6話
ファニーは少し思うことがあった。
それは弟子という立場でありながら何も教えられないという今の立場の事だ。
アレンに弟子入りしてから2週間がたったが未だにスープを貰いにうちに来るだけで、魔法を見てくれる気配はない。
あの時1回だけ見てくれたがそれっきりだ。
父と母はどうしているだろうか、兄もどうしているだろうか。突然居なくなって心配しているのではないだろうか。
自分は強くなれているのだろうか。
不安でならない。
「アレン!今日こそ魔法を教えてください!」
相変わらずの透明な壁をガンガン叩くが決ってこういうのには出てこない。
スープの呼び掛けには応じるのだが、本当に私利私欲だけで動いている様にも見える。
ファニーは諦めて外で集中して魔法を唱えてみた。
アレンの推測は冷やかな怒りが一番強く、心からの喜びが1番魔力を回復するのではないかだった気がする。
いつも話が長くて全てを飲み込めないうちに忘れてしまう。
心からの喜びと言われてもそれはそれは難しい。感情のコントロールが出来ないと難しいとアレンは言っていた。
「コントロールって、どうやったらいいの」
「そうだね、"これで必ず喜ぶ"という習慣を付けていくといいんじゃないかな?」
「ひゃぁ!!」
心臓が飛び出して転げ落ちるかと思うほどに驚いて距離を取る。
驚かしてきたアレンは何故か荷車を引いていて、逆に驚いた顔をしている。
「びっくりしたでしょう!」
「見ればわかるさ、でも何故?」
「気配もなく忍びよられたらビックリするわよ!」
「ふふ、"今"僕はここに来たのさ。忍び寄ったんじゃない」
荷車を動かす牛がモソモソと地面の草を食べる。
「とうとう完成したのさ!遠くへ一瞬で行く魔法が!少し大変なんだけど、魔法石があれば簡単なんだ。初めは行きたい所に歩いていかなきゃいけないけど、そこに魔法石の小だね、それを置いてゲートを展開するんだ。そんでもって家の方のゲートに繋がるような陣を魔法石の大で展開して、そうすると次から簡単になる。注意点としては、ものが置かれそうにない場所に設置しないといけない事と、人目のつかないところじゃないと知らない人までこっちに来てしまうこと。まだまだ研究の余地はあるね!」
目を輝かせて語るアレン、半分ぐらい何を言っているのか分からなかったが、テレポーテーションのような夢のような発見をしたらしい。
「これなら君も使えるし、街に簡単に行けるようになるよ。便利だろ」
「そうですね」
一応服も魔法で作っていたけれど、今後からは購入するのでもいいかもしれない。
「で、感情のコントロールの話に戻るけど、これで喜ぶってのを決めた方がいい。毎日の習慣でやっていればいずれ身にしみる。そうしたら後はそれで魔法を唱えればいい」
「例えば…?」
「思い出すもので決めた方がいいかな。色だと難しそう。例えば魔法石を思い出すと喜び、僕を思い出したら怒りとかね。君は随分と僕のことが嫌いみたいだからそれが一番いいと思うよ」
嫌いな訳では無いのだが、たしかに好きでもない。師匠とは呼べないが呼びたいともあまり思わなくなってきた。
「こうして決めておけば、威力を高めたい時は僕を、回復したい時は魔法石を想像すればよくなる。今日からそうやって思うといい」
「はい」
しかし、師匠で怒るのも良くないなとも思う。魔法石で喜び、剣で怒りにでもしておこうとファニーは思う。
剣、嫌いな騎士の事を思い出すのだ。いつもいつもファニーの事を馬鹿にして笑っていた。その事を父と母に訴えたけれど、侯爵家らしく除外はできなかったそうだ。
(魔法石で嬉しいー!剣で許せない!)
難しいな、と思いながら少し練習する。そう言えば悲しみは要らないのだろうか。哀れみや慈愛と言ったものは何かに役立てられないだろうか?
(そうね、一応決めておきましょう、涙で悲しみ…。魔法石嬉しいー!剣許さない!涙悲しい…)
集中して練習を始めた頃、アレンが話しかけても反応しない程になっていて、アレンは少し感心してから荷車の牛を近場に今作り上げた杭に結びつけ、そっと家へ消えていった。
ファニーがふと気がついた時には日もくれていて、近くでランタンを持ったアレンが魔物の牙を透明な壁で防いでいてくれた時は感動した。
「集中力凄いね、まるで聞こえてないようだったし」
魔物を止めているとは思えないほど涼しげに言うので、大賢者アレン・バルバルトは本物だなと少し尊敬した。
「珍しい魔物でね、Dファングと呼ばれてるよ。毛皮は高級品でね、王室でもラグとして使われてたりするんじゃないかな?」
「そうなの?」
「今相手は動けないから、触ってみる?」
恐る恐る触れてみると、ファニーはおや?と懐かしい感覚になった。
「お父様の部屋にあった気がするわ」
「ほらね?」
「凄い…」
グルルルと威嚇音を出しているDファングに慌てて手を引っ込めたが、アレンはふふふと笑っていた。
「実は魔物の肉はね、不味いのだけれど使い道があるんだ。なんだと思う?」
「…分からないわ」
「埋めてそこに土を沢山かけて押し込める。数十日で魔法石になるんだ」
「そうなの!?」
「骨は加工すれば武器になるほどしなやかで硬い。魔法にも馴染むから杖にだって出来る。万能素材さ」
だからラッキーだなんて言ってDファングを眺めるアレン。
ファニーも少し考える。ラグは確か白金貨5枚の代物、武器はどれほどのものになるか分からないけれど、大きさ的に白金貨2枚ぐらいにはなるのかもしれない。
そしてこれ程の大きさの魔法石、白金貨10枚は行く気がする。
1匹捕まえれば遊んで暮らせるという意味が分かる程に凄いものだ。
「そんなDファングを生け捕りした、となるともっと凄いんだ」
「なんで?」
「Dファングの毛皮は本体が死ぬと抜け出してしまう。抜ける前に魔法をかけたり何なりして加工するのだけれど、行きたDファングから剥ぎ取るのなら話は別だ。抜けやしない。コストダウンってことさ」
売る時は死んでた方がいいけどね、とアレンは笑う。
もしかして?
「結構ショックが大きいと思うけど、見るかい?この先自分で出来る方がいいと思うんだ。僕はお小遣いなんてあげる気無いからね」
そう言われればぐっと堪えて小さく「見る」と答えた。
その後アレンがDファングを地面に無理やり伏せさせてそのまま杖を持って背中に乗り、杖に魔力を込めて線を書いていく。
「この線で毛皮を剥ぐんだけど、本当に平気だね?」
小さく頷くとアレンはトンっと杖を突いた。
咆哮というよりは悲鳴に近い声を上げたが、まだ死んではいない様だ。
皮は剥がされ薄ピンクの肉が血にまみれている。
残酷だ、と思ったが首を横に振る。
そんなことを言ってしまえば馬の毛皮やうさぎの毛皮だって同じだ。
「これで完全に引きはがせたから、次はこう」
Dファングの頭の上でトンと杖をついた。するとDファングは痛みという感覚がなかったのかと思うほど安らかに、眠るように目を閉じた。
「今のは本当は禁術である"死"の魔法。だけれど杖で対象を選び"安らかな死"と言葉を変えて唱えることであの事件のようなことを防げる。ちなみに僕にも効くけれど、次の瞬間には息を吹き返す。一瞬だけ死ぬ」
「そう、なのですか」
禁術は魔力を多く消費し、他人にも影響がある可能性のある魔法のことだ。例えば"死術"。対象を決めずに発動すれば、その人の目に止まった存在の全てが死に至る。
発動すると止まらず、最終的に魔法使い本人も死に至る。
150年ほど前に起きた事件だ。
他にあるとすれば"蘇術"や"誘惑"や"変化"だろうか。
蘇術は人ならざる化け物を産むとして禁止、誘惑は人を狂わせるので禁止、変化は戻れなくなり自分を失い、魔物になるので禁止。
「さて、次はこの肉を裂いて骨を取り出す」
そう言ってまた線を書き、1度地面に降りてからトンと頭を突き肉が裂ける。臓物も綺麗に分かれているが、皮を剥ぐ時よりもショックが大きかった、
「骨を回収したからこの肉の塊は埋めておこう」
近場に魔法で穴を開けてゆっくりとDファングの亡骸を沈めていく。
最後土を上から被せ、強く強く地面を固めた。
「巨大な毛皮、白金貨10ぐらいにはなる、それから上等な骨、これも5枚ぐらいにはなるかな」
少しだけ気分が悪くなり、その場にストンと座り込んだ。
それに気がついたアレンは少し戸惑って、ファニーを抱え家に戻り、寝室にそっと寝かせた。