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その少女は

 目を開けると、見慣れない光景が広がっている。薄暗くて、寒い。見えるのは、鉄の格子に区切られた狭い空間だ。

 立ち上がろうとしたが、叶わなかった。動きに合わせて鳴ったのは、金属の擦れる音。

 ――腕が重い。立てないのは、壁に鎖でつながれているからだと、ようやく思い至った。

「……目が覚めた?」

 女性の優しい声が空間に響く。

「ここは……」

 オリヴィアがはっきりとしない頭でどうにか絞り出したのは、純粋な疑問の言葉だった。徐々に暗さに慣れてきた目で声の持ち主を探ると、向かいの壁に手を拘束されたコーデリアの姿を見つけた。

 ルークもいる。同様に繋がれた手、垂れた首――まだ、意識が戻らないのだ。自身も、おそらく同じように壁につなぎ止められているのだろう。

 牢獄としか言いようのない空間。頑丈そうな鉄の柵は、黒々と佇んでいる。隙間から吹く冷えた空気が頬を撫でて、小さく身震いした。

「どこかの監獄か、もっと別の場所か……とはいえそんなに時間は経ってないはずだから、遠くまで運ばれたわけじゃないと思うの。ルークがまだ目を覚まさないのよ」

 コーデリアの表情は暗くて窺えないが、焦燥しているのは間違いない。

 徐々に覚醒する頭で、先の出来事を思い出す。コーデリアの腕を見れば、太刀傷が痛々しく腕を走っている。恐る恐るルークの方を向くと、やはり大小さまざまの傷が身体中にできていた。

 オリヴィアの方が無意識に反応する。揺れる鎖が、かちゃりと音を立てた。

「大丈夫よ、そんなに深い傷じゃない。あなたのせいでもないわ――流石に、分が悪すぎた。魔力を封じられるだなんて、予想もできなかった……とにかく殺されなくて済んだ、それだけでも良かった」

 コーデリアは、力なく、引きずるような声でぽつぽつと言葉を紡ぐ。

 どれだけの時間が経ったのかも分からない。深呼吸して、頭を覆う靄を振り払おうとする。それでも外の様子が分からない状況が、不安ばかりを煽った。

「隊長たちは……?」

「そうなのよ。ブライアンの口振りからして、レナード達の作戦も間違いなく把握されてる。……この状況、ちょっとまずいわよ。捕まっているとしても、近くにいるといいんだけど」

 コーデリアは、疲れの入り混じるため息を吐いた。オリヴィアは少し考え込んで、ふと思い至る。

「私たちと同じようにどこかに囚われているとしたら、同じ場所には入れないと思う」

「なぜ?」

「ブライアンがいくら魔導士の力を一時的に封じられると言っても、せいぜい一人か……よくて二人くらいのはず。さっきだって、ブライアンがルークの魔力を封じている間、あなたは使えていたから。だから、万が一にでも魔導士に束になられないようにするんじゃないか……気になるのは、ブライアンの目的だけれど」

 コーデリアの魔力が失われたのは、ルークが気を失った後だった。ならば、ブライアンのみせた技とて万能ではないのだと推測がつく。とはいえ、魔導士をその場で殺さず、わざわざこうして捕らえる理由は掴めない。

「それなら、一つでしょうね」

 きっぱりと言い放ったコーデリアに、オリヴィアは内心で首を傾げる。

「さっき『忌々しい呪い』と言い切った……魔力の封印を解きたいのだわ。あいつ、土の直系一族……サテュルヌ家の末裔なの。

 魔力の封印に一番歯がゆい思いをしていると思って、間違いない。さっき会ったとき、よくわかった。はっきり、わかった……。姉と姪は――そんな理由で殺されたのだわ。くそッ……」

 返す言葉を失って、オリヴィアは黙り込んだ。気持ちを落ち着かせるように深呼吸したコーデリアは、少しの間を置いて続ける。

「でも、おかしいわ……。あなた、どこまで知ってる?」

「何を?」

「土の一族の魔力を、封印している仕組み」

 レナードから、多少の説明は受けた記憶がある。だが、言われてみれば大した事は知らないのかもしれない。

「えっと、確か……四つの直系一族の力を合わせて封印してる、としか聞いてない」

「……そっか。封印は、今生きている直系の、跡継ぎに当たる者が人柱となることで成立してるのよ。つまり、跡継ぎの存在自体・・・・が封印の鍵となる。……あなたもその一つ」

「あんまり、ぴんとこない」

 そんな大層なものを封じ込めているという自覚は無い。意味もなく、自身の聖痕を覗き込みたい気分になった。

「あなたにとっては生まれたときからのものだから自覚がないだけで、身体への一定の負担はあるみたいよ。あなたは魔力を持たないけれど、ともかく跡継ぎとしての役割は果たしてるってわけ」

「ブライアンが言ってたのは、そのことだったんだな」

「そう。嫌な言い方だけれど……四人の柱のうち、一人でも殺してしまえば、封印は崩れるはず。だから、ブライアンの目的が封印の解除だったとして、真っ先にあなたを殺さなかったというのが……どうも引っかかるのよ」

 確かに、絶好の機会だったのは間違いない。あの状況ならば、オリヴィアの首を取るなど造作もなかったはずだ。――思い返して、背筋を冷たいものが流れた。

「それが、ブライアンの言う私の『利用価値』……それさえ分かれば、行動も読めそうなものだけれど」

 不意に物音がした。それがルークのものであると気付いて、瞬間にオリヴィアは安心から肩が緩むのを感じた。

 ――だが、身体の自由が奪われていると気付いた瞬間、青年の怒りに顔が歪む。興奮を抑えられず、震えながら憤怒の声を上げる。手や足の枷に抵抗するように、激しく音を立て暴れ始める青年の挙動を見て、オリヴィアはぎょっとする。

「ルーク、落ち着きなさい」

 窘めるようなコーデリアの声も、ルークには届いていないようだった。普段の様子からは考えられないルークの様子に、オリヴィアは驚きを隠せない。

「くそッ! 完全にしてやられた――この俺を! あの野郎!」

「……自尊心が強いのは否定しないわ。悔しいのなら、その家名に恥じない行動をしなさいな。ルーク・ズベン・エル・ゲヌビ」

 コーデリアの冷ややかな、だがルークという人間をよく着いた言葉は、ルークに落ち着きを取り戻させる――荒れた息が、徐々に整えられていった。どうにか元の呼吸を取り戻したルークは、そのまま深く息を吐く。

「……今、どういう状況なんだ」

 ルークの憂鬱そうな言葉に、コーデリアは最小限の情報を返してみせる。

「目に見えるものが全てよ。ここがどこかも分からないし、レナード達が無事かも不明」

「まずいな」

「ええ。このままじゃ、……全員、殺されてしまうわ」

 狭く暗い空間に、高らかに踵で床を踏む足音が、重なり合いながら一定の間隔で響き始める。それも、複数人。

 全員が、反射的に口を噤んだ。

 響いたのは、粘着質な男の声。

「目が覚めたようだな。ふ……その手枷ブレスレットも、なかなか似合うではないか」

 見れば、ブライアンの歪んだ笑みが、重苦しい空間に浮かび上がっている。

 続いて響くのは、少女のくすりという笑い声。オリヴィアは、愕然してそちらを向いた。

 ――私は、この声の持ち主を知っている。

 思わず息をのんだ。オリヴィアの内心を見透かすように、ブライアンは思わず眉を顰めたくなるほど演技がかった手招きをしてみせる。

「おお、紹介がまだだったな。ほら、こちらへ来なさい」

「はい」

 手招きするような男の動作に、鎧に身を包んだ小さな影が現われた。

 オリヴィアは、人違いであることを祈るように――声の持ち主に、放つ。

「ド、ドロシー……?」

 だが、祈りは届かない。オリヴィアの耳に飛び込んだのは、少女の残酷な言葉だった。

「ふふ、久しぶりだね。姉妹同然に育った私たちだから、こんなに離れていたのも、初めてだった――オリヴィア」

 頭を覆う兜を取ってみせると、現われるのは栗色の癖毛。見間違えることも、聞き間違えることもあり得ない――記憶も無いほど昔から、孤児院で共に育ったのだから。

 ドロシーは仮面のように無機質な顔を崩さないまま、そこに立っていた。時が止まったかのように、オリヴィアの身体が硬直する。

「何で……こんなところに」

 たっぷりと時間を置いて何とか絞り出したオリヴィアの声は、静かに震えていた。

「格好をみて分からない? 騎士になったの、私」

「何を言って……」

「オリヴィアが魔族・・だったって聞いたときは驚いたよ? 私たち孤児院の人間、みんなを騙してたって事だもん。あなたのせいで、孤児院の皆大変な目に遭ったの。そう、あなたのせい」

 ドロシーは、オリヴィアの胸に氷の刃を突き立ててゆく。頭まで駆け上がる凍てつく何かが、オリヴィアの身体を震わせた。

 魔導士を躊躇無く魔族と吐き捨てる少女は、自身がよく知っている「ドロシー」ではなかった。

 これ以上、聞きたくない。耳を塞ぎたい衝動に駆られる。

 ドロシーにそれ以上言葉を紡がせないように、声を絞り出した。

「だ、騙してなんか……っ」

 だが、ドロシーはオリヴィアに刃を放ち続ける。

「だから決めたの。魔族なんて、私が消し去ってやる。孤児院の家族みんなは、私が守るの」

 少女の言う「家族」に、自身は含まれていない。

 ずっと、一緒に生きてきたのに。私が望んだことではないのに。

 理不尽と絶望の連続に、闇に引きずり込まれるような感覚に陥った。頭まで登り切ったと思った凍てつく血液が、急激に心臓へと落ちてゆく。

「……そういうことだ。さて――お前はこちらに来るんだ、オリヴィア」

 ブライアンの声に、後ろに控えた兵士達がやってくる。乾いた解錠音と共に、重苦しい檻の扉が開く。

 あっという間に数人に取り囲まれたオリヴィアは、あっさりと手錠を外される。力なく落ちる自身の腕を、抵抗する暇も与えられないままに、即座に押さえ込まれた。

 刹那、ルークの身体が僅かに動いた。重々しい金属が、擦れて音を立てる。稲妻が、空気を震わせるようにルークの周囲を漂っていた――すぐさま、それを見透かしたようなブライアンの手によって、オリヴィアの喉元に冷たいものが当てられる。鋭い刃だった。

「おっと。こちらが小娘の命を握っていることを忘れてもらっては困る。大事な主君なのだろう?」

 碌な反応も出来ないまま、オリヴィアは引きずられるように歩かされる。

 ――抵抗しようという気も起きなかった。胸の奥からは、瞳と同じ色の液体が、止めどなく流れ続けている。

 腹の底から響くように低く、コーデリアが声をわななかせた。

「……その子をどこへ連れて行くつもり」

「ふん、いいだろう、教えてやる。王宮の中だ」

 あっさりと手の内を明かすブライアンの声色には、余裕が満ち溢れている。それとは対照的に、苛立ちや焦りを繕うことのない女の声が、不気味な空間にこだました。

「何のために! レナード達は何処よ!」

「さあな、今頃お前達を必死で探しているのではないか?」

「……無事なのね」

 コーデリアは、確認するようにゆっくりと言葉を続ける。視線は、ブライアンの目を真っ直ぐに捉え続けながら。

 だが、そのブライアンが不気味な笑みを崩すことはない。

()()……な」

「一体何故、こんなことを。レナードはあなたのことを信用していたのに、どうして裏切ったの――親友だったでしょう……?」

 コーデリアは、縋るように問いかける。

「ふん、裏切っただと? 俺とあいつは、そもそもの目指す先が違っただけだ――俺の声に耳も傾けなかったあいつが、」

「レナードはそんな人間じゃない。あなたは何を言っているの」

 即座にブライアンの言葉を遮り否定するコーデリアを、男は憎々しげに見下ろす。

「黙れ。……行くぞ」

 顎で檻の外へと伸びる通路を指してみせたブライアンに続いて、兵士はオリヴィアを繋ぐ鎖を乱暴に引いた。前につんのめるように、歩くことを強制される。鈍い痛みが腕を走った。

 未知の場所へと連れ去られることよりも、コーデリアやルークと引き剥がされることに、途端に恐怖を感じた。

 仲間だと言ってほしい。――私は今、ずっと家族だと思っていた人を、失ってしまったのだ。

 オリヴィアを見つめる二人の瞳の色を確かめたかった。

 だが、振り返ることも許されない。

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