3話
「絶対、何かあるはずよ…」
空腹に打ち勝てず、せめて水かミルクかぐらいはあるだろうと寝室からヨロヨロと出た。
水はすぐに見つかったが、飲み水のようには見えないもので、何か別の用途がありそうだった。
(ミルクは?その前にキッチンは?)
戸棚のような所には本しかなく、お茶を飲む道具すら見つからない。
ようやく見つけたティーカップは埃を被っていて使っていないことがよく分かった。
食べ物も、飲み物も、それに関係する食器や道具も何一つこの家には存在していなかった。
アレンは嘘を言っていなかったことに驚きを隠せない。
(よくよく考えれば200歳超えてるのよね…)
大賢者だから当たり前と思っていたが、アレンやファニー以外の魔法使いは他の人よりも長く生きるだけで、平均して80程でこの世を立つ。冷静になって考えれば、恐ろしく長生きな人なのだ。
さらに、年老いているような印象はない。
(実は魔物でしたーってなったらどうしましょう)
魔物の中には人の姿に酷似した輩がいる。もしそんなのに出会っていたのだとしたら、いつ食われるのか不安になって夜も寝れないだろう。
(でも食べなくていい道理は無いのよね)
何せ生物として絶対に逃れられない営みだ。しかし、無い物は無い。
無駄に体力を使ってしまい、自分の行動に呆れてしまった。
しかし、食べ物がないと言われても信じられはしないだろう。
ファニーは大人しく明日を待った。
明け方、一睡も出来ずに朝が来て、空腹は通り越して無の感情に浸っていた。
そんな時、寝室の向こうで扉があく音がして、数秒もたたずに寝室の扉が開いた。
「とりあえずミルクとパンね。こっちには調理場も保存庫もないから、元気が出たら君の家にほかの食料を持って帰りなよ」
目の前に置かれたミルクとパンにすぐさまファニーは飛びついた。
味はとてもじゃないがファニーの口に合うようなものではないが、酷く美味しいと感じた。
アレンは必死になって食べるファニーを羨ましそうな目で見つめてから寝室を後にした。
少し元気になったファニーは寝室から出てアレンに頭を下げた。
「アレン、この度は助かりました」
「そう、良かったね」
円形の小さな机と一つしかない椅子。その椅子にアレンは腰掛け、目の前には紅茶などではなく本が置かれて、暇そうに本を読んでいた。
やはり、そういうものは無いのだろう。
「ほかの食料は外にある。街からここまでは遠いから大量に買っておいたよ。早くしないと魔物が来て食べてしまうから行ってきな」
「はい」
外に出ると山積みの箱の中に沢山の食料が詰まっていた。
それをせっせとファニーは自身の家に運び込み、一部屋ぐらい必要だろうと魔法で増築。部屋の中央に魔法石を置いて部屋を冷やした。
保存庫とも言うそこへ箱を詰め込む。
すべて運び終えてアレンの家へ行こうとすると
「嘘でしょう?」
透明な壁が再び出来ていた。
今回が特別ということかとすんなり諦め、ファニーは自身の家の厨房に立った。
一応女性としての最低限のマナーで料理はできるようにしていた。
しかし、あまり贅沢をすればすぐに食料が切れて今回のようなことになる。
ファニーの家の蛇口は、魔法で作られた水を流すので、地下水や川、雨を使う必要は無い。
安心安全ではあるが、魔法石の力が無くなれば水は途絶える。
その前に井戸ぐらい作らなければならない。
未来のことを不安に思いながら野菜を小さく切り、アレンが購入してきた調味料で味をつけてスープを作った。
そのスープは思いのほか上出来で、やはりにわかには信じられないアレンの食生活を思い出す。
(流石に"食べられない身体"な訳ではやいわよね?)
そんな身体の事例はないが、有り得なくないのかもしれない。
しかし、だとしたら200年もどうやって生きてきたのか本当に謎である。
透明な壁を軽く叩く。
息を吸って言葉を出そうとした時アレンがあからさまに嫌そうな顔をして出てきた。
「足りないなら自分で買ってきてね…?」
「そんな話ではありませんわ」
「じゃあ何の用?」
「スープの出来が良かったので、ご一緒にどうかと思いまして」
嫌そうな顔は怪訝そうな顔へ変わり、こちらの様子を伺うようにじっとりと見てきた。
「言っとくけど、僕は毒効かないよ?」
「何で毒の話になるのですか」
「じゃあ何でスープ食べるかなんて聞くの?」
「出来がよかったからですわ」
ファニーがそう言い切ると、アレンは少しばかり考え、嗚呼と納得したように声を出した。
「そうか、君は珍しいね。僕を人間扱いするなんて」
すごく魔物のような言葉にファニーはサッと血の気が引く。
しかしよく考えれば魔物が「僕は魔物」と名乗ったりはしない。
今の話は、ほかの人たちが魔物のように扱うと言う話だ。
「200も生きてると聞けば確かに魔物かとも思いますが…」
「224ね」
「224年も生きていると聞けば、確かに魔物のようにも思いますが、人であることに変わりはないのですよね?」
「変りない…どうだろうか」
アレンは悲しげに空を見上げた。
「例えば僕が何も食べなかったとして、例えば僕が息をしなかったとして、例えば水の中だとしても、僕が死ぬ事は無い」
その言葉にファニーは首を傾げる。
死ぬことがないということは存在しない。別の魔法使いが不老不死を探し出した時に言った名言だ。
不老不死になる方法として魔力の随時供給が必要になる。
その人にとっての魔力の存在が消えるまで魔法は使えるのだ。
ファニーにとって魔力は精神と感情。使いすぎてしまえば人格が破壊され、2度と戻れなくなる上に、気から死んでしまう。
そしてこの精神と感情というのは、魔法使いの間では良くある魔力だ。
今までで一番すごいとされていたのは水だった。
水を魔力にして魔法を唱える。
雨の日のそれは無敵だったのだとか。
しかし、彼の影響で干ばつが起き、火の中に入れられ、水分を蒸発とともに失い殺されたのだ。
「不老不死なのだとしたら、アレンの魔力はどこから来てるんですの?」
「この地面が崩れ落ちて、星が消えない限りあり続けるものさ」
もしかしてアレか?とファニーは思う。
「地面?」
「ははは、それも強そうだね。ハズレだよ」
どうやら違ったらしい。他になにかアレンの発した言葉の中で何か、何かヒントがあったはずだ。
「あ…」
「分かったかい?」
食べ物がないと言った時だ。
じゃあ何を食べて生きているのだとファニーが怒り任せで問立てた時だ。
彼はそう言っていた。
「空気…?」
「その通り。僕の魔力はそこら辺で全ての生命が頼りにしている、この莫大な量の空気」
自嘲気味にわらうアレンを見ると、ファニーは、だから大賢者なのだと確信した。
「例え水で包まれても、その水の外側に空気が存在して、空気が水に溶けているのなら、僕は死ぬ事は無い。例えば火炙りにされても、その火が燃え盛りきった後に残る空気があるのなら、僕は死なない。僕が死ぬにはこの星全部の空気を消す…例えば星を破壊するぐらいしか方法がない」
「そんなのってあるの…?」
「僕が目の前にいるだろ?あるんだよ」
しかし、だからと言ってとファニーは思う。
「でも、スープ食べれない訳では無いのでしょう?冷めてしまいますから食べるのか食べないのか決めてください」
目をぱちくりとさせてアレンは驚いていた。
元の話はこれなのだからそれの答えを知りたい。
「どっちですか?」
「…………じゃあ、もらおうかな」
「では私の家へどうぞ」
その時微かにアレンが笑ったのをファニーは知らなかった。