも」

 コーデリアはルークの頬に擦り傷を見つけると、そっと手で払ってやる。

「いや。俺は……隊長について行く。リブラの末裔を守るのが、俺の使命だから」

 リブラの従属の一家に生まれた嫡男。混血であるオリヴィアに対する忌避感よりも、使命感が先に立っているのは、流石と言うべきか。

「……そうね。ブライアンの魔力を封じる能力は謎のままだけれど、同時に二人は無理みたいよ。その方が良いのかもしれない」

「どうする、レナード。向こうには大量の兵、おまけにこちらの魔力まで封じることができるときた。君が魔力を使えない以上、三人で行った方が合理的だと思うけど」

 セオドアは、子供を諭すようにゆっくりと言った。

 ――とはいえ、ブライアンがオリヴィアを餌にレナードをおびき寄せようとしている以上、()()()()は隠しきれなくなってしまうのだろう。

 逡巡して、レナードは諦めたように首を振った。

「……わかった。二人とも、頼む。危険を伴うが、力を貸してほしい」

 少しの間を置いて、レナードは力強い声を出す。その瞳は決意の炎を湛えたように朱く、力強かった。

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