5話
「じゃあ、僕の見解なんだけど、精神と感情ということはつまりどういう事なのか、という所から考えるべきだと思う。例えば嬉しい感情のみがエネルギーなのか、精神とはどこの事なのか、それを知らなければ扱うのは難しい。僕の持つ空気というのは酸素でも窒素でも二酸化炭素でも希ガスでもなんでも関係なく、この空間にあるこの"空気"と呼ばれるもの全てが魔力源だ。だから死なない。全てがなくなることなど相当ない。変な話星を砕いても死ぬのかも分からない。空のことは分からないからね」
相変わらず長い説明をベラベラと喋るアレンをファニーは眺めた。
昨日のスープのお礼にと師匠らしく魔法を見てくれるというのだ。
「じゃあ、いくつか研究してみよう。まずは普通に魔法を唱えて」
「こうですか」
今回は唱えている"感覚"になればいいので杖も本も魔法石もない。
じいっと唱えているとアレンがぶつぶつ何かを言い、もうやめていいと言った。
「じゃあ、最悪だった事を思い出して唱えてみて」
最悪なこと、強いて言うなら出会いかもしれないな、とアレンとの出会いを振り返りながら唱える。
「ふーむ、じゃあこれが終わったら魔法石を作るのを見せてあげるよ、唱えてみて」
少しワクワクとした思いのまま唱えてみる。魔法石を作る姿はどんな感じなのだろうと思うと楽しみでならなかった。
「大佐なさそうだけれど、威力は怒りが一番大きく、喜びは多少消費が少なかった。しかしブレは通常時が一番ない。感情は威力の問題、精神はブレの問題というのがしっくり来る。冷ややかに怒る時が一番強いのだろう。という予測は立てた。どうだろうか」
「あれだけで予測が出来るものなんですか?」
「いや、その可能性が高いと言うだけだよ」
まだまだ分からないらしいが、予測を立てれば真実を見つけやすいらしい。
「さてと、約束は約束だからね。僕が魔法石を作るのを見せてあげようか」
ふわりと空気が蠢いた気がした。
その後は一箇所に向かって強い風が流れだした。
「こんな感じだよ」
強く流れていた風がかたまりだし、丁度いい大きさになった時に風がやんだ。
「そんなあっさりと…」
「僕にとってはそんな物さ、何せ本来なら媒介も必要としない。僕自身が魔力石のようなものだからね」
224年という歳月で、アレンはバケモノを通り越して石になってしまったようだ。しかし、魔力が常に満ちている状態ならばそれも納得する。
「なぜ魔力源はそれぞれで違うのでしょうか」
ふと、魔法使いの間では永久の謎として扱われている疑問にたどり着いた。
「産まれた時から決まっているとは言われているけれど、魔法に気がつくのはいつだって10歳のお祝いの時だよね。それから何が魔力源なのかを自分で探る。僕の見解だとね、その時自らが"決めている"んじゃないかと思うよ。ただ、それは無意識であって、気がつかず、あとから変えるのは難しいのだと思う。どうかな」
「どうと言われても…」
「まぁ、難しい議題だからね、僕には時間があるからじっくり悩むとするよ」
無意識で決めているのだとしたら、なぜアレンは無意識に「空気だ!」と思ったのだろうか。
もしや10歳の時からこのテンションだったのかと思ってしまう。
「そうそう、感情と精神魔法ということは、精神が回復する瞬間には魔力が溜まり、精神がすり減る時に魔法威力が増すのかもしれない。だから喜んだ時は消費が減り、怒りは増したのかもしれないが、ふむ、思い出しただけの感情では難しいのかもしれない。感情のコントロールこそが上達への道かもしれない。僕が言えるのはここまでだ。あとは自力でやってみてね」
ひとしきり喋りきると、アレンは自分の家に入っていった。
「いや、ちょっと!魔法を見てくださるんじゃないんですの!?」
「もう見た」
透明な壁をバンバン叩きながら抗議すれば、面倒くさそうな声とともにその言葉が乗せられて届いた。
確かに見てくれたけれど、それだけだ。
あとはベラベラと喋っていただけ。
「僕は僕で忙しいんだ」
そんな声が聞こえたきり声がしなくなったので諦めて1人で努力することにした。
(アレンが忙しくしてる事ってなんだろう)
中身は説教じみた老人のアレン、彼には時間がたんまりある。そんな彼が忙しいと抜かすのは間違っている気もするのだが、ファニーには分かりはしなかった。
永久という時があっても結果が出ないものならば焦るだろうか?
(私なら諦めてるわね…)
ふと、もしかして、いや違うわよね?と思うことに気がつく。
星が砕けたとしても生きている可能性のある彼が必死になって探していそうなもの…それは多分2つ。
「アレン!何を研究しているの?」
透明な壁を叩くとため息混じりにアレンが顔を出した。
「街へもっと簡単に行く方法。食料を買うのにあそこまで杖で飛ぶのは面倒なんだよ」
「なぁんだ、てっきり死に方でも探してるのかと思いましたわ。あと不老不死の解き方」
「解き方は探してるよ、解ければ死ぬからね。でも今はいいや。まだ生きていたい」
「224年も生きててまだ生きたいのですか?」
「うん」
魔物や化け物扱いをされて悲しむくらいならそろそろ死んだ方が身のためなのでは?と変な考えがファニーの脳裏を横切る。
死んだ方が身のためってどんな状況だろうか。
身を滅ぼしているというのに。
「一瞬で遠くへ行くような魔法は無いからね。でもこれがあれば食料をすぐに買えて、もっと美味しいスープが飲めるかもしれないからね。私利私欲の為に僕は力を振るう」
「大賢者ともあるお方の言葉がそれなんですか」
「そうだ」
「……」
本当に何故この人の弟子になろうと思ったのか、ファニーは自分が分からなかった。