第5話 翼の戦い
訓練生模擬戦大会、入隊から2週間が経った第6期訓練生達の日々の訓練の成果を見せるための場として今年から設けられたらしい。
訓練生のやる気を見るのが大きな目的の一つになっているが、間接的に訓練指導員の訓練内容をチェックされるため、ある意味では僕達のやる気も見られているわけだ。
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「せんぱ~い…あたし、勝てますかね…」
対戦表を見て、由乃が心配そうな声を上げる。
トーナメント方式なので相性による勝敗もあるだろうが、現段階ではほぼ全員が横並びの実力なのでこの大会で上位に入れば今期の成績優秀者ということになる。
成績優秀に選ばれたからと言って、すぐに何があるわけではないが、成績優秀であれば上位航空戦隊への配属に大きなアドバンテージを得ることができる。(とは言え、由乃は翼持ちなので一航戦確実なのだが…)
「やれることをやってくればいいよ、僕は由乃の今の力を信じてる。」
「わ、わかりましたっ。先輩、行ってきます!」
第一回戦の由乃の相手は中距離戦が得意だという。様々な銃とフォトンソードを使える由乃であれば一方的にやられる展開にはならないだろう。
模擬戦というだけあって、全武装がトレーニングモードへと切り替えられ、相手のライフゲージを0にすれば勝ちという至ってシンプルな戦いだ。
「一回戦、第一試合…始め!」
号令とともに戦いの火蓋が落とされる。
始まってからほんの2分足らずだろうか、試合終了の笛が鳴り響いた。
「早い…。」
試合の様子を見ていた誰もが驚きを隠せず、観客席が静かになる。
結果は、由乃の勝利だった。
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「先輩、やりました!」
由乃が満面の笑みを浮かべて戻ってくる。
僕はどうもこの笑顔が苦手だ、変に意識してしまう。
「あっという間だったね。僕の想像以上だ。」
「先輩との訓練が終わった後も、武装切替の練習とか色々やってたんです。ヨンロクだけはすぐに出せませんけど…」
「いや、模擬戦で使ったら意味ないでしょ、あれは…」
「次は二回戦ですね…みんな頑張ってるなぁ。」
各会場の中継映像を見て、由乃は次の戦いに備えているようだ。
「由乃。」
「はい?」
「無理だけはするなよ?」
「分かってますって、いつも言われてますから。」
由乃の第二回戦、相手は由乃と同じ遠距離戦が得意な訓練生だった。
「強いね、あの子。」
観客席で由乃の戦いを見ていると、隣に桜とその訓練生がやってきた。
「桜…あと、君は海斗だっけ?」
「覚えていてくれたんですね。」
一回しか会ったことはなかったが、海斗のことはよく覚えている。
表には出さないが、内に秘めた気持ちは熱い、そんな印象を受けたのだ。
「由乃ちゃん、遠距離系だけど、近接戦もそれなりにこなすのね。」
今回の由乃は一回戦の時とは違い、フォトンソードを中心とした試合を展開していた。
「飲み込みがいいんだよ。ソードの使い方も上手いし。」
「きっと、俺や悠先輩のように剣を振るったことがないから出来る…自由な感じがしますね。」
「剣士じゃないからこそ出来る戦い方…か。」
「由乃ちゃんと海斗が当たるとすれば決勝しかないから、当たった時はお願いね?」
「なんのお願いだよ。戦うのは本人達で、僕達じゃないだろ?」
「それもそうね。」
そんな話をしている内に、由乃は三回戦進出を決めていた。
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由乃と海斗は順調に勝ち進み、ついに決勝戦で戦うことが決まった。
「うう~こ、こんなところまで来れるなんて思ってませんでした~しかも相手は成宮くん…優勝候補じゃないですか…」
「ここまでくれば由乃だって優勝候補じゃないのか?」
「あたしはそんなの…無理ですってば~。成宮くん運動系強かったですし…」
「海斗と知り合いなのか?」
「小学校が同じだったんです。運動会でもずっと活躍してて、人気者でしたよ。」
「なら、なおさら負けてられないな?」
「それはそうなんですけど…。」
「なぁ、由乃。ここまで来れたのは、まぐれでもなんでもないと思う。由乃にこれだけの力がついていたから…だからここまで来れたんだ。それだけの強さを、由乃はもう持ってる。だから自分を信じて、相手が誰であっても、由乃の出来ることをすればいい。」
「先輩…」
不意に、由乃の腕が僕の背中に回った。
「ゆ、由乃!?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけこうさせてください…」
由乃の腕に力が入る。強くはないけれど、確かに由乃の力を感じる。
「あたし、先輩が指導員で良かったって、今とても思ってます。私をここまで強くしてくれたのは先輩です。…ありがとうございます。」
ふっと由乃の腕が離れる、由乃の頬はちょっぴり赤く染まっている。
僕は何も言えず、ちょんと由乃の背中を押した。
「いってきます。」
振り返った由乃が見せた笑顔、それは今までで一番柔らかくて、そして一番可愛かった。
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「決勝戦、神山由乃vs成宮海斗。これより試合を開始します。」
お互いのライフゲージが表示される。ヨンロクを使えば半分以上は削れるだろうけど、それを使えば先輩が教えてくれた戦い方と別になってしまう。
ヨンロクはあくまで最後の切り札、それまでは訓練通り…やる!
あたしは紅の翼を出して試合開始を待つ。相対する成宮くんはオレンジ色の翼を出していた。
「成宮くんも…翼の持ち主…」
「ああ。神山こそ、翼の持ち主だったなんてな。」
「…勝てるかわからないけど、勝ちにいくから。」
「こっちだってそのつもりさ」
「決勝戦、試合、開始!」
合図とともにあたしは背中の艤装からソードを抜いて、翼をはためかせる。
先手を取る、かするだけでもプレッシャーを与えられると先輩に教わった。もちろん相手は近接戦が得意な成宮くんだからそんなに効果はないと思っていた。
訂正、そんなにじゃなくて、全く効果がなかった。
成宮くんはあたしのソードを体の向きを変えるだけで避けてみせ、逆に剣を振るってきた。
今までの相手とは格段にちがう。これが翼の持ち主の戦いなんだ…とあたしは実感した。
「ええい!」
機銃を掃射しながら大きくバックステップ。近接戦が全く通用しない以上、あたしの得意な射撃戦に持っていくしかない。
背中の艤装からフォトンライフルを取り出して、成宮くんに狙いを定める。動きが速くて中々ロック出来ないけど、どうにか追える速さだ。
「当たって!」
宙を裂くフォトンの奔流は成宮くんを完全に捉えることは出来なくても、少しずつ成宮くんの機動を鈍らせていく。それでも段々距離を詰められる。
「ふっ!」
成宮くんの斬撃、あたしはそれにフォトンソードで応戦する。
一撃一撃が先輩より重い。両手で握らないとソードが弾き飛ばされそうなくらいだ。
防戦一方。満足に射撃戦も出来ないままどんどんライフゲージが減っていく。このままじゃ、負ける…
「先輩、ごめんなさい…。」
先輩に黙って、あたしはもう一本フォトンソードをパーソナルウェポンに登録させていた。一年前、先輩が一航戦の桐谷隊長と模擬戦をした時の映像を何度も見て、見よう見まねの二刀流を身に付けさせた。
けど、それを先輩は知らない。これは、あたしの得意なことを伸ばしてくれようとしてる先輩に対する裏切り行為なのかも知れない。けど、それでも最後はちゃんと得意なことで決めますから…
「あとで謝らないといけないな…でも、見ていてください先輩!」
一撃の重さより、手数で勝負。先輩の二刀流には全然及ばないけどあたしはソードを振り続ける。
その間にあたしは艤装の展開を始める。これを決められるのは一度だけ、しかも今までの練習では最後まで成功したことがなかった大技。
成宮くんはあたしの戦法に少し焦ってきたようで、さっきからあたしのソードが当たるようになってきた。
「なんてやつだ…射撃戦が得意なんじゃなかったのか」
「やれることを全部やる!全部見せないで負けるなんて、あたしは嫌だから。」
「まだ何か仕込んでるってのか…神山!」
成宮くんの攻撃が激しくなる。あたしのライフゲージは残り2割を切って、もうすぐレッドゾーンに入りそうだ。多分、あたしの奥の手が出る前に終わらせるつもりなんだろう。
でも、あたしだって負けたくない。だから…っ!!
目の前に展開されているホログラムゲージの端で赤い文字が点滅する、これで準備は整った。あとはタイミングを合わせるだけ。
機銃掃射で無理矢理に距離を開けて、地上に降りる。展開までは最短で5秒。それ以上かかればあたしは負ける。
本当に成功するのか…そんな不安が頭をよぎる。けれどそれをすぐに振り払って「今」に集中する
(自分を信じて、由乃の出来ることをすればいい)
見ていてください先輩、これがあたしの、今出来る、全力です!
「武装展開、コード0、フルバースト!!」
手の魔法陣を一気に大きくする。それに呼応するかのように背中の翼も大きくなる。
赤い光を帯びた銃がずらりとあたしの前に並ぶ。それをあたしは手当たりしだい掴んではトリガーを引き、掴んでは引きを繰り返す。
背中の艤装にしまってある全火器を展開し、翼の能力を使ってひたすら放つ。手当たりしだい撃っても自動でロックオンするので命中精度も高い。
問題はこの先、最後の展開に全てがかかっている。
「大丈夫…やれる…。おいで、ヨンロク!!」
手持ちの火器を全て撃ち終わったところであたしはヨンロク-46cm三連装砲を2基出現させる。いつもならここで技が途切れてしまって大きなスキが出来てしまう。だけど、今回は違った。
姿を現したヨンロクのアームをしっかりと握り、ホログラムゲージで狙いを定める。あれだけの火器を放ったというのに煙の中にはまだ成宮くんの反応がある。
「主砲、両基6門、一斉射!てぇーーーーーーっ!!!!!」
1門が46cm、それが3門並んでいるから、縦幅は138cm。子供くらいの大きさがあるビームを一気に放つ。
トレーニングモードにして威力を最小限にしているとは言え、その火力は会場を大きく揺らすほどの衝撃があった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
ヨンロクを撃ち終えたあたしは、ふらふらになりながらフォトンソードを構える。フルバーストは一時的に火力を増強して放つ紅の翼固有の技だけど、その反動は大きくて、終了から5分間は全ての火器が使えなくなってしまう。その間はフォトンソードで凌ぐしか方法はない。
あれだけの攻撃を受けながら試合終了の合図がないってことは、わずかでも成宮くんのライフゲージは残っている。もっとも、すぐに反撃できるほどの軽傷ではないはずだけど。
「これが…大和の再来…か…。」
煙の中から成宮くんが姿を現す。翼は霞んでいて、残りライフゲージは1割もない。
「でもな…俺だって負けるわけにはいかない…。お互いに何度も剣を交える体力は残ってないだろうから、神山…これで最後だ!」
成宮くんが踏み込んでくる、それを凌ごうとソードを構えた瞬間…
あたしは前に倒れこみ、試合終了の合図が鳴り響いた。