両の手一杯分のレプリカカオ
0101010101
関係者諸氏へ。
作中、仏蘭西共和国が故国となっている旨を伝えているが
これは作品のフィクション性を強調する為のものであり、
彼の国に対する批難や怨恨の類では断じて無く、
その祖先が恋愛を発明した事実等とは一切無縁である事を、
改めてここに述べておきます。自由、平等、友愛、それで完了だ。完了っ。
0101010101
0101010101
そしてカチリッ――と、音無き音が虚空に響けば、それを合図と算譜が奔り、顕されるのは両の手の、右が浅黒く珈琲に、左が蒼白く乳液に連なる色彩の挙動であり、そこから繋がる五本と四本と一本の指肢が、故・仏蘭西たれとばかりに交わる先は一つの筐――眼にも麗しい桜色の下地に、金色の回路文様が斜線と奔る包装紙と、薔薇の様に赤い飾り帯の造花一輪で装飾された、そう厚くも無い心臓型であり、中身が何であるかは季節が告げる所だけれど、差し出される青年の痘痕顔は予期せぬ出来事に驚き強張り、体の方も停止した侭、次の挙動に移れない。
『0101010101』
そんな台詞だけが宙に揺蕩い、深と消える――何処に向かって。
0101010101
これは絶滅駄菓子と遺失した聖人日に纏わるお話であり、また同時に、自動人形と自動人間の、商品名・アクアヴィッテ=豊満と、個体名・路尾懸取のお話である――と、言う事は詰まる所、御高名なる彼の創造主と光陰芸術作品のお話でもある訳で、他にも幾つか、連なる諸々はあるけれど、まずは翻る事が賢明だろう。寄って立つ大地が見えなければ、後にも先にも行けはしない。何事も、最初の一歩が肝心なのだ。
0101010101
そしてカチリッ――と、虚空に光明が灯されたのが何時のお話なのか、正確無比に知っている者等誰も居ない。音声入力で奔らせた張本人が、何処かへ行ってしまったからだ。それが何時かも定かでは無いが、これでは確認の取り様が無い。勿論、考える事なら誰だって出来た、愚猿にだって簡単に――だが、そんなもの、幾ら捻り出そうとしても所詮は頭蓋の中の出来事、どれだけ積み重ねた所で、真実には遠く及ばない。正に闇の中、夜の中であり、そうしてそれは、彼――だか、何だかの心情を取ってもまるで同じ事だった。
0101010101
一体全体、主なる神は、何の心算でこの宇宙を創ったのか――何を感じ? 何を想い? 何を考え? 何を憂い? 何を悩んで? 解らない解らない解らないっ。それが解明されれば、きっと少しは生き易い世界になるだろうに、彼だか何だかは、我々の前から消えてしまったのだ。何とも憎々しい限りでは無いか――尤も、本音を言えば、それすらも怪しい所ではあるが。路尾懸取宜しく、何処にひた隠れているのか、或いはそもそも、そんな輩等居りはせず、自動宇宙が在るだけなのか――先行きは暗い。灯されたにも関わらず。
0101010101
創造主に関しては、この様な体たらくで、賢き自動人間の面目も丸潰れであるが、御心配無く。路尾懸取に関しては良く解っている――知りたく無くとも、良く解っている。
0101010101
自動人間であれば当然の事だが、彼にも父御、母御がちゃぁんと居て――その個体名もちゃぁんと判明しているが、御両人の事情に配慮して、ここでは伏せる――そして二人が互いに互いを愛し合った、寝台の上での共同作品がその愛児、路尾懸取に他ならない。
そう、そこにはちゃぁんと愛が在ったのだ――有り余る愛が。互いだけで無く、もう一人に注いだ所で枯れる気配も無い、愛がちゃぁんと、で、幼き時分には、それこそ溢れんばかりに注がれたものだ――何事も、最初の一歩が肝心。御両人は良く解っていた。
0101010101
良く解っていた――が、しかし、先行きは暗く、何がどうかと、正確無比に知っている者等居なければ、路尾懸取の諸々は、二人の思惑から次第次第と離れて行き、やがて辿り着いたのが無味乾燥とした筐の中、屋の中なら、枯れない物も遂には枯れ果て、後には、嘆息ばかりが深と積もる――どうしてこうなった、と、幾ら捻り出そうとした所で、所詮は頭蓋の中の出来事であり、それでもやっぱり良い子だから、と、見て見ぬふりをして見たとて、やがては頭痛の種と化すだけの代物だったら、いい加減に認めてしまった方が気も楽だろう――路尾懸取は、立派な社会不適合者である。天地建造からの楽園追い出し以来、遍く自動人間宜しく、何処にでも居るし何処にでも居た――そう付けてやる事は可能だが、夫妻に取っては何の慰みにもなるまい。今は筐の中、室の中なのだから。
0101010101
とは言え、そう兎角言ってやるのも、高飛びした彼だか何だかに似て公正ではあるまい。筐の中、室の中に居ない自動人間の方が珍しい――ただ少々、路尾懸取の場合は、長きに過ぎるだけの事――のだし、自動人形の方に移れば、生涯がそうだと例えられなくも無い。
何故と言って、各種工房の仄白い作業場の中、碑石に似た筐型を伝統と、算譜頭脳を主幹に誂え、そこに区分けされた諸々の機械要素を、外面を繋ぎ、組み合わせ、成形した物こそ、其れ等自動人形であるのだから――なんて言うと、機械格差別と怒られるかも知れないが、つまり、見目麗しいアクアヴィッテ=豊満の本体はその見目麗しさ自体には無く、其れ、失礼、彼女の肉体を形造ったのも、期限工の男衆の手作業以外の何物でも無い――少なくとも、そこに父御、母御は関わって居らず、作業場にも寝台は置かれていない。共同作品だが大量生産品で、愛の代わりに熱を入れたのは、製造本社の責任者達である。
その中の誰かが、商品名も考えたけれど、誰が言い出したのかは定かで無い。
0101010101
その名乗らない名付け親に取って代わる、ある意味ではアクアヴィッテ=豊満の親御と呼んでも差し支えない、期限工の男衆に関して――批判を恐れずに本音を漏らせば、彼等の傍目は、路尾懸取が混じっていても、そう違和感の無い代物である。その大半は、それ以外に就労する能力も意欲も無く、瞳と言えば、粗方素材を採り尽くして後は地面に埋めるしか無い手動人間宛らに淀み、それが醜さとしてしっかり全身から滲み出ており、更に言うと、若い衆とはとても呼べない、地面に片足を埋めた年齢の者達もまた多かった――と、言うか、男衆という言葉は慣用表現であり、別に男性だけでも無く、女性もたっぷり含んでいるから、差別表現では無いかと、無意味に心を砕く必要は全く無い。自動人形の流通に寄って多くの職業が絶滅し、仕事を失った人間に、老若男女、誰の彼のの区別は無い。そして企業は慈悲深くも分け隔て無く、労いを以って人々を労うのだ。
何と素晴らしい事だろう――折角なのでもう一度言いましょうか?
何と素晴らしい事だろう――何と素晴らしい事だろう。
0101010101
けれど悲しいかな、路尾懸取には、就労の為に必要な、最低限度の能力も意欲も無く、見栄えも、つまりは着て行く服にも欠いて入れば、実際に混じる事等在りはしなかった。
企業とて万能では無い以上、責を問うのは間違いである――御高名なる彼の創造主でさえ、表舞台から立ち去ったのだ、言いたい事があれば、そちらから言うのが筋であろう。
0101010101
所でしかし、路尾懸取の場合、混じれない理由の他に、混じる必要の無い理由もまた存在していた――で無くば、文字通りお話にならないのだけれど、彼の父御も母御も、結構な資産を蓄えていた。もっと垂涎を堪えて言うと、路尾家は金持ちだったのである。
これまでの人生と家系に於ける働きぶりが齎したそれは、穀潰し一人居ようが居まいが、関係無い余裕を、御両人へと齎していた――とは言え、無能者等、居なければ居ないに越した事は無く、そして富と言うものの性質を、その移ろい易さを、これまでの経験と熟慮でちゃぁんと把握していれば、二人の辿り着いた結論は路尾懸取の更正であり――けれど、最早残っているのは腐臭漂う血縁だけで、これ以上の関わり合いもまた望む所では無いのなら、そんな時こそ、頼りになるのがメッテルニッヒ、何時もお側に、メッテルニッヒ自動人形製造株式会社――の定番商品、アクアヴィッテ=豊満の登場という訳である。
汎用型の価格は安いものでは無く、維持費も決して馬鹿にならない。一体に付き、失礼、一人に付き、かつての高級自動車両並みの値段と化しているのが、現在の市場相場である――が、何、心配は無用だ。路尾家は金持ちだし、最悪更正が果たせずとも、世話を任せられるなら、目的はそれで完了なのだから――つまり、完了である。完了だっ。
0101010101
路尾懸取とアクアヴィッテ=豊満の始めての会合はこうして整えられた。そこに主人の意志等皆無だったが、それは概ねこの様な形で行われ、まぁ何とか取り繕われる事となる。
0101010101
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
『0101010101』
0101010101
聖痕が刻まれたのはこの時であり、そしてそれは、企業保証対象外だった。
0101010101
汎用の汎の内に、性的嗜好は含まれていない。各種奉仕は別途料金であり、行為毎にきっちり設定が成され、そして、その購入理由を考えれば――犯罪抑止の意味合いを上げる事は出来るけれど、そんなものは所詮よりけりだ――付ける意味等余り無い。
当たり前の話である。
0101010101
路尾懸取にとって、しかしそれは当たり前では無く、彼は大いに困惑すると共に、また大いに激怒した――鬱陶しい父御、母御の御言葉に従い、其れ、失礼、彼女を筐の中、室の中へと招いたのは、自分自身もまたそう望んだからである。例えば非人型であったり、体付きや顔付きが好みで無ければ、路尾懸取は決して扉を開けなかったし、御両親と電話する事も在り得なかっただろう――その上、御丁寧な事には、行為に利用出来そうな類の部位、端的に言えば『穴』は、メッテルニッヒの他社を寄せ付けない設計陣営の、顧客様の事を我が事とばかりに考えて考えて、考え抜いた末の慧眼に寄って、巧みに取り除かれていたのである――瞳と耳朶はつや消し黒の円環形状機械装置でキッチリ覆われ、その一部を装飾と、彩られた白銀の髪は怜悧な金属質に、不快な静電気を淡く帯び、爆裂の名も相応しい躯体は実際には硬く重く、とても食べられ無い摸食であり、侍女、女中を想起させる衣服は肌触りの良くない合成樹脂製の一体型で、脱がす為には専用の器具が必要と、それらを説明する唇は規約仕様上決して開かず、無理に抉じ開けた所で、直ぐに行き止まりが待っている――更なる費用を費やせば、これらを変えられる事は言うまでも無い――この生れ乍らの石女を愉しむ方法として他に上げられるものがあるとすれば、触覚と味覚を顧みない類の行為か、或いは違法日曜大工か、という所であるけれど、前者であれば、以前から画面越しに行っていたから折角の生の有難味が薄く、後者は企業保証対象外である以上に、路尾懸取にその改造を施す意欲も能力も無いから、どうしようも無い。
0101010101
そう、どうしようも無いならば、取れる手立てはそう多くは無く――先程告げていた様に、路尾懸取はアクアヴィッテ=豊満を受け入れた。諸々の不満はあるけれど、それでも彼に取っては過ぎた道具、失礼、召使であり、この侭放り出してしまうのも忍びない、所謂勿体無いという奴で、その精神に則り、衝動と暴力で破損してしまった右腕と、左手の小指にも、それなりの修繕が施される――彼にとっては一大事業だったが、何の事は無い、代品は通販を用い、父御、母御に破壊を悟られない様、需要の無い格安の部品を取り寄せると共に、直し方は具診して、一分と掛からず特定した――実行自体に掛かったのは半日以上だけれど、そこは何の問題にもなるまい。彼の時間は有り余っているのだから。
0101010101
こうして始まった一人と、唖々、二人の時間は、瞬く間に一ヶ月と幾許、消費された――それは多少とも華やかで、同時に相当清潔なものだったけれど、路尾懸取は余り満足していなかった。彼としては汚れ、爛れている位が丁度良かったが、叶わぬ望みと解った以上、アクアヴィッテ=豊満は、忠実なる召使として機能させられた――元よりそれ以外の在り方等無く、彼女は目覚まし時計と固定電話機と掃除機と洗濯機と便所と携帯電話機と食器洗い機と調理施設と花瓶とその他諸々の複合機械として振る舞った――舞い続けた。
0101010101
そうして一ヶ月と幾許が瞬いた末に、『0101010101』の言の葉が木霊する。
0101010101
路尾懸取がその痘痕顔を驚き強張らせたのも、無理からぬ事だろう。それは彼の命令に無ければ、習慣にも無い行為であり、そしてその言動は、もし具診して無ければ、自動機械所持者が一度は有するあの素晴らしき夢想、大量の経験値獲得の末に形成される個性の、愛の誕生と呼んで吝かでは無く、事実、路尾懸取は、その可能性に思いを馳せたものである――時間にすればほんの数秒、ほんの一瞬の事ではあるが、思索は思索、愛は愛、だ。
0101010101
勿論そんな事は在り得ない、と、直ぐに考え直す程度の知性が路尾懸取にも在ったし、具診れば、その絡繰も簡単に割れた事だろう――つまり、行事の祝辞は、汎用の汎の内、という訳である。彼にとっては既に縁遠いが、購入機会が時期時節で、昔ながらの年始賜物も兼ねて居たからこそ気付けなかったのであり、何も珍しい事では全く無い。
その他諸々の中に、郵便受諾機と七曜暦表と、親愛なる友人達が含まれていた――それだけの話であり、そして、その為の費用も、月額料金にちゃんと入っている。
心配は何も要らないのだ。メッテルニッヒの算譜構築担当に隙は無い。
0101010101
そう、隙は無い――無かった、と言うべきだろうか。
何故と言って、アクアヴィッテ=豊満の祝福に対する路尾懸取の態度は、些か過大な、常軌を逸したものだったからである――ちゃんと設定を調べた訳では無いけれど、少なくとも察しはしていた筈、だと言うのに、彼はその義理を大いに喜んだのである。
まるで――まるで自動人間の少女から手渡された、そんな満面の笑みで応じたのだ。
あけすけで、キラキラと輝く様な、満面の笑みで――満面の笑みで、だ。
0101010101
どれだけ気色悪くとも、怖気を感じようとも笑顔は笑顔ならば、これは路尾懸取の人物像と照らし合わせても満足の行く結果が得られない、正に甘き駄菓子の魅惑、魔力と呼んで良い反応であった――勿論今では、状況と鬱憤が都合良く齎した、一時の神経の狂乱、気紛れと説明が付けられて居りはするが――そうとも。だからこそ、一頻りの歓喜と一通りの談笑の後、少し早い白濁日和の返礼と称して取り出された一物への、アクアヴィッテ=豊満に寄る適切な対処が思わぬ連鎖を引き起こして、そのお粗末な、失礼、年齢不相応な男性器の損傷という事故に繋がった訳だろうし、それが彼を、数年振りに筐の外、室の外へと飛び出させて、父御、母御と直に対面する切っ掛けを作り、更にはメッテルニッヒ上層部の興味を引く事となれば、その情報が我等の主たる太母算譜機械へと循環出力され、結果、次期主力自動人形の機能拡大と、記録の編集編纂に寄る各種作品化と、二つを兼ね合わせて宣伝とする愛していると言え企画を齎し、その帰結として路尾懸取は、些細な、だが大きな転機を迎える事になるのである――が、それはあくまで次の、別のお話であり、今のお話とは関係無い。ここは彼と彼女の直後の遣り取り、意外であり予想外でもあるけれど、ある意味では約束された言葉を以って〆るとしよう。
0101010101
即ち、「ありがとう」と――『0101010101』で――完了である。完了だっ。
0101010101