2話
森の奥、アレンの家が見えた頃。
期待を胸に抱いていたファニーは硬い壁にぶつかって後ろに倒れた。
「約束事の中に"僕の家に入るな"ってあるからね。自分で家ぐらい建てな」
「なっ!あな…アレンってどれだけ冷徹なのよ!」
「返事は?」
「……自分で建てるわよ」
「ほら、制約6条言ってごらん?」
ファニーはぐぬぬと口篭るが、アレンはさも楽しそうだ。
(この悪趣味賢者!)
内心ではそう罵り、外では自分を落ち着けた。
「1つ、わたくしは自分で生きてゆきます。2つ、アレンが認めるまでは弟子見習いです。3つ、わたくしはただのファニー、苗字を名乗ることはありません。
4つ、アレンの家へは入りません。5つ、アレンの名誉を害する行いは一切しません。6つ、アレンの命令は絶対です。破ることはいたしません。」
「よく言えました。では頑張ってね」
パタリとアレンは家の扉を閉め、その後出てこなくなった。
弟子という言葉で丸められて、厄介払いされただけのようにも見える。
そして取り残されはファニーは近場に家を作る他ない。
「でも、どうやって?」
ファニーに限った事では無いが、すんなり作れるほど家に詳しい訳では無い。
さらに言えば一般的な家などファニーには無縁だ。
どこに柱があるのか、どこに力がかかっているのか。
分かるはずもなかった。
「ねえアレン!作り方教えなさいよ」
透明な壁を叩き大声で呼ぶ。
しかしアレンが出てくるわけもなく、結局うーんと唸る始末。
「必要なものから作って、隠したいところに壁が来て、屋根で蓋する…これが早いかしら」
魔法石を1つ、家の中心になる辺りに置いてまずは必要なものを作る。
(ベット、シャワー、机と椅子、ドレッサー、それからキッチンかしら?)
ベットはクイーンサイズ、机と椅子は王宮のものと同じ、ドレッサーもだ。
キッチンは王宮のサイズなので大きく、シャワーも一流品。
それぞれをそれぞれの場所に配置し、今度は壁を作る。
扉をつけて、屋根は軽めの素材で作りあげる。
アレンの家よりも少々大きめになったが良しとしよう。
「あっ!トイレが無いじゃない!危ないわ」
増築してトイレを足す。
形だけなら家を作ることが出来た。
「も、もう疲れた」
肉体疲労も精神疲労も限界のファニーは作ったベットに横たわった。
驚く程にストンと眠りについたのだった。
暫くして、ひどい空腹で目を覚ましたファニーは家から出て、見えない壁を叩いた。
「僕は君の面倒は見ないって言っただろ?」
呆れたように扉を開けた彼を見てファニーはそんな相手でも安堵した。
それほどに空腹で、頼れるのは目の前の彼しかいなかった。
「もう、動けないわ…何か食べ物無いかしら?」
「無い」
「パンだけでも良いの、お願い」
「と言われても無い物は無い」
下から出て話したのに相手の冷酷な態度は変わらない。
ファニーがここで息絶えようと興味を持たないのかもしれない。
「何も無いわけないでしょう…?あなたはそれとも食事をしないの?」
「しない」
いい加減少し腹が立つ。
近場に街があるわけでもないこの森で余りにも酷すぎる。
「じゃあ何食べて生きてるのよ!」
「強いて言うなら空気食べてる」
「馬鹿言わないで!私が死んでしまうわ!」
叫んだら余計お腹がすいて、ファニーは本当に小さくうずくまった。
考えてみれば、ここへ来るまでの間にどこかで休んでもいない。
食料は最低限しか用意しておらず、馬が死んだ時に放り出されて全てダメになった。
「お願いよ…もうダメなの…」
「都合が良すぎるね」
(都合が良すぎる…?)
視線をアレンに向けると呆れたような顔で見下ろしていた。
「威圧的、高圧的に弟子にしろとせがみ、散々人を罵っておいて、自分の力でどうにもならなくなったら媚びる。都合がいいにも程があるね。僕は構わないよ?君が死んでしまっても」
あまりにも残酷な言葉だった。
今までかけられたことの無い言葉に悔しさと、戸惑いと、膨大な絶望を感じた。
「どうしてもと言うのなら、今までのの態度を改めて、僕に敬意を示してもらおう」
「誓うわ、いえ誓いますわ」
誓えないなら助けてやらないとアレンに言われ、ファニーは呻くように小さく声を出した。
その声を聞いてアレンは口元だけ弧を描いた。
「仕方ないから助けてあげよう、けれど食べ物がないのは本当だからね。これからすぐに出かけても戻るのは明日さ。それまで待てるよね?」
「待て…待ちます…でも、もう、動けません」
「仕方も無いか」
アレンは透明な壁を取り払い、ファニーを抱えた。
空腹という苦痛から少し呼吸が早く、弱りきり涙目で、もとより顔立ちのいいファニーは、俗に言うお姫様抱っこの状態でアレンを見上げた。
アレンはサラサラと流れるような黒い髪の間から光のささない黒い瞳が覗いている、俗に言う美男だとファニーは思った。
「……」
アレンは一瞥した後、ファニー見ることなく自身の家の扉を開けた。
中はさほど大きくもなく、全てが1人用程度の大きさで作られている。奥の方に別の扉があり、そこが寝室だった。
たくさんの本がきちんと本棚に並び、いくつもの薬品が品名ごとにラベルがはられて見つけやすくなっている。
「ここで寝ててね。勝手な真似をしたら食事はお預けだからね」
布団に優しく寝かされてファニーはアレンを見上げた。
「……」
しばらく見つめた後、アレンは何事も無かったかのようにさっさと出かけて行った。
眠りにはつけないが体力を温存しておこうとファニーは目を閉じた。