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10話

(魔法石嬉しいー!剣許さない!涙悲しい…)


あの後から数日、煌びやかなドレスは未だにクローゼットの中に仕舞われている。

アレンはやはり透明な壁の中にある家に引きこもり、魔法練習は自分の力のみという程だ。


そんな毎日と変わりのない日に、少し変わったことが起きた。

森の外側から馬の足音が近づいてきていることにファニーは気がついたのだ。


すると普段引きこもっているアレンが出てきた。

出てくるということはきっとよほどの事なのだろうと不安になる。


「綺麗なドレスに着替えて、それからこれ。持っていって欲しい」

「え?え?」

「命令にしたがえ」

「は、はい」


クローゼットの中にある綺麗なドレスに着替えて、手渡された小箱を持って外へ出た。

その時ちょうどその足音の招待がアレンの元へ辿り着いたようだった。


「ファニー!」


嬉しそうに腕を広げる凛々しい顔立ちの男の人をファニーは知っていた。


「お兄様!?」


そう、ファニーの兄だ。

よく見ると父も母もおり、一体何が起きたのかさっぱりわからない。


「さぁ、帰ろう。疲れたろう?」

「え…?」


兄に突然手を引かれて、そのまま馬車に乗せられた。


「アレン・バルバルト。忌々しき不死の魔物よ。話によれば人里に現れたそうだな。あれほど森から出るなと言っていたのにも関わらず出た、その罪は重い。分かっておるな?」

「……」

「百刺しの刑!騎士やれ!」

「はっ!」

「まっ…!」


騎士がアレンの体を何度も突き刺す。その都度痛みに苦しそうに呻くアレンをファニーは見ていられなかった。


「怖かったな、ファニー。あんな魔物の側で過ごすなんて…神はなんて酷なことをさせるのだろう…。安心しろ、兄様がいるぞ」


目を覆ったファニー、慰めるように抱きしめる兄の愛が酷く邪魔に見えた。


「ふん、身の程知らずが!」


恐る恐る見ると、緑の地面が血の池になり、だと言うのに刺された本人は服こそ破けてはいるが、目立った外傷は無かった。不老不死というのはそういうものなのだろう。


「騎士も戻れ、ほら、もうこのような不気味な森に用はない!馬車を出せ!」


馬車が動き、出会ってから2ヵ月ぐらいを過ごした森から遠ざかっていく。

実感ではもっとそばにいた気がするその森の中で、悲しげに微笑むアレンが見えた。


『そうか、君は珍しいね。僕を人間扱いするなんて』


アレンが諦めるようにいつもの家の、透明な壁の中に戻っていく姿が見えた。

あの言葉の意味はそういう事だったのか。


『200年ぶりだ!』


ファニーの作った決してプロから言わせたら下手くそなスープで感動してくれた理由も、その温もりからだったのだろうか。


アレン・バルバルトは大賢者だ。公爵よりも一つ上の位にいるはずだ。それは王家の飼う魔物だからなのかもしれない。

けれどファニーは、アレンは優しい人間だとしか思えなかった。


「兄様、なんで、私のいる場所が分かったのですか?」

「はは、変なことを聞くなぁファニーは。我が王国の騎士が優秀なのは知っているだろう?」


確かに、ファニーがアレン・バルバルトを知ったのも騎士が優秀だったからだ。

聞くまでもない愚問であったと思い、俯く。


「でも、無事でよかったわ愛しいファニー」

「1人で心細かったろう…もう大丈夫だ」


慰めるようなその手に悲しみが溢れる。

ふと、手渡された小箱を見る。


「そういえば、それなんだい?」

「私も気になっていたの」

「大切なものなのかい?」


蓋を開けた時、目を見開いた。

それは綺麗に磨かれたティーカップだった。

アレンの家で見かけたホコリを被っていたあのティーカップだ。


「可愛らしいわね、魔法で作ったの?」


母親が笑顔で訊ねてくるが、とても笑える気分ではなかった。けれど。


「とても、大切なものです」


それは間違いが無かった。

箱をそっと閉じて、目を閉じた。

溢れそうな涙を堪えるために必死になって魔法石を想像するのだ。


「ほら、城に着いたわよ」


数ヶ月しか離れていなかった城は、酷く大きな牢獄に見えて、憂いだけが降り注ぐ。


使用人に導かれるままに、懐かしの自室に入ると、その広さや眩しさに目がくらみそうになった。


「さ、お召し物を変えましょう!そんな服では皇女様の美しさが霞んでしまいますわ」


自分で選んだドレスは退かされて、さっさと捨てられてしまう。

煌びやかすぎるほどの動きにくいドレスに身を包み、使用人が仕事を終えて出ていくと1人きりになった。


あのティーカップが入っていた箱を再び開けてカップを取り出した。


(何かしら…)


カップの下に綺麗な便箋が一つ添えられていた。


「このティーカップは僕がまだ人間だった頃に使っていたものなんだ。安心して、ちゃんと洗ってあるよ。昔はもっと沢山カップがあったけど、今はもうそれだけだ。僕の友人が使っていたからね、全て土の下に一緒に持っていったのさ。けれど僕の分だけはどんなに願っても土の下には行けない。年下の君はそれでも僕より先に土に還るだろう。これからの人生、胸を張って。もしも、それでも何かあって、どうしても頼りたくなったなら。手紙の裏に魔法石の小を置いて陣を展開させてみて。賢い弟子の君ならそれが何かわかるはず。そしたらまた。スープを作ってからあの壁を叩いてね。親愛なる弟子のファニーへ」



相変わらず長い長い言葉に、少しだけ笑いがこみ上げる。

初めての頃は大嫌いだったけれど、知らない間にあそこの生活が大好きになっていたみたいだ。


ファニーはあるものを決意してティーカップを箱にしまった。

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