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血脈の傀儡 フィオーレ王国戦記  作者: 御崎 仲太郎
二つの血を引く少女
12/63

魔導士か、人間か

 目的地にたどり着いた頃には、強い西日が地面を照らしていた。

 その場所は、殆ど洞穴としか表現する言葉を持たない。自然にできた洞窟をそのままレジスタンスの拠点として利用しているようで、それなりの広さがある一方居心地が良いとはとても言えなかった。

 地面はむき出しの土である上に、標高のせいですでにかなり冷え込んでいる。かろうじて焚き火が置かれていることだけは幸いだと言える。だがそれが出来るのも煙の抜ける穴が天井にいくつか開いているからであり、雨が降ればそこから雨水が吹き込むことは想像に難くない。

 焚き火の近くに座り込んで、オリヴィアはとにかく人心地のついた安心感でため息をついた。数日間、雰囲気が険悪なルークや掴みどころのないセオドアしか周りに人がいなかったのもあり、その気まずさから解放されたことも大きい。

 だが、ここにいる人々の視線は間違いなくオリヴィアに刺さっている。好奇心を隠さないその視線に萎縮しそうになる。オリヴィアは、二度目とはいえ慣れない光景に内心で舌を巻いていた。

 若干俯きがちになりながら冷えた身体を擦る。焚き火に当たっていると、小さな足音がぱたぱたと近づいてくる。

 音の方へと顔を向けると、そこには鳶色の髪の可愛らしい少女がいた。自身とほぼ同い年であろうその少女はオリヴィアに笑いかけると、小さく真横に座り込んだ。

「はい、どうぞ。オリヴィアちゃん」

 少女にそっと差し出された容器を礼と共に受け取ると、中には温かいスープが入っていた。湯気と共に立ち上る香りが、空腹に耐えかねる胃袋を刺激する。オリヴィアは息で冷ましながら少しずつ啜り始めた。

「へへ、はじめまして。私はクロエ。クロエ・シェラタン」

 照れくさそうに少女が笑う。少女の雰囲気はどことなくドロシーと似通っていて、急に寂しい気分になる。

 顔に出たのだろう。少女の眉がわずかに困惑の色をみせる。ごまかすように小さく笑い返した。

「……みんな私のことを知ってるんだな。ちょっと、居心地が悪いというか」

 手に持ったスープの容器越しにこっそりと様子をうかがっても、どうも視線を感じるのだ。

「そりゃもう、レジスタンスのみんなでオリヴィアちゃんのことを探してたんだもの。銀の髪に、真っ赤な目……特徴的だから、ここに入ってきたとき、すぐにわかった」

 得意げな顔のクロエに、小さく肩を落とした。

「まあ、赤い目は珍しいかもしれないが……」

 オリヴィアは、スープの表面に映る自身の目を見た。

 今も、赤々とそこにある瞳。

 凝視すると、左の目に薄く薄く浮かび上がる紋に気づく。

 これが、十六年間一度も気付くことのなかった「聖痕」。

 ――魔導士の証。

 身体をぞくぞくと駆け上がる何かを感じた。両膝を抱え込んで、縮こまる。

「……うん。それに、オリヴィアちゃんがフェリシア様の生き写しみたいにそっくりだったから。私はフェリシア様を直接は知らないのだけれど、昔の肖像を見たことがあるの。だから、すぐにわかった」

 オリヴィアの顔を窺うように言ったクロエは、オリヴィアの銀髪にすっと指を通す。焦げていた一房の髪――アルフレッドの炎によるものであるが――に行き着いて、不思議そうにすくい上げた。

 ああ、とオリヴィアはその存在を思い出す。切らなければならないのに、起こる出来事全てに手いっぱいで、すっかり忘れていたのだ。

 しかし、オリヴィアにとっては、それよりも気になることを聞く方が優先順位は上だった。

「フェリシア様……?」

「風を司る直系の一族、リブラ家の末裔――オリヴィアちゃんの、お母様」

 オリヴィアの喉がごくりと音を立てた。

「私の、……母」

 それは、親が居ないのが当たり前なある種いびつな空間にいたせいなのか。母という言葉の響きはどこか遠い存在に感じられた。

「オリヴィアちゃんの存在はレジスタンスにとって、いいえ、魔導士みんなにとって、とても大切なものなの。

 アルフと同じ、直系の後継の一人。……アルフには会ったんだよね?」

「ああ。ウェステリアから、あいつに連れてこられたんだ。

 ……魔導士の力ってすごいんだな。正直、怖い。私には無いものだから」

 オリヴィアは言いながら、襲撃された日のことを思い出していた。

 自分とさほど年齢の変わらないであろう少年一人で何十、何百もの兵士と対等に渡り合っていた力を思うと、背筋が凍るようなものがあった。アルフレッドの敵を見つめる冷酷な目が脳裏に浮かぶ。

「何言ってるの。オリヴィアちゃんだって、歴とした魔導士なんだよ。アルフは魔導士の歴史でも一、二を争うんじゃないかって言われてる程の力の持ち主なの。でも、フェリシア様も同じくらい魔力が強かったんだって。だから、今すぐには無理でも、そのうち立派な風使いになれるんじゃないかな。お母様と同じ」

 クロエは力強く言い切る。

「私が、風使いに」

 オリヴィアは、思わず手のひらをまじまじと見つめた。

 風を操る。途方もない話に感じて、そっとその手を握りこんだ。

「いや、お前には使えない」

 背後から突然冷ややかな声が届いた。

 はっとして振り返ると、そこにいたのは自身を見下すような視線を投げる青年――ルークがいた。

「なぜならお前は、純粋な魔導士ではないからだ。人間の血と混ざった、リブラの面汚しめ」

 胸が抉られるような感覚が呼び起こされる。青年の目は、オリヴィアの赤い目を気味悪がって蔑む人々の目と、そっくりだった。

「……そうなんですか? そんな話、聞いたことがない、です」

 クロエの顔には驚きが張り付いている。そんな様子をルークは小馬鹿にするように鼻で笑う。

「ああ、お前はこいつが生まれた時点でまだ赤ん坊だったから知らないんだろう。……後にも先にもこいつ位だろうな、人間と魔導士の血を引く半端者なんてな。それが証拠に、こいつには確かにリブラ家特有の聖痕があるが――魔力は感じないだろう? こいつの母親が死んだ時点で、直系の血は絶たれているんだ。隊長が何を考えてこいつを探していたか知らんがな、期待しても無駄だ」

 ルークはオリヴィアに向かって唾を吐き出すと、くるりと背を向けて洞窟の奥へと消えていった。

「あっ……ルークさん! 謝ってください、あんまりです!」

 クロエの怒りに震えた声はルークに届かない。

 憤慨して涙まで浮かべるクロエを、オリヴィアはじっと見つめる。ルークに真剣に怒るクロエの姿は、オリヴィアの瞳を蔑視する者へよく憤慨していたドロシーの姿と重なった。

「別に私は気にしてないから。その、ありがとう。……私のことを嫌いと言っていた理由がわかった」

 オリヴィアが顔を伏せると、その瞳は髪色と同じ睫毛によって隠されてしまう。複雑そうな顔でクロエが首を横に振った。

 話題を変えたくて、言葉を続ける。

「……私の母は、そんなにすごい人だったのか?」

「うん! ……とはいえ、私もフェリシア様のことそんなに詳しいわけじゃないの。隊長に聞いたらきっといろいろ教えてくれるんじゃないかな。隊長は、フェリシア様をレジスタンスに引き込んだ人らしいの」

 先ほどまでの顔を一転させたクロエの声は、明るい。

 やはりどこかドロシーに似ている気がして、オリヴィアの顔に静かな笑みが浮かんだ。

「へえ……」

「楽しそうだな、二人とも」

 聞き覚えのある男の声に振り向くと、そこにはレナードとアルフレッドがいた。二人の大小さまざまに怪我を負った身体は痛々しく、見るに忍びない。だが、その疲れの滲んだ顔の中には笑みが浮かんでいる。

「クロエ、怪我治して」

「はーい」

 アルフレッドは自然な動作でクロエに腕を差し出す。

 治療道具もないのに、とオリヴィアは首をかしげていると、クロエは両手をアルフレッドにかざす。クロエが目を閉じて念じたように見えた瞬間、アルフレッドの身体に刻まれた傷が鈍く光る。その光景に釘付けになっていると、瞬く間に傷が塞がってゆく。その光が収まったときには、傷は跡形もなく消え去っていた。

 オリヴィアは思わず目をしばたたいた。

「へへ、驚いた? 私の力は、傷を癒やすことなの」

 クロエは誇らしげな顔をすると、オリヴィアの手をとって自身の手と重ねる。オリヴィアですら気付いていなかった傷が、淡い光を湛えた。心地よい浮遊感のようなものに包まれたかと思うと、すうっと癒やされていくのを感じた。

「すごいな。もう、痛くない……ありがとう」

 オリヴィアの言葉に、クロエは照れくさそうに微笑んだ。

「ふふ、どういたしまして。……さて、お仕事してこなきゃ。またね、オリヴィアちゃん」

 そう言ってクロエは立ち上がると、続々と到着しつつある魔導士らに呼ばれて、オリヴィアに軽く手を振りながら小走りに駆けていった。オリヴィアも手を振り返して軽く息をつく。

 いつの間にか底を尽きかけていたスープを一気に飲み干すと、若干の冷たさが喉を通り抜ける。

 クロエの治療を受けて、すっかりと身体が癒えた様子のレナードがつかつかとやってくる。そのままどかりと座り込むと、男はオリヴィアに穏やかに話しかけた。

「無事だったか」

 焚き火の赤い光が、レナードの鼻筋を照らしていた。

「おかげさまで。でも、その、……ルークとは」

「ああ、だろうな。予想はしていた」

「予想していたなら、組ませないでくれ」

 少し非難を滲ませた声でオリヴィアが言うと、レナードは息のような笑みをこぼした。

「あのときは、お前達を組ませるのが最良だと判断した。実際、なんだかんだと言っても、ルークはお前の面倒をみてくれたろう?」

「それは……でも、唾を吐かれる程度には嫌われているらしいな」

 レナードはどこか寂しいような、悲しいような顔つきをみせる。

「……そうか。少し顔を貸せ」

 言いながら緩慢な動きで立ち上がると、レナードはオリヴィアを促す。振り返りもせずに洞窟の外へと歩いて行くレナードを、オリヴィアは内心首を傾げながら追った。

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