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異世界転生なんて軽々しく言わないで!

作者: くをん

暇な時にご一読出来たらなと思います。

 俺のバラエティ豊かなアブノーマルな日常が亜異世界化しているのは近年稀に見る超特大スペクタクルな出来事なんだが、まさか全米が驚愕するシナリオを制作した映画が出来た訳でもなく、本場欧州のドイツあたりに一念発起したピアニストがスタンディングオベーションで拍手喝采されたりする訳でもなく、ましてや日本全土が感動したりするドキュメンタリーのアルピニストが世界の頂点サガルマータを極めた訳でもなかった。

 俺の日常にそいつは食い込んだ。何を予知する訳もなくそいつは亜異世界から魔の触手をこの俺の手首に絡ませた。正直、世界が逆転したかと思った。地球の地軸が1ミリ単位でズレたのかと思った。火星人達の侵略かと目を疑ったのも無理もない。それは唐突としてやって来たのさ。誰が何を言うまでもなく。いや、そんな暇すらない皮肉な日常の差し挟む中で。そして俺の平和な日常はかき消された。


 ここで、質問! もしあなたが異世界転生出来るとしたら、どうします――?


「今、我々の全宇宙は存亡の危機にある」と、その亜人種はいきなり話の口火を切った。

「そこで――え、あー何と言ったかね? 君達の星の名は」

 この中にいた5人の勇者達は口々に舌打ちを打つ。そんなもん事前に調べとけよ。と、言いたげな顔を渋面にして作っていた。てゆーかそこに書いてあった。心ここにあらず。

「――地球です」仕方なしに俺は皆の心の内を代弁する。ネゴシエーターだ。俺。

「そうだ。地球だ。君達には今、この部屋――我々ケウンタウロス星人が造った宇宙船(タンカー)の中においてこの世の歴史の改変及び解剖を行ってもらう。いわゆる緊急オペだ。いわゆるタイムパトロールだ」

 ――どっちだよ。どっちかにしろよ。

「しかし、我々が無償でそんな事を提供するはずもない。否、出来るはずもない。何せこれは頼み事だ。ケウンタウロス星人から地球人への友誼を深める親愛の情と受け取ってくれても構わないが、それなりの謝礼を出す事も約束しよう」

 ゴクリとつばを飲み込む音が誰しもに伝わる。何せ100%これが目当てでやって来た――否、強制召喚されたとあれば尚更だった。この時までは――ああ、そうさ。限りなく近い将来ニートになる俺にだって目的はあるさ。それも不可避のな。夢は壮大無限な方が良いってもんさ。この世の中、有益に働くかどうかは知らないが。無論、そんな事ここにいる俺も含めた誰しもに分かるはずもないが。迂闊にもそのOKサインを出したのは俺1人じゃなかった様でいて――欲望に赴くままの人間は、はた迷惑この上なく俺1人じゃなかった様でいて。純粋に本能に生きる野望を持ったバカヤローは恐らく生物全般に万国共通にDNAとして脳髄、脊髄に叩き込まれ、あるいは前世の業によって輪廻転生によって確定されたノストラダムスの予定説も焦りまくって己の宗教学的知見が記された大いなる予言書をひっくり返して書き換えざるを得なかっただろう。1999年7の月に恐怖の大王が来る等とほざいたのも、案外そう言った経緯だったのだろうか? 謎は深まるばかりだ。それを伝えられたアンリ2世はこれをどう思ったのか? 不思議だ。どう処理したのか? 不思議だ。ただ1つ言える事は、アナログでもデジタルでもクラシックでもモダンでもこの際、何でも良いがこの世の中に必要のないものなんかないのさ。エコロジーの大切さが身に染みて分かった様な気がした。少しだけ優しい気持ちになった。キレイ事も世界の均衡を保つ為に必要なのさ。あな恐ろしや。今、ここには人類70億人中男女含めて計5名が集っていた。宝くじに当たったなんて軽々しく言わないでくれ。だってそうだろ? 人類70億人中――5人しか挙手しなかったんならそこに野心の入り込む余地は十分にある。つまりこの5人組は皆、訳あり。必ず裏があるのさ。何せ俺もその1人だからだ。

「1つ質問しても良いですか?」と、ここで1人の美少女が物問いたげな顔つきで言った。

「何かね? えーと……君は確か――」

 ナメック星人の如き頭部に1本触覚の生えたそのケウンタウロス星人の代表格。つまり長は繁々と舐める様な視線でその美少女の方を見遣る。顎に手を添えたその二足歩行宇宙人は最早、その時点でセクハラ。例え人間だとしてもセクハラ。そして人間ではないが故にセクシャルハラスメント=セクハラだった。そう言えば、明らかに中年以上だと思っていたがこのケウンタウロス星人――実年齢はいくつだ? 平気で1億45歳とか言い出しそうな雰囲気プンプンだ。あー面倒臭い。もう1億45歳で良い。決定。

「私の名前は笹井芽衣(めい)です。一度、覚えた名前くらい2秒で暗記して下さい」

 いや、さすがに2秒ってのは注文(オーダー)としては申し分ないくらい厳しいな。しかし、その優等生面した少女。笹井芽衣(めい)はその一方的な毒舌を除けば忘れそうに無いくらい魅力的な美少女とも言えた。笹井芽衣(めい)なる美少女は髪は肩までかかった黒のセミロング。どこかの学校の制服なのか、紺色のブレザーに首元にはリボンがありチェックのミニスカートを穿いていた。なぜか知らんが目には伊達メガネ。委員長然としたキリリとした眉毛にほとんどすっぴんに近い薄化粧でしかし、その地肌は透き通る様に白い。まるで雪国に住む雪女か、思春期に入った座敷童を連想させた。そして笹井芽衣(めい)は続けた。

「私達の歴史を組み替えるのは構いませんが、その根拠を教えて下さい」

「なぜだね?」

 セクシャルハラスメント=セクハラ星人は首を傾げる。どこか尖った耳に顎に手を添えて。たぶん幼気(いたいけ)な妄想にでも沈殿しているのだろう。今にも漫画の吹き出しのように浮かび上がってきそうだ。ぜひその御相伴に与りたいが、マニアックなのは俺としてはNGなのでやっぱり止めといた。他の皆も気を付けた方が良いぜ。最悪、共犯者になりかねない。目の前のセクハラ星人は十中八九そっち系だ。亀甲縛りとか大好物なタイプだ。あーここカットでお願いします。出来れば飛ばしてほしい。もう遅いかもしれないが。

「理由は簡単。ここは私達人類が生息する星だからです。悪影響が出たら困るでしょう?」

「そうか――では、説明しよう。我々の目的は全宇宙の共存と平和だからだ。以上!」

 シンとした空気がまるで真空波かいてつく波動を喰らった直後のショック状態の様に狭い宇宙船(タンカー)内の室内を占拠した。出来ればこの辺はNASAにでも任せときたい気分だ。

「――それに従えと?」

「それ以外に君達の生存確率は――限りなく0に近い。いや、正直言って0だ」

「良く分からないですが分かりました。言葉は通じる様ですね」

 そして次の瞬間、何かが弾けた様に室内をちゃっちいフラッシュエフェクトがピカッと光った。どこかホラーチックな推理小説劇とかに出てくる館の中。直で言えばクロックタワーの外は雷雨の真夜中に窓ガラスから映える稲妻のそれみたいに。何だコレ? 全然怖くねえ。俺も肝が据わったもんだ。これは齢のせいか? 齢のなせる業か? 色んな意味でイタイ演出に自分でも引くわ。あーなんか今ならシザーマンと格闘しても勝てそうな気がしてきた。威勢が良い内に勢いで古武流術でも学ぶか?

「長ー! 長ー!」

 慌てた操縦士の家来の1人が早口で何事かとまくし立てる。それにしたって長って……。でも何が起きた? 俺の頭の中は多忙を極めていた。無論、古武流術でどうやってシザーマンをいてこましてやるかについて会議が開かれている。

「騒がしい。今はミーティングの最中じゃから少しは静寂と言うものを学ばないんか?」

 静寂ならさっき体験したばっかだ。もう忘れたが。あまり宜しくない事態だった事は確かだ。それよりも何よりも話の先を急ごう。どうぞー。

 操縦士の家来とケウンタウロス語で言語コミニュケート&ボディランゲージを色々とやっている間、俺達5名は待ちぼうけを食っていた。何だ? あのパントマイムは?

「さて、――と言う訳で君達の出番だ」

「どういう訳だ」と、韋駄天の速さで俺。ペネトレイトでカットインを決める。

「時間は有限だ。切羽詰まった話はなしといこう。時空改変、言ってみれば歴史の改変だ」

 細長いぼやけた輪郭から飛び出た額の触覚を弄り、面倒臭そうにケウンタウロスエロ星人は言う。いや、もうぶっちゃけ何でも良い。そう長は言ったのだ。

「時空改変が私達の目的――か。さっきの……ええと、何だっけ?」

「緊急オペ。いわゆるタイムパトロール。そしてその通りだ」

 ――どっちだよ。だからどっちかにしろよ。

しかし美少女戦士の反論が飛び交うのは御尤もである訳で。

「くだらないわね。私、この際だから辞退しようかしら」

 ブレザーに機関銃でも背負わせとけば何とかなるかもしれんが、そこは俺も9割以上賛成票を投じたい気持ちだ。つまり同感だった。同じ志と書いて同志。うん。良い言葉だ。誰が考えたんだろ? 最早そいつは俺の中では今の所、天賦の才能を誇っていた。

――だが。こんな時にもエロエロケウンタウロス星人は粘る。彼にはストーカーの称号を是が非でも正式に与えたい。異を唱える者は100パー皆無だろうし。ここは多数決制度でいこうじゃねーか。ハイ。俺に賛成の人は今すぐ即行で挙手。即断即決が大事。

「そうじゃの。まずここに集った君達5名には――異世界転生して貰おうかの」


 エキセントリックな事態から話はおよそ半年前に遡る。俺の名は天舞皐月(てんぶさつき)。ほとんどBFギリギリの偏差値35と言うバカみたいに金のかかったバカ私立大の学生をやってた。この時までは。学科は経営学部。主にビジネスを主体とした短期大学部もある一風変わった大学だった。場所も都会のど真ん中に佇んでおり、目の前には河川敷がある。それにしても世間はどこもかしこもこの日本国全土平和で満たされており、それはそれで個人的には良い事だと思うんだが、新たなスタートを切った今年も5月に入ったってーのにやたら浮かれた気分が抜け出ないのは、なぜか? 卒論にでも書くか? まあ、俺にはあまり縁の無い話なのかも知れないが。俺はめでたく何の努力もしないで大学3年生へと進級し、4月に入った時点で既に履修届も提出した。アホみたいに金のかかっている大学構内にはエスカレーターやらエレベーターやらが無駄に配置されており、俺は迷わずその2Fに点在する職員室へと踊り場に面したエスカレーターに飛び乗って向かうと、ハウスダストの欠片も無い清潔な職員室内へと自動ドアを潜り抜けて侵入した。カウンター越しに事務のオッサン。オバサンやらが待機しておりあっさりと俺の履修届は受理された。そろそろ就活も始めなきゃならないってーのに、何かの資格が取得出来るコースの説明やら、どこかおすすめの企業のパンフレットやらをその場で提供してくれる訳もなく、俺は仕事のプレゼンの仕方もロクに学ばないまま大学3年の就活時代を迎えるのかとやや暗澹たる気持ちになった。帰りに本屋でも寄って気分でも変えるかと思ったんだが、突然予期せぬ出来事がこの後の帰り道に起こったんだ。しかしその時の俺に異世界転生なる道が、いや進路が、ましてや異世界転生する道もあるよ。なんて言う謎のアドバイザーがこの世に存在するとは思ってもみなかったのである。そんなこんなで帰り道。俺の地元は都会のベッドタウンに位置していてこのビジネスマナー大学には電車で2回乗り換える程度のもので駅からの帰りはチャリで15分位のものだった。しかもそのうち1つの路線は痴漢多発地域で女性専用車両が導入された画期的なある意味名のあるステーションだった。因みに時間で計算すると片道1時間以内の距離に俺の通う学校はあった。もちろん乗り換えによっては別のルートも存在しており気分によってはそちら側を選択(チョイス)する事もあるのだが、それは時間に余裕のある時か、乗り換えの待ち時間が長い時、帰宅時なんかや、どこか寄り道して帰る時に限られていた。理由は片道プラス10分程度そちらの方が遅くなるのだ。まあ、痴漢の犯人として冤罪の罪で祭り上げられるよりは片道10分の遅刻なんて楽勝でどうって事ないが、そこは気持ちの問題だ。――と、言う訳で帰り道。俺はまず予定通り本屋へと向かう。この時まだ世界は普通にいつもの日常を保っておりとても異世界転生なる事態が俺達5人組を陥れる(トラップ)を仕掛けてるとも思えず、しかもその俺達5人組は全くの初対面ですらないのだ。赤の他人と言う言葉がこれ程適しているとは夢にも思わないが、よくよく考えてみれば家族、親戚、友人、知人、恋人を含めなければこの世界の70億人の人類は皆、赤の他人なのだ。だが――そんな中から5人しか選ばれなかったのは奇跡以外の何が適していよう? 勇者パーティー5名集う! なんてキャッチフレーズが脳内を占拠したがあまりにも無意味だったので削除(デリート)した。どうでも良い事はやはりどうでも良いのである。

適当に本屋をぶらついた後、他にも古着屋やパチスロ、総合デパートの地下食品売り場なんかの試食コーナーでお茶菓子を頂いて自腹のアルバイト代を浮かす為に昼飯抜きでなんとかやりくりしていき、さて実家に帰路に着くかなんて思った直後俺のスマホがブルブル震え出しピロロロ! と、音を出した。大学で出来た唯一の友人。持前だ。

「よう。何だ? 今日はラーメンは無理だ。悪いな」

 そいつは自称ラーメン通。持前トオルと言う。大学に入学してからと言うものいつの日も昼飯はラーメンかつけ麺。時々カレーと決まっていた。さすがに麺類ばっかじゃ若いとはいえメンズヘルスケアに支障が起こると言うものだ。だからと言ってこの星の万物が世界文化味産として指定するインド国原産カリー、非暴力不服従。ガンジーの源を専ら賞賛に値する気にはなれないが、カレーは良いものだ。そう言う事にしておこう。

もちろん持前とつるみ始めたのは入学後、すぐと言う訳でもない。そんなに簡単に仲間が出来れば俗世間のRPGのパーティーは皆、消費者(ユーザー)の使徒でありどこかしらのダンジョンへと馬車やら船やら魔法の絨毯やら飛空艇やらで勝手気儘に3次元のプレイヤーに操られている事に時間経過ポイントを獲得していく事に疑問を浮かべいつか気付くかもしれない。俺達私達を動かしている何者かがいるのかもしれない――と。我ながらなんて理屈だ。センスは無いがある意味ナイス。

まあ、現実にはそんなSFチックな現象とは無縁であり無縁でいたいと思うのが人間として普通であるはずなのだがどうやらこの時の俺の運命の女神とやらはある種のノイローゼに罹患しているアル中の社会不適合者だったらしい。後々、俺はそれを思い知る。

『お前、今何時だと思ってんだよ』と、持前。

「ラーメン時間じゃねーの?」と、俺。

『ラーメン時間じゃねーよ』と、持前。

 ――なるほどと思い俺はスマホのディスプレイに表示されている時の流れを見ようとしたがあいにく話し中だったので束の間の永遠を得た。仕方なく、左手首に装着しているなんか渋谷にあるいかにも怪しい露天商で購入した安物ロレックスもどきを天空にかざし光の照射と風向きの方角からして、時の警告を肌で感じ取った――丑三つ時か……なんて苦言を呈する事はさすがにこんな都会のど真ん中でする事なかったが、やってみた。気恥ずかしい事この上なく、己に対する逆鱗と恥辱でその安物ロレックスもどきを今すぐにでも質屋に換金しようと決意しかけたが、俺が持っているのは羅針盤でも方位磁石でも風見鶏でもその他のレアアイテムでも無かったのでやっぱりそれをする事はなかった。てゆーかそれよりも周囲にいる人々。エキストラの皆さんの目が心なしかイタイ。物理的にも精神的にも。人生色々な経験がある。俺もまだ若い。その事をまた新たに思い知り、そしてレベルアップした。何の意味もないままに。ホントにこれで良いのか? 俺よ。

 はあーと、持前は受話器越しにくぐもった声音で溜め息をして――

『3時のおやつは?』

「文明堂」

なるほど確かに俺の超高級スペシャルセレブリティブルジョアブランド時計=ローレックスの短針は3を示し長針はオンリー1の1を指し示していた。秒針が0コンマ3秒程経過したあたりだったが――この腕時計が狂った事は未だかつて数えるほどしかない。そんじょそこらのプラズマ電子腕時計や歯車が透けて見える本場スイスのジュネーブ産腕時計なんかとは比較にならないくらい優秀なのは間違いない。うん。そう言う事にしておこう。

「――と、言う事はカステラか」

『カステラでもラーメンでもましてやカレーでもジャガリコでもねーよ』

「何なんだ? 用件だけを言え」

『お前、最近大学構内で起こっている珍事件……まだ耳にしてねーの?』

 もしかして――と、含みを持たせる事は時間(クロノス)の無駄でありコンディションにも若干影響してくるので単刀直入に俺は言った。時間は有限。TIME IS MONEY.

「ああ、あの不老不死の秘薬がどうのとか言った戯けた話だろ? 不平不満不評のトリプルドライブ。格闘ゲームで言えば、史上稀に見るスーパーキャンセルした3連発コンボだったが――それがどうかしたのか?」

無論、それは俺の中でだけだ。他の学生は知らん。どう言ったトリックか大学構内の職員達には知らされていないらしい。だがしかしノーダメージKO完全(パーフェクト)でシラを切る俺。

 ――何せ今、俺の肩に提げているバッグの中には不老不死の秘薬なるものが密かに秘密裏にまるで大麻を所持する闇のブローカーの如き勢いで眠っていたからだ。

『どうかしたもこうしたも何もラーメンもインド独立の父、ガンジーの源。THE カリーもへったくれもねー。ついでに3時のおやつは文明堂のカステラにすら該当しない大事件勃発中だ。カステラの原産国ザ・ネザーランズ……じゃねーや、ポルトガルには悪いがカステラよりも大事なもんが何者かの手によって盗み出されたんだと』

 持前トオルは絶好調で雄弁を揮った。まるで怪盗ルパン四世にでも美術館やらもしくは博物館からゴッホのヒマワリ辺りが盗み出されたんだと言った風情だ。だとしたら俺が不法所持しているこの不老不死の秘薬は時価60億円近くの値打ちがあるってもんだ。

 だが――ここで種明かしをするほど俺は親切でもお人好しでも優秀なキャリアを積んだテレビ出演経歴のあるマジシャンほどバカでは無い。BFギリギリ大学の学生も時に潜在能力を超えた知力を発揮する。器用貧乏と言うか、そういう嫌な人種がうじゃうじゃいる世代であり時代だ。外国人からすればここが変だよ日本人と言った所か? まあ、俺も日本人なので自分でも何言ってるのか分からない事この上ないが。

「ザ・ネザーランズ? どこそこ? ネーデルラントの間違いじゃなくて? 因みに俺が知ってるランドはディズニーランド以外ではアイスランドかグリーンランド位だぜ。あ、いやこれはラントではなくランドか」

 話のジャブやローキックの2、3発――軽くかわす。ホントは知ってた。ザ・ネザーランズはえーと、確かハウステンボスで有名な――そう! オランダ! サッカーワールドカップで未だ優勝カップを掲げた事のない強国。フライングダッチマン率いるオレンジ軍団。

『バッカ! それくらい事前に調べとけよ。ザ・ネザーランズはえーと、確かハウステンボスで有名な――そう! オランダ!』

 信じがたい事に一言一句俺の予想は的中していた。近い将来の進路は占い師か預言者か超能力者にでもなれるんかな? ボーダーフリー並みの知識でもトリビアの泉の如き勢いで雑学を叩き込んでおけば新宿の父とか呼ばれてボロ儲け出来るのかもしれない。可能性は常に0では無い。てゆーかよくこいつオランダをザ・ネザーランズなんて英単語で間違えずに言えたな。BF間際の底力か? 窮鼠猫を噛む。それを言えば俺も該当してしまうんだが……まあ、いいや。ここは聞き流してドロップアウトしよう。周囲の背景がブラックアウトする余計なフェードアウトが入る前に思考を切り替える。こんな所でアクシデントは御免だ。人生は長いしこう言う時もある。そう言う事。世の中の真理は奥が深い。こんな都会の喧騒溢れるど真ん中で何言ってんだかね? 俺は。

『因みに長崎カステラに罪はない。あれは日本限定。言ってみりゃ、光岡自動車オロチの限定1台。エヴァンゲリオンバージョンだ。種子島を提供したポルトガル人には一度冷えたカステラでも食わせてその脳髄の神経系統を半永久的に――いや、一時的にマヒさせたい所だが今はそんな話はどうでも良い。オロチもエヴァも無しだ』

 勝手に自己中発言。ドロップアウト。オーディエンスもフィフティフィフティも使い果たした持前は遂に最後に残った唯一の手段。テレフォンをみのもんたに催促する。

 まあ、残ったテレフォンの相手はあくまで俺1人なんだが……。そして何も言えない俺がそこにいた。果たしてこのまま無言を貫徹するか、それとも百科事典でも持ち出して資料を漁り、何か気の利いた一言でもハッスルしながら発するか? そしてそうこうしている内に30秒と言うアブラゼミよりも短い生涯は幕を閉じた。これまたどっこいどうでも良い話、もう少しだけセミ達に地上の楽園を満喫させてやりたいとは思わなかったのかね? 全知全能の神は。世の中にはちゃんとした(?)困った人達がたくさんいて、それを救うのが全知全能である神の宿命だ。このまま人類が滅びに向かう様だったら、誰も神に祈祷しないで不信心者が多発するだけだぜ。神よ。例えば俺とかな。

結局世の中金か。神ではなく金か。あんな紙幣一枚に精を出して働くなんてもう止めようぜ。なんかカッコ良い事言ったよ俺。誰も聞いちゃいないし聞くつもりもないし聞いちゃくれないが。妄想終わり。待たせたな。

「んで――? 例の秘薬が盗み出されてどうしたってんだ?」

『はあ? 超能力者かお前。何で分かったんだ?』

 話の流れからしてそんなもん必然の2文字しか該当しない。何せ犯人は俺だからだ。

 しかし持前は大した疑問も抱かずにそのシワの1つも刻印されていなさそうなつるっつるの脳の中身を必死でこねくり回している。光岡自動車のイタ車に例える俺の唯一の大学の友人――持前トオル。こんなんだから2人ともBFに果てしなく近い大学で邂逅を果たすんだ。マジやってらんねーが、これが現実ってもんよ。あいたたたた。

『だがな、話はそれだけじゃねーんだ』

「ハイ?」

 疑問を浮かべたのは今度は俺の出番だった。何だか嫌な予感がする。胸騒ぎと言うヤツだ。これからロクでもない出来事が起こるぞ。たぶん。

『実はその不老不死の秘薬にはとある呪術がかけられているとか何とか』

「呪術? 『マナ』とか言うヤツ? オイオイ。そりゃ俺にとっても初耳だ。詳細を話せ」

 双方とも頭の出来が宜しくないせいだろうか? なかなか話の核心へと迫らない。

『――実はこれはな。絶対に誰にも喋っちゃいけない欧州の秘話なんだが、親友のよしみで俺がお前に語ってやる。ありがたく受け取れ』

 ――何だか知らないが親友から『ありがたい話』とか言うものを受け取った――

『欧州の本場。ジャーマニーでの伝統的秘話。言ってみれば童話の類だ』

ジャーマニー=ドイツ。何で日本語で言わない? もっと母国に馴染め。持前トオル。


 ヨーロッパのかつてナチズムが精力的に働いていたジャーマニー――いや、東西ドイツが帝国として君臨していた頃。アドルフ=ヒトラー率いるナチス帝国はユダヤ人の虐殺を目的としてゲルマン民族が最も優秀だと自負していた。そんな中、彼等は日本、そしてイタリアと手を組み日独伊三国同盟が成立。巨大なファシズムを国家として樹立し、日本では東条英機が、ドイツではヒトラーが、イタリアではムッソリーニが帝国の王たる主として時にはA級戦犯の筆頭として第二次世界大戦に突入。ドイツ、イタリア、そして日本も国際連盟を脱退し、対米英諸国との強化の為それこそ自国の国民を洗脳、いわばマインドコントロールした。――『欲しがりません勝つまでは』『富国強兵』等、天皇を神と崇め奉ったあの『神国思想』の礎は蒙古の襲来以降、後に宗教や信仰の類で神風と呼称される様になった戦場の奇跡として長い間日本の歴史と伝統に深く刻み込まれた。あの神風特攻隊はその時の由来だったとも言える。歴史の暗部――だが、しかし事実は違っていた。その頃、政府の一部の者だけが知っていた黒い噂。ドイツのアウシュビッツ強制収容所にて不死なる薬の調合の為に日夜、人体実験が繰り返されたのだ。それは一部の限られた者達にとっての限定品(プレゼント)とも言えた。ナチズムを煽り立てる世界でも屈指の富豪や貴族、政府の優秀な頭脳を持ったゲルマン民族の血と血統。イタリアの裏組織に属するカモッラと日本の天皇制を崇拝する酔狂な信者――言ってみれば真偽どちらの意味でも愛国精神を持った者達。そしてその実験が成功すれば高潔なゲルマン民族は永久の繁栄を保障され、唯一その科学と英知の最先端技術を知識として得たイタリアのカモッラ及び政府は世界中にそれを裏金取り引きしてばら撒き、奴隷や(しもべ)を増やしていき、日本では天皇が真の神へと昇華する。虚偽や虚飾が事実へとすり替えられるのだ。無論、情報としても肉体的、精神的な問題としても。だからこそその恐るべき人体実験は誰もが見て見ぬふりを決め込んでいた。その為、第二次世界大戦は勃発し、ドイツ、イタリア、日本は戦争を強行し加速した。あの広島、長崎で起きた原爆投下もアメリカの驚異的なまでの軍事力がもたらした最悪の事態である事に間違いはないが、それよりも驚異的なメカニズムが既に時代を超越せしめんとしていたのだ。秘密裏に――それは行われていた。新聞やラジオ、テレビ等あらゆる情報源をシャットアウトし、その人体実験は誰もが知らない裏の歴史として遂にメディアに晒される事なく完成品として出来上がるはずだった。つまり核よりも物騒な代物――それが不老不死の薬だ。しかし日本は戦争に負けた。その当時、誰がこの事を予期していただろうか? 何せ当時の政府は国民を騙していたのであり、天皇こそ神として国家の君主足り得る者として大日本帝国を突き動かしたからだ。しかし、日本がポツダム宣言を受諾し実質上アメリカの植民地となり、高度経済成長を経た後、世界に名だたる先進国として発展を遂げた後、今現在になって行方知らずとなっていた物騒な代物がまるで魔法の様なある種の言霊として浮上した。

 ――不老不死の秘薬――

 なぜそれが裏の歴史の変遷を経て日本のそれも一大学、よりにもよってBFラインギリギリの瀬戸際に立たされた金だけ持ってるアホな私立大にあったのか? そしてよりにもよってその謎のガセネタ――か、どうか今の所不明だが――に踊らされた何者かが国家遺産、国の重要指定文化遺産よりも強力な(オーラ)をこれまた輝かせんばかりに解き放つお宝を盗み出す事に成功したのか? なぜ、パリ条約を締結したその後のイタリアの裏組織カモッラではなく、またベルリンの壁が崩壊した後の誇り高きゲルマン民族の由緒ある血統――東西ドイツ(つまりドイツ)の首都ベルリンの暗躍する政府の隠し金庫でもなく、日本にその欧州の嘘とも伝説とも取れる悪魔の実ならぬ悪魔の薬が、黄金の国ジパングの首都東京の名も知れぬ大学に渡ったのか? ――これを奇跡と言わず何と言おう?


「んで? 何でそれに『マナ』(=呪術)がかけられてるっての?」

 俺は最早話半分、100%中50%は聞いていなかった。その証拠に商店街をぶらついた揚句、今は何か知らんがその寂れた商店街の福引にも参加していた。もちろん持前が気付く訳もあるまい。スマホもこんな時には役に立つ。全く、良い時代になったもんだ。

 今時の福引にはそれほど期待する人などいないのだろう。誰もかもがシカトして忙しなく通り過ぎていく。それも商店街の福引なんて当の昔に絶滅したニホンオオカミよりも古い時代に伝授された生活者の生きていく知恵であり娯楽でもある。まあ、ポケットティッシュくらいは軽く請け負ってやろう。俺はそんな事を思っていた。超ネガティブなんだか超ポジティブなんだかどちらでも良いが、予期せぬ出来事とは世の中、色々あるものだ。

『ああ、それか――話は早いぜ。何せ異世界転生しちまうんだからな』

「ハア?」と、言った時にはもう遅かった。

 カラコロと回していた原始的なアナログボックス(あの取っ手の付いた六角形の手動で回す観覧車みたいな物)から出てきた玉は黄金のそれ。

 プツッ――ツーツー。

ある程度の知識をひけらかした友人からのテレフォンオペレーションはそこで途切れた。こちらも時間にして30秒。あくまで錯覚だがまるでそれが制限であるかの様に。

「お客様! おめでとうございます! お見事! 一等賞です! 限定一枚。『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』のチケットを差し上げます。ぜひご参加下さい!」

 これまた人の良さそうな店員さんが意気揚々と笑顔でそう声高に告げたのだ。


 今思えば妙な話だった。俺が聞いたのは――あのバカ大学には伝説なる秘宝が眠っているから調査して来い――と言う唯一の肉親である家族。父親からのほとんど遺言に近い言伝だった。つまりそれは古代ギリシャから伝わる錬金術の秘薬。かのパラケルススだかニュートンだかが錬金術を用いて『賢者の石』『エリクサー』等と言う小説とかゲームとかに出てくるレベルの高いキーアイテムを探せってんだからこれ程バカげた話はない。だが、俺はそれを鵜呑みにした。つまり先程の会話は全て演技。わざとすっとぼけてた訳だ。事前に情報は下調べしてあった。しかし強ち嘘ではない。分からない事も多々あった。あの呪術。『マナ』が不老不死の秘薬なるものを手にした者に襲いかかってくると言うのは初耳だ。ましてやそれが異世界転生なるものだとはケツ毛の先っぽ程の躊躇もなく思いつきもしなかったね。だが、俺の野心はそこで潰える事は当然にしてない。全ては現代医学では治せない病に罹患した元FBIの父親の延命の為に。言っておくが俺は何も不老不死なるSFチックなものを求めてなんかいない。んなもんどこぞの王族の末裔か、気違い染みた大富豪の最期の夢として永遠不滅に遺しておくものでありだからこそ遺産となり物語となりそこからロマンスが発生し、人々に夢と希望を与える――ってのは言い過ぎか。つまりそう言ったありもしない遺物を追い求めるからこそ人は時に夢を見るのではないか? そして俺の目的は『賢者の石』だとか『エリクサー』だとかがこの世に本当に存在するのならば、その錬金術を学び、調合法を知り、最終的に父親の病気の特効薬さえ作れればそれで良いと思っている。ぶっちゃけると俺は元FBI捜査官だった父親の1人息子だ。金持ちのボンボン。聞こえは良いが、それは単に俺の気性を表していて実際は俺は孤独を満喫したアウトローだった。小さい頃から俺の両親は不仲だった。口喧嘩ばかりしていた。

 その喧嘩の原因はいつの日も決まっていた。元FBIと言う職業柄かいつの日も海外を渡り歩いていた父親に母親が嫌気がさしたのだろう事も幼いなりに俺は分かっていた。

 だが、正直言えば俺はそれは母親が悪いと思っていた。だったらFBIなんて言う大それた組織に属していた男なんかと結婚するなよ――と。何せ父親も遊んで暮らしていた訳では無い。その後も世界各地を転々としながらちゃんと金も指定の銀行口座に毎回忘れず送金してくれたし、それよりも何よりも命懸けだ。

実際、家の家計はかなりリッチだった。――だった。と過去形で言うのにもそれなりの理由がある。まず母親が名も知らぬ男と浮気したのだ。俗に言う不倫。愛人関係と言うヤツだ。もちろん父親が海外で大活躍してる最中に俺の目の届く範囲で完全(パーフェクト)に男と遊んでいた。俺の幼き頃の小さな傷痕。それが母親の存在だった。薄々だが、親父も暗黙の掟として母親の浮気を了承していたのだろう。それくらい当時まだ小学校に入学して間もない頃の俺にもすぐ分かった。俺の暗黒時代は全ての空気がそんな感じだった。

 母親の浮気。父親の逃避。しかしそれでも親父は必ず大量の額の金をシッカリと送金してくれた。それだけに俺の生活に何ら支障をきたす事はあまり起こらなかった。

 これだけは元FBIバンザイ! と快哉したい所だが現実はそうもいかない。

 ――愛人の男と俺の関係が上手くいかなかった? 実はそれも違った。なんとはなしに話の流れからして分かるだろう? 寧ろ上手くいきすぎていたのが仇となった。問題はそこにある。気付いていないのは母親だけ。もし、愛人の男との関係が上手くいっていなければ、今の俺は無い。とっくに15、6で独立し実家から追い出されるか自分から逃げ出しているか、兎にも角にも別の人生をEnjoyしているのは間違いなかった。

 愛人の男はそりゃもう良い奴だった。さすがは元FBIの男をものにしただけの俺の母親だ。異性に関しての千里眼には長けている。――そして俺は何の苦労も無しにここまで育った。やたら金が掛かるバカ私立大に無事に入学出来たのも、俺の実の血の繋がった元FBIの親父を救うきっかけを作ったのも皮肉にもこの愛人の男の援助が無ければ当然なしえなかっただろう。何せ俺の母親は親父の送金されてくる金を全て自分の娯楽、エステやらファッションやら化粧品やらジュエリーやらのブランド物に使っていたからな。時には怪しげな占いや超能力の類にも手を出していた。結局世の中金か。そんな環境で育った俺はいつしかそんな事を思っていた。否、学んだ。

 だが、神様が創った人生や運命ってーのはやたら残酷な仕打ちを現実に(トラップ)として仕込ませているみたいだ。

 母親は知らず知らずの内に自分の夫と子供を間接的に地獄へと陥落させる事になり、それに気付く事は愚か、最終的に何も知らないでその起爆剤となった愛人関係の男と――いや、その後の事は俺にも分からない。具体的には知らない。何せ、俺の記憶はそこで途切れているからだ。異世界転生する術も無い。つまり俺は――

 ――この後、死んでしまうからだ。


 そして現在――俺はそんなとち狂った家族背景&環境から優秀なバカとなりどこぞのレアアイテム――『不老不死の秘薬』なるものを盗み出す事に成功。バカはバカなりに生きていく。そんな些末な(?)事態から突然告げられた『異世界転生物語』あるいは『異世界転生紀行』は果たしてこれから何が待ち受けているのか? 今の俺にはサッパリだった。

 ――そう。限定一枚。『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』のチケットが俺の人生の入り口でありそこから俺は人生の真実を知る事になる。残酷なる神の仕打ちとでも言おうか? それが呪われた異世界転生と言うヤツだ。仕方ないもどうもこうも無い。俺が激レアアイテム――『不老不死の秘薬』なるものを持っている限りその異世界転生してしまう『マナ』(=呪い)は継続すると言うのならば、俺の選択肢はただ1つ。結局、異世界転生するしかないのだ。何せこれだけは絶対に手放してはいけないからな。幼い頃の経験からあのかつての名も知らぬ愛人。父親代わりとなって俺と同居し一つ屋根の下で暮らした謎の男を想うとどうしてもちぎれぬ闇に閉ざされた暗黒の絆が信頼の形となって俺の脳裏に突き刺さるのだ。それこそ呪術の様に。呪怨の様に。はたまた呪縛の連鎖の様に。

だから俺はその胡散臭い度2500%はある『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』のチケットを握りしめてポケットに仕舞い込んだ。まさかその後、世界が暗転する様な目まぐるしい悪夢(ナイトメア)(うな)されるとはつゆとも思わなかった事は言うまでもない。


 胡散臭い度3000%はある『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』は何と山手線に乗って数分。かの若者達がごった返す原宿の通りにあった。通称――裏原宿。表参道や竹下通りを過ぎた後、少し人通りが疎らになったその先にある原宿としては意外とひっそりとした場所。こんな場所に何しにやって来たのか? 俺は。あ、そうか。『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』を見にやって来たのだ。しかしホントにあるのか? 『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』よ。無ければこれまでの俺のエピソードやらモノローグは全てご破算。おじゃんだぜ。それだけは勘弁してくれ。等とどこぞの誰を相手にする事もなく勝手気儘に独白を決め込んだ俺だったが、そんな事をしているのも束の間――瞬間、頭の中が真っ白になった。何が起きたって? いや、何が起きたんだろう? 自分でもよく分からない。確か俺は人通りの多い竹下通りを避けて表参道から徐々に左の裏道の方へとそれていって――通称裏原宿へとやってきた。近道の竹下通りを避けたのは前述の通りだが、距離にして何せほんのちょっぴりの誤差だ。元々、歩く事の好きな方向音痴ヤローの俺にとって、原宿表参道ほど偉大なロードは無い。砂漠の中のオアシスだ。それなのに――今、俺が立っている場所は原宿の表参道でも竹下通りでも裏原宿でも無かった。背景は暗黒。見渡す限り、キラキラ星。宇宙の銀河の彼方にでもやって来たんじゃねーか的勢い満載。アポロ11号月面着陸に成功したアームストロング船長にでもなった気分で俺は直立二足歩行生物ホモサピエンスの偉大なる第一歩を踏みしめようとした。だが、それを阻む者がこの世界にはいた。星形のグラサンを掛けた黒スーツの小柄な男が――いや、男と言うには年齢くってるな。初老の男と言う形容詞の方が似合っている――俺を呼び止めたのだ。それにしても方向音痴にしてはやり過ぎだぜ。俺よ。

「ようこそ。世界の終りへ」とそいつは言った。何だ? これは。世にも奇妙な物語か?

今時流行らないナイスなドッキリ企画アドベンチャー。そう。これこそ――

「『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』」

 空気を読んでくれた事に感謝する。しかし何をもってこの自堕落な世界を終末の世へと迎え入れる事が出来るのか? 疑問は募る。

「あんた、何者だ?」

「あなたは選ばれし者だ」

 いや、俺が聞きたいのは俺自身の事では当然なくて今、目の前にいる暗黒の彼方で佇んでいる中年以上老人未満の男に対してだったのは言うまでもない。しかしそいつは今度は空気を読まず完璧に無視して話を押し退ける。センス0の変なグラサン掛けてる割には大した輩だ。世界の終り? プッ! 陳腐。ヘレティック系統の召喚獣が現れた訳でもあるまい。それともこれから出現するのか? だとしたら確かにTHE END. サヨナラ。

しかし暗幕が掛かったプラネタリウムみたいな異空間で焦燥感が募らないとは口が裂けても言えない。何だこれは?

「俺が選ばれし者?」

「そうです」

「もしかしてこれが『マナ』――いや、異世界転生とでも言うのか?」

「そうです」

「ナイスな演出だ。EXITはどこにある? 『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』も期待はしていたが予想以上にイカレてるな。帰宅の途に着かせてもらう」

「どうぞご自由に。もちろんそれが出来ればの話ですが」

 クックック――とその男は似合わない星形グラサンを掛けたままダークな微笑み。当然だが周囲を見渡しても緑色の蛍光灯が光る非常出口の看板やらEXITのルートやらゲートやらは見つかるはずもない。もちろん予想はしていたが。

「なるほど。どうやら俺は本当に選ばれし者――とやららしいな」

 けったくそ悪いのを堪えて俺は皮肉たっぷり含んだ言葉の羅列をありったけ吐き出す。しかし相手は妙に落ち着いた雰囲気で俺を圧倒し、今にもブラックキャットへとその身の姿形を変えてもおかしくない感じだ。胸糞悪いのを耐えに耐えて俺は言ってやった。

「世界の終りとはどう言う事だ?」

「ここが世界の終り――そうですねえ。言うなれば天国と地獄に挟まれた地球と言う星であり、束の間の休息の場。そこに70億人の人々が生活している」

「用件だけを言え。俺だってそれほど暇な人間じゃねーんだ。それなりに忙しいんだよ」

「ミルトンの『失楽園』は御存知ですか?」

 ――んなもん分かる訳ねえだろ。こちとら自慢じゃないが、5流以下のビジネス学校を母体にしている組織の一生徒だ。ミルトンだかクルトンだか知らねえが、兎にも角にもここから出しやがれ。本気出すよ? 俺。マジで。

「宇宙とは天国に黄金の鎖で繋がれており、ぶら下がったその中心部に我々人類が住む地球がある。そして地獄とはレテ川に囲まれた砂漠の中に火の湖がある。火の湖にはコキュトス川、ステュクス川、プレゲトン川、アケロン川と呼ばれる4本の川が流れており、そして外は永久凍土。火の湖の畔には万魔殿が建てられそこに悪魔達が集う」

「何だそりゃ? 『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』と何の関係がある?」

「あなたがここに呼ばれたのは異世界転生する為の不老不死の秘薬――『アル・イクシル』の『マナ』。つまり呪縛がかかっている為だ」

 まさかとは思ったがマジで『マナ』が出てくるとはな。そっちの方が驚きだ。それにしても何だ? その『アル・イクシル』ってーのは?

「現代――いや、時を遡ればその昔。ドイツのアウシュビッツ強制収容所にて繰り返し行われた人体実験で開発された不老不死の秘薬の事ですよ。世界、そして人類70億人が求めてやまないそれこそ秘宝中の秘宝。その呪縛にかかったあなたは持っているはずですよ」

「これがその『アル・イクシル』だってのか? だから俺は別世界に異世界転生して今、こんな所にいるってか?」

 ショルダーバッグの奥底に眠る『アル・イクシル』を大事に抱え直して俺はまだ悪足掻きを続ける。不穏な空気が今、目の前にいる男にはしたのだ。変なグラサン掛けやがって。

「具体的に言えばまだあなたは異世界転生すらしていない。ここは現世と来世の最果て。神の断罪が下る前の最後の門扉。言ったでしょう? 先刻、ミルトンの『失楽園』の話を」

 変なグラサン男は言う。俺はまじまじとそいつを眺めてはいっそこのままショルダーバッグからその『アル・イクシル』とやらを取り出して地面に叩き付けるか、飲み干しちまおうかと血迷った。こいつの言っている事は全て真実だと気が動転していたのか? 物語っていた。いや、それを証明するにはその2択しかない。つまり――

「あなたは今、こう悩んでいる。『アル・イクシル』を飲んで世界国家の帝王に君臨するか、『アル・イクシル』を地面に叩き付けて平穏無事な世界を平凡な日常を取り戻すか」

「なぜ、お前にそんな事が分かる?」図星だったが、敢えてカマを掛ける俺。

「『アル・イクシル』の存在を証明するにはその2択しかないからではないですか?」

 これまた図星だった。何だこの老人。変なグラサン掛けてる割には妙に勘が鋭い。

「最早、この人類が住む世界――地球には『アル・イクシル』は5本だけになってしまった。そしてそれを求めて宇宙から様々な生態系が乱されて最終的にケウンタウロス星人にその権限が全て委ねられてしまった。正直言うと我々――『ゴッド・ファザー』も困っているのですよ。これは私達の過失だと――」

「『ゴッド・ファザー』?」疑問を募らせる俺。

「あ、ああ。そうでしたね。あなたは普通の人間ですから神様の存在を知らないはずでしたね。これは失敬」

「いや、失敬もクソも何も今、目の前に全く似合っていない星形のグラサンジーさんが神様だなんて、それこそほんまもんの神様だって認めたくねーぞ」

 先程、内心で神様について罵詈雑言を浴びせた俺だが、ここはほんまもんの神様側に付く事にした。てゆーか、真面な神であってくれ。色々ごちゃごちゃして面倒くせーから。

せめて一神教で頼む。神は1人で良い。十分だ。これぞTHE 俺論理。拒否権は無効。

 しかも裏原宿で出会いました――なんて誰がそんな話信じるんだ? 持前トオルか?

「あなたは無神論者ですか? キリスト教とかヒンドゥー教とか、日本じゃ仏教が主流だと思っているのですが……見当違いでしたか?」

 見当違いも甚だしい。そもそも日本じゃ神聖の宗教にはまっている奴はそれこそどこぞの寺社仏閣出身の輩か、俺よりも脳髄が少ない奇怪な団体だけだ。俺も大学入学時に危ない宗教団体にサークル勧誘されかけたが、その絶望の境地から何とかして回避し、モノホンのメタルスライムの様な俊敏さでホップステップジャンプしてやっとこさ逃げ果せたもんだ。あれはあれで今とは次元の違った恐怖体験と言える。それにこの国は宗教は統一されてないし、必ずしも仏教が主流だと決まった訳ではない。俺が親切心自給800円のスマイル0円品切れみたいなオールマイティエキシビジョンマッチを展開すると、奴は東大入試模擬試験に出題される様な超難問を奇跡の痛打で解いたみたいな顔をして――

「ああ、そうでしたか。そう言えばそんな話もあった様な気が――しますね」

「んで? その『ゴッド・ファザー』とか言う神組織の事を教えろ」

「それこそ失敬ですよ。あなた。私は神々の一味と称する『ゴッド・ファザー』の一員なのですから」

 あいたたたー。いつの間にか話が身体の神経系統に直接針を縫い込むみたいにイタイ流れになってきた。どう対応すれば良いんだ? 俺。

「それともあなたは無神論者ですか? 神様の言う通りに事は運ばないみたいですね?」

「その様だな。全知全能の神も俺の前では無力そのもの」

――クックック!

 ――ハッハッハ!

 俺達は2人して世にも奇妙な哄笑をこんな御伽噺にも出てこない『失楽園』一歩手前の何だかよく分からない空間でさざめきあっていた。そろそろ神の断罪が下される時間帯だ。

「イテ!」

「あた!」

 2人の哄笑はこの謎の異空間、上方斜め45度のドイツのGKノイアーの死角に入るまさかのデルピエロゾーンにて、(トラップ)のたらいが頭上にお見事激突。鼻血ブーとまではさすがにいかないがHPをそれぞれ1ダメージずつ喰らった。ベタな展開だなオイ。コントか?

 ――サッサとその『失楽園の騎士』を我等の元へ送り込むが良い――

「何だ? 今の声は。そしてこのたらいは――」

「我々、『ゴッド・ファザー』が最も嫌悪する存在。ケウンタウロス星人だ。萎えるわ」

さすがに神の断罪がたらいな訳ねーか。予想していたのは別次元(イメージ)だ。それにしてももっとこう派手な演出とかねーのかよ。ナイキのCMを見習え。俺の方が萎えるわ。色々としょぼいC級映画並みだ。変な所で倹約精神=ケチってる。稲妻とか煉獄火炎とか偶には本気を出せよ。何? たらいって。ケウンタウロス星人。人間をなめるな。俺、本気出すよ? マジ。つっても稲妻とか煉獄火炎に耐えられる精神を持ってるかと言えばガチのロンでNOだ。この際、なんでもいいから、ウルトラマンでも、ゴジラでも、なんでも来いよ。つってもそいつ等がマジでやって来て勝てるかと言われればガチのロンでNOだが。

「てゆーかそれ以前にお前、神だろ? あのなんつったっけ? ど忘れした。『ゴッド・マザー』とか言う神のOBだかオブザーバーだか少なくともスポンサー辺りにどっこいしょしてるんじゃねーの? ケウンタウロス星人だかナメック星人だかなんか知らねーけどさ、そんな奴等に負けてる訳にはいかないんじゃねーの? 『アル・イクシル』飲めよ。お前、もう。俺はリポビタンDで我慢しとくから」

「『ゴッド・ファザー』! 間違えないで。だがね、これにはこれまた深い深―い訳があるのさ。聞きたいか? 聞きたいだろう?」

「いや、全然」

「――良し! 合格。それではまずケウンタウロス星人の長との宇宙存亡を懸けた――」

 ――ピロリロリ〜ン♪ いきなり携帯の電子音。

 ラッキー♪ ナイスなタイミングだぜ。持前トオル。ヒュー♪ 空気読んでる〜。今度、カレーでもラーメンでもつけ麺でもなんでもおごってやるよ。焼き肉と寿司は勘弁な。

「あーもしもし」と、それに応じたのは――

「あ〜メッチャ暇。今、暇よ〜ん♪ メイド喫茶? 行く行く。奈美ちゃん元気してた?」

――『ゴッド・ファザー』の星形グラサン男だった。

「――って、お前かよ!」と、俺もうなんか絶叫。阿鼻叫喚。自前のスマホを地面に危うく叩き付けそうになる。こんな異空間で。でもこの衝動に嘘偽りは一切ない。誰か助けて。

 しかもそいつなんか流行に乗ってるつもりなのかお洒落な折り畳み式のガラパゴスケータイだった。背面ディスプレイの真横に小躍りする文字はau by KDDIのオフィシャル〜♪ なブランド。もう何をどうツッコんでもコントだ。ようこそ。世界の終りへ。

「さて。そろそろ良いだろう。 神よ! 迷える子羊に幸あれ。アーメン」

 ――天誅でござる!――

ピカッ! 激しい落雷がガラケー(au by KDDI)のフリップを閉じて――

「ふ〜。メイドに巨乳……メイドに巨乳。メ・イ・ド・に・巨・乳――!」

 ――等と、これから秋葉原に行く気満々のエロクソジーさんの頭上目掛けてもうなんかぶっ殺したくなる激しい衝動と共に神の恩寵(まあ、要するに神様の嫉妬&逆ギレ&自分も行きたーい感丸出しの単なる八つ当たり)が出現したくらいの勢いで襲撃を敢行。

「奈美ちゃんの巨・――グッアアアアアアア――ギャア嗚呼ア嗚呼ぁああああ?」

なんだか愉悦に浸っている星形グラサンジーさんには悪いがメイド装束奈美ちゃんにも悪いが、奈美ちゃんの巨乳は本日付でお預け。まだコイツの名前すら聞いてねえし。

「何だ。やれば出来るじゃねーか! ケウンタウロス星人! お前こそ神の名に相応しい」

 ――そろそろ本気出そうと思って――

「この際、出し惜しみは無しだ」

――だな! 少しぐらい若さに頼っても良い――

 なんか意気投合した。今なら万単位でコイツに『アル・イクシル』を捧げても良い。ケウンタウロス星人は思ったよりいい奴だった。


「――と、言う事で我々『ゴッド・ファザー』はケウンタウロス星人と、深い深―い因縁で結ばれてるんだよ! あークソ! 携帯破砕した! 奈美ちゃーん! たーすけてー!」

 もう何だか良く分からないが、話の流れからすると俺は『失楽園の騎士』とか言うパトリオットだか、らりるれろだとかそう言った感じの雰囲気漂うゲームのチョッと危ない潜入ミッション系ACT3――東欧のレジスタンス尾行のカッコいいコードネームをぶっちゃけると年老いた蛇になった数少ない地球総人口70億人中の5名に選ばれたみたいだ。つまるところこの世界――いや、宇宙にはエリクサーである不老不死の秘薬……『アル・イクシル』とか言う呪縛がかかったメッチャ禁断の超激レアアイテムが5つあり、俺を含めた5人はその宿命の牙に晒されているらしい。何が『ザ・ワールドヒストリーミュージアム2016』だよ。片腹痛いわ。これなら男(持前あたり)2人でカラオケボックスで3時間パックドリンクバー飲み放題で熱唱した方がまだ楽しいわ。その呪縛は『アル・イクシル』を持っている者を異世界転生させると言うもの。そしてそれを巡って宇宙全体で派閥抗争やらスーパーロボット大戦やらエヴァンゲリオンやら創聖のアクエリオンやらコードギアス反逆のルルーシュやらそんな感じの部隊が全面衝突して最終的に勝ち名乗りを挙げたのが、何だか知らんが先程の声の主。結構いい奴――通称ケウンタウロス星人だったとさ。しかしそれを黙って見逃すほど『ゴッド・ファザー』も油断していた。所詮、宇宙の抗争など我等神の一味には赤子の手を捻るより容易い。だからこそ全宇宙の支配者である裏方『ゴッド・ファザー』であるスタッフ達は何も考えずにRPGツクールのイベントポイントの無駄遣いみたいな事をしでかして『アル・イクシル』を全宇宙に全世界にばら撒いた。もちろん亜人種も、地球人も銀河の彼方にいる謎星人もその不老不死の秘薬の創り方なるものを脳髄にあるいは身体全体にプログラムされて生まれてきた。これならどこぞにいる名も知らぬゲームクリエイター達を集めた方がまだマシだった。そしてさあ、かかってこい! と、上目線で挑発し、さあ、かかってきた。どうしよう。下から下・剋・上! 成・り・上・が・り! ク・ー・デ・タ・ー! のオンパレード。そして我・関・せ・ず!――等と都合の良い展開は生まれない。何せその縛りプレイを創ったのは他でもないゴッドなんたら。他でもない自分達であり、策士策に溺れる――ではなく神が勝手に策に溺れたのだから。そして――どうしよう……と言う事態だそうな。いや、素の人間である俺に聞かれても正直、どうしようもない――と、一刀両断するしかない。目の前で一切合財のプライドを投げ捨てて記者会見でも開き、全世界、いや、全宇宙のライブ中継の中、皆さんには大変申し訳ありませんでした。と、むせび泣きながら謝罪するくらいしか手はねーんじゃねーの? 何せこれは明らかにスタッフの計算ミス。ここまで来たら精一杯のお布施をどこぞの召喚獣に御祈念して深呼吸1つ題目三唱。きっと斬魔刀でも出してくれるに違いない。ああ、きっとな。世の中金のランダムだけど。まさか神が祈祷するなんて前代未聞ここにあり。しかし問題の検証は『特命リサーチ200X』の如き別に聞きたくもねーのに勝手気儘に耳朶を打つ。右サイドからオーバーラップしたイケメン内田康人が逆サイドエリアへと展開し、ここからミス1つ無く完璧な超人トラップで左サイドからカウンターを仕掛けたのはあのインテル長友。ここからホットライン――ミランナンバー10本田――ドルトムント復帰後初選抜キレキレ香川――そしてまさかのプレミアリーグ初優勝に貢献したレスター岡崎までパスの魔術師達は超絶技巧テクで縦横無尽でパスの応酬! ハリルホジッチ監督の作戦フォーメーション4‐5‐1の適用が見事に体現された。右から左へと美しい曲線をクロスで描きながらゴール前で最終的にセンタリング。フライングダッチマン(空飛ぶオランダ人)ではなくフライングジャパニーズの1人は見事なスマルカメントで己の本領を発揮。そこには絶対に……! いや、確かに誰もいないはずだった死角から飛び出し、ジャンプ力には自信がある。俺の右に出る者はいねえ! ……負けねーぜ! と、豪語したかどうか知らないが(いや、絶対してねーよ)余裕綽々で木の上でぐーすか眠るネコ科の中央アメリカから南アメリカに生息するジャガーもビックリして木から転がり落ちるんじゃねーか的、超攻撃的な前傾姿勢で跳躍! 目にも止まらぬレスポンスを駆使し、目の前に消えたかと思いきや再び出現! スタジアム5万人満員御礼。チケット完売! サポーター唖然! お前、いつの間にそこに? 正しく――オッス! オラ、孫悟空! いっちょやってみっか!――の瞬間移動ここにあり。カカロットすげえ!

 ゴオオオオオオオオーーーーール! パウレタ宜しく頭で決めたのは若き新星ガンバ大阪の最高傑作規格外! 宇佐美貴史! サムライブルーの先制弾値千金!――等と長々つらつらと綴ったが、要するにそれくらいの勢いで言うなれば展開力の瞬息の速さで、俺の両耳は右から左へと流れていった。聞き流したのだ。完全スルーってヤツ。しかしハイライトはダイジェスト版で続いた。なんか続くみたいだ。ミニ四駆に例えれば超速ギアとゴールドターミナルがタッグを組んでモーターは定価1000円以上はするぼったくりも良い所の謎メーカー『コブラ』とか『トルネード』だとかなんかタミヤ公式のオフィシャルに認可されていない闇の小悪党商業者達が売り捌いた確実に相手の息の根を止めるウルトラギガハイスピードを体感出来るさすがのあの爆走兄弟も長距離を走ってついていけない最終的にガチでモーターが火を噴いて本体を煙事潰す最強・最恐・最凶の3文字がいぶし銀で踊り狂う正に誰もが瞬間間違った方向へと傾くのだ。当時の小学生達は皆、そのスピードスターに憧れて一様にして一度は経験した事はあるはずだ。若さの過ち? いや、そんな生温いものではない。児童に若さの過ちを犯すなとは校長先生の訓辞にすら出てこない。厳しい失言だ。もちろん止めは充電池だ。市販されてる乾電池よりも長い間練習用として愛用出来る箱型のケース(充電器)にそのまま充電池を押し込み、プラグをコンセントに差し込むアレ。世界最速を目指すにはとにかく金がかかる。別にウサイン・ボルトでは無いが。事実、先程のモーター類はミニ四駆本体600円よりも高い。小遣い少ないかつての小学生相手に容赦ない商業資本主義の魔手魔の手、絡み手の搾取が当時の子供達の手痛い出費――財布の中身の確かな温もりをブルーにしてしまう――会心のあるいは痛恨の一撃炸裂である。そして当時の子供達は今はもう年齢にしてアラサー辺りだろう。彼等の怒りの矛先はこのカタストロフィーを形成する日本の高度資本主義社会に向けられている。余計なお世話だが。しかし『特命リサーチ200X』によるとその不吉な暗闇を形成する暗部はアンダーべベル最下層のトレマジーさんヨロシクどうやら営業部門では無く当然にして研究開発部門に焦点が合わされた。もちろん『アル・イクシル』の研究開発部門だ。実はそこを担当していたのは他でもない。今、目の前で壊れたガラケーをぶん回してる未だ名前すら明かされていない星形グラサンジーさんだったのだ。んでもって彼はそこの部門の総指揮者兼総監督を任されていた。つまり完全な最高責任者だった訳だ。こんな奴が。いや、こんな奴でも。だが、この後の検証でこんな奴が最高責任者だった事を思い知らされるハメになる。まず彼が考えた研究構想を簡単に説明しよう。インタビュー形式の箇条書きで次の様になる。チョッとイラッとくる台詞気味だがここは我慢・忍耐・スタミナ勝負で時には耐える事を知るのも大事だと肝に銘じてプラス思考で大人になって落ち着いて聞いて欲しい。カウントは10。時間は有限だから時は金なりだからこんな逼迫した社会では10秒しか時は与えられない。現実は時に残酷なのだ。OH MY GOD! ムンクでは無いが、もう叫ぶしかない。

 ――10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・0!

 ――さて? 準備は出来たかな? 出来ていても出来ていなくともこちらの都合上勝手気儘に始めさせてもらう。我が儘を許してほしい。色々と忙しいのだ。それでは――

 ――アクション!


 ――Q1.こんにちは。星形グラサンジーさん事、本名――手間正平(職業無職住所不定。年齢59。未だ童貞を固持。守護する貞潔なる彼女いない歴=59年)さん。本日は多忙な中、インタビューにお答えいただき誠にありがとうございます。

 ――それでは早速質問なのですが、巷で噂のエリクサー。『アル・イクシル』の製造過程について詳しい情報を熱弁お願いします。

 ――A1.は〜い! こんちはー。えーうっそー! マジー? コレ。なんか色々と下調べされちゃってるんだ。コレ。特命なんたらのスタッフさんも大変だねえ〜。私、チョッとした有名人? ――まあ、いいや。ああ、あの件ね。確かに若い頃、40代くらいかな? 当時の上司のオッサンに突然、営業部門から開発部門へと移動させられて現場監督させられたよ。いきなりーの大抜擢。出世街道まっしぐら。猫まっしぐら。

でも、私は元々、営業部門担当だからね。そんな『アル・イクシル』なんて物騒極まりないブツにそう簡単に手出し出来ないっての。だから全部部下に任せてね。ほら、なんつーかベルトコンベアで流れ作業気味にまるで紙幣を大量生産するみたいな要領の良い勢いで全宇宙に『アル・イクシル』をばら撒いてね。

 ――Q2.全宇宙にそんな簡単に!? 人類の双肩はあなたに懸かっていたんですよ?

 ――A2.いや、全宇宙とか言われても困るって。そもそも『ゴッド・ファザー』はれっきとした神の一味。間違いを犯すはずは無いんだけどな〜。正直。ホラ、私。未だに未婚者じゃん。貞潔男子丸出しじゃん。まーそれこそ神の一味に相応しいかもしれないけどさ。それが、どう言った訳かああなっちゃったんだよねえ〜。

 ――Q3.どうなっちゃったんですか?

 ――A3.そりゃもう、至極簡単よ。宇宙全域を見守る管理官みたいなチームが我々の営業・製造部門外に独自に全宇宙に派遣されていてね。派出所みたいなものも密かに中継地点とかに配置されてあって。タイムパトロールとかしたりして、その異常事態に気付いたみたい。――オイ! 『アル・イクシル』が全宇宙に増大しているぞ! マジかよ! こっちもだぜ! 畜生! どうなってやがる! 開発運営部門の奴等は一体何考えてやがるんだ!? ってな具合に。

 ――Q4.なるほど。分かります。その気持ち。自業自得ですね。

 ――A4.そう。自業自得。世の中、ホント思い通りにいかないんですわ。そんなこんなで、何だか盛り上がってるなあ〜とか思ったら、ベルトコンベア製造がバレて新宿の歌舞伎町で散々テレクラやって遊んでた時に上司から電話があって、お前もう明日から来なくていい! クビだ! って、そりゃもう簡単にコロッと捨てられちゃった訳よ。そんでもって――

 ――えー。今、緊急速報にて裏方のスタッフさんによるこれ以上は精神衛生上に悪い……と、言うかクレームの電話が殺到しているので、バカになる前に打ち切らせて貰います。

 未だ、貞潔を護る『元ゴッド・ファザー』の一味の手間正平さん。ありがとうございました。

 ――その後、私を拾ってくれた若き師匠が……って、ええ!? チョッと待って! ここからが大重要局面なのに! 打ち切りってチョッとそれ酷くない!? こちとらゲストよゲスト! ギャラとかどーなるのさ!? ちゃんと指定の口座に振り込んどいてくれ――(完)


 ……まあ、要するにこう言った経緯があって、俺は今、異世界転生しようとしてる。なんか色々と長くなったが――。『元ゴッド・ファザー』の手間正平はどうなった? 

そして――

 『失楽園の騎士』としてこうして俺はケウンタウロス星人の元へと送還された。もう後戻りする事は皆無。冥府への扉はゆっくりと開かれたのだ。なんでもアリだ。

 えー。大変長くなりましたー。皆さんお待ちかねのTHE 異世界転生でーす!

 『THE』はいらないと思うんだが。余計にテンション高いのも正直止めて欲しいんだが。別に待ってもいないし。これから俺達ホントに異世界転生する気あるのか? その覚悟はあるのか? 変な薬でも飲まされて奇妙な宗教団体に人体実験としてせこいアトラクションでもされてる気分になるぜ。んなもん経験した事は無いが。ここからは未知の領域だ。天上の四隅に設置されてるボーズのスピーカーからその謎のナレーションが狭いタンカー内にて行われた後、俺達はそれぞれカプセルホテルとかドラゴンボールに出現しそうなヘンテコ謎兵器のカプセルに身体事収まり、さてこれからどうなるのかしら? と思ってたのも束の間。いきなりバグでも発生したのか、サイレンが狭いタンカー内で鳴り響く。

 ――ウィーン! ウィーン! ウィーン!

 相変わらずチャちいSEと共にさっきの長とか叫んでいた恐らく部下である乗組員。たぶん操縦士の声がカウントダウンを始め出した。さっきのナレーターはお前だったのか。

 ――ファイブ! フォー! スリー! ツー! ワン! アクション!

 宇宙人とは思えないTOEICで高得点を叩き出しそうな滑舌の良さでその配下Aはメッチャノリノリでパーフェクトな英会話をこれまた勝手気儘に音読。こちとら緊張感0だってのに、やたら不安になるではないか。無意味に煽るのは止めて欲しい。何だコレは? タイムクライシスか?

 俺たちゃこれから2016年宇宙の旅にでも行くのか? 素人が何の訓練もしないで宇宙飛行士。つまりパイロットの真似事をするのはもっと先の未来だ。何も装備していない敢えて言うなら私服の俺達が現代でそんな事をしたら――それこそ異世界転生だ。いや、マジでそんなオチは期待していない。てゆーか、勘弁な。そして目の前がフッと暗くなったかと思えば、カラフルに赤、青、黄、緑と、全体が蛍光色に彩られ混乱している内にそのままフェードアウト。俺は深い眠りに落ちた。変な異世界転生の仕方だ。もっとマシな方法は無かったのか? 奴等の住所が分かればクレームの1つや2つ言いたい所だ。


 目が覚めるとそこは雪国だったなんてオチが待っているはずもなく、地球は青かったなんてどうでも良い発言をする気もサラサラ無かった。おまけにアームストロング船長の名言(実はあれは遠大なジョークだったらしい)も風にたなびく夏草の様に勝手気儘にどこかへ消えてしまった。さて、俺達は今、どこにいるのでしょうか?

「失敗した」と、ケウンタウロスエロ星人の長(←覚えているでしょうか?)。

「簡単に言ってくれるじゃねーか」と、ここにいる皆を代表して先制攻撃を仕掛ける俺。

「誤解しないでくれたまえ。我々は異世界転生した。しかし、本来の目的が地球(ここ)にあるとは予想外だった訳だ。つまり我々の思考回路をも超越する何者かがこの宇宙領域(テリトリー)。エリアに潜んでいる」

「良く考えれば妥当な線だな。最終的に『アル・イクシル』が5つしかなかったとして俺達は全員が地球人だ。つまり最終的に残された最後の希望が地球(ここ)だった訳だ。何も異世界転生する必要は無かったんじゃねーか?」

「いや、異世界転生には成功している」

「どう言う事だ?」

「至極、簡単に説明すると我々と同一。もしくは敵対する何者かが地球(ここ)にはいると言う事だ。我々は奴等に先読みされ、目的地である地球にまんまと誘き寄せられたと言う訳だ」

「なるほど。ケウンタウロス星人も強ちバカじゃないと思っていたが、バカだったんだな」

 その時、俺のスマホが勝手気儘に鳴り響いた。空気の読めない今度こそ持前トオルからだ。もうそんな時間か。

「よお。なんだ? やっぱりラーメン時間――」

『そんな事言ってる場合じゃねえ! 緊急事態だ! お前、今どこにいる?』

「地球」この際、ラーメンもつけ麺も無しだ。

「ってーのは冗談で。えー。まあ、たぶんお前がさっき回想中に言ってた関連してる事件と似た様な事態の場所(ポイント)にいたりする。お互い大変だな」

『そうか。今すぐ大学構内へ来てくれ! 事態は予想以上にヤバい事になってるんだ!』

 なるほど。灯台下暗しってヤツね。

「場所は分かった。皆、俺を信じて来てくれるか?」と、俺の会話を聞いていたのか――

「いいとも!」変な所で意気投合してくれてこっちとしても本気で助かる。

ノリは古く、既にその手の番組も終わってしまったが。


 俺の大学構内へとやって来た――一同。本当に異世界転生したのか疑問だが今はもうその事について深く追求するのは止そう。正直、面倒だ。時刻は既に夜を回っており、構内を蛍光灯で照らし映し出していた。どことなく不気味だ。しかしその心配もすぐに回避される。俺のBF超ギリギリビジネス大学は短期大学部も併設している親切設計だが、なんと夜間の運用も行われていると言うこれまた無駄に画期的なシステムだ。だから構内ではまだ人気が絶える事は無くチョッと真面目すぎる(いや、俺がバカすぎるだけ)これから人生やり直すぞ的勢いの年配の学生さんがチラホラといてこれまた少しだけ不安になったのも事実だ。その不安の元凶は他でもない。あの持前トオルの事だ。俺にイタ電でもかけたんじゃねーか的疑惑だ。だとすれば俺達にもう残された手は無いも同然であり、これから『アル・イクシル』を飲むか売り捌くかしてただ漫然とした日々に逆戻りすると言う事態に陥落する。だが、俺達にもそれなりに意地と言うヤツがあった。金と言う名の野心だ。

「誰かに聞いてみると言うのはどうでしょうか? せっかく人がいる訳ですし」と、男A。

「確かに――そうだなRPGではないけど、何か事情を知ってる奴の1人や2人いるはずだ。ホントに事件が発生してるのならな。皆、準備はOK?」

「いいとも!」変な所で意気投合してくれてこっちとしても本気と書いてマジで助かる。ノリは古く、既にその手の番組も終わってしまったが。


「『アル・イクシル』――? 何ですかそれ」

「異世界転生――? 何ですかそれ」

 俺の計画――? 何だったんだコレ……とでも言いたくなる様な窮地に立たされた俺達一行。持前トオル――お前、こんな時にまでイタ電をかけるとはある意味どれほど暇なんだ? 俺達は? さすがはBF超ギリギリビジネス大学に通っているだけはある。その知能指数は――と、言いたくない事まで言おうとした矢先、いきなり構内放送が流れた。なんだ? もう終了の時刻か? 俺達の人生の。

ヘンテコなどこにでもある様なしかしどこにでもないJ‐POPサウンドをアレンジしたみたいなテロップが金属製の打楽器のSEによってこれまた勝手気儘に流れ出すと、俺は自分の耳を今度は疑った。いや、疑うハメに陥った。

 ――ピンポンパンポーン♪ フフフ。ここにいる生徒諸君に朗報だ。これから世界を変革させようとする一派がこの大学構内に混じっている。それは『アル・イクシル』と言う不老長寿の薬を5つ持った輩とケウンタウロスエロ星人と言うチョッとヤバ気な宇宙の頂点を極めたチョッとヤバ気な変態亜人種達だ。これは創立者からの直伝だ。今すぐ奴等を排除し、『アル・イクシル』を取り戻せ!――

「これは持前だ。持前トオルの声だ……」思わず愕然と唸る俺。

「あなたの――お友達?」悲しそうに俺を見遣る笹井芽衣(めい)

「そうだ。まあ、別にどうってこたないが」そして3秒後に復帰する俺。

 こうして俺達の友情は一瞬で見事に破綻した。もうラーメンもつけ麺もカステラもジャガリコもカレーも無しだ。ああ、そう言えばこの前5千円奴に貸したんだっけか……ってー事はそれも無しか。何て事だ。ジーザス! せっかくデパ地下の食品売り場で本日試食コーナーで腹を満たしたってのに、これまた手痛い会心の一撃だ。俺の人生は報われないのか? これも奴の計算の内か? 俺は奴の掌の上で踊らされたってのか? ガッデム! 奴は天才策士か? 予定外の出費に七転八倒。痛恨の大ダメージ炸裂! 魔人斬りでも喰らった様な気分だ。それにしてもそれはともかくとして別枠に置いておいて、たかだか5千円云々で人生を語られる程、この世の歴史上の偉人達は廃れちゃいない。そして俺もこんな所で現役引退を表明するほど己の確固たる人生に落胆していない。残念な事にしてはいなかった。そんな俺の胸中を覚ったのか単なる勘なのかそれともこの上なくはた迷惑な偶然の巡り合わせか知らないが奴は言った。

 ――フフフ。そうさ。お前の樋口一葉さんを奪ったのもこれまた計算の内だ。実は俺の本来の素性は超難攻不落。東大のエリートだ。その後、当然の如く大学院に進学し、考古学を学ぶ為に渡米。ハーバードやカリフォルニア工科大学等を経て、宇宙の科学やそのお前が持ってる『アル・イクシル』について学んだ。世界の裏歴史を知るのにこれまた随分と苦労したもんだよ。特にお前の様な非エリートの下層階級市民相手に友達を演じるのもな。わざわざこんな金と汚辱に塗れたBFギリギリビジネス大学の一生徒として忍び込んだってーのに全てはお前の父親が仕組んだ罠によって台無しだ――

「――ん? 俺の親父が仕組んだ罠? 何の事だ」

 ――フン。さすがはクラミドモナス並みの単細胞生物だな。まだ気付いていなかったとは。お前の父親はな、FBIと自称していたが真実は少し違う。ある日を境にして、彼は変わってしまった。本当はインディジョーンズシクヨロ『アル・イクシル』を巡って旅に出た考古学を専門とする探検家だ。そしてそのある日。遂に『アル・イクシル』を手に入れた。そして今のお前同様、呪縛に掛かったのだよ。異世界転生と言う呪縛にな。

その後、奴はFBIから探検家となりケウンタウロス星人と共に宇宙の存亡を懸けたスーパーロボット『アル・イクシル』大戦。『アル・イクシル』争奪戦へと荷担した。宇宙は大きく分けて2派に分かれた。それはこの地球での歴史と同じ。かつての第2次大戦の連合国と枢軸国……つまり、至極端的に言えば『アル・イクシル』で世界平和か、『アル・イクシル』で世界征服か、そのどちらかだ――

なるへそ。どうりでケウンタウロス星人とは何かとウマが合う訳だ。良い奴だってのも強ち嘘では無い。これも血筋のなせる業か?

――だが、もう少しで我々、『ゴッド・ファザー』(手間正平は事実上解任)の手に全ての『アル・イクシル』が手に入る所でそこにいるケウンタウロス星人とお前の父親は切り札であるジョーカーを出した。それは全くもって予想外の展開だ。お前と言う存在そのものだ――

「……どう言う事だ?」

 ――我々、『ゴッド・ファザー』(手間正平は事実上解任)は全宇宙の科学と英知の結晶は知り得てもその敵対する相手である家族背景など知り得るはずもない。否、興味すら覚えず、浮かばなかった。その盲点を突かれた……と言う事だ――

 なるほど。つまり奴はこう言いたいのだろう。俺の親父自身に息子等いたとはつゆとも思わなかった。そして俺は親父のFBIとしての最後の任務(ミッション)に荷担し、この――もう何でもいいからバカ大学でいこう――バカ大学に入学させ、隠された秘宝『アル・イクシル』を盗み出す事に成功させた……だが、しかし――

 ――そう。我々はある人物を除いて途中で気付いたのだよ。あの男に息子がいて、現時点のこの大学に隠しておいた秘宝を『アル・イクシル』を取り戻す為に駒を動かしていたと言う事実にな。だから我々は一芝居を打ち、お前を逆にエサとしてわざと泳がせ、あたかも『アル・イクシル』を奪還したと思い込ませた。お前との電話でのやり取りも、その後のあの商店街の福引での一幕も全て筋書き通りだ。因みにお前との会話はもちろんの事、あの商店街の店員も変装した俺だ。タイミングを合わせるのに必死に努力したよ。もちろん笑いを堪えるのにもその他色んな意味でな。ククク――

「――ある人物? そいつだけは最初から知ってたってのか?」

 ――そうだ。そいつは後に全宇宙の支配者たるケウンタウロス星人一派の目を欺き、秘密裏にそれも個人の力で『アル・イクシル』を無限に手にする事に成功した全ての起源。全ての始まり。『ゴッド・ファザー』――神々の一味に歓待された彼は唯一、神に愛された。

「チッ! クソ! 誰だってんだそいつは? 『アル・イクシル』を無限に手に入れる?」

 ――天才だ。だが、そんな彼にも素材が必要だった。人脈、金、組織――

「それで……私達は今、ここに集められたって言うの?」

 ――そうだ。笹井芽衣(めい)。貴様も囮となってもらった。悪いがブレザーに機関銃でも背負っていれば話は変わるかもしれないが、もう遅い。だが、優秀な頭脳を持つお前だけならまだ遅くは無い。許そう。我々の配下として永遠の富を築こうではないか――

「そんな事をして何になるって言うの? 永久不滅の魂を手に入れて、それで本当に幸せを手に入れられるって言うの?」

 ――当然だ。我々の確信は揺るぎ無い――

「じゃあ……もしこの場で私達が『アル・イクシル』を床に叩き付けて壊すか、飲んで永久不滅の魂を手に入れたとしたらあなた達はさぞ困るのでしょうね」

 不敵に笑う笹井芽衣(めい)。こんな状況下においても、自分のイニシアチブを完全に我が物顔にしている。さすがは俺の見込んだだけの女だ。てゆーかチョッと怖い。インテリ眼鏡がギラついていてその鋭い眼光が一瞬だけ見えなくなる。

 ――フン。貴様もまだ分かっていないな。だからこその構内放送だ。知っているか? この世の真実を――

「もちろんよ。人類はあなた達の組織を含めなければ、今ここにいる70億人中5人だけしか生きていない。そこに私達は今、異世界転生してきた。生きている人間がいる本来の私達が住んでいる地球は言ってみれば、真実を隠すカモフラージュ惑星。偽造された紙幣の様な役割を果たしている。あの戦い、全宇宙の存亡を懸けた『アル・イクシル』大戦で、本当は地球は滅んだのよ。それを知らないのは『アル・イクシル』に関与したここにいる5人。つまり、私達だけ。それを覚らせない様に、あなた達は私達5人をカモフラージュ惑星、偽の地球へと隔離した。言い換えれば敢えて殺さなかった。エサとして泳がせた。その頃、私達はまだ幼かった。あるいはこの世に生を受けていなかったのかもしれない。だから、隔離する事は容易。後は、今日この時が来るのを待った。最近になってなんとなく違和感を感じていたし薄々勘付いていたけれど、今回の異世界転生でハッキリしたわ。私達の知っている友人知人、恋人、血の繋がった親類に至るまで全員が別世界の人間。ちょっと酷く言うとコピー人間だって事にね。そして現実であるこの星。惑星。本来の地球の真の姿は皆が皆、悪しき亡霊となって今もなお『アル・イクシル』を求めて彷徨っている。あなた達はその罪なき人々までも巻き込んだ。違う?」

 ――フ。クククククク。さすがは笹井芽衣(めい)。貴様は侮れない。本当に機関銃でも背負わせとけば、この苦境を打開出来たのかもしれないな――

 何だか盛り上がっている所申し訳ないが、話に付いていけて無いのは俺1人だったようでいて。他のTHE 3名様はさもありなんと頷いている。もうこいつ等の出番は無いが、無性にやるせない。その話が本当ならこの世はバイオハザード化していると言っても過言では無い。

 ――そろそろ喋るのにも飽きたな。それではショータイムといこう。果たしてその手にある伝説の秘宝。『アル・イクシル』を無事に守り通す事が出来るかな? それともこう言った方が適切かな? 無事にこの70億人の亡霊達が集う未開の地で生きて帰る事が出来るかな?――

 そこでプツリと構内放送の声は途切れた。野郎! 持前トオル。お前がそんなダークインテリマフィアだったとは恐れ入るぜ。このまま俺達は『アル・イクシル』を奪われて死んでしまうのか? そんな猿の惑星的バッドエンディングはお断りだぜ。

「こうなったら最後の手段よ!」笹井芽衣(めい)の目の輝きは失せていない。何よりの希望だ。

「『アル・イクシル』を飲んじまうのか? だとしたら俺達は永遠にこの世を彷徨う事になるぞ」

「いいえ。違うわ。もっと簡単な方法があるでしょ? 私達の目的は何?」

 ――一攫千金!――

 見事なまでに値千金。ハモった俺達は本来の目的を見失いがちだったがそれだけは忘れちゃいない。しかし笹井芽衣(めい)は少し呆れた顔をして。俯き加減に額をコンコンと叩く。

「そうね。だけど、その前にやるべき事が2つあるわ。1つは今すぐここから脱出する事と、その目的を達成する為にどんな手段を使っても生き抜く事よ。それには――」

「やっぱり――『アル・イクシル』を飲むしか手はねーってか。そしてここから脱出する方法は1つだけ」

 ――もう一度、いや、何度でも異世界転生する――

「禁じ手には禁じ手を。呪縛を利用するってか。でもどこに異世界転生するんだ?」

 俺がさしあたり至極真っ当な疑問を口にしている間にもこのバカ大学構内の亡霊達はうつらうつらとゆっくりとした歩調で近寄ってくる。何か呻き声の様なものを発しているが、世界の終りの断末魔の様に聞こえなくもない。

「それは、そこに到着してからのお楽しみ……と言いたい所だけど。何か良い場所は無い?」

 ――そう言えば……と、俺にその時名案が浮かび、そしてこう言った。

「差し当たり良い場所とは言えないが、1つ提案がある」

 そこにいた皆が耳を傾けたのは言うまでもない。


 ――俺達が異世界転生した場所。それは……。

「何だ? 貴様等? ここをどこだと思っている? てゆーかお前等人間か? どうやってここに忍び込んだ?」

 そこは絶対に人間が入る事の許されない領域。かつての『元ゴッド・ファザー』手間正平は言っていた。

 ――宇宙とは天国に黄金の鎖で繋がれており、ぶら下がったその中心部に我々人類が住む地球がある。そして地獄とはレテ川に囲まれた砂漠の中に火の湖がある。火の湖にはコキュトス川、ステュクス川、プレゲトン川、アケロン川と呼ばれる4本の川が流れており、そして外は永久凍土。火の湖の畔には万魔殿が建てられそこに悪魔達が集う――

 ――そう。現世と来世の最果て。神の断罪が下る前の最後の門扉。

 ミルトンの『失楽園』だ。世界の終り。そう。ここが『ゴッド・ファザー』の真の領域(テリトリー)

 そしてそこには見知った顔。持前トオルもいて。

「何だ? 貴様等。ここは変わり者の集まりか? まあ良い。誰か説明しろ」

 ガチのロンで俺の事等知っちゃいない。それもそのはず何せ俺達はまだ奴等の計画が開始される以前の全宇宙戦争が勃発する前の時代にまで遡って来たのだから。その悪の権化、『ゴッド・ファザー』の居座るミルトンの『失楽園』。神の領域(テリトリー)の一歩手前だ。つまり俺達は物事の初歩。『ゴッド・ファザー』の一味が悪事を企てる前にその根源を断とうと言う超必殺大魔法オーヴァードライブを敢行した訳だ。全ては歴史の改変を行う為に。しかし、どこか様子が変だ。持前トオルも事情を知って無いのかしら?

「フフ。これが何だか分かるかしら?」

 すかさず笹井芽衣(めい)が『アル・イクシル』をチラつかせると、大いなる神々の使徒達は声高に叫んだ。

「貴様! どうしてそれを?」

 しかし持前トオルだけは驚きもせずにジッとこちらを見据えていた。そして言う。

「『アル・イクシル』か。まあ、持っていて当然だが、と言う事は貴様等も別世界の住人?」

「そう言う事。もうあなた達の企みはすべてお見通しよ。今すぐ投降しなさい。場合によっては命だけは助けてあげる」

 しかしまたしてもその時――事態はとんでもない方向へと打っ飛んで行った。時とは残酷なもの。そして事実は小説よりも奇なり。俺はその時ほど我が目を疑った事は無い。

「貴様等! 『アル・イクシル』不法所持の疑いで逮捕する!」

 突如登場してきたのは、複数の何者かとまだFBIだった頃の年若き青年。見間違えようもなく俺の父親だった。まだ日本、イタリア、ドイツが三国同盟を協定して枢軸国として君臨し連合国である米英と第2次世界大戦を引き起こしてから、ポツダム宣言をあるいはパリ条約を受理し数年――あのアウシュヴィッツ強制収容所にて日夜秘密裏に人体実験が行われ、『アル・イクシル』は世界中にばら撒かれた。彼はFBIとしてその捜査に任命されたのだろう。そして全ての情報源がシャットアウトされたあの時代。ラジオもテレビも新聞でさえもこの事には一切触れなかった。その災いの元を今、断とうと彼等FBIやCIAは全てを調べ上げこのミルトンの『失楽園』。世界の終りに異世界転生してきたのだ。

最早、この時から既に暗黒時代の予兆が始まっていたのだ。核爆弾とは全く違う。狡猾でエゴイストで恐怖のどん底に塗れた悪魔の呪縛。地獄への螺旋階段の様な呪縛連鎖。

異世界転生する――否、異世界転生してしまうと言う真実の核兵器。一撃で人を殺すのではなく、じわじわとウイルスの様に感染していく生物共存の破砕者。悪夢であり搾取だ。

 悪魔はニタリと笑い、そして運命と言う名の悲劇はそこで起こった。

「お、親父?」

「うん? 何だお前。俺に悪党の息子はいないぞ。妻帯者ではあるが、子供はまだ妻子の腹の中でオネンネしてる。こんなオメデタな時に縁起でもない事言うな!」

 そしてFBIの親父はキレて俺に向けて銃口を向け容赦なく発砲。俺は心臓をデザートイーグルの弾丸で抉られ、その場で木端微塵になった。

「キャアアアアア――!」笹井芽衣(めい)の悲鳴だけが俺のこの世での最後のSEとなった。


 ――その後の事。笹井芽衣(めい)達が混乱している最中に便乗した持前トオル率いる『ゴッド・ファザー』の幹部連中はその5つの『アル・イクシル』の奪還に成功。そして異世界転生した。場所はとある大学の構内。そこに行き着くのは簡単だった。俺を含めた笹井芽衣(めい)達が辿って来た元の場所に行くと念じれば良いだけである。

 もちろん一歩遅くやって来た俺の親父、FBI連中はそれを追う事は出来なかった。俺達が元いた場所を知る術がないのはもちろん、持前トオル率いる『ゴッド・ファザー』の幹部連中がまさかそれを追って行ったなんて見当も付かなかったからだ。

 1つだけ、奴等が向かった場所へ連れて行けと念じる方法もあるが、その根源の場所が分からない以上『アル・イクシル』の『マナ』は効果を発揮しなかった。つまり異世界転生しなかったのだ。魔法にも限度はある。そもそも異世界転生に追尾機能は無い。要するに事態は紙一重でかわされたのだった。FBI連中は一歩遅かった。

 それに収穫はあった。残された笹井芽衣(めい)達を捕まえて奴等の事を吐かせれば済むだけの話だ。最早、奴等を捕まえるのは時間の問題だった……のだが。

 それは俺の親父にとっての悲劇そのものでしかなかった。


「おかえり」そこにいた全ての元凶。黒幕である真の悪魔。持前トオルはにこやかに笑う。そして続けてこう言った。

「やっぱり俺は俺を信じていて良かったよ。ある程度の予想は付いていたが、こうも簡単に『アル・イクシル』が無限に手に入るなんてな。全てのシナリオはまたしても順調に進んだようだ」

「さすがですね。師匠。やはり『アル・イクシル』を大量生産して正解でしたね」

「フン。確実に自分の物になるならな。これはある種のゲームだ。俺は勝つまで止めない」


 ある日を境にしてアメリカから帰って来た持前トオルは伝説の秘宝『アル・イクシル』に深い興味を覚えた。そして彼はそれを知る為に、天舞皐月(てんぶさつき)がいるこのBFギリギリ大学へと足を運んだ。この情報化社会の現代。その黒い噂がとある大学にある事は既に耳にしていた。その手の大学関係者達のコネクションを利用して遂に彼は伝説の秘宝『アル・イクシル』をその眼に焼き付けた。どうやら現存する『アル・イクシル』はこれで最後だと言う事もその大学の教授である知人から聞いた。

 そして奇妙な噂が流れていた。その頃、大学の関係者達が次々と行方をくらましていると言う謎の都市伝説。誰もがそんな事信じてはいなかった。だが、『アル・イクシル』について学んだ者ならば誰もがその事件の真相を知っているはずだ。

 ――異世界転生――

 その5文字だけが、彼の脳内を過ぎった。もしその話が真実ならばこれを利用して金儲け――いや、それどころでは無い。世界を征服する事すら可能なのではないか? しかし彼が興味を覚えたのは不老不死では無く、異世界転生してしまうその呪縛にあった。

 デジタル化が進む現代。モダンを象徴とする現代。その常識を遥かに上回る歴史の改変。

 そして彼は研究と称してその最後の1つである『アル・イクシル』を独占した。

 そして持前トオルは異世界転生し、この『アル・イクシル』の開発に傾倒しようと歴史の変遷を辿る為、アウシュヴィッツ強制収容所の闇の底へと埋没する――はずだったのだが……彼はどう言った訳か全く別の場所へと異世界転生してしまったのだ。

 他でもない。ミルトンの『失楽園』――『ゴッド・ファザー』の一味が集うさもありなん神々の使徒達の永久機関。しかし元来キレモノの彼は神の一味から歓待された。

 そして人間であるはずの彼は人間であるが為に神の掟を破る事に成功したのだ。

 だが、その時もう一方の派閥が現れた。他でもない天舞皐月(てんぶさつき)達だ。しかしそれも杞憂に終わる。彼は更に過去から来たFBIの実の父親に『ゴッド・ファザー』の一味だと間違われて殺され、皮肉にも『アル・イクシル』を持前トオル達に持ち逃げされた。

 持前トオルは『アル・イクシル』を持って現代のBF大学と『失楽園』を自由に何度も異世界転生して行き来した。そして天舞皐月(てんぶさつき)と知り合い、自らを学生と偽った。その後、天舞皐月(てんぶさつき)が『アル・イクシル』を狙っている事を知っていたあるいは(さと)った彼は、天舞皐月(てんぶさつき)と親しくなり彼の身元からこれまでの経緯(いきさつ)を全て割り出し、この男こそがあの時、初めてミルトンの『失楽園』に異世界転生した時に自分の野望を打ち砕こうとした輩だと改めて再認識した。標的――いわばターゲットは手元に置いておいた方が良い。そして実の父親に殺された天舞皐月(てんぶさつき)の悲劇に乗じて彼等が持っていた『アル・イクシル』から、未来の大学構内へと異世界転生し、もう1人の自分。持前トオルから、これから起こる出来事を全て伝授された彼はまた過去へと戻り、それを実行に移した。まるで伝言ゲームの様に模倣した。真似したのだ。そして天舞皐月(てんぶさつき)を陥れた。ハメた。異世界転生させた。

 あらゆる所で先手を打った。自分以外の全宇宙の民に『アル・イクシル』の製造法を脳髄にプログラムした。あるいは『アル・イクシル』自体を全宇宙にばら撒く様に指示した。

 『ゴッド・ファザー』の権限を使って彼は自分を師匠等とのたまうグラサンジーさん事手間正平を筆頭にこの全宇宙を混乱の渦中に誘い牛耳った。そして持前トオルは予定通り世界を――いや、全宇宙を征服したのだ。これは持前トオルのシナリオで実際、彼はそう動いたのだ。だからこそこの歴史は発生し、彼を起点として全てが始まった。

彼は自分に『アル・イクシル』の製造法を脳髄にプログラミングしなかった。なぜならそれでは彼のゲームは成り立たないからだ。異世界転生と言う名のゲーム――。

 そして新たな彼の手駒はやって来た。


 夜の大学構内には持前トオルと幹部達がまるで双子かコピー人間の様に集っていた。そして過去から来た何も知らない持前トオルはと言うと――

「――どう言う事だ? お前は……俺なのか? 分かりやすく状況を説明して貰おうか」

「ああ。もちろんそのつもりだ。何せ以前の俺も似た様な体験をしたからね。ここにいた俺自身にまるで神のご託宣の様なメッセージを受け取った。お前は俺の影武者。俺の忠告通りに動けば、いずれ今の俺になれるだろう」


 将棋で言えば駒。囲碁で言えば碁石。持前トオルにとって天舞皐月(てんぶさつき)はそう言う存在だった。ある意味なくてはならない存在。そして彼の生命(いのち)と引き換えに持前トオルは自らを救ったと言っても良いだろう。故に彼は天舞皐月(てんぶさつき)の友人を演じ続けた。天舞皐月(てんぶさつき)は彼の操り人形だ。そしてこのカラクリを知っているのは持前トオルだけ。他のエセ幹部共はある程度の情報を与えられただけに過ぎない。

この功績により持前トオルは『ゴッド・ファザー』の首領。つまりトップとなり神の名に相応しい唯一の人間となった。嘘偽りの無い『アル・イクシル』の製造法も知らない人が神に愛されたのだ。最も怖いのは神でも幽霊でも異世界転生である呪いでもない。人間だ。


 ある人物――それは最初から最後まで持前トオル以外の他に誰もいなかったのである。


 そして、過去に時を遡る事数年。それからまた更に別次元の世界では――

「なんて事を仕出かしちまったんだ俺は……」

「あなた、最近おかしいわよ? 一体、仕事で何があったの? せっかく可愛い男の子が生まれたのに。そんな真っ青な顔をして。好い加減この子に悪影響だわ」

「悪いが俺はFBIを辞める。これからは俺は俺のしたい事をさせてくれ。そして、その子に伝えてくれないか? 頼む」

「――? ふざけないで! ねえ? 理由を教えなさいよ! これでも私はFBIの妻として今までどんな理不尽な事にも耐えてきたわ。それとも私じゃ過不足だって言うの?」

 しかしその男はまるで妻である女性の声が聞こえていない。そして言った。

「『アル・イクシル』をなんとしてでも手に入れて、異世界転生しあの時の俺を殺せとな」

 ――そして男は去り、1人の女性と無邪気に笑う赤子だけが取り残された。女性は叫ぶ。

「異世界転生なんて軽々しく言わないで!」                   


 そして余談だが、肝心のケウンタウロス星人の褒賞金とやらが誰の手に渡ったのかと言うと――

「今回も実に見事な手際、拝見致しました。少ない額ですが、ぜひお受け取りください」

「フン! こんなはした金! ……心置きなく貰ってやる」

 ――ガチのロンで持前トオルの懐へと渡った。最初から最後までケウンタウロス星人と持前トオルはグルだったのだ。

 ――世の中、金! の異世界転生物語……めでたしめでたし。          (了)

ここまで読んでくれた全ての人達に感謝。

ありがとうございました。

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