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血脈の傀儡 フィオーレ王国戦記  作者: 御崎 仲太郎
二つの血を引く少女
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未来への架け橋

 いつの間にかすっかりと太陽は沈んで、木々は闇と溶け込んでいる。冷たい風がオリヴィアの頬を撫でてゆく。

 レナードは一本の大木に身体を預ける。オリヴィアはなんとなしに横につくと、膝を抱いて座り込んだ。

 冷え切った土は身体に冷たい温度を伝え、乾いた風がオリヴィアの髪をかき上げる。息をすると、ひんやりとした匂いが喉を通過していく。

 寒さに震えながら、レナードが口を開くのを待っていた。

「……残酷なようだが、話さねばならん。隠れ家の襲撃だが」

 レナードはそこで一呼吸置いた。オリヴィアは思わず身を縮める。

「ウェステリアの騎士団は、明らかにお前を狙っていた」

 背筋を戦慄が走る。粟立つ肌は、寒さのせいではない。

「なんで……」

「そこまでは俺にもわからん。だが確かに言えることは、――お前はもう、ウェステリアに戻ることはできないだろう、ということだ」

 レナードは重い息を吐くと、オリヴィアを見た。

 噛みしめた唇は独りでに震えている。自身の赤い瞳が揺らぐのを感じていた。

「……恨むなら俺を恨め。お前の家族を奪ったのも、居場所を奪ったのも、俺だ。……責任は取る」

 オリヴィアは頭を振った。

 騎士団に追われていたのは、レジスタンスのせいではない。

「魔導士だって人間だ。魔導士が当たり前に人間として暮らせる未来、それが俺の、俺たち大人の使命だ」

 ぽつりと呟くレナードの言葉は、抑えた低い声の印象とは裏腹に、力強い響きを含んでいる。

 不意にオリヴィアの方を向くと、男は静かに片膝をついてオリヴィアの顔を覗き込んだ。

 逸らすことはしない。真剣なレナードの目が、逸らすなと言っている。

 喉が音を立てた。声を発しようにも、紡ぐべき言葉が見つからない。

 男の、オリヴィアより深い赤をした目が目の前にある。

「お前のことは、絶対に守る。だから――頼む。

 ……協力してほしい。お前にとっての未来のためにも」

 そう言って差し出された手には、至る所に刻み込まれた傷がある。オリヴィアは救いを求めるように、そっと自身の手を重ねた。

「隊、長」

 静かに、男をそう呼んだ。

 大きくてかさついた男の掌は、オリヴィアの手をすっぽりと包み込む。

 男の手は、暖かかった。

「――ありがとう」

 それだけ言うと、レナードはその握った手をあっさりと離してしまう。

 ゆっくりと立ち上がるって、男はオリヴィアの横に戻って背中を木の肌に預ける。そして、頭上に広がる闇を見上げた。無言のままオリヴィアも続く。

 木々の他には遮るものがない満天の空。空に散る星屑が穏やかに瞬いている。中心に浮かぶ縁を欠いた月が、煌々と地面を照らしていた。

「綺麗だ」

 ぽつりと呟いた。

 ウェステリアに居た頃には見ることが出来なかった、静かに佇む風景達。冷え込む空気に澄んだ闇の中を、葉擦れの音だけが満たしていた。

「そうだな。俺も、この景色が好きだ」

 レナードは短く言う。

 しんとした空気に、オリヴィアは口を開く。

「私の父は、魔導士ではないと聞いた。だから私には魔導士の力が無いとも」

 ちらりとレナードの顔を見ると、小さく頷いている。だがその顔に浮かんだ表情は、暗闇によく見えない。

「ああ。人間の血は魔導士の力を打ち消す。魔導士が、特にお前の母のような直系の末裔が血を守り続けていた所以だ」

「でも私の身体には、人間の血が半分流れている……」

 ここに来ても、自身は嫌悪される存在なのか。

 オリヴィアは静かに服の裾を握り込んだ。

「そうだ。直系一族の後継が人間と契るなど、あってはならない――はずだった。だが、お前は生まれた」

「……じゃあ、私の父は何者なんだ?」

 男は少し迷うような素振りを見せる。諦めたように息を吐いて、レナードは口を開いた。

「ある日、隠れ家の近くに迷い込んできた男をフェリシアが助けた。それが父親らしいが、身元も分からん」

「生きてるのか?」

「……さあ、な」

 男の重苦しい声が、氷のような冷たさをオリヴィアに伝える。不意に心臓を掴まれたような痛みを感じた。

 この男も、私のことを快くは思っていないのかもしれない。そっと顔を伏せる。

「お前が気にすることはない。悪いのは、お前の――いや、時代だ。そもそもリブラ家の後継がフェリシアしか居なかったのも、食糧難から来る徹底的な口減らしの結果だからな。そして」

 そこで言葉を切ったレナードに、オリヴィアは内心で首を傾げる。男の方へ目線をやると、月明かりに照らされた横顔があった。

「お前のその身体に流れる血は。人間として、そして魔導士として、二つの側面から物事を見ることができる血だ。

 きっと、二つの種族を繋ぐ架け橋になれる。俺は、そう期待している」

 レナードは、オリヴィアの頭にそっと手を置いたかと思うと、思い切り髪の毛をぐしゃぐしゃと乱した。思わず「ちょっと」と抗議の声を上げたオリヴィアに、おかしくて仕方が無いという風に静かに笑うと、やっとその手を止めた。

「全く……」

 オリヴィアは、文句混じりに手で髪の毛をかき上げる。絡まった髪を梳いて、大きなため息をついた。

「……少しは気が晴れたんじゃないか?」

 真剣な顔に戻ったレナードに、少しの間をおいてこくりと頷いた。

「私以外に、魔導士と人間の子供って居ないのか」

「そうだな。双方の関係が拗れたここ数百年で言えば、お前だけだろう。だが、それよりももっと前――魔導士がこの国を治めていた時代があったわけだが、その頃ならままある話だったらしいな。子孫は国中に散っているだろう」

 オリヴィアは重い息を吐く。

「私は結局、どこに行っても異物ってことか」

 自分で放ったその言葉に、こみ上がってくるものがあった。

 家族と呼べた人に合わせる顔は、既に無い。

 向けられた侮蔑の眼差しは、今も胸に突き刺さっている。

 レナードは目を瞑ると、ゆっくりと首を横に振った。

「言ったろう、レジスタンスははみ出し者の魔導士集団だ。……だから、気にしなくて良い。お前の居場所はここにある」

 その言葉に、オリヴィアは胸の内の靄が薄らいでいくのを感じていた。そっと深呼吸して、頷く。

 少し気まずいものを感じて、咳払いする。レナードは、そんなオリヴィアの様子に静かに微笑んだ。

「特殊扱いもしないが、特別扱いもせん。戦力にはなってもらうからな」

「でも、私には魔導士の力が無いんだよな。足手まといにしかならないんじゃないのか」

「言ってなかったか? 魔導士にも力を持たない者はいる。俺がいい例だ」

「……はっ?」

 理解が及ばず、口をついて出たのは気の抜けた声。レナードはそんなオリヴィアにまた少し笑ってみせる。

「魔導士の血の源流は五つの家系に遡る。即ち風、火、土、金、水。お前の身体に流れているのはその中でも、風を司るリブラ家の血というわけだが」

 訥々と語る男の言葉は、一遍の物語を紡ぐような声で続いてゆく。

「数百年前の話だが。土、まさしく大地を司る一族であるサテュルヌ家と、それに連なる家系の魔道士達は、あまりに強大な力を得た。故に、他の四件力を束ねて封印が施されているのだ。俺はサテュルヌの従属である一族の出でな。そういうわけで、力を使うことは叶わない」

 オリヴィアは、ふとウェステリアの隠れ家が襲われたときのことを思い出していた。

 今になって思い返せば、この男は魔力らしきものを確かに一切使っていなかった。

 そして脳裏に浮かんだのは、かつて見た男の聖痕。オリヴィアの瞳に浮かんでいたものとも少し違う、半身を失った龍の尾のような紋。

「……魔導士にもいろいろあるんだな。その魔導士の力を使えないあんたがレジスタンスの隊長ってのも、不思議な話だ」

「ふん。元々この組織を作ったのが俺の親父だからな。

 ……かなり冷えるな。風邪を引く前に戻るぞ」

 出てきたときよりもさらに冷え込んだ空気が辺りを包んでいた。風が吹くたびに、オリヴィアの身体が縮こまっていく。

「何を今更……。私は、出てきた時点で凍えてたんだけどな」

 小さく呟いたが、聞こえていたらしい。可笑しそうな様子で「なら、さっさと入れ」とだけ言うと、男はオリヴィアを振り返りもせずに洞穴へと足を進めていった。

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